追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

即断と宣言(:紺)


View.シアン


「うん、今日もスイ君の料理は美味しいなー」
「そうだな、ヴァイスの年齢でこの上手さだと、俺なんかすぐ抜かされるだろうなー」
「えっと……ありがとうございます」
「これも美味しい。うん、とても美味しい」
「うん、美味しい。食材への感謝が感じられる」
「は、はぁ……そうですか」
「…………」
「…………」
「…………」

 気まずい。とても気まずい。
 私達は三人で夕食を食べ、スイ君の料理に舌鼓をうっている訳だが、正直今は料理の味はさほど分からない。作ってくれたスイ君には悪いのだが、「なんか美味しいな」くらいの状態である。

――どうしよう。

 気まずい原因は分かっている。先程のアイアンメイデンの閉じ込められた件についてだ。
 スイ君には閉じ込められただけで変な事は起こっていないと説明をしたのだが、スイ君から見たら事故とはいえ乱れた服装で狭い空間に居た男女である。勘繰りもするだろう。

――スイ君は良いとしても、神父様は……

 しかしスイ君は良い。気を使っているのか、部屋を出て以降はアイアンメイデンの件について触れて来ない。
 だが問題は神父様である。
 明かりが差し込んだことにより互いの体勢と服装を認識した神父様。私の下半身に至っては“大事な所が見えていないだけ”、といっても過言ではない状態であった。
 しかも神父様の右手は私の臀部を…………忘れろ私! 神父様も思い出しては恥ずかしそうにし、忘れようとしているののに上手くいっていないと思われるんだ。私だけでも平静を保ち、気にしていないアピールをしなくては!

「ご馳走様でした。……では私は食器の後片付けをして、一旦部屋に戻ります。水につけておいていただければ、後で私が洗いますので……」
「待ってスイ君。いかないで」
「そうだぞヴァイス。もう少し会話をしていこうじゃないか」
「えっと……」

 自身の食器を重ね、そそくさとこの場を去ろうとするスイ君を止める私と神父様。
 絶対に逃がしはしない。この状況で二人きりになったら気まずいなんてモノじゃないからね……!

「えっと、私はお邪魔なようですから、あまりここに居ない方が……」
「そんな事ない! 後輩との会話は大切にしないとね!」
「その通りだ! 折角食べる人数が増えて賑やかで楽しいんだ。だから寂しい事を言うなヴァイス!」
「い、いえ、ですから、僕――私の事は気にされなくて良いですから!」
「ははは、なにを言う」
「ははは、なにを仰る」
「か、肩を掴まないでください!」

 私と神父様が同時にスイ君の肩をそれぞれ掴む。
 スイ君はまるで逃げるように去ろうとしているが、絶対に逃がさないからね……!

「あ、私、神父様が薬を調達したグリーンさん所に行って大丈夫か見てきますね! そしてそのままエメラルドちゃんと会話をしてくる! 盛り上がったらそのまま泊って来るからね!」
「おいおい、こんな時間に女の子の家を訪ねるなんてよくないぞ。神父として見逃せない」
「そうだよ、夜遊びは先輩として許せないからね」
「く、う……! お願いだから僕を隠れ蓑にしないで……! 別に教義に反するからといって、僕はなにも言わないから……!」

 あれ、スイ君なにか勘違いしていないかな。

「脱出!」
「あ!?」

 そしてスイ君は一瞬の隙を付いて脱出――というより、純粋な力を使って脱出した。もしかして今のは……ネー君の力を借りたね!? こんな時に上手く力を使うなんて……!?

