追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
依頼と回帰_5(:黄褐)
View.エクル
今回の討伐モンスターは、【水地竜】と呼ばれるモンスターだ。
“竜”と名前がついてはいるが、私の認識だと“亀”である。
高さは二メートルと五十程度。全長は十メートル程度。
亀の甲羅が竜のような鱗で覆われており、とても固く、なんかこう……前世の白様や弟がやっていたゲームや漫画のようなスタイリッシュにシュッと尖っている。そしてその甲羅はあらゆるモノに加工出来るので、無傷で捕獲出来ればそれなりにお金になるそうである。
普段や冬は地中で眠っているのだが、この時期だと冬眠から覚めて地上に出て来て、近くのモンスターを捕食する。だが今回のように人が住む場所の近くに現れては作物や食料を食い荒らす事もあるらしい。
らしい、と言うのは私はこのタラスクを見た事がないからだ。
モンスターの情報が載っている本で見はしたのだが、あまり多くは生息しないモンスターなので見た事のない冒険者も多いだろう。
ただ先程言ったように甲羅がとても固いので、「タラスクの甲羅を壊せたら一流の冒険者!」というような風潮もあるそうだ。だから冒険者の間ではタラスクを見つけたら壊すか儲けるかで悩むそうである。
――だけど、人気も無いそうなんだよね。
資格を得る事が出来、甲羅はお金になるのだが、冒険者の間では人気はあまりない。
何故かと言うと、まず倒そうと思い、戦ってもある程度ダメージを受けそうになると、すぐに頭と手足の入り口を塞いで甲羅に籠ってしまう。これはタラスク自身が甲羅の固さを一番よく知っているためであり、こうなると攻撃のほとんどが聞かなくなる。そして余程お腹がすくか安全が確保されないと出て来ない。
そうなると長期戦覚悟で頭と手足が出て来るまで待つか、甲羅を砕ききるしか攻略手段がない。
あと、甲羅を砕くと言っても、甲羅が砕かれる直前には頭を出し、通常形態で襲い掛かっても来る。通常形態でも口から魔法ブレスとかを吐いたりしてそれなりに強い。しかもその頃には最初に与えた本体へのダメージは回復しているのだから、こっちが疲れているのにあっちは元気なのだ。
……それに一流の冒険者とはいっても、あくまでも“そのように自慢出来る”というだけであるので、褒章が貰える訳でもないのだ。
だから冒険者の間では人気が無い。とはいえ、依頼を出す側からすれば、迷惑だし進んで依頼も受けてくれないしで大分迷惑であるのだが。
「湖はどっちだ!」
「こちらです!」
人気はともかく、私とシャルはタラスクが出たという報告を受けて走っていた。
報告をしたのは村の女性であり、私達を湖に案内もしている。
私達の二倍程度の年齢の女性ではあるが健脚であり、それなりのスピードで走っても誘導しながら付いてこれている。
「今は連れの方が牽制をしつつ、戦っています。甲羅には籠っていませんが……」
「分かってる。籠る前に仕留めるのが良いのだろう」
初めはクリームヒルトやティー殿下と合流してからの方が良いかと思ったのだが、彼女らは既に応戦中との事だ。
その湖とやらがそれなりに居住区に近いらしく、居住区に向かっていたため偶然近くに居た彼女らが居住区に行かない様に、甲羅に籠らない範囲で足止めをしているようだ。
だから私達は真っ直ぐ湖に向かっている。
「あそこです、あの抜けた先が湖です!」
「分かった。貴女は安全な所に避難していろ!」
女性が走りながら指で指し、私達はより加速して湖へと急ぐ。
木々の間を走りながら私は魔法の準備をし、シャルは刀を抜刀できる状態にする。
「ビャク、ティー!」
そして木々を抜けて視界が開けた先で、私達は正式とは言えない二人の名を呼ぶ。
まずはどういう状況か確認をしなければならない。
ティー殿下が居る以上は大丈夫だとは思うのだが、モンスターと相対したクリームヒルトがどういう状況になっているのか。
……故郷を襲うモンスターの前に、冷静に居られるか。
