追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

策略(:紺)


View.シアン


――勘違いなら良いんだけど。

 と、思いつつ、寝間着のままこっそりとヴァイス君について言った私。すっかりお風呂で火照った熱は冷めている。

――シスター服の方が良かったな……紺色だから暗闇に紛れるし。

 今私が来ているのは明るめの青のシャツにズボンの寝間着である。
 これならシスター服から着替えない方が良かったとも思ったが、今更どうしようもないので寝間着のまま隠れながらつけていっている。せめて春用の寝間着であったので良かったとしよう。冬用であれば私の持つ服の中では一番動き辛いモノになったであろう。

――戦闘になったら面倒だしね。

 今の服なら動くのに支障はない。身体の締め付けが無い分シスター服よりは動き辛いが、誤差の範囲だ。これなら数名程度なら倒せる自信はある。
 当然油断はしない。相手がもしクロやリムちゃん、メアちゃんレベルなら一対一でも危ういし、神父様レベルが一人でもいたら非常にキツイ。魔法でコットちゃんレベルが居たら身の危険はある。
 あくまでも私が倒せるのはB級モンスターに手こずるレベルの冒険者数名程度だ。それ以上の実力を持っているならば合図を出して応援を呼ぶか、ヴァイス君を回収して即時撤退だ。油断してはならない。

――それも余計な準備であれば良かったんだけど。

 そんな心意気も無駄に済めばそれに越した事はない。
 実はヴァイス君は夜の散歩がしたかったのかもしれない。それならば夜に無断で出て言った事を窘めつつ連れ戻すだけだ。……なんて、平和な結果になればそれで良かった。

――どう考えても散歩で来る所じゃないもんね……

 ヴァイス君が来た場所は、教会から大分離れたとある一角。
 領主クロにより封鎖された一角でもある、とある元・研究施設。ハクちゃんがある意味産まれた場所であり、シキでは今一番危険とも言えるスポット。

――あらかじめ警報が鳴らない様に壊されていたし……やっぱり黒かぁ……

 近付かない様にバリケードと、入った時になる警報魔法は見事に切られていた。多分昼間に魔法の種類を調べ、ここにヴァイス君を誘うために先程切ったのだろう。
 問題はヴァイス君を誘ってなにをするかだが……

――イジメで呼び出しが、まだ救いがあると思うのが嫌な感じ。

 予想はいくつか立てられるが、私が一番マシだと思う事がそれな時点で複雑である。
 実は全て「修道士見習い同士でこっそり親睦会開こうぜ!」のためのサプライズなら良いんだけど、それはないだろう。
 だって……

「来たか、■■」
「……なんの用でしょうか、このような時間に」
「■■が質問するな。黙っていう事を聞け。そして、その魔法陣の上に乗れ」
「あの、この魔法陣は一体――」
■■お前が疑問に持つ必要はない。――乗れ!」
「痛っ!?」

 こんな会話をし、髪を掴み引っ張って謎の魔法陣に乗せようとしている時点で間違いなく黒だ。
 ……私や神父様の様子を確認したり、昼間にこっそりと人気のない所に行っていたので予想はついていたけど……

――修道見習いの子、ヴァイス君以外全員か……

 扉の近くに居る数は四。内一名はヴァイス君。あの様子を見る限り、三名は同じ所から来たのだろう。てっきり同じ帝国から来ても、別の派閥から来たと思ったけどそうでもないようだ。
 とはいえ何処から来たのかとかは今は関係無い。
 ただヴァイス君を呼び出し、この封印の場所でなにかをしようとしている事は事実。ならば今すぐ救い出したい所だけど……証拠が無いんだよね。
 今の時点だと捕まえても「悪ふざけのつもりでやった」なんて事がまかり通るかもしれない。封印の場所なんて嘘だと思い、度胸試しのようなつもりでやった、と。
 ……腹は立つけれど、未成年である以上はそれが通るかもしれないんだよね。しかも王国ではなく帝国出身である事がより難しくさせている。それを踏まえてあのレモちゃんみたいな“未成年だけど、ただの未成年ではない”という子に任せているのかもしれないとすら思える。
 だからぐっと抑えて決定的な証拠を掴みたい所だけど……

「痛っ、分かっ、分かりましたから、自分で行きますから、髪を引っ張るのはやめてください!」
「ちっ、最初からそうしていれば良いんだ」
「そもそもお前のような帝国の■■風情が、意見を言うな」
「むしろ――最後に役に立つ事を喜べ」
「……はい」