「それでは、僕はこれで! おやすみなさい!」

 そしてスイ君はそのまま礼をすると、キッチンに向かって食器を水につけてから何処かへ走り去る音が聞こえていた。
 その動きはとても素早く、白い肌と赤い目も相まって身の軽いウサギのようであった。

「えっと……いっちゃいましたね」
「いってしまったな」
「…………」
「…………」

 そして流れる気まずい間。
 互いに顔をまともに合わせられず、会話も無い。かといってここで自分から去るのはなにかに負けるのではないかというような不思議な感覚。
 相手から話して欲しいと思う一方、自分から話さなくてはならないという――

「シアン」

 そして最初に言葉を発したのは神父様だった。

「は、はい。なんでしょう」

 私は神父様の、先程までとは違い真剣な声に身を正しつつ返事をする。

――ど、どうしよう。先に謝るべきなんだろうか。

 あの状況を作り出したのは私の責任だ。故に本来なら私から言葉をかけ、謝罪しなければならない立場である。
 けれど神父様が私を呼びかけた以上は、私は神父様の言葉を待つべきなのだろうか。そして神父様からの言葉の後に応じた言葉を言う。それが礼儀かもしれない。
 いや、まだあの話題をするとは限らない。ならばまだ私から話題を振っても良いのだろうか――駄目だ、混乱してきた……!

「責任はとるつもりだ」

 混乱していると、神父様の言葉に私はふと混乱が収まり、困惑が産まれた。
 責任……え、責任ってもしかして……

「女性と密着して、着衣を乱し……触れてはいけない場所に触った。ならば男として責任を取るつもりだ」

――やはりそういう意味の責任ですか! だけどその“責任”の使い方だと別の意味に取られますよ!?

 と、ともかく、神父様は責任……私に告白しようとしている。
 この告白は私と付き合う事になった時の告白ではなく、もっと先の……今の状態から先に行く告白。

――それは。

 告白した相手と家族になり、相手の生涯を自分と共に居てくれという意味での告白。
 何度も夢見た、神父様に言われたいと思っていた言葉。それを今まさに神父様はしようとしている訳だが……

「だからシアン。準備もなにも出来ていないが、誓わせて欲しい。俺と――」
「嫌です」
「結――え?」

 神父様は覚悟を決めた表情で告白をしようとしたのだろうが、私は最後まで言い切る前に断った。
 神父様もこんなすぐに断られるとは思わなかったのか、私の言葉に不意を突かれた様な表情をする。

「え、シアン、今……」
「嫌です。神父様としては覚悟を決めた言葉だったかもしれませんが、私は嫌です。……こんな事故の形で、責任を取られても困ります」

 神父様は本気で、真剣で。告白に対し私が「はい」と言えば本当に婚姻もする気であっただろう。
 それは不可抗力な事故から始まったモノであったとしても、言葉自体は本音だ。不器用な神父様が建前だけでそのような事が出来るとは思えない。
 そして健やかなる時も病める時も、私を大切な妻と扱い、夫として互いに愛し、支え、助け合う事を本気で誓う。神父様はそういう性格だ。

――だけどそんな事は望まない。

 私が告白した時のような、誘拐されて心情の発露する魔法をかけられた事をキッカケに気持ちに気付き付き合う事になった、というように最初キッカケは事故でも、これから歩む生活に幸福が待っているかもしれない。
 けど……これは、嫌だ。
 これはそんな、私の中の我がままで面倒な部分の心情のぞみである。

「確かに事故かもしれない。だが俺はシアンの触れてはいけない所に触れ、やってはならない事を――」
「それを言ったら、以前私と神父様が同時にこけ、メイド服を着た私の服の内側に神父様が頭を突っ込んだ時もありましたよね」
「うぐ。あ、あれは……」
「神父様は私のお腹や……谷間に顔を埋めた訳ですが、あの時は付き合うとかそういう責任を取ろうとしませんでしたよね」
「そ、それはだな」

 思い返すと恥ずかしいが、あの時神父様は私の身体にモロに触れている。先程よりもあの時の方が大事な所に触れられている。……いや、どちらが大事な所なのかというのは疑問ではあるが。

「ですから、今回だけ責任を取って結婚するとか言うのは信用出来ません。ムラムラして行けそうだから確保するぜ! くらいの軽薄さ――カー君のような感じです」
「カーキーと同類……!?」

 私の言葉にショックを受ける神父様。
 気のせいかもしれないが、私が即断した時よりショックを受けてないかな。……と、それはともかく。

「……嫌なんです。そんな告白は。本当は私だって、魔法によって本音に気付いて、私を案じた神父様が身を引こうとしてそれを引き留める形で告白、なんてしたくなかった」
「シアン……?」

