追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
1/10を見せれば大丈夫だった
「それで、ヴァイス君の事を嫌っているのですか。清楚で清廉潔白な、帝国の火事の際に弟を心配に思って速攻で帰ったお優しきお姉ちゃん」
場所はとある空き家の裏手。そこで俺は壁を背にして座り込んでいるシュバルツさんに話しかけていた。
「……クロ君。私を虐めて楽しいかい?」
「そういう訳ではないですが」
対してシュバルツさんは座り込んだまま返事をする。
いつもであれば堂々とした立ち振る舞いであるのだが、今のシュバルツさんは大分落ち込んでいるようだ。理由は……まぁ、ヴァイス君の事だよな。
「それで、俺で良ければ話を聞きますがどうしますか? 時間が必要ならばこのまま待ちますんで」
「……良いのかい。息子や娘との限りある時間を、私のような部外者に使って」
「シキの領民になるかもしれない修道士の問題ですからね。領主としては解決したいですし、それに貴女と知らない仲でも無いですから、悩んでいるなら協力したいんですよ」
「美々……、大した世話焼きぶりだね……」
人目のつかないこの場所で女性と二人で会うと誤解もされそうだが、状況が状況なので仕様が無いと割り切りつつシュバルツさんの話を聞こうとする。
それに問題を解決したいのも本音だ。シュバルツさんとは半年程度の付き合いだが、ヴァイス君の事を大切に思っていない。なんて事は無いと思っているし、その辺りが通じていないとなると、どうにか出来るのならばどうにかしたいと思っている。
「……後はあの火事は俺を対象にした精神攻撃の一つですからね。俺に出来ることがあるのなら、遠慮せずに言って下さい」
「ふ、それは気にしなくて良いモノだよ。恨むとしたら王国第二王子なだけで、クロ君を恨むのはお門違いというモノだ。だから気にしなくても――」
「では、最近誰かに影響されて美しさを誇示して脱ぐ変態がシキにも現れたので、その誰かを問い詰めたくもあるのですが、相談しないのならそっちを問い詰めますが」
「……ふ、美しさは共鳴するんだよ」
俺の言葉に目を逸らすシュバルツさん。目を逸らしても貴女が「君は美しい、だから私に倣うんだ!」と唆している事は知っていますからね。後で彼女を全部は脱がない様にと 説得して貰いますからね。
「……ふふ、だが問い詰められる気分では無いからね。……私の気持ち……というか、愚痴になるけど聞いて貰っても良いかな」
「どうぞ」
俺の言葉の影響かは分からないが、話す気になったシュバルツさん。俺の方を向いてはいないが、話してくれるのならば真摯に聞くとしよう。
「私とヴァイスは血の繋がった姉弟だ。そしてヴァイスが三歳の時に孤児になった」
「災害孤児……でしょうか?」
「いいや、捨てられたんだよ。私とヴァイスの美しさに親が嫉妬したのさ」
「…………」
「言っておくが冗談では無いよ?」
「いえ、疑ってはいないのですが」
いかん、なんか変な表情が出ただろうか。
普段はアレだが、色んな所で気を利かせてくれる大人なシュバルツさんだ。真摯に聞いていないと思われない様にしないと。
「……いや、ヴァイスに関しては少し違うかな。まぁ、その後孤児院に預けられたんだが、色々と私達に問題が起きていたんだよ。それで孤児院を転々としていた」
孤児院を転々としていた。
あっさりと言うが、割と暗い過去なのでは無いだろうか。孤児院潰れたとか、人数が多いから少ない所に、というなら話は別だが、どうもそれとは違うように思える。
「最終的にはクリア教の孤児院……ようはヴァイスが最近まで居た所だね。そこで落ち着いたんだが、そこでは今まで私達に問題が今後起きても良いように、姉として甘やかしたい衝動を抑えて接してきたつもりだったんだが……」
なにをしたかは分からないけれど、あのように嫌われていると思われるようになったと。
……一体なにをしたと言うのだろう。
「私だってもっと触れたいんだ。美しい我が弟に頬擦りもしたいし、なんなら一緒のベッドで手を繋ぎながら、寄り添って寝たい!」
「はい?」
「だが、私が弟にべったりではいずれ離れる時に弟だけではなく私も悲しむ。なにせ私達が居た孤児院は貧乏だったから、私が早めに出て、弟達が成人まで過ごせるように稼がなければならなかったからね」
「ほう」
