追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
修道女らしく(:紺)
View.シアン
今、教会のヴァイス君の部屋に私とシューちゃんは居た。
帝国の少年達の件はクロ達に任せ、シューちゃんの応急治療も終わり、アイ君の本格治療も終わり、私だけで看病をしていた所をシューちゃんがこの部屋に来たのだ。
「……よく眠っているね」
そしてシューちゃんは眠っているヴァイス君を見ながら呟いた。撫でたりせずに呟くだけに留めているのは、今日一日で知らない事を知って距離感を決めあぐね、接し方が分からずにいるのか。
もしくは純粋に寝ているのを起こしたくないのかもしれない。というのも、ヴァイス君は今この寝る状態になる前にとある会話があったのである。
『そろそろ身体に負担もかかるのでワタシは眠る。だが、気を付けるんだぞ』
『気を付けるってなにが?』
『今回は本来有り得ない目覚めだ。ワタシは元々少しは僕……ヴァイスの記憶は有しているが、その逆は無い。しかし、強制的に目覚めた以上、何処まで覚えているか分からない』
『成程……分かったよ。それと目覚めた後の後遺症にも気をつけておくね、オルタ君』
『頼むぞ。……後、ワタシの名前はシュネーだ。その呼び方はやめてくれ』
と言ってシュネー君は眠り、そのまま眠った状態のヴァイス君が現れた。どうやらシュネー君が起きていると血の影響で身体能力は向上するようだが、元の身体は同じなので長時間起きているのは難しらしい。ただ、それはあくまでも先程のように戦闘状態になった場合にのみ難しいらしく、ただ起きるだけならそこまでの負担はかからないとか。
ともかく今はヴァイス君の身体に負担がかかって眠っている状態なので、シューちゃんとしても眠らせてあげたいのだろう。
「……今までも何度も目覚めていた、か。……ふ、弟の変化に気付かないなんてね」
「シューちゃん……」
そしてシュネー君がそのような事を分かるのも、今まで何度も起きていたかららしい。
起きた時には自分の事ばかりで周囲を把握出来ずにいたため、姉であるシューちゃんの事もよく分かっていなかったらしいが、シュネー君曰く「思い返すと何度か抗い難い声については聞き覚えがある」との事なので、シューちゃんと一緒に居た時も目覚めてはいたのだろう。
今まで一番近くで見て来た最愛である弟の変化に気付かなかった。それがシューちゃんにとってはショックであったようだ。
「でも仕様が無いって。余程の変化や予兆は無いと気付かないモノだって。男の子ってコットちゃんみたいな“内なる自分……!”的な事が好きだし!」
私はシューちゃんを慰めるためにコットちゃんを例に出して慰める。そしてごめん、コットちゃん。引き合いに出したお詫びに明日になにか奢る。
ともかく、通常であれば“弟の中に吸血鬼が眠っている”なんて思わない。余程な事がない限り気付かないのだから、シューちゃんは悪くないと励ます。
「確かに何度か歯と爪が鋭くなり身体能力が急激に向上したり、苦しんでいるから理由を聞いたら血が欲しいけど我慢している、と言ったり、話しているとモンスター達と話している感覚があったり、魔力が急激に変質している時は何度もあったり、その事を覚えていないような事はあったんだけど……」
「気付きなさい」
弟を信じてあげたかったのかもしれないけれど、今までに予兆はあったんじゃないか。さてはヴァイス君の事になると“好き”が先行して大抵を愛するタイプだね?
「だってそれも全ては愛おしいヴァイスの個性だと思って……」
……まぁ、シューちゃんがヴァイス君の事好きなのは分かっている。写真なんて普通だったら手に入らないモノを持っているし、仕事もヴァイス君が成人するまで健やかに育つのを目的としていたくらいだし、ヴァイス君が好きなのは伝わって来る。それが不器用な方向に舵を切っているだけだ。
……よし、それならこの場は姉弟水入らずにしたほうが良いかな?
「それじゃ、私はクロ達の手伝い出来る事ないか探してくるから、ヴァイス君の事はシューちゃんに任せ――」
任せるからね、と言おうと部屋を出ていこうとしたのだが、その前に腕をガシッと勢いよく掴まれた。怪我をしていたのにこの握力。流石はアイ君が治療しただけあるね。
「美美美美美美、待ってくれ」
「なにその声。発音が何故か妙な感じに聞こえて来るんだけど」
「急に私達だけにしないでくれ。姉弟水入らずでなにを話せば良いんだ!」
「今までシューちゃんはどうやってヴァイス君と生きて来たの」
「ヴァイスが起きるまでシアン君も一緒に居てくれ! たった二日で私より慕われた君が居た方がヴァイスも喜ぶ――ぐぅっ」
「自分で言って自分でダメージを受けないで」
私はヴァイス君に慕われている……といえば慕われてはいるのだろう。
けれどあくまでも先輩としてだし、顔を合わせようとしない事が多いしで、まだ壁はあると思うんだけど。むしろクロの方が慕われているのではなかろうか。
「よし、お金か。お金が欲しんだな! 雇うから今日一日ここに居てくれ!」
「シスターを買収しようとしないで!」
「では私の美を自由にして良い権利はどうだ! 身体をじっくり鑑賞しても良いし、触っても良いぞ!」
「いらない!」
シューちゃんが綺麗なのは確かだけど、そういった趣味は無い。芸術的ではあるのかもしれないけど、生憎と私に芸術は分からないし――ん?
