追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

やったね!(:紺)


View.シアン


 間近に迫る神父様の顔。
 互いに乱れた着衣から見える肌。
 神父様が覆いかぶさる形で密着し、体温や鼓動を感じる。

「……神父様」
「……なんだろうか、シアン」
「……私の身体は、気持ち良いでしょうか」
「……この状況でそれを聞くのか。…………柔らかくて、良い香りがする」

 答えなくても問題無い問いに対し、素直に答える神父様。
 そしてその答えに私の頬はより熱くなる。私も聞かなければ良かったのだが、話題を逸らすために、なにかを聞かざるを得ない状況だったのである。だとしてももう少し違う質問をすべきだったとは思う。
 気持ち良いかってなんだ、気持ち良いかって。私が神父様の身体が良いと思ったからつい出てしまった言葉ではないか。煩悩に溢れすぎているぞ私。
 しかしそれにしても……

――……どうしてこんな事になったんだっけ。

 何故私は、こんなにおいしい場面に出くわしているのだろう。







――始まりは確か、妙に疲れているように見えたイオちゃんを見かけた時だ。

 お昼ご飯を食べ終え、食後の休憩中に外で風に当たっているとイオちゃんを発見した。
 イオちゃんは季節の変わり目には体調を崩しやすいみたいなので、私は心配をして声をかけたのだが。

「…………。イオちゃん、大丈夫? マッサージとかしようか?」
「? いや、平気だ。今日は気付けばお昼前まで寝ていたからな、むしろ元気な方だ」
「そう。…………良かったね」
「? いや、寝過ぎなのは自堕落であるから、良くはないような……?」
「でも、よく寝れて気分が晴れたのなら良いんじゃない?」
「それはそうだが……シアン、なにか様子がおかしいぞ」
「はははー、気のせいだよ」

 近付いてよく観察すると、ある意味疲れてはいるのだが、私の心配した方向の体調不良では無かった。
 なんというか、昨日の今日でもうなのかというか、早速かと言うか、環境の変化って大切なんだなとか色々感想を抱くイオちゃんの様子だったのである。
 ヒトの機微には敏感な方な私ではあるが、こういう時はもっと鈍感で良いのにと思ってしまう。

「シアンは今から午後の仕事だろうか?」
「そうだね。今スイ君が食器の後片付けをしているから、それが終わって少し休憩したらだけど」

 ちなみにスイ君とはヴァイス君の事である。
 先日の封印・吸血鬼の件で色々ありはしたものの、他の子達とは違って未だにシキで修道士見習いをしているスイ君。
 あの子はよく働くし、真面目だし、敬虔であるしで本当に良い子である。それに封印の件以降は少しずつだけど明るくなってきているし、とても可愛い後輩だ。
 それに料理も私よりも上手だし……くっ、何故私の周囲には料理上手男子が多いのか……!

「ヴァイスも元気にやっているのならば良かった。シアンや神父様とも上手くやっているようだな?」
「うん、とてもね! ……けど、私と話すと視線を逸らす事があるんだよね。まだ話すのは慣れていないみたい」
「ああ……うむ、そうだな。……ヴァイスと上手くやるんだぞ、シアン」
「? うん、可愛い後輩の面倒はキチンと見ないとね。仕事は手取り足取り教えているよ、なにせ見習いは一人だけになったし」
「…………神父様に嫉妬されたり、あまりヴァイスを惑わせないようにな」

 何故そこで神父様の嫉妬が出て来るのだろう。それにスイ君を惑わすなんてする訳無いじゃないか。
 なにせ私が感謝の言葉を言うと顔を少し赤くして視線は逸らすけど、私を姉のように慕ってくれているのだ。シューちゃんほどに無いにしても先輩や姉貴分として立派な修道士にしてみせる!

「ところで神父様は教会の中だろうか?」
「神父様は腰を痛めて動けないグリーンさんを治すため、なんかあの山の天辺に生えている薬草を取りに行ったらしいよ」
「……あの山、とは遠くに見えるアレだろうか」
「うん、往復二十五キロくらい。多分夕方前には戻って来ると思う」

 エメちゃんから聞いたのだが、今回のグリーンさんの腰痛は腰の根深い所にあるらしく、ほっとけば一週間で治るそうなのだが、すぐに治すには薬草が足りなかったらしい。
 それを偶然聞いた神父様が、「必要ならば採って来るぞ」と即決して即行動で向かったらしい。

