追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
○○泥棒(:純白)
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朝の祈りをなんとか乗り越え(?)。
全員集まっての、食の細い僕でもお代わりをしたくなるほど美味しい朝食を食べ終えた後、僕達に今日の予定の割り振りがされた。
「じゃあ二手に別れて仕事をしようか。俺かシアンの指導の元、まずはシキに慣れてくれ。俺の所には――」
「私の所には――」
どうやら今日は修行ではなく、シキという地に慣れるための仕事を行うようだ。
その中で僕に割り振られたのはシアンさんとの薬草取りだった。
簡単な薬……つまりは栄養補助や風邪などの軽い症状を補う薬は教会も配る事がある。その材料が切れかけているらしいので、僕とシアンさんは近場の薬草が取れる所で薬草を取っていた。
「……ふぅ」
そんな薬草取りも午前で終わり、再び皆でお昼を食べ片付けの後。一時間ほどお昼休憩が有り、僕は誰も居ない教会の影で独りで休憩をしていた。
――避けられているなぁ……
休憩をし、曇り空を見上げながら僕は先程までの仕事中の事を振り返る。
修道士見習いは僕を含めて四名。そして二名、二名で別れて仕事をしたのだが、相方の子には避けられていた。
露骨に嫌な顔をしたり、虐めたりするわけではないが、言葉の端々からは刺々しいものが伝わって来た。
朝食と昼食の時……そしてシキに来るまでの馬車関連でも感じたが、僕と仲良くする気はないようだ。
なんと言うべきか、既に三対一の構図が出来上がっているのだろう。僕を敵として見立てる事で、他の修道士見習いの子達の結束を生んでいるとすら思える。
……これは被害妄想では無いだろう。そうでなければ、僕はシキに来る馬車の時に神父様にバレないように裏で「乗るな」なんて言われないのだから。
――我慢だ、僕。
けれど我慢しなければならない。
集団と言う中で他の違う存在が居る以上、排除されるのは当然の事だ。排除されないでいるだけマシというモノである。
むしろ僕と言う敵がいるお陰で、他の皆が仲良くのなら甘んじてその役割を受けよう。それが他とは違ってしまった僕の――
「お疲れー、ヴァイス君!」
「ひうっ!?」
僕が視線を伏せがちに座っていると、突然首筋に冷たいものが当てられた。
考え中であった事とその急な感触も含めて、僕は恥ずかしい声をあげてしまう。
「シ、シスター・シアン……」
冷たいものが当てられた首筋を手で抑えながら、誰が来たのかを確認すると、相変わらず笑顔が可愛らしいシアンさんであった。
手に水が入る容器がある辺り、アレで僕の首筋を冷たくしたのだろう。
「大丈夫? 元気がないようだけど、慣れない環境で疲れちゃった?」
「い、いえ、そんな事は無いです。ちょっと考え事をしていただけですよ」
「そっかー、なら良かった。ヴァイス君昨日も今日もあんまり食べないから、体力持つかと心配だったよ。あ、これ飲む? 中は苦くない薬草入りの水だけど」
「ご心配をおかけしたようで……あ、頂きま――」
屈託のない笑顔にたじろぎつつ、シアンさんが差し出す先程とったであろう薬草入りの水を受け取ろうとして、
「――すっ!?」
僕は受け取る前に慌てて顔を逸らした。
「あれ、どうしたの?」
「な、なんでもないです。受け取ります」
「顔を背けてたら受け取れないけど……どうしたの?」
……だって、座っていると、視線の位置的に、正面に立っているシアンさんの見えてはいけないモノが見えそうになるんだもの。帝国紳士の端くれとして見ないようにしなくては。
「い、いえ、このままお願いします」
「? う、うん、良いけど……なんで?」
疑問に思いつつもシアンさんは手に入れ物を渡してくれる。
目を背けて受け取る行為自体が帝国紳士として良くないとも思うが、今は我慢だ僕。この屈託のないお姉さんを変な目で見てはいけないんだ。……まぁ、そもそもなんでこんな格好をしているかは疑問だけど。
「隣失礼するね。よいしょー、」
「え、あ、どうぞ」
そしてシアンさんは水を渡して帰る事無く、僕の隣に座って来た。
朝のお祈りの時よりも近い距離に寄られ、同時に不思議な甘い香りがしてドキリとしてしまう。
「ぼ、僕はこれで失礼しますね! 後はごゆっくり――」
「まぁ、そう言わないでヴァイス君。一緒にゆっくりしよう?」
