追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妖しい夢_2


――なんだ、これ。なんなんだこれは!

 頬は赤く、目はトロンとして色っぽく。
 谷間どころかもっと大事な所が見えそうで、着衣が乱れて目のやり場に困る。

「クロ……目を逸らさないでくれ……」
「――~~ッ!」

 明らかにおかしな状況なはずなのに、ヴァイオレットさんが魅力的に誘惑してくるせいで上手く思考が働かない。
 くそ、とても良い香りがする。良い感触がする。魅力の暴力かと思うほどに情熱的に迫られている。視覚的にも色んな場所に目を奪われる。脱衣って良いよね、自らの意志で脱いでいる所がイケない感じがして! ……違う、変な事考えるな俺。

――ああ、くそ、クラクラする……!

 こんなもの我慢出来るはずがない。色んなモノが崩壊しそうになる。
 いや、駄目だ。いくら魅力の最高峰の女性だからとはいえ、俺の一時の感情で我慢をせずに襲うのは良くはない。嫁であるが故に礼儀は弁えねば。
 それは大好きで大切なヴァイオレットさんのためにもならない――

「クロ。ここには私達しかいない。だから――我慢しなくて良いんだ」

 しかしそんな事を耳元で囁かれると、心が揺り動かされる。
 そうか。他に誰も居ないのならば、周囲を気にする必要もないし、ヴァイオレットさんが……ヴァイオレットが求めてくれているのなら――

「私を存分に求めてくれ――旦那様」

 我慢しなくて良いんだ。
 思いのまま、欲望のまま求めてもヴァイオレットは受け入れてくれる。愛し合う事を心から嬉しそうに、かつてそうであったように、求めてくれたと喜んでさえくれるだろう。
 ならばなにも問題無く、ヴァイオレットが言うように彼女を求めて良い訳で――

「解釈違いだ!!」
「!?」

 良い訳あるか。
 こんなのヴァイオレットじゃ――ヴァイオレットさんじゃない!
 顔や声、そして身体とか香りとか。その他諸々あらゆる情報より理性が本物だと告げているが、本能が違うと告げている。
 ヴァイオレットさんを俺の本能が求めたいと言っているが、理性がそうではないと言っている。
 だからこそ寸前の所で俺は目の前のヴァイオレットさんを拒否した。

「クロ、どうしてそんな事を言うんだ……?」
「うっ……!?」

 しかし拒否をすると、ヴァイオレットさん(半裸)が悲しそうな表情で俺を見てくる。
 や、やめろ。そんな顔で見るな。理性では彼女がヴァイオレットさんだと告げているのに、そんな顔をされては俺の本能に従いたくなる。

「私の事、嫌いになったのか……?」

 嫌いになる訳がない。
 そう言って今すぐ泣きそうな顔を笑顔に変えたいが、そこが問題では無いんだ。
 この場合言うべき事は……

「貴女は、ヴァイオレットさんじゃありません。――違うんです」

 俺が告げると彼女は――

「……ごめんなさい」







「……あれ?」

 そして俺は“目を覚ました”
 寝た記憶がないのに、その行為をした事を不思議に思いつつ。俺は周囲の状況を確認した。

――外で、地面を背にして寝て……なにか乗ってる?

 場所は先程までフォーンさんを追っていて、ぶつかりもした家屋の物陰。
 周囲には誰も居なく、視線も無い場所で俺は倒れており、なにか体の上に乗っているような重さがある。
 その乗っているモノがある方に目を向けると。

「はぁ……はぁ……!」

 フォーンさんが、俺に馬乗りした状態で息を荒げていた。

――……な、何事!?

 重さの主がなになのかはわかったのは良いのだが、なにが起きていると言うんだ。
 まるでなにかを求めるように、頬を染め息を荒げるという、先程までのヴァイオレットさんかのような状態でフォーンさんが俺を見ている。
 情熱的かつ蠱惑的。
 ヴァイオレットさんのようき綺麗な顔達に、綺麗な赤色の瞳が――

――紋章?

 フォーンさんの瞳に、妙なものが見えた。
 ハートマークを複雑にしたような、魔法陣にも見える黒色の紋章。それが瞳の中にあるように見える。
 それは不思議と惹き込まれるような、抗う事が出来なくなる様な蠱惑的な魅力がある。

「はぁ……ハァ……大丈夫ですよ、クロ子爵……所詮は夢の出来事ですから、不貞にはなりません。ですからもっと私の瞳を見てください……!」

 その紋章がある瞳を、フォーンさんは息を荒げながら、俺の顔をガッチリとホールドしてキスをするのではないかと思うほど近付ける。

――逃げないと――動けない――!?

 俺はその紋章に嫌な予感がして、逃げなければならないと身体を動かそうとするが、上手く体が動かない。
 まるで金縛りにあっているかのように動かず、声も上手く出せない。
 無駄にある力を使い、全力で抵抗しても全く動かない。彼女は細くて痩せているヴァイオレットさんよりもさらに軽いにも関わらず、彼女を動かす事が出来ない。
 くそ、駄目だ。このままではいけない。なにをされるかは分からないが、このままフォーンさんの行動をやらせる訳にはいかない。
 それは俺のためでもあるが、なによりも――

「見て……ください……!」

 なによりも、涙を流してなにかに抵抗しようとしているフォーンさんのためにも、このままにしてはいけない。
 蠱惑的で大人っぽいが、少女のように涙を流す彼女のためにこの状況を脱しなければ……!

「なにをしているの、クロお兄ちゃん。それに綺麗なお姉ちゃん」

 するとそこに現れたのは、一人の男の子。
 俺の三分の一程しか生きていないような、幼いが俺よりも立派な身体を持つ少年。

――駄目だ、ブラウン。逃げろ……!

 しゃがみながら不思議そうに俺達を見てくるブラウンに、逃げるよう告げたいが上手く声を出せない。
 くそ、動け俺の身体。治めている領地に住む子供を助けられずしてなにが領主だ、なにが子爵だ。
 少しでも誇れる男であると家族に言えるのなら、こんな時くらい動け俺……!

「ブラウン……君……!」
「うん、そーだよー。……あれ、泣いてるの?」

 しかし俺の身体は動かず、フォーンさんはブラウンの方を見る。
 ブラウンはフォーンさんの瞳を見て、不思議そうに、惹き込まれるように瞳を見つめる。

「駄目、目を見ないで……!」

 そんなブラウンに対し、フォーンさんはなにかに抵抗をしながらもブラウンを見つめてなにかをしようとする。
 ……マズい。もしあの瞳がなにかをしているのならば、見つめたブラウンは……!

「目? ……わ、お姉ちゃん、綺麗な瞳と模様もよーだね。こんなに綺麗な瞳、初めて見たよ」
「え……?」

 しかしブラウンは瞳を見てもなにも起こらず、ただ綺麗だと告げる。
 その事に俺の予想が外れたのかと思ったが、フォーンさんは虚を突かれたかのような表情になり、ただブラウンを見つめる。

――動ける!

 同時に俺にかかっていた力が弱まり、俺の身体が動けることが分かる。
 なにが起きたかは分からないが、ともかく今の状況を打破するために、一時的にフォーンさんを保護しないと――

「――……っ」
「フォーンさん!?」

 しかし俺が行動するよりも早く、フォーンさんは気絶するように意識を失い、倒れるのであった。

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