追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妖しい夢_4


「目、もっとよく見せてー?」
「ええと……本当になんともないの、ブラウン君?」
「? 特になにも……あ、もしかしてお兄ちゃんやお姉ちゃんたちがやっているような、“みほれてむねがあつくなる”とかいうやつの事?」
「いえ、そういう訳ではなく……平気なんだね」
「よく分からないけど、なにかあるかと言われれば……あるよ?」
「え、な、なにを!? やっぱり異常が……!」
綺麗きれーな目だし、ビックリするくらい美人さんだから、僕は嬉しく思ってるよ!」
「そ、そう。ありがとう……?」
「? どういたしまして!」
「…………」

 フォーンさんの言葉に、理由は分からずとも無邪気に微笑むブラウン。
 あどけなさは残るモノの、外見的にはフォーンさんと同年代か少し下くらいだ。そんな男性いせいの屈託のない笑顔に、能力が効かないことも含めてフォーンさんは戸惑っていた。

「どう思う、二人共?」

 俺は二人でイチャイチャ……とは違うな。ほのぼのとしている二人を横目に、シアンと神父様に所感を聞いてみた。
 能力の発動が瞳の色の変化と紋章が浮かび上がる事ならば、今も紋章を間近で見ているブラウンは俺みたいに夢を見せられているはずなのだが……

「そうだね……私的にはあの紋章が出た瞬間に、上級魔眼レベルを感じたかな。神父様はどうです?」
「俺も感じた。対策を施してなお効果を受けて、今回で言う所の眠るという行為は防げないレベルだと思う」
「ですよね。神父様がブンちゃんみたいに見たら、確実にクロが受けたらしい事と同じような感じになるでしょうね」
「だろうな。俺じゃ防げず眠るだろう」
「……見ないでくださいよ? その、そちら方面は私ではまだどうにも出来てはいませんし、神父様禁欲して色々あるでしょう。実際にしないのなら浮気にはならないかもしれませんが……」
「進んで見ないからな!?」

 もしかしたら俺が夢見たというのが勘違いとか思われるかとも思ったが、二人には二人なりに気付いた所があるようで、勘違いなどとは思わなかったようだ。良かった。そして見てる前でイチャつくな。後でのんびりやれ。
 俺にはシアンの言う上級とか下級とかの判断はつかない。というかよくは知らない。恐らく虹とか黄金とかランク付けられる直死●魔眼的な感じなんだろう、多分。
 それで上級と言い、二人の所感的からすると相当な代物なようだ。
 この二人が防げないレベルとなると、シキで防げるのはベージュさん夫妻くらいだろうか。

「だが、ブラウンがなんで耐えられるんだろうな。シアンは分かるか?」
「私には分かりません。ブンちゃんは色々と規格外な所はありますし、血筋の事もよく分かりませんが……クロはどう?」
「俺? 俺より魔法とかに詳しい二人が分からないのなら、俺は分からんぞ」
「でも確かブンちゃんのお母さんに会った事あるよね。そのお母さんからなにか聞いたりしてないの?」

 ブラウンは現在一人暮らしである。
 気が付けば寝ていて、色々と心配する事もあるのだが、冒険者稼業で稼いで自活をしているし、金銭管理や食事もしっかりとしているので特に問題はない。

「会った事は有るにはあるが……」

 そんなブラウンがシキに来たのはアプリコットより後で、シアンが来る前で、神父様が丁度仕事で居ない時だ。
 今ほどではないが年齢の割には既に大きかった体を、母親に手を引かれてシキに来た。
 来た理由を詳細を明かさなかったが、どうもブラウンが不義の子であり、エルフとドワーフとヒトとオークの力を色濃く引いた……と言うのは直接ではないが聞いたので、とりあえず空き家に住まわせて後々に聞こうとした。
 しかしその後数日で母親が失踪した。言い訳にはなるのだが、領主になりたてで忙しかった合間を縫っての失踪だった。
 その後は色々あったものの、現在のように落ち着いている。

「あまり会話はしてない。精神的に不安定そうだな、とは思ったがそれ以外はなにも」
「そっか」

 なので、俺はブラウンの親についてはよく知らないし、親がなにか知っているとしても確かめようがない。
 今はどうしているか分からないし、見つけたとしても子を放置するような親の言う事なんて信用出来ない。

「まぁだったら良いんじゃない? 耐魔法に優れていて、偶々効かなかったってだけで」
「そうだな。もしも彼女が力を抑えるヒントになるのなら調べるが、今はそれだけで良いだろう」
「ですね、神父様」

 そしてシアンと神父様は気にしても今は仕様がないと切り替えた。
 こういう所が二人の良い所であり、好きな所だと俺は思う。本当にこの感じに何度救われた事か。

「……それで、どうする? ブラウンには効かないにしても、フォーンさんの目……能力は危険だ」

 でも、だからと言って甘えるのも良くはない。
 なぁなぁで済ませるには、良くない事も存在する。
 国やこの地のこれからの事を考えるならば、領主であり貴族として一時の感情に流されてはいけない。そしてシアン達……教会関係者が知った以上は、放っておくような事を強制するのは、罪を負えと言うのと同じである。

「俺的にはフォーンさんの性格を信じて、見て見ぬふり、あるいは抑えられるような協力をしたい所なんだが……」

 ……良くはないしイケないと分かってはいるのだが。
 どうしてもこういった甘い判断をしてしまう辺り、俺は領主や貴族に向いていないとも思う。いつか足元をすくわれるだろうし、家族に迷惑もかけるだろうとも思う。

