追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
それをフラグと言います
ヴァイス。
その名前は聞き覚えがある。
自らの美しさを誇る、シキ領民じゃないのにシキに馴染んでいるシュバルツさんの弟の名前。同じ帝国の孤児院で育った血の繋がった実の姉弟であり、シュバルツさんと違ってまだ孤児院で過ごしていたはずだ。
シュバルツさんはそんな彼が健やかに育つために、今の仕事を熟して稼いだお金を孤児院に贈っている。
「あ、その様子だとやっぱり知っているんだ。ゲームに出てくる感じ?」
「出てくるといえば出て来るが……名前だけでよくは知らん」
だが、俺が知っているのはその程度だ。
あの乙女ゲームでも名前は出て来るのだが、シュバルツさんの説明で“帝国の孤児院にいるヴァイスという名の弟のために仕事を熟す”程度の情報しか俺にはない。メアリーさんに聞けばもう少し情報があるかもしれないが。
「ふーん、つまり暗殺者として育てられているーとか、モンスターの封印を解くキッカケになるーとかではないわけ? 後は弟が居なくなるとシューちゃんも後を追う位は大切に思っているとか」
「シュバルツは弟の孤児院に稼いだ分を送っている上、前回の件で真っ先に帝国に帰った。ならばその程度は大切にしていそうだがな」
「そうだよね、イオちゃん。だから第二王子も狙ったんだろうし」
「大切な弟を狙うとは……本当に酷い男であったな」
……彼を材料にヴァイオレットさんの暗殺をやめるようにシュバルツさんを脅したりもしたのだが、今は黙っておこう。
しかしこうなるとヴァイス君への脅しはどうなるのだろう。さらに身近に弟を置いたから、後はどうなるか分かってるよね。的な感じになるのだろうか。……まぁアレ以降脅しとして使っていないし、今は善意で協力してもらっていると信じよう。シュバルツさんに確認はするが。
「ともかくゲーム知識の方ではよく知らない。だから外見とか性格も分からない」
「そっかー。クロも知らない感じか」
「期待に沿えずスマンな」
「別に良いって、ただ聞きに来ただけだし」
そう言いながら読み終わった手紙を受け取るシアン。シアン的には「あの乙女ゲームでヴァイスになにかあるのならば、事前情報くらいは一応聞いておこう」的な感じで、彼らを迎え入れるための準備の一つ程度にしか思っていないのだろう。
「しかしシュバルツさんの弟か……」
彼についての事前情報はもうないとして、気になるのは彼がどういった子かだ。
十七歳前後のシュバルツさん数歳下で、血の繋がった弟で、修道士見習いとしてシキに来る。
重要なのはシュバルツさんの血の繋がった弟という事で……
「美しさを誇示するために、脱いだりしないよな……?」
「クロ殿、それは流石に……少々否定できないのが」
「出来ないんかいイオちゃん」
もしヴァイス君がシュバルツさんと似た性質を持っているならば、普段は露出が少ないが、服を脱いで己が裸体の美しさを誇示し、「私の身体に恥ずかしい所なんてない!」と言う美少年になる。
つまり……
「ブライさんを隔離しておいた方が良いだろうか」
「場合によってはそうした方が良いな」
「? 何故ですか、クロ様、ヴァイオレット様?」
「見た目次第では暴走しない様に私が浄化するからね」
「シアン様まで!? ブライ様に浄化は効かないと思うのですが……!?」
まず心配なのはブライさんである。
成長する少年であるグレイとの別れが近付いている事に、日に日に絶望感が漂っているあの職人。もしヴァイス君がシュバルツさんのように美しく、同じ性格ならブライさんを鎖につないだ方が良いかもしれない。互いのためにも。
……それともう一人心配な事がある。
「…………」
「? どうかされましたか、クロ様?」
俺は元々座っていた場所に戻ったヴァイオレットさんと、ブライさんの処遇に関して話し合っているシアンを見る。
ブライさんに関しては未成年の少年が来るという事に不安はあるが、イエス! と興奮はするが基本ノータッチなのでまだどうにかなる。
だが、俺的に一番の問題があるのはシアンだと思っている。
「ずず……ふぅ、相変わらず美味しい。もう少しで飲めなくなるのが寂しいな」
「まったくだ。私もグレイに学んでいるのだが、まだ及ばん。学園に行くまでに追い付きたかったんだがな」
「イオちゃんは飲み込み速いから結構行きそうだよねー。私は料理もお茶も上手くいかないよ。なんかもっと雑に運動したい」
「シスターとしてそれはどうなんだ」
シアンが指導が下手とか、敬虔ではないとかそういう事では無い。
指導は上手いし敬虔なシスターで、ヴァイオレットさんともシキに来た頃から仲良くやれるようなコミュニケーション能力も高い。
勉強、魔法、指導、子供達からの慕われ具合。それらに関しては疑いようもなく指導役として向いているだろう。
だが問題は……少年には刺激が強いのではないかという点だ。
「ところでアプリコットに、学園に行くまでに料理を教わって上達すると言うのはどうなったんだ?」
「……勉強中でーす」
「……神父様に胃袋を掴まされるだけではなく、掴むと言っていたような気がするが」
「う、イオちゃんが怖い……」
シアンは美女とか美少女にあてはまる外見を有している。
短いが綺麗な紺色の髪、透き通る水色の目。雰囲気は明るく元気なお姉さん気質、あるいは気軽な同年代タイプ。
そして百六十程度の身長の身体のバランスは健康的で生命力に溢れている。特に大胆に入れられたスリットから覗く足は、その造形美に男なら目が吸い寄せられる。
それらが躍動的に、惜し気もなく、本人はファッション的に可愛いと思って普通に過ごす。
しかも教会関係者ならばその下はどうなっているかに思い当たれば…………うん、思春期の少年には色々と毒かもしれない。というか下手すれば性癖が歪む。
「シアン」
「なにー?」
イオちゃん……じゃない、ヴァイオレットさんと話しながら、お茶を飲み干そうと最後の一口を飲もうとしているシアンに話しかける。
「新たな修道士のために冬用の全身コートを着る気はないか」
「なぜに」
勿論少年を守るためである。
そんな大部分が本気の事を話しつつ、今日の午後に来ると言う修道士について話し合うのであった。
――無事に事が運べば良いけど。
という、思ったら逆に無事に終わらないだろう思惑を巡らせつつ。
家族三人で過ごす、数少ない日の朝は始まったのであった。
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