追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

本気による楽しさ(:淡黄)


View.クリームヒルト


「あぁ……楽しかったー……」

 私は一人、騎士団の野外練習場で大の字になって寝ながら感情を呟いた。
 つい漏れ出た本音。周囲には誰も居ない。
 他の戦った人達はギャラリーに囲まれるか崇められているし、どうやら私は避けられている……訳ではなく、私が疲れているのであまり近寄らないように黒兄達が配慮してくれているようだ。
 私はその厚意に甘え、空を見上げながら先程の戦闘を振り返った。

――久々に全力で戦ったなー……

 最後に戦った相手はクレールさんと言う名の騎士団の団長さん。シャル君のお父さんであり、ヴェールさんの夫。
 シャル君の目標の人であり、カサスだと名前は出て来るけどハッキリと登場する訳でも無く、シャル君のルートだとナレーションで死んでしまう人だ。
 そんなクレールさんと私は戦った訳だけど……今まで私が見て来た剣の達人の大半が、健康を維持するためにただ剣を扱っていたのではなかったのか、と思うような技量と強さであった。あれはシャル君が憧れるのも分かる。
 正直副団長がそんなに強くなかったので、あまり期待はしていなかったんだけど……相対して強さを感じ、戦って想像以上の強さであった。お陰で欲求不満であった感情が一気に満たされたくらいだ。

「強かった……あれが達人、というやつなんだね……」
「その相手に互角に戦ったお前も相当だがな」

 私が空を見上げながら呟くと、声をかけて来た男の人が居た。
 この、声だけでも多くの乙女をトキめかせるような良いお声は……

「ありゃ、ヴァーミリオン殿下?」
「ご苦労だったな、ほら、受け取ると良い」

 そう言いながら私を覗き込んで来ていたのはヴァーミリオン殿下。
 手元には飲み物が有るが、どうやら私に差し入れのようである。

「あはは、こういう時はメアリーちゃんの所に行って好感度を稼がないと! 人気者なんだから油断するとあっさりと取られちゃうよ!」
「余計なお世話だ。しかしメアリーは他の者達の対応をしているからな。俺の相手をしている暇はない」
「そこを強引に掻っ攫えば良いんだよ。“お前が他の奴らに笑顔を振りまく事に嫉妬した!”とか。そうじゃなくても対応するメアリーちゃんの傍に居れば安心するかもだし」
「そうしたい所だが、今の俺は友であるお前に労いの言葉と、欲しているだろう水分と糖分をあげたい気分なんだ。大人しく両方受け取れ」
「あはは、ありがとーう!」

 友と言われ、私に気を使ってくれての行動なら素直に受け取るとしよう。
 そう思った私は上半身を起こし、ヴァーミリオン殿下から飲み物を受け取った。そして一気に半分近くを飲む。

「しかし素晴らしい試合だったな」
「そう?」

 ヴァーミリオン殿下は去る事無く私と話しを続けるようで、私は素直にその会話に乗る事にした。

「見ている間、皆歓声もあげずに見てたし、また私を怖がったんじゃない?」
「見ている者達が試合に見惚れ、息をのんだというだけだ。歓声も忘れる程にな」
「あはは、嬉しい言葉。もしかして私好感度を上げに来られている? 私、攻略されちゃう?」
「将来の妹候補を攻略するものか」

 む、ヴァーミリオン殿下までそう言うとは。
 まったく、黒兄もヴァイオレットちゃんも言うけど、そんな事は…………まぁそれは置いておくとしよう。

「でも強いよねー、シャル君のお父さん。本気でやって勝ち切れなかったの黒兄以来かも」
「俺としてはお前が互角に戦った事が信じられんのだがな……シャルの父君を相手に、錬金魔法の爆弾を使わずに、な」
「あはは、騎士として戦うクレールさんに、爆弾を使うのはなんだか違う気がしてね」

 それに爆弾を使うと逆に負けそうな気がしたんだよね。たぶんクレールさんは爆風も斬れるだろうし。

「彼は剣の腕は一流であるから、明日には“あのクレール子爵”とまともに打ち合った、という噂が広がるだろう」
「え、そんなに有名なの、クレールさんって」
「それはそうだろう。身分も年齢も上なギンシュ伯爵を抑えて団長の座に居る御方だ。それは彼自身の強さあってこそのものだろう。その強さはお前が身を持って知っているのではないか?」

 確かにそうだね。
 カサスでもそんな話はあった気がするけど、カリスマ性や纏める力もあるだろうけど、剣の腕で若くして騎士団長になっている人だ。それは尋常ではない評価というモノなのだろう。

「うーん、でももう少し戦いたかったな……護身符の時間切れさえなければもっと……」
「もっと戦えていたのに、か。お前は戦うのが好きなんだな」
「うん、何事でも凄いモノを身に感じる、って楽しいでしょ。演劇とか歌とか絵画とかさ。それを体験出来る喜びーってやつ。私はその素晴らしさを感じるのに戦いが向いている、という事なんだよ」
「言いたい事は分かるな。……しかし勝ち切れなかったのはクロ子爵以来と言ったが……」
「うん、言ったね」
「前世でクロ子爵と……喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩と言えば喧嘩かな? 黒兄が……十三くらいの時に挑んだんだっけかな?」
「……確か前世では七歳ほど離れていたと聞いたが」
「うん。だから私が六歳くらいの時に喧嘩をしに行ったんだよ」
「……そうか」

