追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

身の危険(:紺)


View.シアン


「まったく、私がお酒を飲んでいる内に、帝国の恥部が妙な事を起こしているモノだ。……それにしても、クロ君とオーキッド君には感謝だな」

 そう言って現れた、顔の肌以外を黒く覆った少女――シューちゃんは少年達を一瞥してから呟いた。

「二人共、すまないがそっちは頼んだ」

 そして明確な敵意を抑え、私達に頼んだ後にすぐに倒れているヴァイス君の方へと身体を向けると、屈んで傷の様子と魔法陣の状態を確認する。

「お姉、ちゃん……?」
「喋らない。傷口が開く」

 魔法陣の上に倒れた状態で意識が朦朧としているヴァイス君。顔だけをシューちゃんのほうを向けるがその姿は苦しそうだ。ナイフを刺された影響もあるだろうが、もっと別な所で苦しんでいるように見える。

――光が収まっている……?

 その様子を見ながら、私はヴァイス君が乗っている魔法陣の様子を確認する。
 先程まで魔法陣が光り、魔力の渦が周囲に勢いよく溢れていたが、今は光も渦も消えている。しかし魔法陣自体に付与されている効果は消されてはいない。魔力の流れからいって先程までに無いにしても、未だにヴァイス君を苦しめているだろう。

「ぐっ、……くそ、厄介な仕掛けだ」
「駄目……無理に解こうとすると、お姉ちゃんが……傷を……」
「黙ってなさい。余計な体力を使わない。私が傷付く程度でヴァイスが助かるのならこの程度どうでも良いんだ。……だから、そのままで居なさい。今助けるから」
「……っ」

 そしてそれは内外からは干渉できない様にされているのだろう。
 事実シューちゃんは魔法陣より中に入る事は出来ず、先程の魔力の渦ほどではないが、解除しようとするとシューちゃんに魔法が発動し傷がつく。あれは発動したら完了まで邪魔されないようにした魔法陣の防衛機能なのだろう。
 つまり防衛機能を解いてからでないと魔法そのモノを解除出来ない。今は光が収まって元の魔法は止まっているようだが、いつ再稼働するか……いや、アレは止まっていると言うより――

「シアン、そちらを捕縛してくれ」
「っ、はい!」

 気になる所はあったが、神父様の言葉にハッとしてすぐに近くに居たゲルプを私は捕縛した。神父様から渡された、恐らく元々用意していたであろう魔法を封じる効果がある縄で捕まえる。
 神父様が居て良かった。他の二人は既に神父様が捕まえているし。偶然私の近くに居たのが神父様の攻撃によってすぐには動けないゲルプだったから良かったモノの、他の子だったら逃がしていただろう。そうなればこの一連の出来事が有耶無耶になる可能性もある。
 ……とはいえ、この子達が話すとも思えないけれど。

「それで、あの魔法陣の解き方を言うつもりはあるか」
「ひっ」

 しかし今の私達には情報が必要だ。ヴァイス君を苦しめている魔法がどういうモノなのかと言う情報が。
 だから神父様はこの中で一番元気でリーダーのような存在であった子に、双剣の片方(よく切れそう)を首に当て、脅す。……うん、相変わらず切り替わると神父様は容赦ないな。

「だ、誰が話すモノか。話すくらいなら死を選ぶ。元々私達はそういった存在だ」
「右足」
「ぐっ――!?」
「大丈夫だ、どれだけ折っても優秀な医者が治してくれる。……人族の骨は二百本程度あるらしいが、お前はあと何回耐えられる?」
「……っ、は、はは、その程度の脅しに、」
「そういえば知っているか? シキの医者は腕が千切れても治せる技術を持っているんだ」
「……は?」
「本当に凄いよな。だけど俺はまだ生で見た事がないんだ。――これを機会に、見るのも良いかもな」
「いがっ、ぁがっ!?」

 神父様は双剣を左肩にあて、食い込ませる。恐らく最も痛い速度で、ドンドンと食い込ませていく。恐らく冗談抜きに話さねばあのまま腕を斬る。切り替わった神父様はそういう性格だ。
 ……ドエスだね。嫌いではない。

「シアン君」
「え、あ、なに!?」

 神父様に視線が集中していたが、突然の声掛けに慌ててしまう。……イケない。今はそれ所では無かった。

「この魔法陣、発動したのはどのタイミング?」

 どのタイミングとなると、書いてあった魔法陣が活性化した……

「胸を刺されたヴァイス君が乗った瞬間――いや、魔法陣に血が触れた瞬間」

 ヴァイス君が倒れ込み、胸の血がドロリと魔法陣に滴り落ちた瞬間に魔法陣は光を放ち、渦を作った。発動タイミングと言われればそのタイミングだろう。

「成程……じゃあ、あの類の魔法か――神父様、尋問は必要無い。大体分かったから、彼らに自殺されない様にだけしてくれ」

 シューちゃんはそう言うと、右手を空中に、左手を地面に当てて目を瞑る。

外れDas者のschwarze私よSchaf潔白をEine weiße証明Westeせよhaben

 恐らく帝国語でなにかを唱えると、シューちゃん自身が淡く光る。
 そして「よし」とシューちゃんは呟くと、魔法陣の解除に集中するためなのか目を瞑った。呟いたのは、恐らく心当たりのある魔法の中から解除方法に選んだものがはまったのだろう。
 実際にヴァイス君の魔法陣も淡い光に包まれて行き――

