追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

宇宙女性(:菫)


View.ヴァイオレット


「それ以上するな。やめろ。貴女の“ソレ”は、俺にとって不快だ」
「なにを言っているんです。私は――」

 明確な拒絶の意志。
 不快を不快と隠そうもしないクロ殿は、敬称は付いているがいつもの対外的な言葉遣いではなく、見た事のない口調と声色で女性に対し迫っていた。
 いや、正確には見た事は有る。ただ私やグレイの前では見せないようにしているだけで、私達家族やシキの領民を見下す相手に対してはこのように対応する事が稀にある。

「貴女は今まで“ソレ”で惑わせてきた。狂わせてきた。――家庭を喰いモノにして来た」

 ただ、今のクロ殿は目の前の女性を見ていながら、別の誰かを見ているようであった。
 ……恐らくはシアンの言う通りの相手を見てしまっているのだろう。

「なにを言って。私はただお礼をと、」
「その目をやめろ。今の俺に人心を惑わす魔眼の類は利かん」
「っ――!?」
「言え、その目で――」
「クロ殿、そこまでだ」

 だからこそ止めなくてはいけない。
 相手の女性のためではなく、クロ殿のためにも。
 私はクロ殿の肩に手を置き、女性に迫る力に対して反対の力を加える。私が力でクロ殿に勝てるはずもないが、必要なのは精神的な力だ。

「……すみません。いえ、ありがとうございますヴァイオレットさん」

 私の存在を認識すると、クロ殿は落ち着いて感謝の言葉を言う。

「気にするな。夫を抑えるのも妻としての役割だ」
「はは……すみません」
「……しかし、すぐ落ち着いてくれたな。いざとなったらキスをして正気に戻らせる予定だったが、しなくてよかったようだ」
「マジですか。勿体ない……いえ、キスの安売りはやめてください」
「……そうだな。本当にする気はなかったから安心してくれ」

 うむ、なにを考えていたのだろう、私。

「なっ、バレンタイン家の長女――」
「駄目、動かないでねー」

 クロ殿の変化に動揺していた女性は、私の登場に逃げようとするが、なにかをする前に後ろに回りこまれたシアンに動きを抑えられた。シアンは大した力を入れていないように見えるが、動く前に最小の動きと力で挙動を行う前に封じている。流石というべきか。

「な、そしてお前は昨日の破廉恥修道女!?」
「誰が破廉恥だ。可愛いと言いなさい可愛いと」

 ……すまない、シアン。私は否定できない。

「はーい、じゃあ目を調べるよー。……うん、精神操作系の目だねー」
「!? ば、馬鹿な。私がそんなモノを持っている訳がない。大体目で相手を操作など……」
「生憎と少し前に貴女より強力な目を見たから、隠した所でバレるよ」
「私より……!? 大体なぜ私の目を見てお前は正気で……!?」

 シアンは目を見ながら女性の目の特性を見抜く。
 本来であれば分かり辛い代物であるが、以前の会長の件もあってか調査の方法と対策を問題無く行えている。

「うーん、抑えながらだと対策はまだ難しいな……」
「く、逃げ――」
「私に任せてください、シアンちゃん!」
「あ、レモちゃん、宜しく!」
「はい! 忍法――【捕縛術:丑呑】!」
「え、両手両足が外れて――うわっ、なにこれ!? 腕が生きて私を捕まえて――あ、あー!?」

 …………。問題なく行えてはいたのだが、まだ対策方法が万全でないのかレモンに捕縛を頼んだシアン。
 レモンは両手両足が取れると、それぞれがロボのような火を噴き(クロ殿曰くジェット噴射)、女性の近くに陣取ると身動きが取れないようにした。

「だ、誰か助けてください。お願いします!」

 そして女性は周囲に助けを呼ぶ。私には詳細は分からないが、以前の会長のように目の色が少し変化しているので、目でなにかをしようとしているのだろうか。シアン曰く精神操作系だから、周囲の相手を洗脳しようとしているのかもしれない。
 しかしそれは無駄だ、

