追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫の春、とある日 -朝-(:菫)


View.ヴァイオレット


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです、パンがカリカリで、ふわっとして、本当に素晴らしかったです母上!」
「それは良かった」

 少し遅い朝食を食べ終え、食器を片付け終えた後の紅茶を飲みながら笑顔で朝食の感想を言うグレイ。
 相変わらず気持ちの良い、作った方も作り甲斐があると思える裏表の無い笑顔である。クロ殿やグレイからこのように褒めて貰い、笑顔を見せてくれるお陰で私も料理に凝れたというモノだ。
 同時に見るためについ甘いモノを食べさせるといった対応もしてしまうが、それもこの表情の前では仕様が無いと思ってしまう。……私も親バカだなと思う。クロ殿の場合は……妻バカになるのだろうか。
 ともかく、高級な料理を歴史と歳月の蘊蓄を語られつつ感想を言われるのとは大きな違いである。こちらの方が遥かに心地良い。

「さて、私は午前には外に出るだが、グレイはどうする?」
「私めは皆様とお話をしてきます」
「そうか。ゆっくりと話してくると良い」

 紅茶を一口飲み、相変わらずのグレイの腕前に感心しつつ、これがもう少しでしばらく飲めなくなると考えると寂しく思いつつ、グレイに今日の予定を聞く。
 ここ数日グレイには自由に過ごすように言ってはいる。その理由はもう少しでグレイは学園に通うようになるためだ。せめてこの間くらいは思うように過ごさせたいと言う私とクロ殿からの計らいである。
 それでも私達の仕事を手伝ってくれる時もあるのだが、今日は学園に通う前にシキの領民……いや、皆と話して思い出作りをするようだ。

「ではクロ殿は?」

 グレイの予定を聞くと、私は料理が上手くなる要因の一人であるクロ殿の予定を聞く。
 本当は予定は知っているのだが、私はあえて聞いている。

「その……書類仕事をしようかと」
「そうか。ならば甘いモノを用意しようか。脳を使うのならば必要だろう」
「頂きます。あ、いえ。大丈夫です。軽くですけど寝ましたので……」

 クロ殿は一瞬甘いモノを食べられる誘惑に乗りそうであったが、すぐに思考を振り切り大丈夫だと言う。
 そうなる理由は分かっている。朝食の時から妙に落ち着いていないようであったし、普段であればグレイと一緒に感想を言うのだが、「美味しい」とだけ言って、それ以降は心ここにあらずと言った様子であった。

「では、私は出かける。グレイ、途中まで一緒に行くか?」
「はい! あ、でも少々お待ちください。準備をしますので!」
「そうか。では玄関で待っているぞ」
「分かりました!」
「慌てると転ぶ。それにはしたないぞ」
「分かり、まし、た……!」
「そこまで緊張しなくて良い」

 クロ殿の様子は置いておき、グレイに提案をするとグレイは元気よく返事をし、私の注意にまるで神経を尖らせて物音を立てない様にゆっくりと動こうとする。
 その様子に微笑みつつ、私は紅茶の最後の一口を飲んでカップの片づけを開始する。

「ではクロ殿、私とグレイは出て来る。見送りは良いからな」
「は、はい。いってらっしゃい」

 カップを洗った後に再び戻って来て、クロ殿に告げると相変わらず心の動揺を隠しきれない様子で私と言葉を交わす。

「あ、あの。ヴァイオレットさん。お聞きしたい事があるのですが、」
「そういえばクロ殿、私は夢を一つ叶えたんだ」

 そして意を決してクロ殿がなにかを聞こうとした所で、最後まで言う前に私は言葉を被せた。

「夢を叶えた……ですか?」
「クロ殿はその後の“ゲーム”の事で覚えていないかもしれないが、その時に言った事だ」
「ゲーム……あ、あの乙女ゲームカサスの事について言った時ですか?」
「そうだ。あの時は提案しても断られたが、それが出来たんだ」
「ええと……あの時は確か……?」

 クロ殿はあの時の事を思い出そうとする。
 しかしすぐには思い当たらないのか、珈琲カップを手にしたまま悩む仕草を取り考える。
 その事を“予想通りの反応をする”と内心で笑みが零れつつ、私は食堂の入り口に向かった後に止まり、クロ殿の方を見て思い出す前にクロ殿に告げた。

「旦那様をお姫様の様に扱い、運ぶのも結構良いモノだな」
「――――」

 私がクロ殿の疑問――朝に寝た後に気が付けばクロ殿が自室で眠っていた事――の回答を告げると、クロ殿は考える仕草のまま止まった。
 うむ、その表情が見れただけでも、起こさない様に体重のあるクロ殿を運んだ甲斐があったというモノだ。健康になった身体と、【身体強化】を使えばどうという事では無い。その反動で身体が筋肉痛のように少し痛いが、しばらくすれば収まるだろう。

「ではなクロ殿。まだ眠いのなら、午前はゆっくり眠っていると良いぞ」
「は……い……」

 私はそう告げて玄関に向かう。
 見てはいないのだが、クロ殿は恐らく頬を朱に染めている事だろう。

「ぁぁぁぁぁ……!」

 実際、小さいがクロ殿の悶える様な声が聞こえて来た。
 その反応を内心“してやったり”と思いつつ、このままではクロ殿が今日一日私と目を合わせてくれそうにないので、帰りには甘いモノでも買いクロ殿に渡そうかと思いつつ玄関でグレイを待つのであった。

「お待たせしました、ヴァイオレット様。出かけ――どうかしましたか?」
「どうかしたか、というのはなにがだ、グレイ?」

 数分と経たず荷物を持って現れたグレイは、私の様子を見て、出かけようと言う高揚を抑える程の疑問を持ち、不思議そうに眺めて来る。

「いえ、ヴァイオレット様が何処か……楽しそうにしつつ、恥ずかしそうだったので」

 そしてそんな事をグレイは尋ねるが、それは私はすぐに分かるような事であり。

「……息子と一緒に出掛けるのが楽しみだっただけだ」
「そうですか?」

 素直に答えるには隠しておきたい感情であった。
 クロ殿にした事を思い返すと妙な頬の紅潮を感じたが、それはイタズラを成功した高揚に過ぎない。
 そうに違いないとも。
 ……隠したのは、ただなんとなくに過ぎない。

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