「相変わらずだな」
「相変わらずだね。帰ったらお説教するけど」

 人助けに即行動なのは神父様の美徳ではあるが、それはそれとして説教はする。もっと準備してとか私も連れて行って欲しかったとか。

「ところで神父様になにか用? 伝言があるなら伝えるけど」
「いや、昨日アドバイス……のようなものを受けたのでな。そのお礼を改めて言いたかったくらいだ。だからまた会った時に言うよ」
「なら良いけど」

 昨日受けたアドバイス、という時点でなんか変な予感――では無いが、今日のイオちゃんの様子に関係していなくもない気がする。
 ……まぁ神父様は鈍いし、感謝の言葉を受けたら素直に喜ぶだけだろうからいっか。

「それともう一つ用があるのだが」
「それは私でも大丈夫なヤツ?」
「うむ、こちらはシアンか神父様になのだが……教会の地下があるだろう?」
「……お風呂場の方? それともクローゼットの下の方?」
「お風呂場の方だ」
「そっちか……」

 教会の地下。しかもお風呂場の方と言われると、あの目に痛いエスでエムなあの部屋だ。正直あの空間は苦手である。
 中にあった価値のある本とかは持ちだしたので、価値のない道具類を撤去したい。けど、固定されている奴もあるから撤去しようとするとそれなりの労力が必要だったりするし、無理に撤去すると魔法が発動するんだよね、あそこ。
 盗人対策とかではなく、エルちゃん曰く「あ、これエムの相手が魔法を唱えると反応して対象を苦しめるセルフエム用の魔法だ」との事らしい。セルフエムってなんだセルフエムって。
 一応解けなくはないのだけど、他になにが眠っているか分からないので放置が得策なのである。一応はエルちゃんに魔法を調べて貰っているので、類似魔法が判明次第対策を練る事になるのだけど。お陰で未だにお風呂に入るたびにあの部屋の光景を思い出して若干嫌になる。

「それであの部屋がどうしたの。使いたいの?」
「使わん」

 なんだ使わないのか。イオちゃんだったら道具を全て使いこなせそうな気もするけど。

「あの部屋の魔法陣なのだが、特に希少価値が高い訳でもなく、解除による危険性はないと判断された。こちらで解除を行っても良いとの事だ」
「やったね!」
「そんなに嬉しいのか……必要ならヴェールさんの研究機関が人員を派遣するそうだが」
「即刻解いて、全てを灰にしてやる! コットちゃん――は居ないから、ローちゃんに灰燼に帰させる!」
「部屋ごと壊さないようにな」

 ふふふ、どう壊してやろうか。あの部屋の話になるたびに神父様と気まずい雰囲気になった恨みを晴ら八つ当たりしてやる……!
 そうと決まれば早速取り掛かろう。神父様が帰って来た時には綺麗にして喜ばせよう。そしてあの地下空間を災害用の避難部屋にするのだ! ……そのためには入口をどうにかしないと駄目だけどね。

「シアンお姉――シスター・シアン、お待たせしました!」

 私が意気込んでいると、私を姉呼ばわりしようとしたけどイオちゃんが居る事に気付いたため言い直したスイ君が現れた。別に恥ずかしがらずに呼べばいいのに。

「さぁスイ君。今日の午後からの仕事は変更して掃除になったから!」
「え、あ、はい! それは構いませんが、どちらでしょうか?」
「教会の中! ふ、腕が鳴るぜ……!」
「シスター・シアン。いつになくやる気に満ち溢れていますね!」

 さて、人員も一人も確保した事だし掃除を始めるとしよう――って、おっと?

「イオちゃん、なに?」

 意気込んでいると、イオちゃんに腕を掴まれ抑えられていた。どうしたというのだろう急に。

「いや、ヴァイスにあの空間を見せるのか? 彼には刺激が強いのでは……」
「ふふふ、なにを言うの。……刺激が強いと感じるのはね、道具の意味が分かるからなんだよ。スケベ心が刺激を増幅させるんだよ」
「スケベ心言うな」
「意味を分からないなら平気なの。そして分かったとしても壊せば“悪いモノを排除する”という事だから大丈夫。それに変に過保護は成長の妨げになるよ! だから壊す!」
「それはそうかもしれないが……今更だが、シスターが感情のままモノを派手に壊すのは良いのか?」
「……よし、行くよスイ君!」
「よく分かりませんが、はい!」
「おいシスター」

 私達はイオちゃんの忠告を華麗にスルーして片付けを開始するのであった。

――振り返れば、ここで落ち着いていれば良かったんだと思う。

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