追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【17章:恋愛攻防】 始まりは餞別報告


「身の回りの事には気を付けるんだぞ。特に体調にはな」
「周囲の目は厳しくとも、独りではないという事を忘れるな」
「はい、頑張ってきますクロ様――父上、母上!」

 火輪たいようがまだ東の低い位置にある、とある陽気な春の日の午前。
 俺達はグレイとアプリコットの見送りに来ていた。
 見送り、というのはついに来てしまった学園への旅立ち。今日がその日なのである。

「くっくっくっ……安心するのだクロさんにヴァイオレットさん。次にシキに来る頃には一回り成長した我と弟子の姿に刮目する事だろう!」
「おー、首都の食べ物は美味しいって言うからね。太らないように気を付けてね!」
「カナリアさん。そういう意味ではない」
「成長……成長か……次帰って来る頃には立派に成長して戻って来るんだぞ我が天使グレイ君……!」
「はい! ブライ様と会えなくなる事は寂しいですが……その会えなかった時間に見合う男として帰って来ますからね!」
「ぐふっ! ……ああ、やはり成長していく少年ショタも良いモノだ……!」
「? どうしたのでしょうか……と、アイボリー様、こちらはなんでしょう」
「薬と包帯、そして治療方法をまとめた本だ。俺が居ない間に治しきれない傷を作られても迷惑だからな。怪我は俺が居る時にするんだぞ」
「お前の怪我好きはどうにかならんのか……ほらグレイ。毒……ではなく栄養剤だ。体調が悪い時にはこれを飲め。保存も一年は効くからな」
「ありがとうございます!」
「アプリコットお姉ちゃん。しゅとでもがんばってね?」
「ふはは、安心するがよいブラウンよ。……(手紙も会長に直接渡すから安心するのだぞ)」
「(ありがとね。おへんじ待ってるって伝えてね)」
「(うむ、任せるが良い!)……ああ、それとシアンさん、神父様。我の家に残っている調味料は好きに使って良いぞ? 代わりに偶に空気の入れ替えをしてくれ」
「お、それはありがたい。これで料理の幅が大きく広がるな」
「おおー、神父様の料理がさらに美味しくなるなんて、楽しみですね!」
「……シアンさんは料理で胃袋を掴む作戦はどうなったのだ。我も色々と教えてはいたが……」
「……適材適所!」
「…………」
「ごめんコットちゃん。頑張っているからそういう目で見ないで」
「はは、シアンは気にしなくても十分上手だし、好きな味だぞ」
「神父様……!」
「見送りの場でイチャつくでない」

 そして見送りには俺とヴァイオレットさんだけでなく、結構な数が来ていた。
 元々面倒見が良かったり、場を明るくして多くの友好関係を築いた息子達だ。この数も納得と言えば納得である
 あと皆が色々渡しているが、荷物は出る直前じゃなくって前日に渡して欲しい……いや、餞別として送っているのかもしれないが、加減して欲しい。

「しかし学園生か……制服姿は見たが、やはり入学式で着ている姿を見たかったな……」

 本当だったら俺は一緒に首都まで行って入学式という晴れ舞台をこの目で焼きつけたい。ロボに借りるか首都でカメラをレンタル(※とても高い)して写真に収めたい。
 のだが……ヴァイオレットさんはともかく、俺はまだ第二王子の手配がどこまで生きていて浸透しているか分からない状態なので行く事が出来ない。

「我もクロさん達に来て欲しくはあるが……仕様があるまい。ただでさえ忙しい身……というよりは、離れ辛い立場なのであるからな」

 俺が呟くと、一時的に餞別から抜け出したアプリコットに言われる。
 ……まぁ、アプリコットの言うように、首都云々よりも他にも封印とか帝国とか色々やる事があるのでシキを離れられないというのもあるんだが。割かし奔放な領主であるとはいえ、出来ない事だって多くあるんだ。

「でも、ヴァイオレットさんだけでも行っても良いんですよ?」

 だけどヴァイオレットさんだけでも首都に行った方が良いのではないかと思う。
 ヴァイオレットさんは俺と違って元々首都には自由に行き来できるし、ヴァーミリオン殿下達とも和解したのだから入学式に保護者として問題無く参加出来る。仕事は俺がシキに居ればどうにかは出来るし。

