追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妖しい夢_5


「疲れた……」

 俺は夜のシキを、一人だからこそ堂々と言える言葉を言いながら小走りで走っていた。
 こんな言葉を言うのは、教会でフォーンさんが本当にブラウンを襲いかねない程の状態だったのをどうにか引き剥がし、フォーンさんを落ち着かせたりするのに大変であり、精神的に疲れたのだ。
 ……その際に俺と神父様がフォーンさんと目が合い、夢を見かけたのも精神的な疲れを起こしている原因ではあるが。ちなみにシアンに強制的に目覚めさせられたので大丈夫であった。
 目を強制的に覚まされた後、神父様が「これは凄いな……」と呟いているのが聞こえたが、どう凄いのかは聞かないでおいた。

――遅くなったな……

 ともかく、フォーンさんを落ち着かせた後、とりあえず今日はシアン監視の下教会で過ごして貰い、詳細は明日という事で話しは付けた。一応監視中に目については調べるようである。
 それらの話し合いや、【レインボー】へ荷物を取りに行ったり、別の所に泊まる事を伝えたりとしていたらすっかり遅くなってしまった。

――お腹空いた……けど、寝ているだろうし、悪い事したな……

 今の俺は夕食を食べていないのでお腹の減りを感じつつ、流石にヴァイオレットさん達はもう寝ているだろうとも思っていた。
 フォーンさん、つまり怪しい女性が大丈夫であったので心配無い、という事はヴァイオレットさん達に引き剥がした後にブラウンに伝えて貰うよう頼んだので心配はしていないとは思う。
 しかし心配は無くともいつ帰るかまでは伝えていなかったので、もしかしたら帰るまで起きていようとしていたら悪い事をしたなとも思う。

「着いた――ふぅ……」

 寝ている可能性が高いので、呼吸を荒げて慌てて入ると起こしてしまうと思い、俺は屋敷の前で一旦止まり呼吸を整える。
 汗の引きも感じ、呼吸も通常に戻ったら俺は屋敷の扉を開いた。

「おかえり、クロ殿」

 もう寝ているだろうとゆっくりと戸を開き、入ってから同じようにゆっくりと閉じた。
 そして屋敷に帰ったら出迎えてくれたのは、俺の帰りを近くの部屋で待っており、帰宅を知ると小走りで駆け寄ってくれた、本物のヴァイオレットさんの言葉と安心できる姿であった。

「……ただいま、ヴァイオレットさん」

 予想外の事に驚きはしたが、すぐに驚きが嬉しさに代わると、自然と出た笑顔を浮かべながら、ただいまと言ったのであった。







「成程な。ブラウンに聞いてはいたが、そのような女性が居たのか……」
「はい。……ヴァイオレットさんもサキュバスは知らないんですか?」
「いや、名前だけは見た事があるな。公爵家じっかの屋敷にあった、古い書物で見た事があるが……擦り切れる程昔の本で、さらに昔の内容として書かれていたから詳細は知らないが」
「そうなんですね」

 温め直した夕食を食べつつ、フォーンさんについて説明をした内容に、ヴァイオレットさんは興味深そうに聞いていた。
 眠いだろうから説明は明日にして先に寝ていて良いと言ったのだが、

『クロ殿の話を聞きたい』

 なんて自分が飲む用の紅茶を入れながら言われては断れるはずもなく、こうして食事が終わって珈琲を飲んでいる今も話しているのだ。
 ちなみにグレイやアプリコット、カナリアは、

『クロ殿が帰るまで起きているつもりだったようだが、湖畔の疲れもあって寝てしまったよ』

 との事だ。今はヴァイオレットさんが運んで皆グレイの部屋で寝ているらしい。ちなみにブラウンは伝えに行った後、すぐに教会に戻っている。そして今日は神父様の部屋で寝るそうだ。
 ヴァイオレットさんも湖畔の疲れはあるだろうし、ブラウンが知らせに来るまでは怪しい女性が屋敷に来ても守れるように気を張っていただろうに、大丈夫なのかと不安はあるのだが……

「む。クロ殿、私の体調の心配をしているな?」

 珈琲を飲みながら心配をしていると、心を見透かされたのか紅茶を飲んでいるヴァイオレットさんが少し不満そうに言ってくる。

「心配をしてくれるのは嬉しいが、疲れで言えばクロ殿の方が大変だろう。私の心配も良いが、自分の身を心配してくれ」
「いえ、俺は身体が丈夫なのが取り柄ですし、この位は平気です。ですがヴァイオレットさんは……」
「私も平気だ。シキに来てから体調も良くなってきていて、体力も付いている。それに元々公爵家としての教育や、王族に嫁ぐ者として勉強をして来たんだ。この程度は大丈夫だよ」
「そうかもしれませんが……」

 ヴァイオレットさんは体力があり、徹夜にも耐性があるのは知ってはいるが、それでも心配なモノは心配だ。
 シキに来て頃は体力も落ちていて息をあげ、回復するためによく眠っていた姿も見ているので、どうしても不安はあるのである。

「そうだな。では食器の後片付けをお願いできるか、私を心配するお優しい旦那様?」
「了解です!」
「グレイ達が寝ているから静かにな」
「(了解です!)――熱っ!」
「慌てて飲むと火傷するぞ」

 そのくらいならばお安い御用である。
 俺が急にきびきびと片付けをしようとした事や、片付けるために珈琲を慌てて飲んだため静かに行動できずにいた事をヴァイオレットさんに微笑ましくは見られたが、ともかく片付け程度ならすぐに終わらせてやる!

