追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

フラグ回収


「え、倒れた女性は騎士団の副団長の妻……?」
「そうだな」

 そして倒れた女性の様子を確認しにアイボリーの所まで行くと、アイボリーにそう告げられた。
 今女性は病室のベッドで寝ているそうなので、容態をアイボリーに聞いた所「あとはいつ目を覚ますか」くらいだと聞いた後に、彼女について語られたのである。

「待て、アイボリー。患者の個人情報を言うのは、」
「患者のプライバシーは守られるべきなのだろうがな。あの女は患者では無いから守るつもりはないんだよヴァイオレット」
「? どういう事だ」

 俺と同じように女性の容態について聞いていたヴァイオレットさんが、アイボリーの返答に疑問顔になる。
 しかしアイボリーは女性についてのカルテを見ながら、面倒くさそうに溜息を吐く。

「あの女は自ら気絶の症状を出す方法をとって気を失わせた。そんなもん、どこぞの毒女と変わらん愚行だ。そんな奴は患者でも無い、ただの愚者に過ぎん」

 忌々しそうな表情でカルテの紙を机に放りだすアイボリー。その目はエメラルドに向けるモノとそう変わらない、面倒な相手をしているという目であった。
 それでも勝手に個人情報を言うのは良くないが……俺を心配して言ってるような気がするな。

「それで、髪の色を変えて偽ってはいるようだが、あの女は騎士団の副団長の嫁である事を記憶している」
「……何故シキに来たかは分かるか?」
「さてな。そこまでは分からんが、この女が諜報部所属であるからそれ関係ではないか」
「諜報?」
「表立って認めていない部門だ。騎士団も一枚岩では無いからな。なにか理由があってここに来たのは確かだろうよ」

 騎士団の諜報部……という事は、あの大男に絡まれていたのもワザとであったりしたのだろうか。敢えて絡まれる事で俺との接点を……考えすぎかもしれないが、注意する必要はあるか。
 しかしそう考えると、上手く偽装した相手を見抜いたアイボリーは流石というべきなんだろうな。

「だが、アイボリーは何故あの女性の事についてそんな事を知っているんだ。医者として診た事があるのか?」
「医者になる前の職業柄、とだけ言っておくぞ、ヴァイオレット」

 それ以上は答える気はない、とアイボリーは暗に告げていた。
 ヴァイオレットさんは俺をチラリとみるが、俺も詳細は知らないという事を首を横に振る事で示すと、この話題は終わらせようという表情になった。
 ……まぁ多分、クリア教関連なんだろうな。けれど隠している以上は追及はしないでおこう。アイボリーが隠すのなら隠す理由がある訳だからな。

「話を聞きたい所だが……」
「目を覚ますのはいつになるかは分からん。だがまだ寝ているのは確かだ」
「分かるのか?」
「この診療所内で起きた怪我を見逃さないように、俺はあらゆる情報を感じ取れるからな」

 ……これは隠し立てしている過去による能力なのだろうか。それとも俺達がよく知っているただのアイボリーなのだろうか。……後者かな。

「目を覚ましたら、助けたお前達の事を言っておくか?」

 これは「お前達が目的かもしれないから、下手に情報を与えないほうが良いか?」という問いかけだろう。アイボリーはなんだかんだ言ってもシキの事を考えてくれるし、俺とも仲良くしてくれる結構気さくな奴だからな。気を使ってくれているのだろう。

「伝えても構わない。屋敷の場所とかもな。ただ、」
「俺達があの女の正体に気付いた事は言わないでおく。安心しろ、俺は演技は上手い方だ。あの痴女修道女でもない限り見破られん」
「そうか。助かるよ」

 アイボリーは演技は上手いというよりは、王族相手以外には大抵同じ態度だから見分けがつきにくいんだよな。敬語を使う事もあるが、侯爵家のアッシュ相手だろうと普通に舌打ちするし。

「それじゃ、俺はこれで」

 まぁ、アイボリーの心配は無いだろう。そこは信用出来る男である。
 むしろ俺が次に会った時に演技が出来るかどうかなんだよな……ヴァイオレットさんも結構演技は出来る人だし。

「あ、彼女の治療費は」
「冒険者ギルドに付ける。お前にはいかないから安心しろ
「そこは心配してないが……ともかく、後はよろしく。なにか分かったら、出来ればで良いから教えてくれ」
「おう。対価は怪我で良いぞ」
「それは対価で良いのか。それじゃ行きましょうか、ヴァイオレットさん」
「……そうだな。ではな、アイボリー」
「ああ。体調に気を付けろよ」

