追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
依頼と回帰_6(:黄褐)
View.エクル
居住区に行き、クリームヒルトとモンスターがどうなっているかの状況を確認をした。
出たモンスターはダイアウルフと呼ばれる狼型のモンスターであり、群れを成していた。
――何故このモンスターが……!?
ダイアウルフは本来ならば人が多い所には警戒し、さらにはこの村にも張り巡らされているモンスター除けにより人が住む場所には来ないはずなのだが、今はこうして居住区に来ていた。
人よりも食べ物や家屋を中心に襲い掛かっており、火魔法の被害があるのか煙が上がっている。
そして抵抗する相手や、家屋内に居る人には襲い掛かって怪我をさせ――ようとしていたようだ。
「ビャクくん――、っ!」
ようとしていた。と曖昧なのは、この後受けた話や事後報告から判断した事だからである。
家屋の被害はあっても、人的被害に関しては予想でしか語れない現状を私達は見たからだ。
「ティーくん、シャルくん。彼女の援護を!」
「分かっている!」
「っ、――はい!」
居住区に行き、クリームヒルトの偽名を呼んだ私は、ある状況を見て一瞬心の中で渋い感情が生まれるが、それを表に出さずにすぐに戦闘態勢へと移行する。
「……次」
私達が見た光景は、笑う事無く冷静にダイアウルフの群れを素手と魔法で屠っていくクリームヒルト。
腹を腕で貫き、頭蓋を足で踏み砕き、背後から襲い掛かるダイアウルフを振り返らずに刺殺し、別の人に襲い掛かろうとしたダイアウルフには投擲で動きを鈍らせた後に魔法で攻撃する。
――本当に凄い。
投擲は正確であり、最小限の動きで最大の攻撃を放つ。
状況を見て冷静に対処し、考えた事をすぐさま実行する力がある。
かつての私は誘拐洗脳騒動の時に彼女とクロの戦いを見て敵として警戒したが、相変わらず素晴らしい戦闘技術だ。
シャルもあの時“勝てない”と思い悩んだそうだが、それと同時に私と同じように“綺麗だ”とも思っていた。
メアリー様とは違う綺麗さを、あの時の彼女とクロは戦いで表していた。
そして同じように今もその戦う力を遺憾なく発揮されている。
――頼もしい。
彼女が味方である事のなんと頼もしい事か。
――だが、このままでは駄目だ。
そして同時に、これ以上彼女を独りで戦わせてはならないとも思う。
彼女独りでもこの状況を被害を広げる事無く終息させる事は出来るだろう。
しかしそれでは駄目なんだ。彼女を独りにさせたまま戦わせてはいけない。だって私は……私達は――!
「平行展開――射出!」
私はこの世界に来てから発覚した才覚なのか、元々この身体にはそういった力が宿るのかは分からないが、この世界では優れていると胸を張って言える魔法を持って彼女を援護する。
倒す事よりも動きを止める事を優先し、数十に及ぶ魔法を多方面に放つ。
「疾――!」
そして動きが鈍ったダイアウルフに対し、シャルが素早い動きで近付き致命傷を負わせていく。
攻略対象の中では最も高い身体能力を誇るシャル。最近では多くの挫折と修練を超え、その動きはさらに早まった。気が付けばダイアウルフに接敵しており、いつ振りぬいたか分からない程の抜刀スピードで屠っている。
「【雷神剣:付与】――今行きます!」
雷神剣と呼ばれる伝家の宝刀に雷を纏わせ、自身の周囲にも雷を纏わせたティー殿下は、文字通り稲妻のように駆けていく。
ただ当たっただけでもダイアウルフの動きを鈍らせる雷と、触れれば大きなダメージを与える武器。さらには雷と言う難航な属性を正確に操り群れを屠る魔法技術。
魔法に関しては現在の殿下の中では最も優れているという評価は、伊達ではないという事だろうか。
――だとしても、数が多い……!
