追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

相、対す。


 先程言ったように、俺はレッド国王とコーラル王妃を近くで見た事は無く、王国を繁栄に導く名君という良い印象も多いが、同時に子供や封印の事で良くない印象もある。
 だがそれはあくまで俺個人の印象だ。俺がどう思おうとこの国に治める彼らが変わるという事は有るまい。
 今でこそ子爵になってはいるが、俺はしがない準男爵家の三男坊。会う事なんて有っても一生で一度か二度、それも向こうから数回言葉をかけられる程度であろう。
 彼らの功績に触れる事は有っても彼らに会う事は無いような、雲の上の存在。
 あの乙女ゲームカサスでもそういった存在であり、息子のヴァーミリオン殿下ですら会う事は少なく、会うために学園の生徒会長になる(就任の際にお目通りできるため)というくらいのお忙しい存在だ。
 だから俺がどう思おうと、どうあろうと。彼らに影響を及ぼすなんて事は無い。そう思っていた。

「こうして直接会うのは初めてか。クロ・ハートフィールド子爵。そして久しいな、ヴァイオレット・バレンタイン嬢。……いや、今はハートフィールド子爵か」

 そんな存在が、今俺達のために時間を取り、目の前と言っても良いほどの距離で座っている。
 赤い髪、王族特有と言われる紫の目。
 外見は年齢幾つだっただろうかと再確認しないといけないような、若々しい三十前半くらいの外見。
 そして比較的細身だが、かつてはA級冒険者として名をはせた体躯は歴戦の経験を感じさせる力強さが見える。今だに現役で戦えるという話は法螺ではないだろう。
 だが、なによりも――

「……こうして見ると成程、面白い面構えだな――いや、なったな、両名共」

 ……具体的ななにかがある訳ではない。
 怒鳴られている訳でも、敵意を向けられている訳でも無い。
 前世で社長兼友人の妙な伝手で会ったとある国の要人のような、見えているモノが違うと思えてしまう視線。
 無意識で行うこちらの行動から、全てを読み取られるのではないかと思ってしまう空間の支配力。
 相対するだけで感じ取れる――取れてしまう格のようなものが、この御方にはあった。

――ああ、これが“王”なのか。

 曖昧な雰囲気で凄さを表現するのは好きではないが、そう思わずにはいられない。
 傅くという行動が自然と出てしまうような存在。
 これが民を愛するために表に出る顔でも、対外的な相手に対する顔でも無い表情を向ける、レッド・ランドルフ国王という存在なのか。

――でも、妹に手を出したんだよな……二回も……いや下手したらもっと……

 ……イカン、変な事を考えるな俺。
 国家機密を知っていたらカーマインの件関係無しに消されるぞ。外見も年齢層が高めのレディコミ辺りの国王っぽいとか考えてはいけない。
 いくらこの場に居るのが俺とヴァイオレットさん、レッド国王にクレールさん他にもカーマインを除く学園に通っていない殿下達や、数は少なくとも重臣らしき方々。そして――

「……貴方が、クロ・ハートフィールド……」

 ……怒りの表情は見受けられないが、間違いなく良い感情は向けていないコーラル王妃が居る。
 珊瑚色の髪、透き通るというよりは深いと思わせる青い目。
 こちらもレッド国王と同じ四十五歳とは思えないほど若く、美しい外見だ。とてもじゃないが五児……七児の母親とは思えない。
 こちらはレッド国王のような圧は感じないが……静かに、だが無視出来ない存在感オーラがある。……詩的に表すなら、他者を寄せ付けない高貴な薔薇、と言う所だろうか。

――圧されるな。

 そんな両名を前だと、真剣でも余計な行動をしてしまいそうなのに、余計へんな事を考えているとさらに命取りになってしまう。圧されず、真面目に行かなくては。

「お初にお目にかかります。私は――」

 俺とヴァイオレットさんは片膝をついて礼をし、挨拶と名乗りをする。
 ヴァイオレットさんに口上と所作を教わりながら身に着けた仕草だ。さすがにこれで不遜だとは思われない事を祈ろう。

「お久しぶりです、国王陛下、女王陛下。ヴァイオレット・ハートフィールド、只今――」

 ……けれど、俺の次に挨拶をするヴァイオレットさんはやはり俺と違うな、と思ってしまう。
 状況的にチラリと見る事も出来ないが、声だけでも場慣れ感が凄い。というかこの状況で俺だけ場違いでは無かろうかと思ってしまう。

――けど、やらなくてはいけない。

 ヴァイオレットさんのため、グレイのため。俺の大切な居場所を守るためにも、一家の父としてこの場をどうにか乗り切らなくては。

「挨拶は終わったな。では、本題に入らせて貰おう。私達の息子、カーマインの件だ」

 ……レッド国王自ら話すのか。
 臣下達に頼る事もあるが、自分で出来る事は自ら為そうとする性格とは聞いているが、代理で誰かに言わせるのではなく自分から言うんだな。

「所業についてはローズ及びヴァーミリオンから聞いている。クロ子爵の治める土地……シキでカーマインが主導して行った事。……どれも許される事では無い」

 そう言いながらやった事を軽くあげていくレッド国王。ここで所業を言うとは、どうやら過去に起こした事を無かった事にするつもりはないようだ。そして周囲がざわつかないのは、事情を知っている者達だけが居るという事なのだろう。当然と言えば当然だが。

