追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

インパクト


「え、あの空に飛んでいった謎の女性? って、僕と同じ年齢の子なんですか!?」
「うん。それに帝国出身だから仲良くなれるんじゃないかな。あ、でも中の外見を見せるのは苦手だから注意してね」
「そうなんですね……というかあの女性……女の子は何故飛べるんです?」
「ロボだからだよ。そういう概念だからだよ」
「よく分からないって事ですね」

 妙な感情を向けられている気がしたが、気を取り直してヴァイス君と会話を続ける。
 こうして話しているとヴァイス君は反応が素直で可愛らしく、グレイや昔のカラスバやクリを彷彿とさせる。歯を見せて笑う姿は年齢以上に子供のようで可愛らしい。後は犬歯が結構尖っているので、よりわんぱくな子供のようである。
 このままであれば癒し枠にはなると思うのだが、同時にこんな子をシキにおいて大丈夫なのかと不安にもなる。グレイのように天然気味ならば良いのだが、変に染まらない事を祈ろう。

――そろそろだろうか。

 ヴァイス君の今後については不安だが、それよりも今の方が大切でもある。
 場もそれなりに繋いだし、会話の時間も十分なのでそろそろシュバルツさんが来そうなものであるが……まさか出辛いという事は無いよな。
 今まで接して来られなかった分、いざという時に尻込みしている可能性もある。
 尻込みしても励ますようにはヴァイオレットさんに頼んではいるのだが、少々不安である。

VIBIヴぃ……」

 あ、来た。この声と気配はシュバルツさん以外におるまい。というか居たら困る。
 ヴァイス君はまだ反応していないので聞こえていないようだが、すぐに気づくだろう。
 その前にシュバルツさんの様子を確認しようと、壁の角に居る俺はシュバルツさんの様子を――

「ごめんね、ヴァイス君。ちょっと待っててくれる? すぐに戻るから」
「え、はい」

 様子を確認し、俺の左に立ち、壁を背にしているヴァイス君にそう伝えると、ヴァイス君の死角に居る右斜め後ろのシュバルツさんへの元へと全速で駆けた。

「む、クロ君、急に――」
「黙って来い」
「おおう!?」

 俺は荒い口調で言うと、シュバルツさんの腹にタックルするような形でぶつかり、そのまま担いでいく。
 女性に触るのは失礼だとは分かるのだが、そんな事気にしている余裕はない。ともかく俺は意外と筋肉があって芯のあるシュバルツさんを運んでいった。

「……すまない、クロ殿。止めたのだが、行ってしまって……」
「ヴァイオレットさんが悪い訳じゃないんです。なんかラスボスっぽい服装を着て来たこの美の化身が悪いんです」
「らすぼす?」

 そして俺は可愛らしく俺の言葉に疑問を持つヴァイオレットさんの元へとシュバルツさん……前世の紅○歌合戦のトリを務める小林○子さんっぽい格好をしたシュバルツさんを運んだ。
 というかどうやって用意して着たんだこの太陽っぽいヒラヒラが後ろについている服。是非その服を作った人を紹介して欲しいものである。

「まったく、今回はなにが悪いんだ。ファーストインパクトは大切だろう?」
「アンタはヴァイス君にどう思われたいんだ」

 インパクトはあってもその衝撃でセカンドに続かないだろう。清廉潔白だと思っている姉がそのようになったら……うん、シキの影響を受けたと思われかねない。

「……良いから別の服を選んでください。いつもの露出を控えた服装で充分ですから」
「アレは仕事着で相手に隙を見せない意味もあるから、相手を威圧しないかな……」
「それを思う考えはあるのに、なんで今はその服を選んだんです。というかあの服は仕事が出来る感じがして良いと思いますよ? 格好良いです」
「ほう、そうかい」
「ともかく、良いですか。会話は俺が引き伸ばしますから、ヴァイオレットさんに許可を得てから来て下さいね!」

 俺はそう言うと、すぐにヴァイス君の元へと戻っていこうとする。
 ……ヴァイオレットさんには悪いが、女性の着替えの手伝いをする訳にもいかないし、後は頑張って貰うとしよう。

――そういえばグレイは……?

 ヴァイス君の所に戻る前に、ふと気になる所――グレイが居ない事に気付く。
 てっきりヴァイオレットさんと一緒に居ると思ったのだが、今は居ない。ヴァイオレットさんが気にしている様子がない事から恐らく作戦のために自ら何処かへ行ったのだろうが……なんかこの状態で居ないと変に企んでいないかと不安になるな。

「その前にクロ殿」
「はい、なんでしょう? ――っ!?」

 と、その前にヴァイオレットさんに呼び止められ、俺は振り返る。
 なにか話しかけられるのかと思ったのだが――ふと、俺の胸に柔らかな衝撃を受ける。

「…………」
「……ええと、ヴァイオレットさん、なにを……?」

 ふと視線を下げると、俺の胸にヴァイオレットさんが頭を埋めていた。そこは先程ヴァイス君が飛びついて来た位置でもある。

「……よし、これで頑張れる。だからクロ殿も頑張ってくれ」
「え、あ、はい。では行ってきます……?」

 そして数秒その状態で居ると、離れて満足したかのような表情になる。
 ヴァイオレットさんと触れ合うのは嬉しいのだが、何故急にしたのだろう。そう疑問に思いつつ俺はヴァイス君の所に戻る。