――よし、ぶっ飛ばして捕まえよう。

 証拠とかどうでも良い。目の前で起きている事を放っておくとか出来てたまるモノか。
 というかヴァイス君もなんで大人しく従おうとしているんだ。まるで“それで役に立てるのなら”と本気で思っているようではないか。……いや、あれは本当に思っているのか。多分あの子はそうやって生きて来たのであろう。
 ともかく、今すぐ出て行って無条件で取り押さえ――

「なにをしている」
『っ!?』

 取り押さえようと出ていこうとした寸前に、私よりも早く誰かが現れた。
 それは私も含めて予想外の第三者であり、相応しくないと言える……

「スノーホワイト神父……!?」

 現れたのは神父様。
 ……なのだけれど、なにか妙な感じがする。そう思った私は飛び出そうとした身体を押し留めた。
 何故此処に神父様が、という疑問はある。
 この状況に気付いて別の方面からつけて来たのだろうか、という予想もある。
 けれど神父様の表情が――らしくない、と思ってしまった。だから止まった。

「こんな夜更けに散歩だろうか。修道士を目指すものとして褒められたものでは無いな」
「……これはこれは神父様。夜更けに出かけた事は謝罪いたしましょう。ですかそういう貴方は何故此処に?」
「修道士見習いの中で虐めが起きていそうな雰囲気があったからな。とはいえ、俺はそう言った機微には疎い方だ。だからこっそりと観察させてもらったんだが……」

 神父様は魔法陣を見て、彼らを見る。

「どうやら、虐めと言う言葉で済ませて良いモノではないようだ。傷害……未遂事件と言ったほうが良いか?」
『っ……!』

 そう言うと神父様は彼らを威圧する。
 ……これはいつもの神父様と言える。普段は優しいが、敵と見据えた相手には容赦なく敵意を向ける、アクを憎む精神性。それを私は格好良く思ったりもするが……とても不安定で、守りたくなる。

「さて、今なら手荒な真似をしないで済む。――大人しくしてくれるよな」

 神父様はそう言うと両手に得意の【創造魔法クリエーション】で作った双剣を手にする。
 この場で話し合いの余地はなく、抵抗するならその双剣で捕縛ではなくなるという意志が見られる。
 “大人しくしてから話を聞く。それ以上はここで話を聞かない”、と。今の神父様は降参を示す言葉以外は例え時間稼ぎをする言い訳でも、口を開けば即座に捕縛に入るだろう。

――なら、私は捕縛の手伝いをしないと。

 私は神父様がヒトを傷付ける所を見たくない。だから出来る限り相手を傷付けないように私は全力を尽くしたい。
 幸い神父様に意識が行っているようだし、今なら楽に抑えられるだろう。
 そう思った私は神父様と連携を――

「――――」

 連携をとるために今度こそ出ようとした、
 神父様もなにか不信な行動をするモノなら抑えようとした。
 だけどそれよりも早く、彼らの悪意はヴァイス君に牙をむいた。

「あ――?」

 彼らは言い訳をする事無く。戦おうと身構えるのでもなく。ヴァイス君を人質にするのでもなく。
 とある一人が何処かに隠し持っていたナイフで、ヴァイス君の胸を刺した。

「あ、れ……痛い……熱、い……」

 刺されたナイフを軽く回転された後に抜かれ、血が噴き出し、呆然と自分の胸を見るヴァイス君。
 なにが起きたか分からず、逆流した血が口から垂れていた。

「ははははははははは! よし、これで――」
「お前ら!!」

 その出来事に一瞬反応が遅れ、神父様は敵意を強め彼ら――帝国の少年達に接近する。
 私もそれに続いて隠れていた場所しげみから出る。

「――――」
「――――」

 私の出現に一瞬驚いた神父様であるが、アイコンタクトをとるとすぐさま帝国の少年達を見据えた。それ以上の会話は必要ないという事だろう。

「『ゲルプ、そいつを置け!』」

 私の出現に驚きつつも、一人が帝国語で叫ぶ。
 そして叫びを聞いたゲルプは他の二人に守られるように蹲ろうとしているヴァイス君に近付く。

「この――」
「『【■■■■ロート・ゼーヘン】!!』」
「『【ダス■■ブラオ■■■フォムヒミール■■ルーゲン】!!』」

 それを見て私と神父様はヴァイス君をゲルプを止めようとするのだけど、残りの二人がそれを阻む。
 なんの魔法かは分からないが、足止めに特化した魔法、あるいは一瞬で発動出来る最大の魔法なのだろう。それほどまでに邪魔をされたくないという事か。