「だが、現在シキでの一件はカーマインが主導した、という情報は伏せられている。カーマインの妻であるオール嬢達にもな。理由は分かるかクロ子爵?」

 ……ここで俺に尋ねるのか。
 話している最中はこちらの反応を見て、一通り話した後に問いかけるモノだと思ったのだが。

「……カーマイン殿下は我が王国内でも重要な立場の御方。妻であるオール卿の母国である帝国との大きな繋がりも有ります。そのような御方が真偽を明らかにされていない間に、帝国を巻き込んだ事件を起こしたという曖昧な情報を流布する訳にはいかなかったものだと、私は思います」

 先程カーマインについて評価したように、カーマイン自身は優秀な男だ。特に交渉術には優れ、表向きの評判は良く、相手に応じた顔を作って繋がりを作る男である(と、アッシュから聞いた)。
 我が王国でカーマインという存在が居なくなる事は大きな痛手となるだろう。……それこそ、能力と実績、立場を考慮すると恩赦も考えられる程に。

「そう、立場的にカーマインは重要な位置に居る。私達の王国でカーマインという存在が汚名を被るというのは、雪ぐのに十年近くの歳月を必要とするだろう」

 現国王の息子が他国を巻き込み、少なくない数を混乱に陥れたのだ。回復するだけでもさらに多くの者に混乱させ、苦労させるというモノだろう。

「後は他の者が介入した偽装工作という可能性もあった。操心、偽者、誤情報……それらも考慮し、カーマインの主導を伏せてはいたのだが……一番はコーラルが“カーマインがそんな事をするはずがない”と頑なに認めなかったのが原因だ」
「……レッド」

 レッド国王の発言に、黙って聞いていたコーラル王妃が言葉で諫める。

「事実だ。クロ子爵達には知る必要がある」

 しかしレッド国王はコーラル王妃の方を見て、言外に黙る様にという圧をかけた。
 ……成程、過去も含め俺を嫌っているだろうコーラル王妃が、俺に敵意も向けず黙っていたのはカーマインの件がカーマイン主導だという事実がハッキリとしていたからか。
 本当は庇いたいし、俺を攻撃したくとも状況が状況だけに自分を抑えるしかない、という所だろうか。

「だが、ローズを始めとする我が子達があらゆる情報と証拠を叩きつけて来た。それを見せられては反論しようがない、と言うほどにな。特にヴァーミリオンは熱心でな。ヴァイオレットに対しても庇いたてするものだから、なにがあったのかと思ったモノだ」

 ……ヴァーミリオン殿下が熱心に、か。
 それはヴァイオレットさんと仲直りをしたからなのか、カーマインと相対した時にその場に居たからなのか。どちらにせよ嬉しく思ってしまう。……最初の頃はヴァイオレットさんとメアリーさんがどっちが素晴らしいかで取っ組み合いの喧嘩をしてたのに、大分変わったものだ。

「カーマインには己が罪を自覚してもらうために罰を与えるが、私達の王国の事を考えれば、カーマインに表立って罰を与える事は出来ない。その事に不満を覚えるだろう」
「いえ、そのような――」
「――さて、クロ子爵。及びヴァイオレット公爵令嬢」

 “公爵令嬢”。その呼び方に、俺とヴァイオレットさんはピクッと身体が動いてしまう。
 その動きは間違いなくレッド国王に見逃されないだろうが、“どう”思われているか。

「私の愚息によって無理な婚姻を結ばされたそうだな。愚息の不始末は私が片付けよう」

 レッド国王は椅子から立ちあがり、俺達を見下ろす。

「クロ子爵には数年以内の二段階以上の陞爵を約束し、ヴァイオレット公爵令嬢の汚名は雪ぎ」

 その所作は正に、王としての絶対的な仕草を感じられ。

「お前達の婚姻を解消し、自由の身にさせよう」

 絶対的な言葉と共に、その事実を告げた。

「お断りします」

 そして俺は真正面から断った。





備考1:“会うために学園の生徒会長になる”
学園の生徒会長就任時には、国王直々に就任祝いと激励の言葉をかけられる。
ゲームだとそれを利用して国王陛下と話すきっかけを作ろうとするイベントがある。
この世界ではフォーンが連続で会長職を担っているため、ヴァーミリオン達は国王と会っていない。


備考2:フォーン就任時
国王含め全員一度はフォーンを見失った。
それを利用してフォーンは目の力は誤魔化せたのだが、複雑な気分だったようである。

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