追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

殺し屋の目(:淡黄)


View.クリームヒルト


 黒兄はシャル君のお母さんであるヴェールさんに好かれている。
 性格や外見ではなく、肉体が、だ。
 ……別に下ネタではない――と言いたいのだけど、ある意味では下ネタではある。
 なんでもヴェールさんは肉体フェチらしく、特に引き締まった身体が好きなようである。そのフェチの対象で、特に好きなのが夫であるクレールさんと……黒兄だそうだ。黒兄の肉体はヴェールさんにとってクレールさんと同等レベルの宝石であるそうだ。
 今まで至高の肉体であるクレールさんと並び立つ逸材の登場に、ヴェールさんは興奮した。その興奮たるや、肉体の良さを見つけた瞬間我慢しきれずその日の内に黒兄に会いに行き「触らさせてくれ!(意訳)」と頼むほどには。

「……ヴェールさんはクロ子爵と不貞を働いている……という事なのだろうか」
「いや、肉体関係は無いみたいだよ。あくまでも芸術品を眺めるように、興奮しているみたい」
「……そうか」

 当然黒兄はヴァイオレットちゃん一筋だし、浮気の類は大嫌いなので身体を許す事はない。許す事があったとしたら、拘束されて無理に襲われるくらいだろう。……まぁヴェールさん自身クレールさんの事を愛しているそうであるので、関係を持つ事はまずないとは思うけど。
 ともかく、ヴェールさんは私達の転生に関して疑いもかけていたし、立場もあるしで黒兄は断るのではなく……友好に接する事にした。下手に拒否すると色んな意味でマズい立場になりそうだったらしいし。
 それにヴェールさんに黒兄が気になっている所の調査も頼み、気になる情報を貰ったり、立場を利用した融通も聞かせて貰ったりしたようだ。……見返りに色々とあったらしいけど。

「成程。その行為がクレール子爵にとって、浮気と思われていたとしたら……」
「うん、黒兄が危ないって事だね」

 という訳で私とヴァーミリオン殿下は隠れて黒兄達の様子を伺っていた、丁度良いかくれる場所もあったし、ここならいざという時に駆け付けられるしね!

「時にヴァーミリオン殿下。クレールさんの普段ってどんな感じ?」
「俺もそんなに接した訳ではないが……ほとんど表情を変えない、動揺を見せない騎士然とした方だ。だが愛妻家というのは不思議と分かり、よくヴェールさんが楽しそうに会話をしているのは見た事があるな」
「へぇ?」

 つまりはシャル君の可愛らしい部分を取っ払い、“静”を象徴した、って感じなのかな。
 だとすればキチンと話せば誤解は生まれないかもしれない……けど、キチンと話すとそれはそれで問題がありそうだけどね。ようするに「貴方の妻のフェチの対象になりました!」って事だし。

「あと、昔シャルやアッシュと一緒に笑わせようと画策したのだが」
「お、悪戯っ子っぽいエピソードだね。それで?」
「……“ははは”と口元は笑うのだが、目が見開いて怖かったのを覚えている」

 ……それってつまり……

「ははは。しかし素晴らしい試合でしたよクロ様。貴方の強さは疑いようもなく素晴らしい」
「は、はは。ありがとうございます……」

 ……丁度あんな感じなのだろうか。怖さはあまり感じない方な私だけど、確かになんか怖い。
 アレは……ホラー映画に出て来る、笑うけど目が笑っていない殺人鬼類の笑いだ。黒兄もなんだかひきつった笑いなのは気のせいではあるまい。

「そういえばクロ様。今日こうしてクロ様とお会いできたのもなにかのご縁。是非お話しをしたい事がありまして」
「な、なんでしょうか?」
「改めてになりますが。妻と息子がお世話になっているようで、感謝の言葉を言いたく思いまして」
「いえ、私もお世話になっていますし、ご迷惑をかけてばかりで……」
「あはは、謙遜をなさらないでください。ところでシキでの例の一件ですが……一件の前に、妻はクロ様に会いに行っているようですね」