――……嫉妬したんだろうか。

 だとしたら嬉しいが、それは無いか。シュバルツさんが嫉妬するならともかく、相手は男の子だし。
 そう思いつつ、俺はヴァイス君の所へと戻っていく。

「お待たせ、ヴァイス君。ごめんね、急に待たせちゃって」
「いえ、クロさんを持つ時間も楽しいモノです。不思議と心地良く思えますから」

 なんかこの子の言葉のチョイスや行動が、相手を勘違いさせる言葉のような気がするな。実は天然タラシだったりするのだろうか。
 笑顔を浮かべるだけでも相手を惚れさせそうなのに、言葉もあるとさらにインパクトを受けそうだ。……先程のシュバルツさんと違って。

「それでクロさん、もっと話を――っ」
「ヴァイス君?」

 俺がどうにかあの服を着替える時間を会話で繋ごうと考えていると、ヴァイス君が突如頭を抑えた。

「ごめんなさい、ちょっと立ち眩みをしてしまって」
「大丈夫?」
「大丈夫です。外に長時間居ると偶に起こるんです。どうも日光に弱いみたいで」

 今日は曇ってはいるし、今は日陰にはいるのだが……慣れない環境も含めて体調を崩しているのかもしれない。
 それに白い肌という事は俺以上に日光に弱いかもしれないし、気を使った方が良かったかもしれない。

「宿屋の中に入ろうか? 酒場で座って話そうか」

 そうなるとシュバルツさんが入って来辛くなるかもしれないが、背に腹は代えられない。体調管理はしっかりしないと。

「大丈夫ですよ。クロさんと二人きりで話したいですし……いえ、それで迷惑をかけてはいけませんね」
「うん、じゃあ中に入ろうか」
「はい。……そういえば酒場に入るのは初めてです」
「そうなの? さっきの案内では……」
「外から見ただけですね。中の様子を見て神父様が“冒険者ともめているようだ”と言って入らなかったので」

 冒険者ともめている、か。
 主人もレモンさんも腕は立つし、酒場で働いている子達も強いから大丈夫だとは思うが、後で一応確認しておくか。

「じゃ、まずは俺が入ろう。まだ揉めていたら……別の所で休もうか」

 俺の言葉に「はい」と返事をし、後ろについて来るヴァイス君。その際に俺の袖を摘まんだ。
 ……うーん、やはり守ってあげたくなる雰囲気があるな、ヴァイス君。シュバルツさんと外見は似ているが、性格は似ても似つかないな。

「よし、じゃあ中を――」

 確認しようと酒場の扉に手をかけた所で。

――っぅ!?

 ふと、視界に火花が散った。

――あれ……?

 しかしその視界の明滅はすぐに収まり、痛みもなにも後には残らなかった。
 ……なんだったのだろう、今のは。

「クロさん、どうかしましたか?」
「……なんでもないよ。様子を確認するね」
「? はい」

 ともかく今は中の確認だ。
 教育に悪い奴らがたむろってなければ良いが――

「私は思ったの。キノコを愛しきるためには――私自身がキノコになるしかないのではないかと!」
「なにを言っているんだお前は――いや、確かにそうかもしれない。万能薬を作るためには、私自身が毒になれば良いのか……!?」
「そうか……俺がスコップと親和性向上が見られないのは、俺自身がスコップになっていなかったからなのか……!?」
「俺がショタを愛しきれないのは……ショタになっていなかったからなのか……!? 先程羨ましく思ったのも、ショタ心が足りないのか……!?」
「ニャー(意訳:そこは鍛冶じゃ無くて少年になるんだ。というかショタになるってなに)」

 俺はそっと扉を閉めた。よく考えれば教育に良い奴らの方が少なかったな、うん。
 それに昨日もこんな事があった気がする。デジャヴというやつだろうか。
 ……あと、アイツらは止めたほうが良いのだろうか。言い出したであろうカナリアも含め暴走しているように思えるし……

「カーキー君もそうじゃない?」
「ん、なにがだぜ?」
「カーキー君も世の全てを愛したいなら、カーキー君自身がなにか……そうだね、大いなる概念になるとか!」
「概念とやらは分からないが、俺はカーキー・ロバーツという独りの男として全てを愛したい。なにかに代わるのではない、俺が俺という男であるからこそ、俺だからこそ出来るという意味かちがあるんだぜハッハー!」
『おお……』

 ヴァイス君を一旦置いて止めようかと悩んでいると、酒場からそんな声が聞こえて来た。
 ……アイツ、妙な所で信念があるよな。だから俺もアイツの事を友と思えるのだろうが。

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