「ククク……無駄さ。この酒場は既に私の黒魔術によって特定の相手以外の認識をすらズラシているからね。君の力は届きすらしないのさ……!」

 そう、この酒場は今オーキッドの黒魔術の力によって(何故か)認識がずらされて私達の事は気にも止められていない。
 今シアンの影から出現したオーキッドの言う通り、これだけ騒いでもレモンさんを含む私達以外は変わらず飲んだり食べたり、いつものように食事をしている。

「ひっ、見るからに妖しい謎の男!? 邪悪で夜な夜な処女の生き血とか求めて怪しげな奇行をしていそう!」
「…………」

 ……初対面時には私もそういった印象だから言いたい事は分からないでもないのだが、彼はシキでも善良な男である。そして精神的には意外と繊細だから、あまり言わないでやって欲しい。

「お前、私の夫に対してなんて口を……! 妻として見過ごせない……!」
「ひっ、猫が喋った!?」
「驚き、怖がっても遅い。元の姿に戻り、パンダとして貴女を――」
「猫と喋る夢がこんな形で叶うなんて。わー、可愛い!」
「…………許せないけど、撫でても良いよ?」
「ウツブシさん、惑わされないで!」

 そして同時に影から現れた猫状態のウツブシ。
 初めは夫を傷付けた事に腹を立てていたが、こんな状況で少女のように目を輝かせる女性に対して惑わされかけていた。なんだかんだ撫でられるの好きだからな、彼女。

「はっ、イカン。十五年来の夢が叶ったと思ったが、今は逃げ――」
「おーい、レモンちゃーん。キノコを納品しに来たよ――って、あれ、いないや。あ、レインボー主人さん。これ今週のキノコなんでレモンちゃんによろしくお伝えください!」
「おうよ、いつもありがとうな。所で今日は豪勢に生えてるな」
「え? ……おお、頭に私の顔を同じサイズのキノコが!? さっすがエルフの私!」
「エルフ関係無いと思うぜカナリアちゃん!」
「はは、それ美味いのか試すなよー、前もそれで腹壊したんだからな!」
「…………怪異キノコ女……そして何故皆普通に接している……!?」

 突如酒場に現れたカナリア。しかしレモンを認識は出来ず、キノコを納品する。
 そんなカナリアの頭には立派なキノコが生えており、それでいて周囲がいつもの事のように振舞う事に女性は驚愕している。

「よう、大将。今日も飲みに来たぜ。ミルクをよろしく、つまみに人参もな!」
「ひっ、うさ耳を付けた推定四十代男!?」
「刃物……刃物……ふ、ふひ、今日も一日頑張ろうね……今日は貴方の好きな蒸留水を飲ませてあげるから……!」
「ひっ、刃物と喋って水をあげている!?」
「どうだい、これから季節にすくすくと育ってくれるかい? ……。そうか、じゃあ今日からお前の名はダックグリーンだ!」
「ひっ、野菜の種と喋っている!?」
少年ショタを崇めよ。ノータッチが原則だ」
「ひっ、渋いオジ様が良い声でなにか悟りのようなものを開いている!?」
「はい、あーん。美味しいかい? ……なにやってんだ俺……」
「ひっ、スコップに食べ物を食べさせようとして自分で羞恥している!?」
「Gob……Gob!!」
「ひっ、ゴブリンが普通に入って普通に飲み物買って帰った!?」

 忙しいなこの女性。というか能力を封じる前に、口を塞いだほうが良いのではないだろうか。

「くっ、こうなったら能力を最大――」
「お、ロボちゃん。昨日は帝国方面の山に向かったが、なにか良い獲物は居たかい?」
「残念デスガ、イマセンデシタ。デスガ山菜ハ採レタノデ、コチラデナニカオ願イシマス」
「おお、了解だ!」
「…………………………。なに、あれ」

 なにかをしようとした女性であったが、ロボを見た瞬間理解不能というように固まった。

「……なんなのこの地は!?」

 そして女性はしばらく固まった後に叫んだのであった。

「クロ殿」
「なんでしょうか」
「ある意味では新鮮な反応だな」
「……そうですね。全員に律儀にツッコんでいる訳ですから……」

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