追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
八百話記念:あるいはこんな性別のシキ住民
※このお話は八百話を記念した本編とはあまり関係のないお話です。
キャラ崩壊もあるのでご注意ください。
読み飛ばしても問題ありません。
「やぁ、イケメンヴァイオレットさん。心が乙女な私と色んな奴らに会いに行きませんか」
「急にどうしたクロ殿」
目が覚めたら女性になっていた。
起きたら胸が丸く膨らんでいるという既視感のある事に動揺し、いっそのことシアンスタイルで開き直ってやるという感情に襲われもしたが、三度目にもなると慣れたモノで、私は着替えると佐〇拓也さんか土〇熱さんのような甘い声である、長身イケメンのヴァイオレットさんと一緒に散歩を提案した。
「もういっその事外を貴方と歩いて、乙女と言うか女性の気持ちを理解して、女性目線で大切な事を知って服飾に活かそうかと思うんです」
「なにを言っているんだ。クロ殿は元々女性ではないか」
「さぁ、デートをしましょうヴァイオレットさん! あ、グレイという少年の夢を詰め込んだ清純っ子と一緒に家族団らんでも良いですよ!」
「グレイは学園に行って今屋敷には居ないだろう」
それはそれで心配だな。グレイ(オンナのすがた)が学園に通えば色んな男に狙われるのではないかという不安がより強くなる。アプリコットが守ってくれれば良いのだが。
「よく分からないが、妻からのデートの誘いであれば断る理由は無いな」
「急な誘いでしたが、ありがとうございます」
「構わないさ。妻を乙女の気持ちにさせるのも夫の務めだ。今日一日は私も男として貴女を喜ばせよう――私の愛する妻よ」
……いかん、良い声とお顔でそんな真っ直ぐな事を言われると、敢えて自分で乙女と言う事で保っていた自我が融解してキュンとして――落ち着け、私は男だ!
◆
「くくく……おはよう、お二人共。今日も夫婦仲良いようで、善哉善哉」
「ニャー(意訳:おや、クロの様子がおかしいが、どうかしたのか?)
「……オーキッドは声が高くなり、ウツブシさんは声が低くなっている……性別変わってもそれ以外ほとんど変わってない……!」
「……なにを言っているのかな、彼女は」
「気にしないでくれ。今日のクロ殿は気持ちを切り替えているだけなんだ」
「ニャー?(それはどういう……ん、どうしたの、クロ?)」
「……なぁ、ウツブシさん。パンダ形態になったらプラカードで会話したりしない?」
「しない。なんか分からないけど、それはしない」
「ウツブシが猫形態でわざわざ喋った……!?」
外に行き、まず出会ったのはオーキッドとウツブシさん。
……だが外見はほぼ変わらなかった。オーキッドは声が高いくらいでいつもの調子だし、ウツブシさんも見た目は少し太いかな? というくらいである。
「ヤァ、ヴァイオレットクン、クロクン。今日ハ良イ天気デ――」
「お前は男になるとなんで外装まで変わるんだよ! 背が伸びるとしても根本から違うじゃないか!」
「!? エット、ナンノ話デス……?」
「気にするなロボ。クロ殿はちょっと興奮状態のようだ」
「その感想は複雑ですが、ロボ、頼みがある」
「ナンデショウ?」
「我が名はロボ! 悪を断つ剣なり! と言いながら戦艦……船を斬ったりしないか?」
「クロ殿、なにを言って、」
「良イデスネ、決メ台詞ニ使ッテミタイデス!」
「ロボ!?」
ロボはなんか浪漫溢れる武器を沢山搭載していそうなロボへと変貌していた。
なんというか身の丈以上の大刀を持ち、勢いよく全てを断ち切りそうな風貌である。くそ、今の私は女だが男心というものがくすぐられる! ……いや、私は男だけどな!
「ハッハー! ハートフィールド夫妻。どうだい、こうして会えたのは運命だから、今からでも――」
「テメェヴァイオレットさんの貞操狙うようだったら容赦しねぇぞ、この無駄に肥えた胸をあざとく揺らすカーキーめコラ」
「お、おお、ギブ、ギブだクロ。夜の誘いをヴァイオレット氏にはしないから片腕で首元の襟を掴むのやめてくれ。足が地面につかないって怖いんだぜ」
「ク、クロ殿。私は誘われても了承しないから安心してくれ!」
カーキーはなんというか、男受けが良さそうな女性へと変貌していた。
そして女のカンが告げている。コイツは“愛と性欲は別!”を刺激する、後腐れの無い女だから男にとっては正に危険であると。だからヴァイオレットさんには近付けさせないぞコラ! ……女のカンってなんだ。私にそんなモノあってたまるか。
「天使、女神、天の使徒……! ああ、何故学園に行ってしまったんだ私の天使。首都に行けばあの無垢な笑顔が汚され……い、いや、グレイちゃんは成長するんだ。それを邪魔してはならない……!」
「……女の子を愛する、良いお声な壮年期の女性鍛冶職人か。キャラ濃いなブライさん」
「私達の娘に対する複雑な感情を抱く相手にその感想で良いのか?」
「ええと……はい。同性を好きになり、手も出さないから良いかな……って」
「良いのか?」
ブライさんは女性になっても相変わらず良いお声で、少女を愛するロリコンになっていた。
女性になって少年を愛していたら困ったのだが、これなら別に大丈夫だろう。…………いや、良くないな。麻痺しているぞ私。
「あ、クロー。新しくていいキノコが出来たから持っていきなー」
「カナリアか。…………」
「どしたー?」
「背が高い細身の見た目仕事できそうなドジっ子エルフ……面倒見が良い主人公がやれやれと面倒を見るけれど、ふとした時は男を見せて攻め込む……うん、これだな」
「なんかよく分からないけど、クリームヒルトかメアリーっぽい事言ってるね」
「ああ、よく分からないがクリームヒルト系列だな」
私が慕っているように、駄目な兄を面倒見る感じで、距離感も近いから照れはするけどあっちは意識していないから妙なイラつきがあって、なんとも思われていないんじゃないかと不安な時に急に攻めて来て、求めて来るからそのギャップが――ってなにを考えているんだ私は! 相手はカナリアだぞ!?
