追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

目が良い(:淡黄)


View.クリームヒルト


 黒兄は目が良い。
 視力の話ではなく、見えているモノをキチンと見る事が出来るのである。そして見たモノを判断して処理できる能力に長けている。
 相手の所作、周囲の状況、立ち位置――この状況なら、相手はどうするか。
 それらを見て、感じて、意識的と無意識的に情報を組み込んで行動に移す。
 よく見えているモノが違う、という表現があるが、黒兄の場合まさしくそれだと思う。私も言われる事は有るのだけれど、私とは違う風景モノが見えていると思う。

――スイッチ入ってるねー

 ただ、黒兄は常にそれが出来る訳ではなく、意識スイッチ集中す切り替える事で本領を発揮する事が出来る。
 その発揮する時は基本喧嘩……この世界だと戦闘だ。
 偶にいるが、怒り、感情が昂キレると記憶が飛んだりするとか言う人が居るが、黒兄の場合は逆で、昂るとよく状況が見えてしまうようだ。
 私的にはどちらかと言うと“見える”というよりは、“見ようとしてしまう”という方が正しいと思うけど。戦闘中の黒兄は瞬きもほとんどしない状態で、明らかに身体だけでなく脳を酷使するような戦い方をするし(だからよく甘いモノを欲しくなっていたりする)。
 つまりは余分な思考を排する事が出来、五感が研ぎ澄まされる。肉体の使い方が上手いのが黒兄である。だから妹であるクリ先輩よりは身体能力では劣っても、クリ先輩より強いのだろう。

――まぁ、そんな慧眼や判断能力があっても、身体があるからこそだけどね。

 当然それらも見えているモノに対して、判断して動ける身体があってこそ活かせているモノだとは思うけど。いかにうまく扱えるとはいえ、基礎が出来ていなければ宝の持ち腐れである。
 肉体と目、その他諸々。それらがあるから黒兄はとても強いんだと思う。

「囲み、抑え込め! フォーメーションF!」

 そんな黒兄は現在、三連続無傷で勝利した黒兄はスカーレット殿下の言葉により七名を同時に相手している訳である。
 相手している騎士団の六名は連携の取れた動きで黒兄を囲み、剣を同時に黒兄に向けて魔法を発動させようとする。
 剣を杖のように魔法の触媒とし、立ち位置(多分六芒星)と触媒の魔力によって魔法の威力を向上させる集団戦法なんだろう。素早い動きと位置取りは大抵の刺客とかモンスター相手なら充分に効果を発揮するだろう。

「――――貴方」
「ひっ――え?」

 ぐりん、と。ちょっとしたホラー演出のようにある騎士の人を黒兄は見ると、一歩でその騎士の人に接近した。恐らく足に強化でもかけたのだろう。
 そして接近したのは今敵対している中で最も技量が劣る相手だったのだろう。一瞬だが配置に遅れていた。
 その遅れた箇所を見抜いた黒兄は騎士の人に対し一撃を――

「掴め!」
「っ!」

 加える前に相手の中でリーダー格らしき相手が叫び、接近された騎士の人は言葉に気付いて斬る――のではなく、黒兄を捕まえようとする。
 多対一での多の優位点は数だ。恐らく黒兄を身を挺して動きを止める事で、その隙に周囲が囲みこもうとしたのだろう。

「た、ぁ?」
「借ります」

 しかし黒兄は減速する事無く、まるで曲芸のように身を翻しつつ、騎士の人の右肩の上――頭の横を通過し、同時に剣を奪い取った。

――おお、無刀取り。

 多分黒兄を捕まえようとして手元が留守だったから出来たんだろうけど、勢いを緩めず武器を奪い取るとは。しかもあれ相手が行動を変えたから黒兄も行動を変えたね。
 相手は気付けば相手が居なくなり、素手の状態。まさになにが起きたか分からない状態だ。

「シッ――失、礼!」
「うお、ぁあ!?」

 そして黒兄は騎士の相手の背後から、相手を挟んだ向こう側に居る死角になって見えにくい相手に向かって奪い取った剣を投げつけ(柄の方向けてる)、真っ直ぐに飛んだ剣は投げたヘッドギアのようなものを付けている相手のに頭に直撃。護身符が致命を示す衝撃を受けた事を報せ、当たった相手は倒れた。
 未だになにが起きたか分かっていない相手の首根っこを掴み、取り押さえようと近付いた相手に向かって投げつける。
 一緒に倒れ込んだ二人に腹部と顎をそれぞれ一撃を与えて気絶させ。