「クロは貴族的にも良くないし、私達的には教会的に良くない、という事でしょ」
「教会的には世を惑わす女性を放っておく、という事だからな」
「ああ。こう言ってはなんだが、フォーンさんの力を知っていれば、男女の関係で問題はフォーンさんのせいにされかねないからな……男の精、性的エネルギーを食事に出来るサキュバスなら、なおさらな」

 フォーンさんの人となりを初めから知っていれば、俺だけでどうにかしようとしてシアン達には関わらせないようにしたかもしれないが、過ぎた事はとやかく言えない。
 同時に俺はお願いする立場である以上が、相手がどのような判断をしても恨みを抱いてはいけないだろう。

「あー……その事なんだけどさ、クロ」
「どうした?」
「サキュバスが性的エネルギー? を食事にするってなんで知ってるの?」
「へ?」

 俺がどう答えが返って来るかと思っていると、よく分からない回答が返って来た。
 ええと……どういう事だ?

「なんでって……サキュバスってそういう種族だろ? 女性で精を食事とするような」
「神父様、サキュバスって聞いた事あります?」
「いや、ないな」
「えっ」
『えっ』

 あれ、もしかして……この世界ではサキュバスってパンダみたいな感じで、歴史の闇に忍ぶ存在なんだろうか。
 ……自分で考えておいてなんだが、パンダが歴史の闇ってなんだろう。

「俺の知っているサキュバスって言うのは――」

 とにかく俺はサキュバスについて説明をした。
 大人っぽい、あるいは子供のような外見で男を惑わし、その身体をもって男の精を奪い取る……と言った所あたりで俺は違和感に気付き、言葉が止まった。

「フォーンちゃんは夢見せて吸ってない?」
「夢を見せて発生する力を吸うんだろう? クロの言い方だと直接関係を持って吸っているように思うんだが」
「……だな」

 確かに俺の想像(前世知識)のサキュバスとフォーンさんは違うな。
 夢を見せて、それで発生したエネルギーを吸う、というのがフォーンさんのやり方であるように思える。……そういえば本来のサキュバスってそんな感じだっけ。
 ああいや、寝ている相手に淫らな夢を見せて、現実で襲うんだっけ? 夢で興奮し、現実では動かない所を……とかだったっけ。

――……いかん、変な目で見過ぎた。

 ウツブシさんのパンダと同じで、前世での知識で違う視点で見ていたな。
 俺はフォーンさんには実際に身体で誘惑された訳じゃない。それだと俺の印象のサキュバスとは違うモノだ。
 だがそうなると、もしかして……

「教会関係者って、サキュバスの事を知らない?」
「そうなるね」
「上の方だと分からないが、俺達の知識としては無いな」

 そうなると、上手くやればフォーンさんを庇う事も出来るのだろうか。
 種族の特徴を隠し、そういった種族もあったのだとすれば上手く……いや、駄目だな。フォーンさんがあのように隠していた以上は、過去の経験から来たモノだろう。
 目の能力や、精、性的なエネルギーを吸う事自体は種族の特徴のようだし、良く思わない相手は居るだろう。

「俺が見た光景が、まさに前世で知っているサキュバスと言った感じの表情だったからな……夢を見せていた時のフォーンさんが……」
「……ねぇ、クロ」
「どうした、シアン」

 どうしようかと悩んでいると、シアンがなにかに気付いたように俺に問いかける。
 俺とは違う視点で気になる事があるのかと思い、一時的に思考を中断して話を聞く。

「サキュバスは、クロの認識と完全に一致はしていないようだけど、大体は一致していたでしょ?」
「フォーンさん自身もエネルギーを吸う事は言っていたからな。細かい事は本人に聞かないと駄目だろうが」
「それでクロは“相手に夢を見せて、吸う”というのは見ていたんでしょ?」
「ああ、間近でな。なんとか吸う前に目を覚ましたお陰で、吸われはしなかったが」
「フォーンちゃんも言っていたけど、その時にフォーンちゃんの状態は……」
「? えっと……発情する、と言っていたな」

 食事を美味しく食べるためにお腹を空かせるように、食事の欲求を強くする。
 淫らな夢がある意味フォーンさん自身だと言っていたように、見せるためには自身もその状態になってしまう。
 この二つの理由から……えっと、発情するとの事だ。
 だが、今それがどうしたのだろう。

「あの紋章が発動中は、相手に夢を見せる事も有れば、フォーンちゃん自身も発情するようにさせているのなら」
「なら?」
「ブンちゃんには効かなくても、フォーンちゃんには効果が発動され続けるんじゃ……」
『あ』

 シアンは嫌な予感がしていると言った表情で、ブラウンとフォーンさんの方を見る。
 俺と神父様もそれにつられて見て……

「はぁ、ハァ……ブラウン君、大丈夫だよ。大事な所までは行かないし、私に身を任せれば大丈夫だからね……!」
「わー、なんだかよく分からないけど、大丈夫なら任せるね!」
「そんな無垢な表情で言われて、見るなんて誘って――違う、見られると、私は……!」

 そして見た先では、夢とか関係無しにエネルギーを吸おうとしているフォーンさんが、トロンとした目で、先程よりも息を荒げてブラウンに迫っていて――

『アウト!』

 俺達は急いで先程のような涙の他に、色んな葛藤を顔に流しているフォーンさんと無垢に喜ぶブラウンを引き離した。
 ……見た目的には大丈夫でも、ある意味互いの了承済みでも。駄目なラインはあると思うんです。

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