「邪魔」
「失せろ」
『っぅ!?』

 だけどだからどうした。
 その程度で私達を抑えられるモノか。私達を抑えたかったらリムちゃんみたいな未来視をしているのかと思うレベルの対応か、コットちゃんレベルの魔法を用意する事だ。そんなB級も屠れない魔法で妨害できると思うな。

――と言いたいけど。

 しかし数秒程度はヴァイス君に向かう時間は遅れた。
 守った方はしばらく動けないだろうからもう無視をするが、ヴァイス君を抱えるゲルプ――ヴァイス君を魔法陣の上に乗せようとしているゲルプに、追いつくか――

「行かせない」
「っ――!?」

 だけど神父様は追い付くよりも前に、手にしていた双剣の片方を――真っ直ぐ、ゲルプに投げつけた。
 投げつけた双剣はゲルプの背中に当たり、深々と――

――刺さってない、先が平べったくなっている!

 恐らくは新たに【創造魔法クリエーション】で作ったか改造した双剣なのだろう。刺さるよりはダメージは少ない。だけどそれは動きを止めるには充分であり、当たった周辺は骨が折れているだろう威力だ。

「こ、の……!」
「シアン、ヴァイスを!」
「はい!」

 しかしゲルプはそれでも動こうとし、無理やり連れて行こうとしたヴァイス君を放り投げ魔法陣に乗せようとする。それに追撃する形で神父様はもう片方の双剣を投げ、私は放り投げようとしているヴァイス君をどうにか確保しようとする。
 そして身体に触れようとした所で。

「『事象にAlles im狂いはgrünen無しBereich』」

 ゲルプが呟いた、魔法かただの言葉かも分からない言葉で、私の手は空を切る。
 そして胸から血を流すヴァイス君は、魔法陣の上へと転がった。――ヴァイス君の手が私の手を掴もうと動いたのは、幻覚ではないだろう。

「ヴァイ――!?」

 私はすぐに魔法陣からヴァイス君を離そうと駆け寄ろうとするが、魔法陣が眩く光り、魔力が周囲に放出されて近付けなかった。その場で踏ん張るので精一杯だ。

「お前ら、なにをした!!」

 突然の出来事に神父様が叫ぶ。
 それは当然の疑問であり、答えを求めても答えが返って来るとは期待せず。だけど叫ばずにはいられなかった疑問。

「は、はははははは。なにをしたかだと、決まっている!」

 しかし帝国の少年達の一人――ヴァイス君を指した少年が、上手くいってハイになっているのか笑いながら答えを言う。

「こんな土地に封印されているモンスターなど危険だからな。解いて討伐に協力してやろうというだけの事だ! その血を持って完成はつどうする封印解除の魔法をな!」
「っ、そんな事をすれば帝国にも被害が――」

 そんな事をすれば帝国にも被害があるはずだ。
 いくら過去の王国が疾しい事があったとしても、封印を解けば帝国にも責任問題が――

「帝国に被害だと!? はは、ははは! 馬鹿を言うな、そもそもこの土地にくる修道士は独りだけだ! 私達は存在しない人間モノなんだよ!」
「っ!?」

 ……あぁ、成程。だからこんなにも早く動いたのか。
 一時的な偽装がいつ暴かれるか分からないから、こんな早く、そして確実性も欠片もない作戦を立て、実行したのか。……恐らくは彼らをそうしなければならない状況に追い込んで。

「だが帝国や今後を心配する余裕があるのか、この巫山戯た土地が――崩れるぞ?」
「っ、この……!」

 そうだ。このままでは封印されたモンスターが解かれる可能性がある。
 大魔導士アークウィザードであるヴェールエルちゃんが封印の重ね掛けをしたりしたのでそう簡単に解けるものでは無いと思うが、警戒をしなければならない。

「ヴァイス君!」
「ヴァイス!」

 そしてなによりもヴァイス君に身の危険がある。
 私と神父様は叫び、魔法陣をどうにかしようと近付くが、活性化している魔法陣の影響で近付く事もままならない。

「ははははははは! もう遅い、魔法は完成して――」

 狂ったように叫ぶ声を聴きながら、どうにか出来ないかと、光明が無いかと考え抜いて――

「――は?」

 ばしゅ、と。
 溜まっていたガスが抜けたような音がして魔法の光は収まった。

「は、なん、で……?」
「一体なにが……?」
「…………」

 そして誰もが突然の出来事に呆然としている中。

「――私の大切な弟に、なにをしているのかな」

 黒の少女が、暗闇から現れた。





備考:途中の帝国語(魔法)の意味
■■■■ロート・ゼーヘン:激怒
ダス■■ブラオ■■■フォムヒミール■■ルーゲン:出まかせ
Alles im grünen Bereich:予定通りに進んでいる

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