「【水上級――」
「もう一つ」
「――っ!?」

 魔法を唱えて攻撃しようとした人が居たけど、今しがた倒した人の武器を奪ってすかさず腹部に投げつけ呼吸困難状態に。

「とぅりやぁああ――あ?」
「っ!?」

 ある二人は切りかかろうとしたが、黒兄は相手の身長よりも高い距離を跳躍し剣を避ける。しかも跳躍しながら縦に百八十度回転している。
 奇妙な避けかつ突然の視界から消えた事に騎士の人達は理解不能になりつつ、次の瞬間には二人共顔面を掴まれていた。
 顔を掴んだ状態のまま黒兄は再び身体を百八十度縦に回転させて、地面に着地しつつ二人の身体を背後に押し倒し――叩きつけた。

――あと一人。

 最初に囲んでいた六人は倒す……少なからず戦闘を一時的に離脱させた。
 残るは一人、二メートル近い大柄な大男。恐らく七人の中では一番の武闘派だろう。 

「きぇえええええええ!」

 大男な騎士の人は叫びながら黒兄に近付いて来る。
 まるで示現流のような構えと声で近付いて来る男。振り下ろされる剣速はシャル君の一閃にも引けを取らない、目で追えない速度だけど――

――うん、避けたね。

 黒兄はまるで動いていないような動きで、その一太刀を避けた。傍から見たら大男な騎士の人が動かない相手に対し外したようにしか見えない。そして、

「負けを認めて貰えますか?」
「…………っ」

 剣を振り上げようとした大男な騎士の人に対して、黒兄は大男な騎士の人が持っていた剣を持ちながら問いかけた。再び黒兄は剣を奪ったようである。

「……ああ、負けを認める」

 明確な差を悟ったのか、大男な騎士の人は言われた通り負けを認めた。ここで抗わずに負けを認めるのは騎士らしい……で良いのかな?

「スカーレット殿下、ルーシュ殿下。この試合は俺の勝ちで良いですか?」
「私は良いと思うけど」
「……オレも同意見だ」
「という訳でクロ君の勝利ー!」
『おー!』

 そしてスカーレット殿下が黒兄の勝利宣言をする。
 そして野外練習所という事もあってか、一部軍部や研究室の方々が通りかかってギャラリーとなり、騒いでいる。

『…………』

 対して騎士団の人達は静まっている。四戦連続無傷に近い状態でやられているのだ。当然と言えば当然か。

「……ふぅ」

 そして黒兄は勝ったのにあまり嬉しそうではなく、こちらも見ずに手首を動かして、今の戦闘で不調が無いかを確認していた。

「クリームヒルト」
「なにかな、ヴァイオレットちゃん」

 そして今まで黙って見つつも、勝つたびに何処か嬉しそうにしていたヴァイオレットちゃんが私の名前を呼ぶ。

「先程、戦いの前にクロ殿が頼む、と言っていたが」
「言ってたねー」
「もしかしてだが、クロ殿は私に見られるのを嫌がっていたんじゃないか?」
「なんでそう思うの?」

 私もヴァイオレットちゃんも、黒兄の方を向きつつ会話を続ける。

「ふむ……クロ殿は現在私との愛を守るために戦っている訳だが」
「あはは、二人は何事も惚気につなげなきゃ死ぬ病にでも罹っているの?」
「その通りだ」

 否定しないんかい。

「ともかく、戦っている訳だが、クロ殿は私が戦っているクロ殿を見る事で嫌いになるのでは、と不安だったと思うのだが。だから頼むと言ったのではないか?」
「まぁね」

 黒兄にとって力を十全に、しかも人間相手に使うという事は基本悪い思い出だ。
 前世では私とあまり仲良くなかった時代に、母への反発で不良やっていた頃の思い出。
 今世ではカーマインに対してキレた時の思い出。良い記憶とは言えないだろう。
 今回のもヴァイオレットちゃんとの結婚生活を守るため、と言えば聞こえは良いけど、結局は暴力をふるう姿を最愛の相手に見られている訳だからね……しかも命を守るためにやむを得ずにやっている訳でも無いし。
 だからヴァイオレットちゃんに見られて、幻滅されるのではと黒兄は不安だったのだろう。

「で、どうなのヴァイオレットちゃん?」
「私がその程度で幻滅するわけ無いだろう。むしろそのように思うクロ殿に説教をしてやりたいくらいだ」
「あはは、だよね!」

 でもまぁ、やっぱり杞憂のようである。
 この二人がこの程度で引き裂かれるなら、とっくに国王の言葉に従って離婚しているだろうしね!

「でもさ、それよりも……あっち見て」
「あっち? ……スカイか?」」
「うん、なんか強い黒兄を見て目を輝かせているスカイちゃんだよ」
「…………やはりスカイは敵なのだろうか」
「友人であり敵、という両立じゃない?」

 敵と言っても、黒兄はヴァイオレットちゃん一筋だろうけどね。

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