追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

金糸雀なりの気遣い


「身体が痛い!」
「そりゃ馬車の荷物入れは寝るようには作られてないからな」
「エルフにとっては――うん、寝辛い場所だった!」
「寝辛いんかい」

 夕方に隣町に着き、カナリアは自身の背を伸ばしながら身体を解していた。
 荷物入れの中で眠っていたカナリアは、変な体勢で寝ていたらしくすぐには動けずにいて、そのままそこで帰すという訳にもいかないので、結局一緒に隣町まで来たのであった。
 ここならシキ行きの馬車の予約も取れるだろうし、安心してシキに返す事が出来るだろう。……多分。

「じゃ、私は馬車の予約に行ってくるから、クロは早く首都に行ってきナ!」
「どうしたそのテンション――待て待て待て、お前馬車の予約とか出来るのか? シキの反対方向行きに乗って、“ああ、カナリアちゃん最近見て無いねぇ”はゴメンだぞ」
「いくらなんでも私を舐めすぎだよクロ。私も良い大人なんだからそのくらい出来るって。お金だって持ってるし」
「その台詞は見送りに遅刻しないように早めに来たけど、眠くて寝て、寒いからって寝ぼけて荷物入れに入らない奴が言える言葉だ」

 ちなみに早めにというのは出発の九時間前の午前一時だそうだ。なにがあったらそんなに早く行こうと思うのだろう。

「む、クロが冷たい。昔はあんなに小さくて可愛くて慕ってくれたのに、今じゃ背も抜いて逆らう年齢なんだね……」
「やかましい年齢不詳。俺はその小さい時から慕うと言うかカナリアの面倒を見ていたぞ」
「ちなみに私がミスしてもハートフィールド家に居られた理由は、クロの奇行に対応出来る、という理由だからね」
「……お互い様という事か」

 ランプ母さんにもよく「落ち着いて」と言われていたからな、俺。ヒトにどうこう言える立場じゃないか。だとしても馬車の荷物入れの中では寝ないが。

「すいません、ヴァイオレットさん。俺、カナリアの馬車の手配と今日泊る所を見てきますんで、先行って空間歪曲石ワープするヤツの手続していてもらえます? 一応予約は取ってあるんですが、念のために」
「分かった。一応クロ殿には――」
「私が行きましょう。さ、宿屋へ一緒に、」
「バーント、付いて行ってやってくれ。アンバー、この見た目未亡人を拘束して連れて行ってくれ。伯爵家相手だが、許可する」
「承知いたしました。レモン様に教わった【見た目は拘束されていない拘束方法】で拘束いたします」
「え、なにこれ。腕が自由に動かない上足が勝手に!? ちょ、私仮にも騎士なのになにこの扱いは!?」
「やかましいそれで済むだけ感謝しろ」

 ヴァイオレットさんは私物が入っている荷物を持ち、アンバーさんはカイハクさんと多くの荷物を持ちながら空間歪曲石のある建物へと向かっていった。
 ……ヴァイオレットさんがああいった形で敵意を示すのは珍しいな。スカイさん辺りには再会した時に似た敵意を見せていた気もするが、最近では仲の良い友達だし、あとアンバーさん本当にスペック高いよな。レモンさん直伝とか、いつそんな時間があったんだ。

「じゃあ行きましょうか、バーントさん」
「はい」
「ええと馬車と宿屋はあっちで……」
「御主人様。私が四日前に来た際に、一番良い宿は団体様が一週間滞在するとの事でしたので恐らくは予約を取るのは難しいかと」
「え、そうなんですか。じゃあ他の宿は……」
「はい、こちらにリストアップしております。カナリア様は女性ですので、最近女性客に人気のこちらの宿がおススメかと」
「あ、ありがとうございます。……ところで何故リストアップを?」
「いざという時のためにです。それとその宿屋は女性客が馬車を取りやすいように、馬車予約代行サービスがあるそうです。そちらを利用されるのが良いかと」
「そ、そうします」
「はい。そちらの宿屋が気に入らない場合は他の宿屋もありますので、条件を言って頂ければ合わせます」
「あの、もしかして全ての宿屋を把握して……?」
「はい」

 そしてこちらもなんなんだ。なにを想定すれば宿屋の全情報を把握できるんだよ。俺もある程度は覚えてはいるけど、こんなスラスラ出て来ないぞ。

「おー、流石は元公爵家の執事……というかクロ、バーント君に敬語使っているの? 御主人様なのに?」
「あー……正式に雇用主だから、やめたほうが良いとは思っているんだかどうしてもな……」
「御主人様は私とは身分が違うのですから、出来れば私共のためにも主らしく振舞っては欲しくあるのですが……優しさではなく、面倒なだけな気もしますし」
「バーントさん兄妹って割と言いますね。まぁ否定はしませんが」
「しないの、クロ?」
「そりゃ俺がなんちゃって敬語を使うのって、敬語使ってりゃそれっぽく見えるからだし。結局はそれが楽になる、ってだけで」
「クロは昔から礼儀作法は好きじゃ無かったからね。苦手って訳でも無かったぽいけど……というか誤魔化すのが上手い?」
「ほっとけ」

