追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

とある女性のシキ旅行_4(:明茶)


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「美味しかったっ!」

 ついそんな事を口にしてしまうほど、今の私は上機嫌でした。
 理由は先程食べた、酒場での食事。その時に出た春野菜を使用した食事の数々がとても美味しかったからです。
 首都やパーティーなどで食べるモノとは鮮度も味も上質な野菜を、素晴らしい技術で調理されて出される料理の数々。つい予定より注文を多く取ってしまうほどでした。この食事だけでも旅の良い思い出になったと言えますね。

「特にロールキャベツが美味しかったなぁ。でも、ちょっと用量オーバー……」

 とはいえ、食べ過ぎてしまったので、食後の運動に私はシキの街を歩いています。気を使ってはいるのでそう易々とは増えないでしょうが……気とお腹は引き締めないといけません。油断は駄目、絶対。

「……良い風」

 私は背筋を伸ばしながら、夜のシキを歩きます。
 治安は(ある意味では)良いとは聞いてはいますが、夜のあまり知らない場所を歩き回るのはよくありません。
 深夜では無いのでまだヒトもちらほらと居ますが、いつ周囲から誰も居なくなり、危ない目に会うかは分からないでしょう。

「…………」

 ですが私は、敢えてヒトがあまり居ない方を目指して歩いていきます。
 あくまでも散歩をしているように、月を眺めながら夜のシキを楽しむように、歩きます。
 そのようにする理由は一つあるのですが、今はその理由はあまり意識せずに歩きましょう。
 まずは夜のシキを楽しむとしましょうか。
 首都のような喧騒はなく、空気も何処か綺麗で心地良く感じます。

「ぐぅ……ぐぅ……」
「……え」

 そして心地良く歩いていると、私は奇妙な光景を見ました。

――地面に突き立てた刀の上に、逆立ちしながら寝ている男性……!?

 褐色肌の、凛々しくもあどけなさが残る顔達の男性が奇妙な格好で寝ていました。
 刀……いえ、大刀の鞘部分を地面に突き刺し、柄の部分に右手だけを置いて身体を持ちあげており。逆立ちをしながら寝ている男性。……駄目です、状況を把握しても自分でなにを理解しようとしているのかが分かりません。
 唐突な光景に私は歩くのを止め、何故このような状況で彼が寝ている? のかと少しでも理解しようとして――

「ぐぅ――ぅぅっ!?」
「わっ!?」

 理解しようとすると、バランスを崩した男性が刀から落ちて、地面に倒れ込みました。
 が、顔面から倒れ込んだような……!?

「だ、大丈夫ですか!?」

 奇妙な体勢での出会いではあり、本来なら関わりを持つべきでないかもしれませんが、私は慌てて駆け寄って彼の心配をしました。
 怪我をしているならお医者さんに診せた方が良いのでしょうか。興奮させるくらいなら私が治療した方が良いのでしょうか。ですが私が治療をするとなると、簡易ならともかく、骨レベルまで行くとアレを――いえ、保身なんか考えている余裕は――

「むにゃ? 大丈夫だよ」

 私がみっともなく保身を考えていると、倒れ込んだ彼は目を開いて大丈夫だと言ってきました。
 確かに外傷はないようですし、意識もハッキリはしているようですが……

「ふらつきや、記憶のとびなどは無いですか?」
「きおくのとび?」
「何故ここに居るのかや、少し前の記憶が思い出せないとかです」

 外は大丈夫でも、中が平気とは限りません。
 その時は平気でも後から響いて倒れる、なんて事はあるのですから、その辺りはキチンと見ておかないと。

「うーん。確かロボおねーちゃんと空を飛んで、ワイバーンのザントーを狩って、ワイバーンのお肉を一頭分一緒に焼いて食べて、その帰り道に……そうそう、せーしんとういつをしてから帰ろうとしたら、そのまま寝ちゃったんだ」

 どうしましょう。これは倒れた事による意識が混濁しているのか、正常なのかが分かりません。彼がシキの領民であればなおさらです。

「ええと……大丈夫なのですね?」
「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね、お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん……」

 私はこのような男性に姉と呼ばれる程に、年を取って見られているのでしょうか。大人っぽい、という理由ならまだ良いのですが、老けている、だとしたら少しショックです――いえ、もしかして彼は……

「ブラウン君……?」

 ふと、彼はブラウン君という子なのかと思い当たりました。
 スカイ君がクロ子爵の次に、外見的に好ましいと言っていた七歳の少年。
 確か百八十越えで、褐色肌で、良く寝ている子……うん、特徴と一致しますね。ならばお姉ちゃんと呼ばれるのもおかしくはないでしょう。

「確かにブラウンだけど……どうしたの、お姉ちゃん? 僕の顔を覗き込んでどうしたの?」
「あ――」

 彼がスカイ君を危うい道に惹き込みかけている(いない)、ブラウン君なのかと思い、観察しているとブラウン君が私の顔を不思議そうにのぞき込んできました。
 子供故になのか距離感が近く、顔を近付けて私の瞳を近くで――

「わ、お姉ちゃん。凄く美――」
「だ、大丈夫ならよかったです!」
「え?」

 私は意識を別な所に切り替えるように声を少し大きめに出し、彼から距離を取ります。

――だ、大丈夫。至近距離で見られたけど、短い時間だし大丈夫……!

 私は自分に大丈夫だと何度も内心で繰り返しながら、早くこの場を去ろうとします。
 名前を呼んでしまい、瞳を見られましたが大丈夫なはずです。

「それではまたいつか会えたら良いね、ブラウン君! じゃあ!」
「あ、待っ――」

 私はブラウン君の返事を待たずに、その場を走って去ります。
 ブラウン君は私に対してなにか言いたそうでしたが、今は聞いている余裕は有りません。

――落ち着いて、眠っていないから大丈夫。まずは私の気持ちを落ち着かせて――きゃっ!?

 私は慌ててこの場から去り、誰も居ない所に行く事を考えていると、誰かにぶつかってしまいました。
 私の方からぶつかったのですが、相手は立ったまま動かず、私はぶつかった反動でついよろけてしまいます。

「危ない!」

 ぶつかった御方は、よろけた私が倒れてしまうのではないかと思ったのか、倒れないように私の腕を掴んで支えようとします。

「わ――わっ!?」
「っと」

 それに対して私は体のバランスがうまく取れず、相手が倒れないようにと引っ張った力の方向にそのまま倒れ込みそうになります。
 すると相手の御方は倒れないように引っ張った逆の手で私の肩を掴み、私の体勢を支えます。

「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」

 私が突然ぶつかって来たにも関わらず、相手の御方は態勢を崩さず、咄嗟の判断で私が倒れないようにもしてくれました。
 素晴らしい体幹と反射神経に感謝しつつ、私はお礼をしようとします。
 ええと、私より背が高めの百七十後半の身長。黒い髪に碧い瞳の男性。二十歳くらいであり、身体は鍛えられているのか少々がっちりしています。

「……クロ子爵?」
「はい、そうですが……」

 そして私とぶつかった相手の顔を間近で見て、その特徴からメモに書かれた特徴と一致しているなと思い、名前を呼んでしまいます。

「あ」
「え?」

 そして私は、クロ子爵を“誘惑”したのです。

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