「だから私は己を律して来た。弟が遊ぼうと言っても同年代の子達と遊ぶように言い、モンスター達と話して冒険者として狩りをした時、弟が近付いたら危険だからと寄り付かない様にと“ヴァイスには関係ない事だ、大人しく帰りなさい”と姉としてきつめに叱り。そして別れる時に話すと別れ辛くなるから、院長にだけ去る事を伝え黙って出て来た!」
「それだよ」
思い当たる節がありすぎるではないか、嫌われていると思う理由。
今世の幼い時に俺がされたら、例え転生して精神的に余裕があったとしても嫌われていると思うよ。当事者でなくとも「他の子と遊べ」や「関係無い」と言われたり、急に相談も無しに居なくなられたら嫌われていると思うよ。
「馬鹿な……私はヴァイスが大好きなんだぞ! 行動にだって示しているから、伝わって居たはずだ!」
「ほう、ではその行動とは?」
「ヴァイスの写真は常に懐に仕舞っているし、遊ぶ子に話を聞いて健康状態を確認するし、お金を納めに帰った時も成長を真っ先に影から確認するし、私の美しさはヴァイスを想う気持ちがあるからこそ美しいと内心ではいつも思っている!」
「うん、その気持ちを少しでもヴァイス君の前で見せれば良かったんじゃないですかね」
そうすれば嫌われているとか、姉を思うとサングラス越しでも分かる程悲しい表情はしなかったと思うんだ。
「くっ、そんな馬鹿な……! だが今更どうすれば良いんだ……あれ……弟への接し方でどうするんだっけ……?」
シュバルツさんは腕を地面につけ項垂れた。そして大分マズい事を呟いている。
……どうしよう。兄として弟への接し方を教えたほうが良いのだろうか。
「……そういえばクロ君に聞きたいんだけど」
「な、なんでしょう」
シュバルツさんは項垂れた状態のまま俺に尋ねて来る。個人的には今のままだと表情が見えないので立ち上がって表情を見せて欲しい。それに俺の前で項垂れるとなにか悪い事をしているようである。
……というか少し関係無いが、この状態でも絵になるのって凄いな。普段はアレだが、ヴァイス君が清廉潔白だとか言うのも分かる程、本当に綺麗だと思う。
「クロ君、君はヴァイスの姿を見てどう思った?」
シュバルツさんはそこで項垂れたままではあるが俺の方を見た。
ヴァイス君もそうだが、彼の見た目になにか重要な事があるのだろうか。
「聞こえていたかもしれませんけど、綺麗な顔で格好良い子だと思いましたよ」
とはいえ、なにが重要な事か分からない以上は素直に答えるしかない。
「私に気を遣わず、正直に答えてくれて良いよ。気になった所とかね」
そして素直に答えた俺を観察するように見ながら問い詰めて来るシュバルツさん。
……気になった所とは言っても困るな。あの着ていたマオカラースーツを似合うような形にアレンジしたい……はなんか違うだろうし。強いて言うなら……
「いえ、正直に答えたんですが……シュバルツさんの弟と言われて、ああ、美形な姉弟なんだなーって思いましたから。つり目気味でもの優しさを感じる所とかそっくりです」
後は中性的だな、とか。彼がシュバルツさんのように美しさを誇示したら惚れる女性が多いな、とかそんな感じだろうか。今でも素顔を出すだけでモテそうではあるが。
「……美しいと思った。という事で良いのかな?」
「そうですね」
「肌についてはどう思った?」
「? とても綺麗ですよね。きめ細やかで、美しい肌です」
「惚れたりしたかな?」
「見惚れる……という意味では惚れたかもしれませんが」
「……そうかい」
シュバルツさんは納得した声を出すと立ち上がる。
そして付いた埃を掃い身嗜みを整えた。……なんだろう、先程までとは違う雰囲気になったような?
「クロ君。一つ君に依頼したい事があるんだけど、良いかな?」
「依頼ですか? 俺に?」
「ああ、君にしか頼めないんだ」
俺の肩に手を置きながらそう言ってくるシュバルツさん。
……なんだろう、この肩置いた手が「逃がさないぞ」と言っている気がするのは気のせいか。
「なに、難しい事では無いよ。君が家族と過ごす時間をそこまで奪おうと言うつもりはない」
「ええと……シュバルツさんとヴァイス君の間を取り持つという話でしょうか?」
「それもお願いしたいが、君にはね」
シュバルツさんはそこでニッコリと、これはまた絵画にでもなりそうな美しい笑みを浮かべて依頼の内容を言ったのであった。
「――弟を裸で抱いてくれないか」
「ぶっ飛ばしますよ」
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