その甘い香りにドキドキしつつ、僕はあまり近寄るべきではないと考え去ろうとするけど、朝の祈りの時のように腕を掴まれて行かせないようにされる。
……本当は無理にでも去ったほうが良いのだろうけど、シアンさんの力は思いのほか強く動けない。痛くしない様に抑えられてはいるのだけど……なんというか、力一杯引っ張っても勝てそうにないと思わせる強さがある。だから僕は観念して座った。
「ええと……でも、良いんですか。貴重なお昼休みを僕なんかと一緒に過ごして。もっと有意義な使い方が……」
「んー? 後輩と一緒に過ごすんだから、充分有意義な使い方だよ」
そう言いつつ、シアンさんはもう一つの容器を取り出し水を飲む。
……表情も声も、仕草もどれをとっても、今まで接して来た女の人とは違うモノだ。シアンさんは僕を忌避しても居ないし、観察しようとする眼差しも無い。ただ本当に話しかけて来ただけのように思える。
「それに、私と同じ時間に起きて祈りを捧げる子なんて初めて見たよ。私の今までの過ごした場所でも、私と同じ時間に起きて、同じ時間祈る子は居なかったのに。普段からあの時間なの?」
「い、いえ、今までだともっと早い時間に……」
「もっと!? おー……ヴァイス君は敬虔な子なんだね」
……敬虔ではなく、その時間なら祈っても誰にも迷惑をかけないからだ。それに祈る時も聖堂の目立たない場所でするから、今日のような堂々とはしない。
「でもよく寝ないと成長出来ないから、よく寝ないと駄目だよ? せめて私と同じくらいにしてね。寝不足になるようだったら怒るからね」
「は、はい」
怒る。と言うシアンさんは、叱ると言うよりは僕を本気で案じる様な視線であった。
……それは何処か、シュバルツお姉ちゃんを彷彿とさせるような視線である。
「本当に分かってるー?」
「……分かってます」
同じ視線という事はやはりシアンさんも……
「分かってない」
「痛っ?」
僕が目を逸らし、それ以上は追及されない様にしようとすると、唐突に頭を叩かれた。
本当は痛くはないのだけど、突然の衝撃につい痛いと言ってしまう。
「ヴァイス君、明日からはもっと早く起きて、私が来る前にお祈りを終わらせようとしたでしょう。そして私に聞かれたら私が去った後に祈っています、と言うつもりだったんじゃない」
シアンさんは心が読めるのだろうか。そのまますぎて怖い。
「……そんな事ないですよ」
「目を逸らさないの。……まったく、ヴァイス君は気を使い過ぎているみたい。私達にも、他の子達にも」
シアンさんはそう言いつつ叩いた部分を撫でてくれる。
「まぁ、それもヴァイス君らしさかもね。けどね、ヴァイス君」
「……なんですか?」
「無理だけはしちゃ駄目だよ?」
「……していませんよ」
「そう? じゃあ私の勘違いか」
「はい、勘違いです」
「そっか。強い子だ」
シアンさんはそれ以上はなにも言わず、ただ僕の頭を撫でていた。
――……そういえば昔、シュバルツお姉ちゃんにもこんな風に撫でて貰ったっけ。
そんな事を思いつつ、心地良い感触に僕は身を委ねようとする。
本当は僕がこんな心地良くはなって良くないのだろうけど、シアンさんの心遣いはとても――
――あれ?
そして心地良い感触に身を委ねる寸前、ふと視界の端に誰かが見えた気がした。
……なんだろう。ナニかではなく、誰か、なのは確かなのだけど誰かは分からない。
ただ教会の裏手から見える遠くの木々に、こっそりと誰かが入っていく気がしたのだ。
――こっちを見ていた?
そして入る前にこちらを見ていたような。そんな気がしたのである。
「どうしたの、ヴァイス君?」
「……なんでもないよ、シアンお――シスター・シアン」
そんな僕を見て不思議に思ったシアンさんに尋ねられ、ふと素の口調に戻りそうになる。
……危ない、シアンさんをお姉ちゃん呼ばわりするところだった。流石にそれは不敬だぞ、僕。けど寸前で抑えられてよかった。これなら気付かれないだろう。良かっ――
「別にお姉ちゃんって呼んでも良いよ、ヴァイス君?」
……どうやら気付かれていたようだ。
イジワルな笑顔を浮かべるシアンさんに、僕は無言で目を逸らす事で否定の意志を示したのであった。
――……それに、出来れば別の呼び方が良いからね。
そう思いつつ。
僕の出会うシキの皆さんは良い方ばかりであるから、シキという地は良い場所なのだと思いながら心地良い時間を過ごしたのであった。
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