 私も黒兄も前世ではかなりの早熟であった。少なくとも身体だけで周囲に少し浮くくらいには。他にも似たような子はいたけど。

「だが、何故喧嘩を?」
「えっとね……構って欲しくて殴りに行ったの」
「構って欲しくて?」

 私が成長し……いわゆる女っぽさが外見に出て来ると、前世の母の面影が見えて来たのか、嫌になって黒兄は距離を取った。黒兄が一番荒れていた時期はこの時だろう。
 そして私は唯一の家族と言える存在に距離を取られる理由を、「私が弱いからだ!」と考えた。私が強ければ黒兄が喧嘩をしている相手のように構って貰えると思ったのである。

「だから不良集団を倒しつつ、黒兄の所に行ったんだ。“ほら黒兄、私強いでしょ。だから喧嘩しよあそぼう!”って感じに。で、返事を待たずに殴りに行った」
「……凄い事をしたんだな」
「あはは、若かったんだよ!」
「年齢的には幼いの域だと思うがな」

 だからこそ無理も出来たというモノだ。
 戦いに行ったけど黒兄には手加減され。手加減された事に腹が立った(と思う)私は叫びながら黒兄に数発入れ。
 本気を出し合ったけど……しばらくして私が身体が付いていけなくなって倒れ、その事に私は涙を流した。

「涙?」
「うん、“このまま倒れたら、黒兄にまた構って貰えなくなる。捨てられる”って思ったらなんだか涙が出てね。黒兄の前で泣いたのはアレが最後かな?」
「……そうか」
「あ、いや。泣けるゲームで一緒に黒兄と泣いたから、何度かあるね!」
「その情報は要らん」

 失礼な、重要ではないか。
 ともかく私が泣くと、何故か黒兄も泣いた。しかも泣きながら謝るものだから何故だと思ったモノである。

「ま、その後は黒兄も酷いことをしたーって言って、仲良くなったよ。やっぱり拳で語り合う事が大切だね!」
「上手くいったのなら俺はなにも言わないが……そうか、俺も姉さん兄さん達と殴り合えば良かったのか……?」
「あはは、私が言うのもなんだけど、やめたほうが良いんじゃない?」

 ルーシュ殿下とスカーレット殿下は喜んでしそうだけど、そういう事じゃ無いと思う。腹を割って話す、というのは大切だろうけどね。

「と、話がそれちゃったね。ゴメンね興味ない話をしちゃって」
「構わない。クリームヒルトをよく知れて嬉しいと思う位だ」
「……やっぱり攻略するつもり? 寝取りを愛する男なの?」
「違う。なんでもかんでも恋愛に繋げるな」
「あはは、冗談だよ。で、なんの話だっけ。クレールさんは表情が怖いって話だっけ」
「クリームヒルト、それ本人の前で言うのではないぞ」
「でも否定しないって事は、ヴァーミリオン殿下もそう思っているんじゃない?」
「…………」
「否定しないんかい」
「いや、ローズ姉さんと比べれば……大分マシだ」
「ローズお姉さんに言おうか?」
「やめろ」

 ヴァーミリオン殿下は割と本気な口調で私を止めた。余程ローズ殿下が怖いのだろう。

――でも……クレールさんも怖いのは確かなんだよね。

 クレールさんは年齢よりは若く見え、シャル君のお父さん、というのが分かる特徴を持つナイスなイケメンな御方だ。年を正しく重ねた、というような感じかな?
 だけどなんだか表情が怖い。仏頂面でもあるんだけど……なんか妙な迫力があるんだよね。クレールさん。騎士団長としての威厳かもしれないけど、妙な圧が――あれ?

「ねぇ、アレって……」
「ん? ……クレール子爵と……クロ子爵?」

 私はふと、視界の端に話に出たクレールさんを見つけ、同時に黒兄を見つけた。ヴァイオレットちゃんは傍に居ないようだし、話しが聞こえる様な範囲の周囲には誰も居ない。
 そしてどうやらクレールさんが黒兄の所に向かっているようであるが――はっ!?

「アレは……妻を取られるという修羅場!」
「なにを言っているんだ」

 私の言葉に冗談をいうんじゃない、と言うような目で見るヴァーミリオン殿下。だけど……

「いや、割と冗談じゃないんだよ。ゴメン、気付かれないように私近付くね。場合によっては黒兄をクレールさんから救わないと駄目だから」
「……場合によって、とは?」
「黒兄が浮気判定を喰らって刀の錆になる感じ」
「……俺も行こう」

 ヴァーミリオン殿下は私の言葉に本気を感じ取ったのか、一緒に着いて来る事になった。
 ……黒兄、無事でいてね!

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