私達で対応はしきれてはいるが、ダイアウルフの数が多い。
さらには別のモンスターも混じっており、偶に上空からも襲い掛かって来る。
一体なにが起きているんだ――
「GRRRRRRRRRRRAARARARARARARAA!!」
『っ!?』
なにが起きているのかを考えつつ迎撃していると、その咆哮に全員が身を震わせた。
咆哮先はモンスターが来ていた村の入り口とも言える場所のさらに先の道から。
大地を震わせるほどのこの咆哮はまさか――!
「タラスク!?」
そこに居たのは紛れもないタラスク。
先程のタラスクが生き残っていた訳ではない。何故なら先程見たタラスクよりもさらに大きく、より邪悪に見える。
――まさか……タラスクが襲い掛からせていたのか!
タラスクにモンスターを操る能力があるとは聞いていない。
しかし、今はこうしてモンスターのボスかのように現れている。恐らくはタラスクが村のモンスター除けを破壊し、こうして襲わせているのだろう。
今の咆哮で他のモンスターはさらに活性化している所を見ると、【鬨の声】の効果があるのかもしれない。
「シャル!」
「心得た!」
ならば事実は事実として受け入れ、甲羅に籠る前に仕留めなければいけない。
一番の最速で最強の攻撃を放ちつつ、相性が良いのはシャルの一閃だ。
私達で気を引きつつ、首をシャルが一閃で立ち切ればあのタラスクを仕留められるだろう。タラスクさえ討伐すれば、他のモンスター達も統率する者が居なくなって蜘蛛の子を散らすように居なくなるはずだ。
「錬金場、展開、作成――遅い」
しかしそこでもクリームヒルトの動きは早かった。
距離的にシャルより近いとはいえ、シャルよりも早く他のモンスターを避けながらタラスクに向かいつつ。さらには手近にあった残骸や道具を掛け合わせ、錬金魔法で彼女の手のひらサイズのなにかを作ると、それを手に持ったままタラスクに接近した。
「危ないです!」
それを見てティー殿下は叫ぶが、クリームヒルトはそれを無視したのか聞こえていないのか、タラスクの喉付近を蹴り上げる。
そして蹴り上げた衝撃で僅かに開いた口の中に――
「お食べ」
腕を突っ込んだ。
そして次の瞬間に、
「クリームヒルトさん!」
クリームヒルトを中心に、爆発が起きた。
正確にはタラスクの口の中からであろうが、そんなものは誤差の範囲だ。ティー殿下が本名を慌てて叫ぶほどの爆風を伴う爆発が起きたのだ。
その爆発を見て、他のモンスターを無視してティー殿下は爆発の方へと向かう。
「大丈夫か!」
「無事か!」
私とシャルもワンテンポ遅れて、手近のモンスターに攻撃をしてからクリームヒルトの元へと駆け寄る。
私達が近付いても爆風は晴れず、同時に火薬とは違う異臭を感じる。その事に嫌な予感がしつつもクリームヒルトの所在を確かめようと人影を探す。
「あはは、大丈夫だよ!」
そしてその声に安堵したが、爆風が晴れ見た光景は――無事ではあるが、裂傷を伴い包帯の上にまで血が滲む右腕のクリームヒルトであった。
「さて、他のモンスターを討伐しないと。引き続き援護お願い」
「待っ――」
しかしクリームヒルトはその事を気にせずに、すぐに元の場所に戻ってモンスターの討伐に向かう。
「二人共、彼女の治療をさせるためには早く討伐しないと駄目なようだ。早めに彼女の負担がかからない形で終わらせるよ」
「っ、はい!」
「分かっている!」
私の言葉にシャルとティー殿下は持ち前のスピードを活かして駆けていく。
今度はクリームヒルトの近くで援護をし、出来る限り負担を減らそうとしているのだろう。
「……分かっていても、私には出来そうにないな」
私は爆風が晴れ、近くに居るモンスター……タラスクを見る。
タラスクは内からの爆発に耐えきれず頭部が破壊されて息絶えていた。
