追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
嫌われている?
「中に入るのはちょっとだけ待とう」
「はぁ、分かりました……?」
と言って、少し離れて待つ事にした俺とヴァイス君。
初めは俺の言葉に妙な警戒心があったヴァイス君であったが、先程中に居た二人に合わせないようにしていると判断したのか、領主である俺に逆らわないようにしたのか分からないが、ともかく俺と一緒にこの場から離れてくれた。
「ところで聞きたい事があるんだけど、良い?」
「なんでしょう?」
ヴァイス君は人目が付きにくい所に隠れるのを嫌がっていた節があったので、それなりに開けて教会を一方的に監視できる場所で会話をする。流石になにも会話無しで居るのは辛いと言うか、気まずいからである。
「間違っていたらゴメン。ヴァイス君って、シュバルツ、っていう名前のお姉さん居る?」
聞く内容はシュバルツさんの事。
恐らく特徴と名前からしてそうだのだろうが、念のため確認を取っておこうと思ったのだが。
「……姉をご存じで?」
「何度かシキで行商をしてくれてね。同じ帝国出身みたいだし、ヴァイスという名の弟が居るとも聞いていたから」
「そう……ですか」
対するヴァイス君の反応は複雑そうなものであった。
表情は読めないのだが、姉を知っているから警戒しているというよりは、あまり触れられたくない事を触れてしまったような……
「はい、僕にはシュバルツという立派な姉が居ます。行商をしているのも確かですし……その女性は長い黒髪で身長が百七十程度の……」
「そうだね。モンスターとも会話が出来る、とても綺麗な女性だ」
「ならば僕の姉ですね。……それで、その。姉についてお聞きしたいんですが……」
「どうしたの?」
話を逸らしたほうが良いだろうか、と思っていると、ヴァイス君は言い辛そうにしながら自身の手を組んだり広げたりを繰り返す。
「姉は……このシキに頻繁に来るのでしょうか?」
「結構来るね。帝国の商品とか仕入れてくれるから、ありがたくて贔屓にしているよ」
「……そうなんですね」
ヴァイス君の質問は姉にシキに会えるかどうかを聞きたく思い、会えるのなら喜ぶ……と思ったのだが、反応はあまり良くなかった。
家族に働いている所を見られたくないとか、あまり好きではないとか……美しさを誇示して迷惑をかけていないか不安とかそんな感じだろうか。
「その……僕、姉に嫌われていまして」
「え?」
しかしヴァイス君から続いた言葉は少々予想外の言葉であった。
ヴァイス君がシュバルツさんに嫌われている? ……いや、それはないだろう。なにせ俺が君を脅しの材料に使ったら効果てきめんだったくらいだし。絶対に言えないけど。
「嫌われているの?」
「はい……僕以外には優しい笑顔を振りまいて、清楚で清廉潔白な女性像そのものみたいな姉なんですが……」
おかしい、俺の知っているシュバルツさんと違う。
「一緒に育った孤児院も僕と相談も無しに成人前に出て行ったり、偶に帰って来てもほとんど会話が無くて……他の皆には笑顔を向けても、僕に対しては冷たいんです……あ、ごめんなさい、変な話をしてしまいました」
「構わないよ。というか俺からふった話だし、お姉さんの事は……まぁ、今度来るという情報があったら伝えるよ。どうするかは君が決めて」
「え、ありがとうございます……?」
しかしこれは意外な面と言うかなんというか……いや、もしかして弟に累が及ばないようにしているのだろうか。
ヴァイオレットさんの時が初めてではあったそうだが、状況によっては殺人依頼も受ける様な非合法商売も熟していたからな。そのために避けるようにしていた可能性はあるにはあるか。
「……あの、クロさ――領主様」
「様は良いよ。なに?」
「その、先程見られました、僕の顔についてどう思われましたか?」
「どうって……」
急に話しを変えられ、なにか含みがある様な質問だが……ここは素直に答えるか。
「綺麗で格好良いと思ったよ」
少なくともブライさんの警戒を抱くくらいには。
「とはいえ、あまりハッキリ見て無かったから、一瞬の判断に過ぎない。その一瞬で思った事はその二つの感想だよ」
「……では、改めて見てくださいますか?」
「え?」
ヴァイス君はそう言うと、顔を隠していたサングラスとマスク、帽子を取り素顔を見せて来る。
先程見た様に白い髪に白い肌、赤い目。白いまつ毛は長くて、目はつり目気味ではあるのだが不思議と優しい感じがする。
……改めて見ても美形だな、この子。化粧をすればさらに化けそうだし、女形とか出来そうだ。流石はシュバルツさんの弟、と言う感じである。
「うん、改めて見ても格好良いと思うよ。うちの息子といい勝負だ!」
「ええと……その、ありがとうございます?」
「どういたしまして?」
何故疑問形なのだろう。
……うちの息子、と言う所が良く無かっただろうか。俺の年齢だと数歳程度の子だと思うだろうし、不思議に思うか。
「……クロさんって変わった方ですね?」
「え、それって“おもしろい男だ!”みたいな?」
それはあの少女漫画系だと“面白い女”的なヤツなのだろうか。少年漫画系だと“不思議なヤツだな”に変わるアレなんだろうか。
「そういう意味では無くて……いえ、初対面の貴族の方に失礼でした。申し訳ございません」
「構わないけど……あ」
深々と頭を下げ、妙な事を言ってくるヴァイス君であったが、そこで教会の扉が開かれてカーキーとブライさんが出ていくのが見えた。
カーキーは勢いよく何処かへ行った辺り、またナンパでもしに行ったのだろう。
「では、僕はこれで。また今後ともよろしくお願いしますね、クロさん」
「え、うん、またね……?」
ヴァイス君は俺に深々とお辞儀をすると、サングラスもマスクもせずにそのままトトト、と小走りに走っていった。何故か先程よりも小気味良いのは気のせいだろうか。
……というか俺も教会に用があると言って一緒に来たのに、忘れているのだろうか。
――まぁ、それは良いとして。
彼がどう言った意図を持っているかはともかく、他にやるべき事がある。
教会に行って他の修道士の様子を見に行く、というのは後回しだ。今はそれよりもするべき事がある。
「あのー、ちょっと良いですかー?」
俺は少し歩き、俺達が居た所よりもさらに人目につかない場所に行き、話しかける。
「弟を嫌っているというシュバルツさん、少々お話をお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
先程ヴァイス君と一緒に教会に行こうとした時から気になってはいた。最初は警戒もしたのだが、途中で誰か気付いた後は放っておいたが、今は話しかけても良いだろう。
「……美しい弟よ、違うんだ。私は美しさを崩さない様に律して接しているだけで、嫌っている訳では無いんだよ。というか、嫌われていると思っていたのか……美、美美々美々美々……!」
「なんですその声」
俺は弟の事で悩んでいる、気配を消して俺達の様子を伺っていた、どう考えても弟が好きな清楚で清廉潔白なシュバルツさんに話しかけたのであった。
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