追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫の春、とある日 -午前-(:菫)


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「~♪」
「ところでその荷物はなんだ?」

 妙な頬の熱さを感じつつも外に出て、妙に上機嫌なグレイを微笑ましく見ている内に頬の熱が引いたので、疑問に思った事を聞いてみた。
 グレイが持っているのは大きめバッグであり、大事そうに抱えている。まるで宝物を手に入れた子供が見せるのを楽しみにしているような感じである。

「中身は制服です」
「制服と言うと……学園の?」
「はい、皆様に着ている所をお見せしようかと!」

 グレイ曰く、以前からシキの皆々に学園に行く事は言っていたのだが、ある時に「あの制服を着ているグレイを見たい」というような事を、調査で来ていた学園生を見ながら言われたそうだ。
 そして先日制服が届いたので、この機会にシキの皆に見せたいそうだ。

「であれば、屋敷から着て来れば良かったのではないか?」

 私やクロ殿、その時居たアプリコットとカナリアはグレイの制服姿(感動ですぐにロボを呼びカメラで撮った)を見たのだが、グレイの言い方だと屋敷から着てシキを歩き回れば良いのではないかと思ったので、聞いてみると……

「あまり着ているとシワになりそうですし、着替えてお披露目したいんです」

 と、答えが返って来た。
 なんとも可愛らしい回答である。抱きしめたくなる。頭を撫でたくなる。……これが母性か……!

「だが着替える度に手間はかかるし、着替えてバッグに仕舞うほうがシワになるのではないか?」
「…………、確かにそうですね。着替える場所もあるとは限りませんし……」

 母性はともかくグレイに指摘すると、まさにその通りと言わんばかりの反応になり、落ち込んだ。
 ……私達見せた時に、違う部屋で着替えてからのお披露目であったから、同じようにしたかったのだろうな。

「そう落ち込むな。私は今から教会に行くが、そこでなら着替えも出来るしシアン達にもお披露目出来るだろう。そこから制服を着て色んな所に行けば良い」

 私は落ち込みながら歩くグレイの頭を撫でつつ提案をする。
 シアン達なら素直に褒めるだろうし、グレイの望む反応も得られるだろう。

「ですがヴァイオレット様は仕事ですし、迷惑では……」
「迷惑なんてあるモノか。そうだ、折角なら、私と一緒に外を周って、一緒に見せて回ろうじゃないか。もう既に約束している相手が居るなら別だが……」
「いえ、約束している訳ではないのですが……良いのですか? お仕事の邪魔に……」
「グレイが良いなら私は良い。息子の自慢が出来るんだ、邪魔なんかには思わない」
「……はい! 一緒に行きましょう!」

 嬉しそうに笑顔を作るグレイを目にし、息子が喜んでくれた事を嬉しく思いつつ。同時にもう少しでしばらくの間この笑顔を見れなくなるのを寂しくなると思いつつ。
 私は笑顔に愛おしさを感じ、より頭を撫でるのであった。

「――はっ、天使の新たな発見を見れる予感がする、何処だ!」

 …………。
 腕信用出来る、我が最愛たる息子の最大の敵が現れた。
 幸いこちらに気付いてはいない。

「グレイ、見つかる前に行くぞ」
「はい? あ、ブライ様ですね。ブライ様にも見せようかと思っていたのですが……」
「グレイの制服姿を見た場合の暴走は、私だけでは手に負えない可能性がある。今は駄目だ」
「はぁ、分かりました?」

 息子を愛する母親として変態に負けるつもりはないのだが、より安全を確保するためにも私達は隠れつつ教会に向かうのであった。








「成程、だからコソコソとしてたんだねー」
「こっそり入って来るから、クロに内緒でなにかをしに来たのかと思ったよ」

 教会での連絡事項の確認と資料交換をし、仕事を終えた後。
 私と神父様は礼拝堂で会話をしていた。
 内容は先程私達がとある変態をやり過ごしながら教会に来た事について。
 隠れて通過しても、気が付けば何故か先回りしており、その度に隠れる必要があった変態が居たという笑い話(?)である。

「それにしてもレイ君が学園生かー。大丈夫かな」

 そして私達が仕事が終わった後もこうして礼拝堂で話している理由は、グレイの制服の着替え待ちだ。
 制服を見せたいと言うグレイの言葉にシアン達は微笑ましく見ながら承諾し、こうしているのである。

「不安はあるが、成長しようとしているからな。私達に出来る事は不安に思いつつも信じて送るような事だけだ。……それが少し寂しいがな」
「……だね」

 そのため自然と内容はグレイが学園に通う事になり、別れなければならないという事実に感傷的になってしまう。
 最も身体も心も成長する時に傍に居てやれないのは辛いし寂しいが、成長しようとする行動を止める訳にも行かない。