爆弾を飲み込んでも、口から魔法のブレスを吐いたりすれば致命傷にはならなかっただろう。もしくはタラスク固有の魔法・物理耐性に守られたかもしれない。
しかしクリームヒルトはそれを分かっていたのか、直感的に思ったのか分からないが、口を閉じさせブレスを吐かせず、爆発と同時に口の中に入れた手から魔法を放ち耐性を弱らせた後に爆発を起こしたのだ。
――出来るとしても、私であれば別の方法をとっただろうね。……怖いし。
私はそう思いつつ、残モンスターの掃討に参加した。
◆
タラスク討伐後は大量に襲ってきたモンスター達も統率を失い、思ったよりも早く討伐は完了した。
予定外の討伐であったため報告は面倒ではあるが、今はもっと嫌な事がある。
「イタタタタタ……ティー君、もっと優しくして!」
「駄目です」
「え。えーと……優しく……して?」
「可愛い声で言っても駄目です。……痛みを伴わないと、貴女は反省しそうにないので」
「あはは……ごめんなさい」
「謝るくらいならしないでください。……いえ、貴女のお陰で討伐が早く終わり、死者も出なかったんです。感謝しないと駄目ですね。……ありがとうございました」
「ええと……本当にごめんね」
叱られるのではなく、しんみりとされながら謝られる事に戸惑うクリームヒルトと、治療をするティー殿下。
事実クリームヒルトのお陰で被害は最小限に抑えられはしたのだが、あの戦い方に関しては説教はしないと駄目だろう。今はティー殿下がしてくれてはいるが、私は追い打ちをかける形で帰りの馬車内で説教をする事としよう。
と、それは良い。説教は後の話であるし、これはまだ面倒ではない。
「エクル、被害状況をまとめたものは村長に貰った。後日調査団との聴取はあるだろうが、私達が報告するモノはこれだけで良いだろう」
「ありがとう、シャルくん」
シャルが率先して被害状況を確認し、簡単な調書をまとめたものを私に渡す。
……うん、相変わらず要点を抑えてあって、字も読みやすい。字はその人物の心が現れると言うが、まさにシャルらしい理路整然かつ達筆な字である。
と、それも良い。被害に関しての報告はこの後何度も報告や確認をとられる必要はあるが、面倒なだけで嫌ではない。
嫌な事はもっと別にある。
「あの治療を受けている子ってやっぱり……」「なんでまたアレが……」「前もあったが……今回のもアレが持ち込んだんじゃないか」「そうに違いない。私達をまたあの不気味な笑みで笑いに来たんだ」「それにあの戦い方……」「あんな戦い方を出来るなんておかしい」
「本当に気持ちが――」
それは周囲から受けている、遠巻きにこちらを見る視線の数。
そして途中で聞かないようにしたが、聞こえてくる村人たちの声。
……その中に、感謝の言葉は無い。
「なんというか、一つ思う事があるんだよね、シャルくん」
「どうした?」
「シキって結構良い場所で、善い人たちが多かったなーってね」
「正気か? ……と言いたいが、言いたい事は分かるな」
普段ならば正気を疑われるような言葉ではあるが、シャルは私の言葉に同意をする。
シキという場所は、行くと“性癖が開花するか、感染する”と、最近学園生の奇行に悩むアッシュは言ってはいるが、あの雰囲気は嫌いではない。
あの地を利用しようとしていた時は予測不可能で面倒であったが、あの土地は今思うと温かかったと思う。
嫌いな相手にはとことん冷たいのだが、少なくとも……
「何故お前がここに居るんだ、クリームヒルト」
少なくとも周囲の村人達や、先程モンスターの襲撃を報告に来た男性……
「……あはは、半年ぶりくらいだね、お父さん。元気そうで良かったよ」
拒絶の意志を隠さないクリームヒルトの父と、シキの人達は違うだろう。
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