「クロ殿、残りのお皿だ」
「ありがとうございます――って、ヴァイオレットさんが手伝ったら意味無いじゃないですか」

 俺がまず手で安全に持てる範囲で皿を持ち、後一往復しないとなと思って台所に着き、流し台に食器を置くと、追い駆ける形で残りの食器を持ったヴァイオレットさんにお皿を渡された。

「私はクロ殿を体調を心配して片付けをしているんだ。それとも、旦那様を心配しておきながらこき使う嫁にするという酷い事を私にするのか、旦那様は?」
「ええと、それは……いえ、どうもありがとうございます。心配してくださって」
「どういたしまして」

 俺が礼を言うと、ヴァイオレットさんは微笑んで皿を渡し、袖を捲くりをした。どうやら初めから一緒にお皿を洗う予定だったようである。
 それにこの片付けの提案や、今のように洗おうとしていると事と言い、俺に変に気負わせないようにしているのだろうな。

「…………」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、早く洗って終わらせましょうか」
「? そうだな」

 ……いや、こうして運ぶのや洗うのを手伝っているのは、ヴァイオレットさんが俺を心配しているのだと意固地になってやっている感もあるが。変な所で意地を張るからな、ヴァイオレットさん。それを言うと「クロ殿に言われたくない」と言われそうなので言いはしないが。

「そういえば、そのサキュバスの女性はどのような女性だったんだ?」
「というと……外見とか、性格ですか?」

 俺も袖を捲くって洗い物をしながら、軽くフォーンさんがどのような女性だったかを会話をする。

「性格は先程クロ殿が信用できると言った時に聞いたから、外見や雰囲気だな」
「そうですね……シキには居ない感じの優しい雰囲気を持った綺麗な女性でしたよ。ヴァイオレットさんの方がお綺麗ですが」
「フォローをありがとう。シキに居ない雰囲気となると……フューシャ殿下のような感じか?」
「その系列ですね」
「ふむ、そうなると心当たりは何名かいるな。もしや知り合いかもしれないな」
「かもしれません」

 フォーンさんの名前については一応伏せてある。
 確かフォーンさんはフォックス家……子爵家と言っていたし、本人の許可なく言わない方が良いと思ったからである。
 許可を得ようにも、フォーンさんは今日は男と会わない方が良いと思ったから引き剥がした後はあまり会話もしてないのである。

「しかし、夢を見せる、か。それが出来るとなると、殿下達やヴェールさんなどは黙っていないだろうな」
「でしょうね。ですが――」
「黙認するかどうか。信用できるかは私が直接見て判断する。クロ殿が言うなら大丈夫だろうがな」

 お皿を受け取りながら当たり前のように言うヴァイオレットさん。
 ……意識して言っていない所が、とても嬉しい事である。

「すみません、俺の我が儘に付き合って貰って」
「構わない。だが、まぁその夢を見せるという点が、私達では確かめようがない……確かめたくないというのが難点だな」
「どういう意味です?」
「? その女性が能力を発動したら昂る状態になるのもあるから、むやみに使えないのもあるが、かかった相手は……その、淫らな夢を見るのだろう?」
「そうですね」

 淫らな夢、と少し照れているヴァイオレットさんが可愛い。言うと怒られるか、脇腹に軽めの手刀を喰らわせられそうなので言わないが。

「他の領民に気付かれぬためには私達で確かめる必要があるのだろうが……女である私には効かないだろうし、クロ殿で確かめるには……淫らな夢を私ではない女性に見せられる、というのを黙って見られそうにないからな……神父様もシアンが良い顔をしないだろう」
「そう、ですね」
「だからその能力を確かめようがないな、と思っただけだ。ブラウンにも効かなかったようであるから、本当に出来るかも分からない」
「いえ、俺はかかったんで能力があるのは確かですよ?」

 そういえばヴァイオレットさんには「そういった能力がある」としか説明していなかったっけか。
 カーキーにかけた事や、ブラウンに効かずに居た事。その他サキュバスの特徴などは説明したが……

「……なに?」

 俺が何気なく言った言葉に、ヴァイオレットさんは動きが止まった。
 ……あれ、なんだか怖い。

「……つまり、クロ殿は淫らな夢を見たのか? 能力にかかって?」
「そうですね。能力があるのは確かかと……途中で目は覚ましましたが」
「ほう。……ほう」

 なんですかその二回の間の置いた「ほう」は。なにに納得したんですか。

「……クロ殿」
「は、はい」

 ヴァイオレットさんは持っていたお皿を置き、俺の方を向いて一歩近づいて来る。
 普段であれば可愛いと思う見上げる形で見える表情が、違った感想を抱く表情に見える。

「クロ殿も年頃の男性だ。そういった方面には興味を持つし、夢を見れば困惑もするだろうし、満たされもするだろう」
「そ、そうですね」
「だがな、クロ殿。これは覚えておいて欲しいんだ」
「なんでしょう……?」

 ヴァイオレットさんは言いながら俺に更に近付いてきて、俺はつい後ろに下がり、そのまま壁際まで追い込まれていく。

「私はクロ殿が大好きだ」
「はい。俺も大好きですよ」
「そして――大好きな相手が、別の所で淫らな感情を抱けば、嫉妬もするんだ」
「そ、そうですか――ひぅ!?」

 そして壁際でヴァイオレットさんは腕で壁を叩き……いわゆる壁ドンをされる形になると、俺はみっともない声をあげてしまう。
 ヴァイオレットさんはそのまま俺を、上目遣いの状態のままでいつもとは違う雰囲気のまま――

「だから――後は分かるな?」
「え、ちょ、ヴァイオレットさん、待っ――」

 ……後の事は、少し語りたくはない。

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