「怪我に対して興奮するこの変態女め! 俺が毒を喰らうたびに一々突っかかってくんじゃねぇ!」
「黙れこの毒物中毒変態男が! 毒に興奮するならその粗末なモン切り落としてやろうか! 安心しろ、斬り落とした後後遺症なく塞いでやる!」
「恐ろしい事言うなこの淫乱女! 大体そんな事しても俺は毒を喰らう事はやめん。その程度では俺の毒覇道は阻めんぞ!」
「くそ、なら毒を食べた後に身体を割いて毒物だけ取り出して塞いでやるぞ! 安心しろ、キチンと塞いでやる!」
「すまん、それは実際にやりそうで出来そうだからやめてくれ、怖い」
「え、うん。出来るけどやらないから安心してください。怖がらなくて良いです」
「……うん、性別が変わっても変わらないやり取りは落ち着くなぁ」
「よく分からんが落ち着けクロ殿」
男になり背が伸びてはいるが相変わらず細いエメラルドに、怪我に性的興奮を得るマッドサイエンティストな漫画キャラっぽいアイボリー。
性別が変わっても“相変わらずだな”と、あまり変わらない感情を抱くこの二人は貴重だ。とても落ち着くなぁ。……ヴァイオレットさんは何故か落ち着けと言っているが。
◆
「……疲れた」
「大丈夫か、クロ殿」
そして私は疲れていた。
ヴァイオレットさんとのデートは色んな性別の変わった相手と出会い、終わりを迎えて屋敷に戻って来ていた。
相変わらずの者達も居れば、複雑な感情を抱く相手も多く、新鮮な体験ではあったがとても疲れた。
……というか夢の中なのに疲れるってなんだろうか、これ。
「しかしクロ殿。一つ謝罪したい事がある」
「? 疲れたのは出会った相手のせいで、外で交流をしようと言ったのは私です。ヴァイオレットさんが謝られる必要は有りませんよ」
「いや、折角のデートにも関わらず、クロ殿の望みを叶えられそうにない」
「望み……あ、デートで喜ばせるというやつでしょうか。大丈夫です。ヴァイオレットさんと一緒に歩くだけでも私は充分喜ばしいですし、楽しいです」
「――っ。すまない、クロ殿。やはり叶えられそうにない……!」
「え――?」
ヴァイオレットさんを安心させようと笑顔で楽しかったという本音を言うと、何故かヴァイオレットさんは辛そうな表情をして――私に迫って来た。
「え、ヴァ、ヴァイオレットさん。どうされたんです!?」
「クロ殿、私の叶えられないと言ったのは喜ばせるという話ではない。それが叶ったのは嬉しいのだが」
「ええと……それでは叶えられないというのは……?」
「クロ殿を乙女のようにさせる、だ」
ああ、アレか。正直アレはノリで言ったと言うか、乙女ゲームという言葉に引っ張られて言ってしまったと言うか……ともかく気に病む必要はないのだが。
「私にはやはりクロ殿を乙女のように喜ばせるなど無理だ」
「いえ、気に病まずとも――」
「――私は男として、女性であるクロ殿を独占したくて仕様が無い」
「……はい?」
今、なんと?
「乙女のように喜ぶクロ殿を見たい、希望を叶えたい……だが、今の私はクロ殿を乙女ではなく女性として、妻として喜ばせたくて仕様が無い!」
「あの、ヴァイオレットさん!?」
ええと、つまりそれはこういう事だろうか。
乙女と言うのは年若い女性や未婚の女性という意味合いもあるが、別の意味合いもある。つまりこの場合は別の意味合いをヴァイオレットさんは言っていて、女性……妻として喜ばせ、迫っているという事は――
「クロ――すまないが、抑えられない」
「ヴァイオレットさ――」
迫りくるヴァイオレットさん。
強気で来られているのに、怖いというよりは抗えないという気持ちが有り。
抗えないというのに、悪いと思わない自分が居て――
――いかん、戻れなくなる……!
◆
「――ぜぇ、はぁ、ぜぇ……!!」
そして俺は夢から目が覚めた。
ベッドの上、胸は膨らんでいなく、慣れ親しんだ男の手をハッキリと視認する。
……良かった。本当に良かった。あのまま行けばなんかマズいという事は分かっていたから、本当に良かった。
「ク、クロ殿、どうした、酷い汗だぞ、悪夢でも見たのか!?」
そして飛び起きた俺を横から心配してくれる、ヴァイオレットさん(ジョセイのすがた)。
……良かった。イケメンのようにキリッとした美形ではあるが、今日も世界一美しく可愛いヴァイオレットさんだ。
「だ、大丈夫です。ある意味悪夢ではありましたが、怖くはなかったので」
「なら良いのだが……精神的に参ったという話ではないのなら良いんだ」
「大丈夫ですよ。今の俺が参るはずが有りません。それより急に起こしてすみません」
「それは構わないが……」
「…………」
「…………。どうしたジッと見て? 寝起きなのであまり見られると、その……」
「ヴァイオレットさん。今日一日男装しません?」
「どうしたクロ殿」
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