――……しかし、寂しいモノは寂しいな。

 私がシキに来た頃からグレイはずっと家族として屋敷に居たから、居なくなるのは……やはり、寂しい。
 だが私が寂しさを表に出してはグレイを不安にさせる。だから出来る限り平静を装わねければ。

「だがグレイも学園生か。昔はクロの後ろについてビクビクしていたのだが、旅立とうとする勇気を持ったんだな」
「神父様、それは私よりも昔のグレイを知っているという当てつけか」
「違う違う。そうじゃない。成長したんだという話だ」
「冗談だ――と、来たか」

 私が七割本気の冗談で神父様を揶揄っていると、グレイが着替えていた部屋の方から足音が聞こえて来た。
 私の言葉にシアン達もグレイが来る場所を見る。私は一度見たのだが、シアン達は初めてだ。どういった反応をするか楽しみである。

「神父様、シアン様。アゼリア学園貴族用の黒い制服に身を包み、一歩大人になった私めの登場です!」

 ――――。

「おお、似合っているね! 普段の燕尾服とはまた違った趣があって、クールだよ!」
「うん、似合っている。既に着こなしている感があって、凄いな」
「ありがとうございます!」

 シアンと神父様に想像通り、いや、想像以上の褒めの言葉を受けて笑顔になるグレイ。
 グレイが今身に着けているのは、クロ殿曰く“ゲームでは絵師さんの趣味”という、貴族用の制服。
 ヴァーミリオン殿下や、女子用であれば私も着ていた黒を基調とした伝統的な歴史ある制服だ。
 神父様の言うように“服に着られている”感はなく、既に着こなしている。クロ殿が前回着た時に着用についてアドバイスした事や、グレイ用の調整をクロ殿がしたお陰であろう。
 だとしてもグレイの今の状態は――

――素晴らしい……!

 としか言い表せられない。
 クロ殿が以前、最上級の感情に得た時に言葉を探そうとすると、単純な言葉しか見つからないと言っていたが、まさにこの事であると実感した。
 流麗であり清潔感のある形状の制服はグレイのあどけなさを表しつつ、同時にグレイが男の子なんだなと感じる体のラインが素晴らしい。クロ殿に以前着て貰った時とは違う趣の良さだ。
 制服一つを着こなすだけで気品が備わり、本来のグレイの良さをさらに相乗させるなんてなんて素晴らしいのだろう。
 ロボは何処だ。今なら写真を撮るために私の一月分の行動資金をつぎ込んでも良いぞ。いや、それよりも脳裏に焼き付けた方が良いのだろうか。
 ああ、私の息子が可愛い。格好良い。見るのは二度目だと言うのに、何故息子はこんなにも愛おしく思うのか。

「シアン。ヴァイオレットがフリーズしているんだが、どうすれば良いと思う」
「放っておけば回復すると思いますよ」

 こんなに愛おしいと学園の女子共が放っておかないのではないか。
 いや、放っておくはずがない。ならば今の内にアプリコットと婚姻させ、手を出させなくしようか。
 駄目だ法律で正式な婚姻がグレイの年齢では出来ない。くそ、王国の法律め。なんて融通が利かないんだ。

「ヴァイオレット様? ええと、如何なさいましたか?」

 私が法律改正方法について考えていると、グレイが私を不安そうにのぞき込んで来た。
 恐らく私が感想も言わずにいたので不安になっているのだろう。そんな姿も……よし。

「いや、なんでもない。それではグレイ、次の所に行くか」
「? はい、分かりました」

 こうしてはいられない。
 今すぐこのグレイが素晴らしいと言う気持ちを共有するためにも、色んな所に回れねばな。今ならブライさんと出会っても許す。多分彼だと暴走よりも早く容量過多キャパオーバーで倒れるだろう。
 ともかく今の私は、私の息子を自慢したい。……これが親バカと言うやつなんだな!

「では神父様、シアン様。失礼いたします」
「ああ、またな。本当に似合っているぞ」
「うん、バイバーイ。その格好良さを皆に見せて来てねー」
「はい、ありがとうございます!」
「あと、お母さんが暴走しそうだったらレイ君が声をかけてあげてね?」
「? はい、分かりました」

 私もシアン達に別れの挨拶をしつつ、教会を後にする。

――今日の午前は、とても素晴しいモノになりそうだ。





備考1:クロがヴァイオレットの立場でも同じことをする模様。

備考2:グレイの立場がクロであった場合、ヴァイオレットは見せびらかすのではなく独り占めしたくなる模様。

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