 探り入れられてる……!
 確かにシキでのあの一件の前にも何度かシキに行っているみたいだし、直前にもシャル君の学園を辞める騒動でシキに行っていた。
 どれもやましい事がある訳ではないが、遠い地に個人的に会いに行っている(極秘調査のため公的訪問じゃない)し、怪しまれるのも無理は無い。
 立場的に夫婦とは言え、内緒にしなくてはならない事もあるだろうし。

「なにがあったのか伺いたく思い――」
「シ、シキで少々厄介な施設があって、過去のモンスターの痕跡がある事が判明しましてね。その調査を頼んだ所、私と知り合いであるヴェールさんが呼ばれたようなんですよ。それにヴェールさんは私の妻とも知り合いですから、その関係で私達夫婦に会いに来たようで」
「ほう。それはそれは……」

 これは……多少は怪しいけど、おかしくもない事だ。
 夫婦に会いに来た、という部分にすり替えている辺り少しでも安心感を与える狙いかな。

「確かにその話を聞いてはいます。大変なようですね」
「ええ、ですがヴェールさんのお陰で解決しそうですよ。本当に助かっています」
「それはなにより。ところでその一件とは別に、妻にクロ様の話を聞いているのですが……」
「はい?」
「妻はクロ様のお身体に興味があるようで」

 ヴェールさーん!
 夫であるクレールさんになんて事を話しているの!? 夫婦の会話というものに詳しくない私でもおかしいという事は分かるよ! え、なに。「最近良い身体の子を見つけてねぇ」って感じで話しているの!?

「……貴族の夫婦ってああいう事話すの?」
「俺に親について聞くな。だがおかしい事は確かだと思う」

 うん、ごめん。ヴァーミリオン殿下に親の事を聞くのは止めた方が良かったね。

「は、はは。私の身体なんてまだまだ……先程の戦闘で見せられた、鍛えられたクレールさんと比べればまだまだですよ!」
「え? ええ、立場上鍛えなければなりませんからね。例えば……大切な存在を奪おうとする相手を始末する時のために」

 黒兄がやられる……!?
 せっかく話題を逸らそうとしたけど、上手くいっていないようである。クレールさんはまるで殺しのターゲットを前にしたハンターかのように黒兄を見ている。
 これは私かヴァーミリオン殿下が割って入ったほうが良いのでは……?

「そ、そうですか。……相手を、始末する」
「ええ、始末するために。クロ様もお気を付けくださいね。大切相手が奪われるというのは悲しい事です」
「は、はい、それはもう充分に分かって――」
「――そして、クロ様が居なくなれば、ヴァイオレット様も悲しむでしょうね。小さい頃を知っている身として、私はそれを望みたくは無いですが……」

 黒兄がやられる!
 これ「ヴァイオレット様を悲しませたくはないけど、妻に手を出した以上はる」という感じの奴だ!
 や、やっぱりいますぐ駆け付けないと!

「大丈夫です!」

 と、思ったのだけど。私が駆け付けようとする前に黒兄の言葉が聞こえたので、動きを止めた。

「俺はヴァイオレットさんの――妻のためならば悲しませるような事をしませんし、居なくなるような事はしません。当然浮気もしません。私は妻一筋なので」
「ほほう……魅力的な女性の誘惑には負けない、と?」
「はい。世界一の魅力的な妻に常に誘惑されていますから、負けはしませんよ」

 一人称が“俺”になっている黒兄は、いつもの惚気とは違う面持ちと声色でクレールさんに告げ、問いに対しても後で聞かせれば恥ずかしがりそうな言葉で返事をした。
 ……うん、これでこそ黒兄だ。そして――

「なんていうかさ、ヴァーミリオン殿下」
「どうしたクリームヒルト」
「なんとなくなんだけど、こういうパターンの時って……」
「ああ、恐らくは……」

 そしてこういう時の黒兄の言葉は。

「あはは、羨ましいですな。ヴァイオレット様も良き夫に恵まれたようですね」
「え。……あ、ヴァイオレットさん」
「ぅ…………」

 大抵、ヴァイオレットちゃんに聞かれ、ヴァイオレットちゃんが顔を赤くして言葉を出せずにいる、という状況になっていると思う。

「……あはは、今出ていく?」
「今出て行って、俺があのヴァイオレットにどういう顔をすれば良いと言うんだ」
「笑えば良いんじゃない?」
「ひどくないか、それ」

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