モンスターの他にもそれを判断しなければならない。
「ヘイヘイヘーイ、亀さんよー。竜宮城への場所を知っている訳でもないのに、甲羅に籠って虐められる態勢になっているんじゃないよー、あぁん?」
「あ、あの、ビャクさん。甲羅に籠っているとはいえ、あまり近付かない方が……」
「あはは、駄目だよティー君。私と同じようにして普段とは違う事が出来るようにならないと!」
「は、はい。いざという時変装をバレないようにするためにですね」
「そう、じゃあ早速ティー君の思う柄の悪い事をするんだよ!」
「はい! お、おらー、はようででこんかいわれー」
「もっと悪っぽく!」
「オ、オラ早く出て来なさいこの亀さん!」
「オラをつければ柄が悪い訳じゃないよ!」
…………そこに居たのは、甲羅に籠ったタラスクの上にのり、浦島太郎の序盤の悪ガキのように足でゲシゲシと蹴り、なんか妙な事をしている二人。
クリームヒルトは包帯越しで少し声を変えながら話しているようだが、これは……
「……行こうか」
「……そうだな」
妙な間は流れたが、とりあえず二人の所へ行く事にした。
「イッシキ、ティーに変な事をやらせるな」
「あ、エクル兄さんにシャル君」
そして私達が近付くと、二人はタラスクの甲羅から降りる。
その際にティー殿下が先に降りてクリームヒルトの補助をしようとしたが、クリームヒルトは一緒に降りるように促して同時に着地した。……仲良いね、彼女ら。
「あはは、ごめんごめん。来るまでただ待つのもな、って思ってね」
「だからと言って今のは……」
「ビャクさんを責めないでやってください。全ては私のためにやってくれているんです!」
「……敢えて呼びますが、ティー殿下。全てを肯定する事が良いわけではないのですよ……」
シャルはクリームヒルトに反省を促し、ティー殿下は庇い、シャルは流石に悪い事を教えるような事は見過ごせず、頭を痛めつつ注意をした。
「それで、状況は私達が来る前に甲羅に籠ってしまった、という事で良いのかな」
「そうだね」
反省や注意は後でみっちり馬車内で行うとして、今は現状が大切だ。
というわけで話を聞くと、どうもクリームヒルトが居住区に向かうタラスクの足止めのために放った錬金魔法の爆弾がクリーンヒットし、その衝撃で甲羅に籠ってしまい、現状こうして湖の畔で動かない状況のようだ。
しかしこうなると……当初の予定の二つ目の作戦に移行するとしよう。
「では、私とティーくんで最高威力の魔法を放ち、間の追撃をクリームヒルトが」
「そして頭などが出て来た所を、私が両断すれば良いんだな」
「あはは、了解! しゃあティー君は雷神剣をチャージして【極・セイクリッド・ライトニング】とか出せるようにしておいて!」
「え!? そのような技は使え無いのですが……い、いえ、頑張って出してみます。どのような技なのですか!?」
「妹よ、揶揄うのはそこまでにしておきなさい」
「はーい」
相変わらず騙されやすいと言うか純粋なティー殿下を揶揄うクリームヒルトを窘めつつ、私達は準備をする。
魔法陣を展開準備、遅延効果と威力アップを追加して……あ、そうだ。アプリコットに教えて貰った威力アップの奴も試してみよう。
「そういえばティー君。ティー君って、王族魔法は使えないの?」
「雷に少しでも関与するモノならばほとんど使えるのですが、それ以外はあまり使えないですね」
「えっと、それじゃ……シリウスってやつは使える?」
「【珠玉の星】は父上くらいしか使えないかと。王族特有の魔法でも最高難易度なので」
シリウス……確かカサスでも出て来た最高峰の王族のみが使える魔法であったか。
ティー殿下は一瞬何故その名前を知っているのかと思ったようだが、すぐにカサスの事に思い当たったのか答えを返す。
「……そっか」
「どうされました?」
「あはは、王族魔法ならあの甲羅くらい砕けるかな、って思っただけだよ」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
「ううん、私がふと思っただけだから気にしないで!」
……?