「……よし、これで大丈夫だ」

 シューちゃんの左腕が服の上からでも分かる程出血し、同時に魔法陣が消え去った。

「シューちゃん、血が!?」
「大丈夫だよ。ちょっと早めに解除した代償として皮膚が裂けただけさ。ヴァイスのような傷じゃない」

 そうは言うが、ヴァイス君の状態を身近で確認しようと近付こうとするシューちゃんの左腕はだらりと下がったまま動こうとしない。……シューちゃんも早く処置を施さないと、ヴァイス君同様後遺症が残る可能性がある。

「……大丈夫か、ヴァイス。今応急手当てをするからね」
「お姉、ちゃ、ん……」

 早く運ばないと――あぁでも、シューちゃんはあの様子じゃヴァイス君を運べないし、私一人では二人を運べない。それに下手に捕縛したコイツらを放っておけば邪魔をされる可能性だってある。だけどヴァイス君も早く応急手当をしないと。やはりここは私が三人を捕まえ、神父様が――、あ、でも神父様は回復魔法はそこまで得意では――

「シアン、まずは治療を頼む。コイツらは俺が捕縛しておく」
「クロ!?」

 ごちゃごちゃと余計な思考をしながらどうしようかと混乱していると、唐突にクロが現れた。

「頼んだ!」
「おう」

 そういえば先程シューちゃんがクロやオー君をどうこう言っていたから、なにかに気付いてここに来ていたのかもしれない。そして先行してシューちゃんが来ていたのかもしれない。ともかく捕縛はクロに任せて私はヴァイス君とシューちゃんの応急手当てをしないと!
 ……あと、お酒臭いのは気のせいだろうか。まぁクロはお酒は飲んでも飲まれないタイプだから大丈夫だと思っておこう。

「シューちゃん、まずはヴァイス君の応急手当てをするから、手伝って! その後にシューちゃんの手当てね、そして運ぶから!」
「ああ、ありがたい……正直解除の反動で手当てが出来そうになかったんだよね……あ、でも私も手伝いを……」
「ええい、手伝いは良いから大人しく寝てて!」
「大丈夫だよ、美しい私はこの程度じゃ倒れない!」
「そんな事を言うほど精神が錯乱しているから、寝てなさい!」

 まったく、無茶をするからそうなるんだ。
 封印を解くために作られた魔法であったし、どう見ても複雑かつ強力な魔法陣であった。そんなものを早めに解除するとなればただで済むはずがない。むしろ先程まで平気に見えていたのがおかしかったんだ。

「お姉、ちゃん……僕のために……傷を……」

 そしてヴァイス君の応急手当てをしようとする中、小さな声でヴァイス君が呟く。
 ……本当は黙っていて欲しいが、これは話させたほうが良い奴だろう。

「ふ、気にするな。弟のために姉が頑張ったという事。そのための勲章だから、ヴァイスは気にするな」

 ……こんな時くらい愛している弟のために、くらい言ってやったらどうだろうか。シューちゃんは言葉選びが下手なのだろうか。

「だから今は傷を治す事に専念なさい。……ここまでして無事じゃ無かったらタタでは済まさないぞ」
「お姉、ちゃん……」

 シューちゃんはそう言いつつ、ヴァイス君の手を握った。……うん、これなら元気も出そうだ。

――それにしても出血が酷い……!

 手当てをするまでに出た血の量がとても多い。
 これは早めに簡易治療をした後、アイ君の所に運ばないと駄目だ。ナイフが深々と刺さっていたし、傷も大きく――え?

――これは……?

 そして私は傷口を見て違和感を覚えた。
 血は大量に出ている。先程も噴き出すほどの出血を見た。だから大きく傷が開いているはずであり、応急手当の魔法で簡易的に塞ぎはした。
 だけど、なんだろう、この違和感は……?

「馬鹿な……有り得ない……帝国秘蔵の魔法が何故あのような頭のおかしい女に解けるんだ……!」

 そしてふと、そんな声が聞こえて来た。
 声の持ち主は先程まで神父様の尋問を受けていた少年。なお肩の傷は軽く抑えられている。

「お前は今は喋るな。……彼女の処置がお前達を上回っただけ。それだけの事だ」
「そんなはずは……はずは……! アレを抑えきるなんて、有り得るはずが……!」

 声だけしか聞こえないが、信じられないモノを見たかのような表情をしているだろう。
 ……そういえば、シューちゃんが現れた時に魔法の光は収まっていた。
 初めは登場と同時に対処したかと思ったけれど、シューちゃんは確かこの魔法を――

「       ア   」

 私はその瞬間。、震えた。

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