追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

父と母と息子


「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃいましたね」
「寝てしまったな。可愛らしい寝顔だ」
「ええ、本当に。……しかし、何故今日急に寝ようと言ったんでしょうね?」
「それは恐らくホリゾンブルーと会ったのが理由だな」
「ホリゾンブルーさんと?」
「ああ。お腹に耳をあて、赤子の鼓動を感じようとして、家族を感じたのではないか?」
「赤ちゃんってもう鼓動があるほど成長してましたっけ……?」
「どうだろうか。私は身近に居なかったからな……あ」
「どうしました?」
「もしかしたら、その後にグレイの後に来る使用人の話をしたからかもしれん」
「……自分が居ない後を想像して嫉妬したんでしょうか」
「かもしれん。……本当に可愛くて……良い子だ」
「そうですね。…………」
「どうした、クロ殿?」
「……昔はこういう風に寝てくれるにも時間がかかったな、と思いまして。最初は怯えていましたから」
「以前の扱いを考えれば無理も無いだろう。むしろ素直に成長したくらいだ」
「はは、そうですね。素直過ぎて困りもしますが」
「そうだな。……だが、他にもあるのではないか?」
「と言うと?」
「それとは別にクロ殿はグレイを寂しそうに見ていた。他にも思う所があるのではないかと思ってな」
「……鋭いですね」
「なんとなく思った程度だがな」
「……そうですね。グレイの成長に嬉しさも感じますし、甘えて貰って嬉しくも有りますが……やはり寂しさも感じます」
「ほう」
「なにせグレイはシキに初めて来た時からずっと一緒でしたから」
「……そうか。つまりクロ殿にとってグレイが居ないシキは初めてになるのか」
「はい。そう思うと寂しくて……実はと言うと、シキに来た当時は領主を真面目にやる気なんて有りませんでした」
「そうなのか? 意外だな」
「俺は割といい加減な男なので。シキは最初酷い有様でしたし、領民は新たな領主に警戒心ありありでしたし……ですがグレイという置いていかれた子が居て……」
「グレイのために頑張らなくては、と思った訳だな。領主になるにあたって、問題だらけならばやる気も無かったのかもしれないが……」
「はい。身近にいるグレイを放っておくのはどうしても出来なかったんです。……この子のためにも、頑張らないとな、って」
「まさに家族が出来たんだな」
「その通りです。……だけど手元から離れて成長する時が来たんだと思うと、やはり寂しさも有ります」
「複雑な親心だな」
「はい。俺にもこんな心があるのだと、教えて貰えましたから」
「……ふふ」
「どうされました?」
「いや、クロ殿は昔から変わらず、誰かのために頑張るのだな、と思っただけだ。優しさは変わらない」
「そういう事を言われると、優しさに自分に酔う男になっちゃいますよ」
「それは困るな。だが……そうだな。クロ殿の寂しさは、いずれそれどころではなくなるぞ」
「無くなる訳ではなく、それどころではなくなる、ですか」
「そうだ。グレイが居なくなる寂しさは残る。グレイの変わりは居ないのだからな。だが……別の事もあるという事だ」
「どういう意味です?」
「どういう意味だろうな」
「イジワルしないで教えてください」
「イジワルしているつもりはないのだが……そうだな、ではヒントをあげよう」
「どうぞ?」
「クロ殿は使用人を雇おうと言いだした時、私はまだ良いのではないかと言ったな。だが、クロ殿はなんと言ったかな?」
「ええと――あ」
「“まだ”な事は確かだが、いずれそうなるんだ。その時はグレイの成長に寂しさを感じた様に、同じ愛情を注いでくれ」
「う。……はい。家族のためにも領主を頑張ります」
「ふふ、頼むぞ――お父さん?」
「うぐ。……イジワルですね」
「それも仕様が無い事だ。クロ殿の反応が可愛いのが悪い」
「相変わらず理不尽ですね。ですが新たな家族の前に、親として今やれることをやりましょうか」
「?」
「まずは目の前の大切な息子グレイと一緒に、家族として過ごしましょうか」
「……そうだな。愛する息子と愛する夫と――」
「そして愛するお母さんと、寝ましょうか」
「ふふ、そうだな」
「む、動揺しませんか」
「私はシキに来た頃からずっとお母さんだからな」
「そういえばそうでした。ですが来た時とは違う事がありますよ」
「それは?」
「互いに愛する家族として過ごしている事です」
「……そうだな。あの時とでは大きな違いで、忘れてはならない変化だ」
「変わったからこそ、今こうしている訳ですから」
「そうだな。――では、おやすみなさい、クロ」
「はい、おやすみなさい、ヴァイオレット。そして――」
「すぅ……んみゅ……すぅ……」
『おやすみ、グレイ』

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品