なんだろう、今のクリームヒルトの様子が少しおかしかったような気がする。
ほんの小さなものだが、昔の白様にも似た感情が見えた気がする。
「ところでさ、一つ案があるんだけど良いかな?」
「なんでしょう?」
「また変な事じゃ無いだろうな」
「あはは、違うよ。えっとね。ティー君とエクル兄さんが最大威力の魔法をぶつける時にね、追加でダメージを与えるためにさ――」
そしてクリームヒルトの提案に、私とシャルは頭を痛め、ティー殿下は「成程!」と言い褒め称えた。
◆
しかしクリームヒルトが建てた攻撃手段は理にかなっていると言うか、威力をあげるには充分だったので採用する事にした。
「じゃあ巻き付けたよー」
そう言いながら、タラスクから離れるクリームヒルト。
私とティー殿下は巻き付けている間に魔法の準備を整え、シャルは……武器を構えながら衝撃に備えていた。
「では、行くよ、ティー」
「はい! 明暗を統べし、雷鳴響き――」
「――展開。――展開。――――展開」
私とティー殿下は魔法の威力を上げる詠唱をし、魔法を同時に展開できるようにタイミングを合わせ、
「――【雷最上級魔法】!」
「――【地/水/火/風/光/闇上級魔法】」
同時に最大の魔法を放つ。
ティー殿下は雷系の到達点の一つとも言える魔法を、私は複数の魔法陣による基本属性の上級の混合魔法を。準備が出来たので余裕を持って放つ。
これだけでも大抵のモンスターを屠るどころか、B級モンスターの群れですら過剰攻撃出来る魔法だ。
だが防御が固いという話のタラスクには何処まで通じるか分からない。分からないのでこれでも足りないかと思うのだが……
「あはは――ドカーン!!」
私達の魔法がタラスクに当たった瞬間――タラスクに巻き付けた爆弾が爆発した。
「おー……湖が広くなりそうですな」
爆風が来ない様に魔法陣を張り、その範囲内から爆発を見ながらクリームヒルトは感想を言う。
――うわぁ……
一応モンスター討伐に当たって多少の地形変動の可能性があるとは伝え、村長に許可は得ている。得てはいるのだが、爆発を見て音が大丈夫かと不安になる。
なにせタラスクには爆弾……クリームヒルトが錬金魔法で作った特製の爆弾を大量に巻き付けたのだ。
錬金魔法で爆弾を作るのには長けたクリームヒルトであるので、大量に生成、そして威力の増幅には使えたのだが……
「……これで生き残ったら、大人しく出て来るのを待とうか」
「……そうだな」
あまりもの威力に私とシャルはそんな話をしていた。
過剰攻撃に過剰攻撃を加えているのだ。これで倒せない相手ならば大人しく待機するしかない。そう思いつつ、若干引いた感じで爆発が静まるのを待っていた。
「あはははははははは!」
そしていつもより笑うクリームヒルトが、なんか悪役っぽく見えた。
「このような爆弾を作れるとは……流石は私の好きになった女性です!」
そして悪役っぽく笑うクリームヒルトをティー殿下は褒め称えた。
……恋は盲目って言うのは、本当なんだと改めて実感した。
「お、煙が晴れて……うん、倒せているね」
「私の出番はなかったな……」
そして爆風が晴れ、見えたのはタラスク……だったもの。
甲羅が砕け、中に居た本体部分もぐったりしている。
一応クリームヒルトとティー殿下が様子を確認しにタラスクに近寄る。確認というよりは、楽しそうに近付くクリームヒルトに対し、ティー殿下が付いていくような形だが。
「まぁ、ともかくこれで依頼は達成だね。報告に……あれ?」
手を合わせ、少しでも安らかにと思っていると、ふとある存在――女性が視界に入った。
少し遠くで木の影で見ている女性。あれは……先程私達を案内した女性? 避難していなかったのだろうか。
私達を心配したか、モンスターが討伐されているか不安で見に来ていたのだろうか。
――怖がっているな。それも仕様がないか。
先程見た時は愛嬌のある顔立ちであるなと思っていたのだが、今の女性は顔を青ざめさせ震えていた。先程の様子を見ていたとしたら怖がるのも無理は無いだろう。
ならば今すぐ駆け寄り、安心させるような言葉をかけ、あの笑えば可愛らしいという言葉が似合いそうな女性に安心感を与えねば。
「大変です、冒険者の方々!」
声をかけようと近寄ろうとすると、別の男性が慌てた様子で駆け付けて来た。
女性と似たような年齢の整った容姿の美壮年であり――あれ、女性もそうだが、この男性は何処かで見たような……?
「どうされました?」
疑問はともかく、男性に近かった私は男性に近寄ってなにがあったのかと尋ねる。
「村の方にモンスターが! 今すぐ来て下さい!」
『――!』
そして男性は女性を見た後、私の質問に慌てた様子で答えた、
私達は緩んでいた気を引き締め、村の居住区の方へと走りだそうとして――
「――――」
「っ、イッシキ、待て!」
私達の誰よりも早く、クリームヒルトが居住区の方へと駆けていった。
迷いのない走りで、小柄であるにも関わらずドンドンと先へと行き背中が小さくなっていく。
く、私達も早く追いかけねば!
「待て、今のは……!?」
そして私も追いかけようとした所で、ふと男性が有り得ないモノを見る様な目でクリームヒルトの後姿を見ていた。
疑問には思ったが、今はモンスターの方が優先だ。女性のフォローもこの男性に任せて私達は追いかけ――
「なんでアイツが居るんだ!」
「ようやく……いなくなったと思ったのに……! 見なくて良いと思ったのに……!」
そしてその言葉を聞いて私は、
――ああ、本当に居場所が無かったんだね、キミは。
と思いつつ、駆けていくのであった。
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