追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妖しい夢_1


 湖畔での悪霊退治が終わり、家族でとても楽しい思い出を作った日の夕方。
 ロボに運ばれてシキに特急で帰り、荷物などを屋敷に片付けた後に留守の間に変わった事はなかったかと見回りをしている時に、それを見た。

「やぁ、美しい少女よ! こうして出会えたのもまさに運命に違いない!」

 そう言うのは、女性に夜のお誘いをしている悪友であるカーキーであった。
 相変わらずな事と呆れつつ、カーキーは無理矢理という事は無いのでそこは信頼しているが、どうなるか少し興味があったので事の成り行きを野次馬根性で見守った。

――カーキーが声をかけた女性は……うわ、綺麗な女性だな。

 相手が気弱そうな女性なら助け舟を出し、カーキーを回収しようかと思いつつ相手の女性を見ての感想はそのようなものであった。
 明るい茶色の髪は前髪が少し長く、濃いというよりは深いと言えるような黒い瞳の、少々気弱そうな少女。年齢はヴァイオレットさんと同じか少し上くらいで、身長は少し低いくらいか。
 見た事ない方であり、服装からして旅行の女性だと思われる。

「ごめんなさい。お褒めの言葉は嬉しいですが」

 カーキーも誘うのも分かるだろうなと思った女性は、誘いに丁寧に断っていた。
 その後カーキーは何故か見失ったような挙動を見せた後に、珍しく食い下がり女性に愛の告白的な事をしていた。
 止めに行った方が良いのかと思ったが、女性も満更ではないのか、カーキーの名前を聞いた後に情熱的に見つめ合い――

――え?

 そして、カーキーは別の女性を探しに行った。
 その行為自体はいつもの事ではあるのだが、どうも様子がおかしい。まるであの女性の事を忘れたかのような発言をしているのだ。

「今のは……?」

 なんだ?
 まるで夢を見ていたかのように、先程の事がなかったように振舞うカーキー。
 女性はカーキーの前から去った後、飲んでいたお酒を服に零したのか、食事ついでに着替えを取りに【レインボー】に戻るようだ。

――……神父様かシアンに協力を仰ぐか。

 影になって見えなかったが、女性はカーキーを見つめてなにかをしたようにしか思えない。
 しかし魔法とは少し違うように思えるし、どちらかというと教会関係の仕事のように思える。ならば神父様かシアンに協力を取り付けるべきだ。
 湖畔から帰ったばかりで疲れているかもしれないが、無理をして貰おう。そして後でお礼をしなくてはな。

「夕食、一緒に摂れそうにないな」

 折角ヴァイオレットさんの水着姿も見れて、グレイのはしゃぐ姿も見れ、皆で楽しい時間を過ごし今日一日が良いまま終わると思ったのだが、そう簡単に終われないようだ。
 杞憂で済めば一番良いのだが、楽しさにかまけて後の大事を見逃していては元も子もない。

「よし、頑張るか」

 俺は疲れを覚えつつも、気合を入れて女性を調べるのであった。

「……ストーカーにならないよな、これ」

 もし俺の勘違いであれば、ただのストーカーにならないかと不安を覚えたが、ともかく気にせずに女性について調べる事にした。







「怪しい女性がいる?」
「そうだ」
「って、どんな感じの子なの?」
「カーキーがナンパを途中でやめた挙句その女性の事を忘れる」
「よし分かった、協力するよ」

 という会話をし、すぐに神父様とシアンの協力を取り付けた後。
 俺は一旦屋敷に戻ってヴァイオレットさんに事情を説明した。

「そうか。私の協力が必要そうならば言ってくれ。それまではクロ殿の帰りをグレイ達と待っている。いつでも出迎えられるように、な」

 そしてそんな事を言われ、早めに解決しなくてはと意気込んだ。
 グレイ達を屋敷内で守るという事をしてくれるヴァイオレットさんに、「ただいま」と言いながらいつものように帰り、出迎えて貰えるように心配事を早く無くさないとな!