「前にも言ったが仕事で忙しい夫を放り出しては行けない。グレイとアプリコットの晴れ舞台はもう既にシキで見た。後は信じて送り出してあげるのが、母親としての役割だ」

 しかしヴァイオレットさんはそう言って小さく笑みを浮かべながら返してくれた。
 ……本当に最高のお嫁さんである。こんなに良いお嫁さんが俺のお嫁さんで良いのだろうか。いや、良いに決まっている。

「ま、忙しいとは言え、弟子が首都に行くにあたってクロさん達はあの屋敷に二人きりなのだ。我達が行った後は父親と母親ではなく、屋敷で夫婦らしい事をするチャンスと思うが良い」
『うーん……』
「む? てっきり照れると思っていたのだが、そうでもないのか?」

 アプリコットの言葉に複雑な表情で反応する俺とヴァイオレットさん。
 言いたい事は分かるし、その事自体は緊張もするのだが……その言葉自体はちょっと不安なんだよな。というかアプリコットは照れさせるつもりだったのか。

「前回アプリコットに似た言葉を言われて、結局はバーガンティー殿下達が来てクーデターとかあって二人きりでもそれ所じゃなくなったからな……」
「そうだな、平穏への期待は事件への前触れになる気がしてならないと言うか……」
「いや、気にし過ぎではあるまいか。……とは言いにくいな」

 シキの領主になってから俺の人生は忙しい時期が多かったが、特にこの八か月は忙しい。ヴァイオレットさんが来た事により領主としての仕事は大分楽になったのだが、代わりと言うように別方面で忙しくなったかな……平穏が来てくれれば良いのだが。

「我も去年の今頃は我と弟子が学園に行く事も想像がつかなかった訳であるからな」
「ああ。私も婚約破棄されて素晴らしき旦那様と会い、挙句にはゲームの悪役と瓜二つであった、なんて言われるとは思いもよらなかった」
「後者は想像出来た方が問題ではあるまいか? ともかく、なにがあるか分からんな。……しかし、波乱の新婚生活だな、クロさん達は」
「平穏は欲しいが、シキの領主の時点で半ば諦めている。……ま、でも悪くはないさ」

 シキの領主になったお陰でグレイとも会えたし、アプリコットやカナリアとも生活できるようになったし、ヴァイオレットさんとも出会った。
 それにシキが犯罪者集団で言う事を聞かない、という訳でも無いので今の立場は嫌いではない。むしろ恵まれていると言っても良いだろう。……その分、ハートフィールド家の実家や兄弟には迷惑をかけたのだが。そこは……開き直りはしないが、悪くは思うし、悪く思って欲しいという事で、お互い様だと思っておこう。

「しかし、未来に平穏が起こるかは分からないが……」

 アプリコットは俺の諦めている発言にどう反応して良いか迷っていると、コホンと言い佇まいを直してから俺とヴァイオレットさんを見る。

「貴方達ならば心配は無用だな。なにせ我の友であり、弟子の……いや、我と弟子の親なのだからな」
「アプリコット……」

 アプリコットは帽子を外して礼をして、顔を上げるといつもとは違う落ち着いた笑みを浮かべる。

「……いってきます、クロさん、ヴァイオレットさん。僕が学園に通えるようになったのも、貴方達が居てくれたお陰です」

 右眼はまだ眼帯をしているため左眼だけしか見えないが、その笑顔はアプリコットの好きな、帽子にも付いている山茶水仙花サザンスイセンカのように素朴でありながらも力強さを感じる、綺麗な笑みであった。
 ……ああ、くそう。そんな事言われたら泣きたくなってしまうじゃないか。折角昨日の内に我慢しようと思っていたのに――

「そして次に帰って来る時は、弟か妹の報告を待っているからな!」
『ごふっ』
「ではな、クロさん、ヴァイオレットさん! 我は他の者達と別れの挨拶をして来るから、お二人は弟子と会話してくると良いぞ! フゥーハハハ!」
「おいコラ、惑わせる言葉を言い残して行くな!」

 俺の静止も意味はなく、アプリコットは高笑いをしながらグレイを取り囲んでいる集団の元へと戻っていった。

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