追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

思惑と誘惑と打算(:菫)


View.ヴァイオレット


「そうなると、私はクロ殿のおこぼれを受け取った形になるのだろうか」

 私達が予想した中で、最悪では無いが面倒な事態になった事をハッキリと告げられた事に対し、私はクロ殿の代わりに会話を続けた。

「おこぼれだなんてとんでもない。貴女は――」
「クロ殿と違って私は、ヴァーミリオン殿下との不仲及び学園での振る舞いは貴族社会では知れ渡っている。いくら謝罪を受け取ったと言えども、クロ殿よりは重要ではないだろう」

 いくらヴァーミリオン殿下が軍、騎士、学園の者達の前で敢えて容認の宣言をしたと言っても、私とヴァーミリオン殿下の謝罪の件は四半期も経っていない事である。
 私との婚約破棄及び不仲は知っていても、謝罪の件を知っていない貴族や権力者は多いだろう。

「いや、私も“数年で準男爵から子爵に上り詰めたクロ子爵”によって変わった権力者扱いだろうか。クロ殿を引き込めば、彼に依存しているだろう私も付いていき、バレンタイン家を含んだ繋がりを一緒に持てる、といった」

 以前バーントとアンバーが来た時「ヴァイオレットは捨てられる恐怖から夫に全て従う女である」いった噂があると聞いた。ならばクロ殿を味方にする事は私を味方にする事に繋がると思っているのかもしれない。

「だが生憎と私を引き込んでも無意味だ。私に実家との繋がりはもう無いからな」

 ……もし私が充分に利用できるようになったとしたら、バレンタイン家からなにかしらのアクションがあるだろう。無いという事はまだ利用価値が無いと思われているか……もしくは、別の理由があって接触しないのかもしれないが。

「バレンタイン家と繋がりは無くとも良いのです。そして不仲が知れ渡っている方が有用です」
「…………、成程。その噂があるからこその現状に価値があるのか。そうなるとカイハク達にとってはバレンタイン家と繋がりが無い私の方が価値がある、という事になるのか?」
「お話が早くて助かります」

 いわゆる判官贔屓に近しいモノであろう。
 私もクロ殿も本来なら国外追放、そうでなくともこの国で貴族としての居場所を確立させる事は不可能のはずだ。
 だが、権力の繋がりが見受けられるクロ殿との婚約、不仲は覆されるといった今はそれらを覆せるのではないかという状況が揃っている。今言っていないモノの中にも元婚約者の殿下が執心な、学園内外で評価が高いメアリー達とも友となっている。
 若い新鋭と繋がりがある私ならば、“どん底から這い上がった成功サクセス物語ストーリーな元公爵家お嬢様”として担ぎ上げる事も可能かもしれない。

「だが、貴女達は保守派なのだろう? 守るべき規律を守るためなら、新たな力を引き込むのは得策ではないのではないだろうか」

 もし私の予想通りなら、【古き良き貴族を守るための保守派】である彼女達にとっては排除……とまではいかなくとも、警戒対象だと思うのだが。

「新たな力というのは保守をする上で大切なんですよ。そこの所を……愛する夫は理解していますから、素早い判断で私を送り込んだんです」
「嘘ついてるよ」
「馬鹿な夫は頭の固い思考を放棄し、碌な下調べもせず、私に碌な情報も与えず“とりあえず利用できるようにしてこい。栄えある騎士貴族のためにもな!”という命を下して私を送り込みました。殴りたいのを抑えつつ、夫が失脚すると私も落ちぶれるので、私なりに調べた後来た訳です」
「本音だよ。付け加えるならもっと調べようとしたけど、旦那さんにせっつかれ来た、と言う所かな」
「イグザクトリー。さらに付け加えると、もっと時間が有ったら先程のようには取り乱しませんでしたと思います」

 ……ようは立場が悪くなりつつあるから、焦って他が動く前に少ない情報で私達を獲得しに来たという事か。
 もしかしたらクロ殿の悪い噂も全部信用し、「そんな男なら味方――いや利用できるかもしれない!」と思って送ったのかもしれないな。もしかするとカイハクはカイハクなりに、クロ殿の事を調べたのかもしれないな。