――バレてるな、これ。

 しかし意気込んだのは良いモノの、俺が探っているというのを女性……フォーンさんにバレているという事が分かった。
 今はフォーンさんはシキの夜道を独りで歩いているのだが、危機感が無いのではなく、敢えてそうしているのだろう。恐らく誰がなんの目的で付けているのかまでは分からないだろうが、誰かが人気のない所で接触を図るのを見越して行動している。

――出来ればシアンとかが居る時に接触したいが……

 今はシアン達は昼間のフォーンさんの行動を調べるためにおらず、付けているのは俺だけだ。理由はあると言えばあるのだが、少し妙な理由だ。
 レインボーの主人に協力をしてもらい、名前が分かったまでは良い。
 しかし神父様もシアンも、何故か彼女を見失うのだ。
 何処へ行ったとシアン達が騒いでいる所に俺が来て、普通にフォーンさんが食事をしているのを俺が見つけたのだが、気を抜くと何故かシアン達はフォーンさんを見失うのである。
 シアン曰く「魔法の類ではなく影が薄い」らしいのだが……よく分からない。俺的には存在感は確かに少し薄い気もするが、あんな綺麗な女性を見失うのは逆に難しいと思うのだが。
 ともかく何故か見失うので、昼の行動を調べに行ってもらったのだが、その間にフォーンさんが食事を終えて外に出たのである。俺は伝言をレモンさんに頼み、追い駆け、今まさに誘われているのである。

――さて、どうしようか……ん?

 俺一人でも、危険を承知で接触しようかと思っていると、フォーンさんとブラウンが会話をしているのが見えた。
 どうやらブラウンが急に倒れたので、心配しているように見えるが……。

――って、駄目だ。早く出ないと。

 まだ確定した訳ではないが、彼女は“なにか”をしようとしている可能性がある。
 決めつけも良くないが、事が起こってからでは遅い。それとなく割り込んで、注意を俺に惹き付けた方が良いだろう。

――って、こっちに来る!?

 俺が隠れていた物陰から出て、フォーンさんの所に行こうとすると、フォーンさんがこちらに向かって走って来るのが見えた。
 それに驚き、俺は咄嗟に再び物陰に隠れてしまう。

「きゃっ!?」

 隠れた所で、フォーンさんは俺にぶつかって来た。
 可愛らしい悲鳴を上げた後、俺は彼女が倒れないように支え、勢いで俺の所に倒れ込みそうであったがそれも肩で押さえて彼女を安定させた。

「……クロ子爵?」
「はい、そうですが……」
「あ」
「え?」

 そしてフォーンさんが感謝の言葉を述べた後、見上げる形で俺を見て、何故か名前で呼ぶ。
 俺が疑問と警戒を覚えていると、何故かフォーンさんは「やってしまった」かというような声をあげる。そして――

「――つ、ぅ……!?」

 そして俺はフォーンさんの瞳を見たかと思うと、唐突なめまいに襲われた。
 平衡感覚が失われるような頭が歪む感覚があるが、痛みは無い不思議な感覚。

「っ、う……?」

 しかしそれもすぐに収まり、俺はなにが起きたのかと周囲を見渡すと――

「クロ殿」
「え、ヴァイオレットさん?」

 何故かそこに居たのは、屋敷に居るはずのヴァイオレットさん。
 あれ、さっきまで居たフォーンさんは何処に……というかここは何処だ?
 なんか周囲には花が咲き誇り、空は夕暮れかのように優しい色合いをしており果が見えない。

――なんで俺はこんな所に……?

 さっきまでフォーンさんと一緒に夜のシキに居たはずだ。
 なのになんでこんな花弁が舞う幻想郷のような場所に、ヴァイオレットさんと一緒にいるんだ……?

「クロ殿。周囲よりも――私を見てくれ」
「はい?」
「私だけを――見てくれ」
「え」

 場所が何処だかも分からず、時間も分からず状況を把握できずにいると、ヴァイオレットさんが近付いて来た。
 ……あれ、なんだかいつものヴァイオレットさんと違うような気がする。なんというか、いつもより……大人っぽい?

「クロ殿――クロ」
「え、ちょ、ヴァイオレットさん!?」

 俺を呼び捨てで呼びながら、近付いて――色っぽく、情熱的に近付いて来るヴァイオレットさん。
 なにかを求める様な熱い視線で、呼吸も熱っぽくてなにか求める事をを我慢しているような、けれど抑えきれないような……

「クロ、私は……私は、もう我慢できないんだ……!」
「!?」

 そう言いつつ、服の胸元を緩めるヴァイオレットさん。
 大きめな胸が蠱惑的に揺れ動き、惹き付けられる谷間がより見える。

――な、なんだ。なにが起きていると言うんだ!

 場所も分からないし、状況もよく分からない。

「クロへの想いが収まりきらないんだ……だから頼む……!」
「な、なにをでしょう?」

 ただ分かるのは、色っぽいヴァイオレットさんが――

「クロ――私を愛してくれ」

 俺を求めて迫ってきているという事だ。

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