 私の話ではないが、コットちゃんはあの時のレイ君からの告白キスに後ろめたさを感じていた。
 あの時は魔法の後遺症であるため“自然と沸き上がった感情で、自分の意志で行ったものでは無い”と罪悪感を感じていた。

「……神父様が気持ちを決めたのは嬉しいです。今回の告白も、事故とはいえ真剣に考えた結果の答えだったかもと思うと、私は嬉しいです」

 ……私はあの時告白に成功したと浮かれてはいたが、今思うと……

「そうだ。俺は本気で思った。誰でも良いから告白をしようとしたわけではない。シアンだから、好きな女の子だから告白を決心して――」
「ですが!!」
「!?」

 しかし私は思うのである。
 コットちゃんはあの時の事が後遺症の結果のレイ君からの告白でではないかと疑った。
 私は魔法がキッカケで気持ちに気付いてくれたお陰で告白が成功した。
 どちらも言霊魔法がキッカケの告白だとしても、決定的な違いが一つあるのだ。

「けど私は嫌です! 事故での告白なんて真っ平ゴメンです! というか神父様に告白されるというのが気に食わないです!」
「えぇ!?」

 そう、決定的な違いはどちらが告白したかだ。
 神父様も告白のような事はしたが、一つ手前で止まり身を引いてしまった。だから私は告白したのである。そこは大きく違う!

「良いですか、私は神父様が大好きなんです! それなのに私から告白をさせないなんて神父様は酷い事をするんですか!」
「え、いや、ごめん!?」
「それに私が神父様に告白“される”んじゃないんです。神父様に告白“させる”んです。事故でもなんでもなく、女としての魅力に気付かせ、鈍い神父様でもなくてはならないと思うようにさせてから告白させるんです!」
「え、えっと……!?」

 ああ、もう、私はなにを言っているのだろう。
 自分で自分の言っている事が滅茶苦茶だって分かっているし、神父様も変とか面倒とか思っているのではないのだろうか。

「だから覚悟してくださいよ!」

 でも言った言葉は飲み込めない。だから私は言葉を続ける。

「事故でもなんでもない時に、神父様が私を大好きで仕方ないと思って、自然と感情が沸き上がって結婚したいと思った時に!」

 私はビシッと立ち上がり神父様に宣言する。

「私は告白しますから――最高の返事こくはくを用意していてくださいね!」







「――で、昨夜そんな事を言ったから、神父様がいるにも関わらず、朝から俺の屋敷に朝食をたかりに来た、と?」
「……うん」
「まぁ良いじゃないか。神父様も分かったと言ってくれたのだろう?」
「そうだけど……素直に告白受けてればよかったかな……って」
「啖呵を切っておいてそこかい」
「だって……もっとロマンティックに告白して欲しかったし……指輪も無いのに告白されても嫌なんだもん」
「だもん、って……」
「ふふ、気持ちは分かるがな」
「けど、神父様は次の覚悟を決めるのに、数ヶ月どころか下手をしたら数年単位になりそうだし……」
「あー……」
「神父様はそういう所あるな……だが、シアン」
「どうしたのイオちゃん……勝ち組のお言葉かなにか……?」
「その勝ち組に愚痴りに来てよく言う。シアンは事故をキッカケにした、“すぐ”の告白が嫌だったのだろう?」
「うん……」
「ならばシアンの行動は間違いではないぞ」
「どういう事……?」
「なに、すぐに分かるさ。神父様は準備さえあれば……後はシアン次第、という事だ」
「ああ……成程、(好きな相手に言われた以上は、応えるためいつでも……という事ですか、ヴァイオレットさん)」
「(そういう事だ、クロ殿)」
「? え、なに、なんで二人共分かったような感じになるの」
「まったく、シアンは神父様の事になると鈍くなるな」
「ですねー。けどそこが良い所なんでしょうが」
「言えてるな」
「あ、なにその微笑ましいモノを見る目! 先を行く勝者の余裕!?」
『そうだな』
「くっ、腹立つなこの夫婦!」

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