「……ええと、カイハクさん。お疲れ様です」
「同情するなら抱いてください」
「抱きません」

 そう思うと同情したくなるが、クロ殿にハニートラップを仕掛けようとしたのは許せん。

「というか、旦那さんもカイハクちゃんに酷い事をするよね。嫁さんがハニートラップを仕掛ける可能性も大いにあると分かっていて送り込むなんてさ」
「ちゃん……。夫も自らの立場を守るために必死なんですよ。それに――」
「だとしても、長年連れ添った嫁を他の男に抱かれても良いなんて思うなんてねぇ」
「……長年?」

 そこは私も思っていた事ではある。
 騎士団の副団長と言えば、シャトルーズの父君であるクレール氏よりも年上の男性だ。身分もクレール子爵より上の伯爵であった故に、身分も年齢も下のクレール氏に上に行かれる事にプライドが許せなかったかもしれないが、妻を送り出すとは。

「ですよね。カイハクさんも騎士とはいえ、副団長の妻です。十数年来の付き合いである妻を他の男に……」
「いえ、あの……」
「だが、むしろ二十……三十年近く寄り添った身近な存在であるからこそ裏切らないという気持ちが有るのやもしれん。そんな綺麗事は言えないのだろうな」
「ええと……」
「理解しています。ですが、それがして良い理由にはなりませんから」
「クロってばそこは甘ちゃんだよねー」
「シアンだって同じ気持ちだろう」
「まぁね。でも副団長って四十代中頃だっけ?」
「私の記憶ではそうだが、急にどうした?」
「いや、似た年齢でこんな若々しく貞淑な女性を送り出すなんてなーって」
「――――」
「私が男だったらこんな若くて儚い女性、離したくないけどな。クロはどう?」
「俺に聞くなよ……って、どうしました、カイハクさん?」

 私達がカイハクさんに若干の同情の念を抱いていると、カイハクさんが何故か下を向いてプルプルと震えているのにクロ殿が気づいた。
 これは……なにかしようとしているのではなく、なにかを言いたいような……?

「――私は」
「はい?」
「私は! 先月誕生日を迎えたばかりの二十二歳! クロ領主、貴方の二つ上! というか同じ学園の二つ先輩!」
『……え』

 そして急に叫んだ言葉に、私達は固まった。
 ……え、この夫と長年寄り添い、貞淑かつ儚い大人の女性という感じが漂っているカイハクが、スカーレット殿下と同じ二十二歳……!?

「結婚も四年前だし、二十以上年上の男の後妻なの私は! 正直利用するための結婚だとは分かっていたけどね! 確かに気付いたら何故か周囲に“二十年以上寄り添った愛人を嫁にした”とか言われているけどね私は!」
「カ、カイハクさん、落ち着いて……?」
「貴方達に分かる!? 学園の頃から年上っぽいとかお母さんっぽいとか、彼氏も居た事ないのに身体持て余していそうとか言われる屈辱を!」
「え、えっと、カイハクさん……?」
「挙句には同じクラスの男子の影の渾名は“未亡人”!」

 ……当時からそういった雰囲気だったのか。

「私だって……私だって! 二つ年下の男の子となにかあるんじゃないかって期待もしてたの!」
「それは許せんぞ。というか次誘惑したら追い詰めて潰して放逐するぞ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「落ち着いてくださいヴァイオレットさん!」

 噂通りの権力者であり、そんな男性と関係を持てば現状から脱出できると思ったのかもしれんが、それだけは許せんからな。





備考
カイハク
学園卒業と同時に副団長と極秘に婚約及び騎士団諜報部に入ったとても優秀な女性。
見た目は“二十代後半から三十代前半に見える、実年齢よりは若々しく思える貞淑な女性”であるが、現在二十二歳の女性である。本人もその事を気にしてはいるが、それはそれとして武器として使っている様子。ただ今回は想定外の事も起こり、つい言ってしまったようである。
なお、実年齢は相手をよく分かるシアンですら見抜けなかった模様。

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