 前世の社会人としての経験がそれなりに生きてはいるのだが、それなりだけで、立ち居振る舞いや敬語の切り替えはそこまで綺麗じゃない。ヴァイオレットさんのように綺麗な仕草は憧れるのだが、あの動きの品位は……うん、根本が違うって感じがする。
 バーントさんやアンバーさんも所作は落ち着いていて綺麗なんだけど、種類の違う所作と言うか……ようはアレが本物、というやつなんだろうな。

「そういえば、バーントさん兄妹も所作が綺麗ですが、バレンタイン家仕込みだったりするんですか?」
「ありがとうございます。いくつか教わりはしましたが、私達の場合は様々な場所に雇われていく内に自然に今のように、という感じです。ですから同じ経験をすれば、なるような代物ですね」
「嘘だ! 私はバーント君達より長い間色んな相手に仕えたけど、所作の良さなんて身に付かなかったよ! 所作が綺麗なんてクロに言われた事ない!」
「え、ええ!? そう言われましても……!?」
「それはお前がドジなだけだ。謙遜しているバーントさんに当たるな」
「まぁでも昔はクロは私を綺麗で美人だ、って褒めてはくれたから良いけどね」
「お前はなにを言いたいんだ」
「え、クロが綺麗って褒め称えてくれたって事? クロのこの世界における“綺麗”の初めては私が奪った!」
「やかましい」

 なんて、他愛ない話をしながら俺達は歩いていく。
 いつも以上にテンションが高く、俺やバーントさんにやけに絡んでくるカナリアと笑いながら夕方の街を歩く。

――カナリアなりの気遣いだったりしてな。

 俺が国王と王妃に呼び出されて首都に行く、と知った時に一番心配していたのはカナリアだ。
 ……もしかしたら荷物入れの中で寝ていたのも、ドジのふりをした計画的行動だったかもしれない。馬車の中でも色々と会話をして絡んで来たし、こうやって話し、笑い合う事で気を紛らわせようとしたのだろうか。なにせお金は持って来ているし、寝るにしても見つからないように寝るなんておかしいからな。
 ……まぁどちらもカナリアなら天然ドジでやらかしていてもおかしくは無いが。

「どうしたの、クロ。トイレならあっちにあるよ」
「違うわ」
「じゃあどうし――はっ、まさか首都に行くのにエルフのカナリアが居ないから寂しいと言うの!?」
「ああ、寂しい寂しい。お優しいカナリアお姉ちゃんが居なくて寂しいなー」
「よし、そこまで言うなら付いて行こう!」
「付いてこんで良いわ。明らかに馬鹿にしてただろ。大体空間歪曲石の使用権は五人分しかない」
「カイハク置いてけばいいんじゃない? ヴァイオレットちゃんも喜ぶよ?」
「…………」
「御主人様、そこで“良いかもしれない”というような表情で考えないでください」
「ハハ、ソンナ事無イデスヨ?」
「ロボ様みたいになってますよ」

 若干良いかもしれないと思ったのは事実だが、流石にカイハクさんに悪い。

「ま、という訳で無理だから、カナリアはいつものようにシキでキノコの事でも考えていてくれ」
「分かったー。帰ったら極上のキノコをあげるね!」
「おう、楽しみにしているぞ」

 それにカナリアも冗談だと分かっているからこその軽口だ。互いに本気ではない。
 そもそも空間歪曲石の使用だって、今回は王族と騎士団名義だからすぐに取れただけでそう安々と取れるものでは無いし。
 もしくはロボの様に高速で空を飛んで行ければいけるかもしれないが……それも余計な考えか。ロボに頼めばどうにかなるかもしれないが、ロボはロボで忙しいし。
 後はロボのような規格外の存在が他に居て、首都に高速で移動したり出来れば別だが……まぁ、そう安々と規格外の存在なんて居ないものだ。というか居たら困る。

「おや、どうかしましたか――様。邪悪な笑みですが」
「失礼な。私は今――に従って善行を成そうとしているだけだぞ。――よ」
「成程、また迷惑行為を働くつもりですね――様」
「お前も言うようになったな――達よ」

 だけどその時の俺はすっかり失念していたのである。
 ……規格外の存在とは、割りと身近に居るモノだという事に。

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