 アイボリーに別れの言葉を告げつつ、診療所を去る俺とヴァイオレットさん。
 ……なんかヴァイオレットさんに今間があったような気がするな。気のせいだろうか。

「さて、仕事の続きをするとしましょうか」

 ともかく、懸念事項は増えてしまったが、今は目先の仕事を熟さなくては。そこを忘れてはいけない。
 ちなみにだが今日の仕事の量自体はそこまで多くない上、外にわざわざ出る必要もなかったりする。でも一緒に外に出た理由は、外でヴァイオレットさんと歩きたかったからである。その時間が削られたのだ。少しでも密度で補わないとな!

「……クロ殿、一つ心配事があるのだが」
「? なんでしょう」

 しかし俺が手を繋ごうとすると、今までであれば照れつつも手を差し出してくるヴァイオレットさんは手を差し出さずに不安そうに言ってくる。
 ……やはり先程の間は気のせいじゃ無かったか。しかしこのタイミングでの心配事というと、やはり女性の事だろうな。

「先程の女性だが……」
「はい」

 先程の女性。あまりマジマジとは見ていないが、黒い髪で儚げな美人、という印象がある女性であった。和服とか似合いそうだ。とはいえ、黒髪はアイボリー曰く偽装らしいが。
 騎士団の副団長の妻……という事はアレでもヴェールさんとそう変わらないか年上だったりするのだろうか。副団長がどういう御方なのかは知らないが。

――あの乙女ゲームカサスだと……ええと…………あ、そうそう。団長を目の敵にしている評判の良くない男性、だったか。

 あまり覚えていないのだが、シャトルーズルートなどで出て来るモノだと、団長であるクレールさんと裏では敵対していると言われるような人物。
 クレールさんが腐敗した騎士団を直しつつある派閥筆頭だとしたら、副団長は古き悪しき風潮を残そうとする派閥筆頭、と言う所か。
 シャトルーズが「あの男が団長になるなど……!」と、クレールさんが亡くなった事により自動的に団長になる事を憤られるような人物。だからこそシャトルーズが奮起するキッカケの一つとなるような、明確な登場はしないが、悪として語られる存在だ。

――逆に言えばそれしかないんだが。

 しかしそれ以上の情報は無い……というか、あったとしても俺は知らない。
 年齢も性格も分からないし、名前も憶えて無い。

――まぁ、状況的に無視は出来ないんだが。

 だが、妻が諜報部であり、この世界でも団長と副団長の二大派閥、というのは何処かで聞いた事は有る気がするから、警戒すべき相手ではあるのだろう。
 その相手がシキに手を伸ばそうというのなら……ヴァイオレットさんも心配するのは仕様がない事か。

「クロ殿、先程の女性に手を出さないでくれ」
「出しませんよ!?」

 しかしヴァイオレットさんが心配していたのはなんだか違う方面だった。これはアレか、儚げであり美人だから浮気を心配したとかそういうのか。

「ヴァイオレットさん、俺は妻である貴女で充分に満足しているんです。別の女性で欲を満たそうなんてしませんからね!」

 まったく、そんな心配をするなんてヴァイオレットさんは俺をなんだと思っている!

「あ、いや、そういう事では無く。騎士団の諜報部と言えば、ハニートラップを仕掛けるという噂があるのでな。クロ殿ならば大丈夫だとは思うのだが、下手に向こうのペースに巻き込まれにように、という意味で……」

 ……うん、そうだよな。諜報部といえばそういう方面もあるよな。……イカン、なんか恥ずかしくなって来た。

「す、すまない。私も言葉選びが悪かった! これは揶揄おうとして言ったのではなく、不安が先行したと言うかだな!」

 俺の羞恥を感じ取ったのか、慌ててフォローをするヴァイオレットさん。
 良いんです、フォローしなくて。俺が先走って発言したのが悪いんです。それに本音であるから恥ずかしくないんです! ……心でしか言えない辺り、恥ずかしいんだろうな、俺。なにせ――

「ク、クロ殿が私で満足してくれているのなら、私も嬉しい! ほら、互いに嬉しいのだがら別に良いではない、か……うぅ」

 ヴァイオレットさん、俺が一番羞恥を感じている所をわざわざ言わなくて良いです。そしてヴァイオレットさんも言っている途中で恥ずかしがらないでください。可愛いで殺す気ですか貴女は。

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