「……別にシューちゃん、ヴァイス君と話すのが嫌な訳じゃないんでしょ?」
「それは勿論だが……正直私はどうすれば良いか分からないんだ」
「そのどうすれば良いか、と言うのは、ヴァイス君が“私の知ってる可愛い弟”とは違って“普通”じゃないから、もう話したくないという事?」
「違う!」
私の言葉に勢いよく否定するシューちゃん。その瞳と言葉には、私の発言に対する怒りが隠しきれていなかった。
「私にとってヴァイスは最愛の弟だ。それは変わる事はない。例えヴァイスが世界を敵に回そうと、私だけは味方する。間違った事をしようとするのなら、正した上で一緒に罪を背負う。それは――それは、ヴァイスが吸血鬼の血を内包していると知った今でも変わりはない」
「じゃあ、なにが分からないの? 言葉だけではなんとも言えるけど、結局分からないのなら、その高尚な目的は思うだけだったって事でしょ?」
私は“高尚な”と言う部分を特に嘲笑を含んだ声で告げる。
「――――っ!」
私の言い方と表情が癇に障ったのか、シューちゃんは私を鋭く睨みつけた。
……勢い余って平手打ちくらいは来るかと思ったけど、そこまではしないようだ。シューちゃんはただ先程のヴァイス君……シュネー君のように鋭く睨んでいるだけである。
「……私にとってヴァイスは……生きる希望なんだ」
「うん」
「親に捨てられても……ヴァイスが私を“お姉ちゃん”と呼ぶだけで……嬉しくて、嬉しくて……悲しみを超えていける」
「そっか」
「ヴァイスが健やかに育つためなら……私は私を犠牲にしてでも惜しくはない。そう思っていた」
「うん、それで?」
「けれど……怖くなったんだ。私がヴァイスの知らない所を知った時衝撃を受けた様に、ヴァイスがヴァイスの知らない私を知った時……私を受け入れてくれるのかを」
「……そっか」
段々と弱々しく、懺悔するような声で私に告げて来る。
シューちゃんはヴァイス君を受け入れるのに、衝撃は受けるかもしれないが受け入れる自信はある。しかし、その逆が成り立つかが不安のようだ。
思えばシューちゃんは美しさを誇示する事は有っても、それ以外に自信を持つ所はあまり見ない。ようは普段の様子や美しさの誇示からそう見えないだけで、シューちゃんは結構臆病なのだ。
自己愛が強いとも言えるが、もしかしたらそうする事により、あらゆる孤児院で弟を守るために振舞えたのかもしれない。
――……もしかしたら、臆病なんじゃなくって弱虫なのかもしれない。
けれどシューちゃんは大人びてはいるのだが、私より二つも下なんだ。それに私と違って頼れる存在は少なかったかだろうし、それも仕様が無いのかもしれない。……モンスターと話せるというのも起因しているかもしれないが。
しかしシューちゃんの意外な一面は置いておくとして。
「ま、そういうのはね」
私はシューちゃんの肩を掴み、笑顔を作りながら近付く。
「今も起きている最愛の弟に、きちんと話してあげた方が喜ぶよ」
「……え?」
そして肩を持ってシューちゃんの身体を動かし、ベッドで寝てはいるが眠ってはいないヴァイス君の方へと向き直らせた。
「ええと……おはよう、お姉ちゃん」
「い、いつから起きて……!?」
「多分シューちゃんが私にここに居させるためにお金を渡そうとした時だよね?」
「う、うん。そうだよ……あ、そうです」
「シアン君、気付いていたのかい!?」
「あははー、なんの事やらー」
私はリムちゃんのような明るい笑いをしながら、肩から手を放すとササっと部屋の扉へと移動する。
「じゃ、後はよろしくね。弟大好きシュバルツお姉ちゃん!」
「あ、待ちたまえシアンく――」
私はシューちゃんの言葉を最後まで聞かずに、扉を閉めて部屋を出て行った。大丈夫だとは思うけど、一応扉が開かない様に力でガードしておこう。
「……お姉ちゃん、僕はさっきの事……魔法陣の上に乗った後の事も覚えているんだ」
「吸血鬼の事、か」
「うん。どうしようかと思った。僕はこの世に居て良い存在じゃないかもしれない。そう思っていた。けれど……」
「けれど?」
「このシキでは個性で済ませてくれるんだな、って思ったから。もう少し頑張ってみる」
「……そうか」
「そうしないと頑張っているお姉ちゃんに悪いし……」
「うっ」
「それでええと……お姉ちゃん。さっきの言葉なんだけど……」
「……嘘ではない。けれど、忘れてくれ……!」
「……ごめん、それは難しいかな……」
「そこは嘘でも忘れると言ってくれ弟よ……!」
「そ、そうだね! ……でも、忘れたくないよ。だって……お姉ちゃんが僕の事を大事に思ってくれていたという事で――」
ガードをしていると、部屋の中から姉弟の会話が聞こえて来た。
どうやらシューちゃんは逃げ出さず、ヴァイス君と会話を試みているようだ。
――これ以上聞くのは野暮かな。
どうやら悪い方向には行かなさそうだし、こっそりと部屋を離れるとしよう。
――さて、迷える姉弟を導くというシスターらしい事もしたし、色々と大変なクロの手伝いにでも行きますか。
そう思いつつ、私はこっそりと離れるのであった。
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