追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
とある女性のシキ旅行_1(:明茶)
View.フォーン
私の名前はフォーン。
フォックス子爵家の次女にして、誇りあるアゼリア学園の現生徒会長です。
生徒会長とはいえ、正直言うならば名ばかりの生徒会長です。
仕事は私なりに精一杯こなし、上手く回せてはいる方だとは思うのですが、他のメンバーが優秀だからこそ出来ている芸当でしょう。
とはいえ、前生徒会長に指名をされ、ノワール学園長にも太鼓判を押され、就任の際にはレッド国王陛下にも謁見し自信を持つようにと言われる……そんな、多くの方々に生徒会長職を頑張れと言われて居る以上は責任を持ち、私の力を卑下せず頑張ろうとは思うのです。私が駄目だという事は、その方々の顔に泥を塗る事でもあるのですから。
ですが……
「今年の生徒会は華やかだよねー。見ているだけで目の保養になる!」
「そうだよね。副会長のヴァーミリオン殿下、書記のアッシュ様、会計のエクル様、監査シャトルーズ様、庶務シルバ君……本当、見ているだけで幸福ね……!」
「他にもスカイ様やメアリー様も入るって噂もあるし、同じ錬金魔法の――あれ、生徒会長って誰だっけ?」
「なにを言っているの、フォーン様でしょ! 影は薄いけど、優秀な方なんだからね!」
「あ、そうだった。印象薄いから忘れてた。でも良いなぁ。あの生徒会に居れば……ハーレムだよね!」
「だね!」
……なんて会話を、私が居る目の前でされれば複雑な気分にもなるというモノです。
――影が薄い、と言うのは言われ慣れてはいるんですがね……はは。
私は影が薄いと言われます。
副会長のヴァーミリオン君や書記アッシュ君など、人気のあるメンバーと比べると、「あれ、生徒会長って誰だっけ?」とか言われたりする事はよくあります。
隠れているつもりはないのに、同じ部屋の方々に悪意なく「居たの!?」と言われる事もあります。
親兄弟にすら偶に見失われます。
そのせいと言うかなんと言うか……
――この世界の秘密的なモノを知ったんですよね……
正確には生徒会メンバーによる、この世界は別の世界で似たような物語の話がある、という事ですが。
まぁ、その辺りは私に協力出来ることがあるなら協力しよう、という程度の認識で大丈夫だとは思いますが。気にしなくて大丈夫なはずです。
…………その物語の世界でも私は居て、その物語でも影が薄いなんて気にしていません。ええ、気にしていませんとも。
「……ふぅ、着きましたか」
そんな話はともかくとして、今の私はシキという地に来ていました。
春休みを使った、結婚する前の自由気ままな女独り旅。
エクル君やクリームヒルト君のような冒険者としての依頼をこなしに来た訳ではなく、本当になにも考えない自由な旅行です。
貴族としてはあまり良くない事なんでしょうが、来年の今頃は誰かと婚姻を結ばされて自由は少なくなるのでしょうから、このくらいは別に良いでしょう。
――さて、まずは宿の確保を……確か一つしかないんでしたっけ。
馬車に乗る際や休憩の再開の際に、既に乗っているのに「予約した女性が居ない!」というトラブルがあって少し遅れましたが、ともかくまずは宿を確保しなくては。
「――んっ。良い空気」
宿を確保しなくてはなりませんが、その前に私は背を伸ばしつつ空気を堪能します。
噂や聞いた話では色々と危うい話もありましたが、こうして着いてみると自然豊かで良い土地だな、という感想が出てきます。
首都の喧騒も悪くは有りませんが、こういう場所に来ると貴族や生徒会長としての責任を忘れてのんびりできる。そう思います。
最近は生徒会メンバーの色の濃さや、生徒会長として処理すべき仕事、メアリー君を巡るトラブル(大抵はメアリー君が関与しない場所で起きている)、学園生が余所で起こすトラブル、唐突にシキに行くという学園長の事後処理、シキで起きたトラブルの処理、それに伴う補填、クリームヒルト君が貴族になる事による書類整理……全部私だけがやった事では無いですが、最近は特に忙しかったです。
ここには皆が新たな影響を受けたので、どういう所かと興味があって来ましたが、ここでならリフレッシュも出来るかも――
「おう、ロボ。今から領主共を湖畔に迎えに行くのか?」
「イエ、今カラ向コウノ、山ニ出タトイウワイバーンヲ狩ッテ、ソノ肉ヲ帝国ニ届ケニイキマス。ソノ後ニ迎エニ行キマス。トハ言エ、退治ガ完了シテイタラ、デスガネ」
「そうか。気を付けろよ」
「ハイ。――デハ、発進!」
………………………………。
――なんでしょう、今の女性は。
よく分からない……鎧? 鎧をまとい、空に飛んでいきました。
一部が火傷や呪いのような痕のある綺麗なお顔が見えたので、女性と言うのは分かるのですが、掛け声と共に空を駆けて行ったのは……疲れているのでしょうか、私。
いえ、見た者を否定するのはよくありませんね。受け入れるのです私。受け入れて――
「相変わらずだな、ロボは。さて私はこの草を……よし、食べて――」
受け入れようとしていると、ロボと呼ばれた女性を見送った女の子が草を食べようとしていました。
――って、アレ毒草!
似たような姿の草があり、そちらは冒険者としてよく薬草として使われるのですが、今この子が食べようとしているのは紛れもない毒草です。
食べれば死にはしないモノの、身体が痺れ、嘔吐を繰り返す代物です。
そんなものを食べさせないように、私は慌てて止めようとして――
「なにをやっているんだお前は!」
「がはっ!?」
止めようとして、私が止める前に男性が現れ止めてくれました。
「いつつ――くっ、この医者め! 急に頭を殴るとはどういう了見だ! 頭が変になったらどうする!」
「毒を食べるような頭の女には叩いた方がまともになるだろう!」
「なんだと!?」
どうやら頭を叩き、止めたのは知り合いのお医者さんのようです。
良かった……知らない女が止めるより、知っているお医者さんが止めた方が良いでしょう。
アレは毒草だと知らず、薬草だと思って食べようとしているのに、知らない女が「これは毒草だ!」といっても信用が得られるとは限りませんからね。
これからあのお医者さんから、薬草と毒草の見分け方を教えて貰えるでしょう。
「大体お前はなんでこの毒草を進んで食べようとしている!」
「よく吐けるからに決まっているだろう! この程度じゃ痺れはしなくなってきてはいるがな! だから止めるな!」
「そのくらい知っているが、目の前で馬鹿な事をして止めずにいられるか! やるなら安全を確保して毒を喰え!」
……あれ?
「相変わらず訳の分からない事を言う変態薬師め。どうせするなら怪我をして医療に貢献でもしていろ!」
「相変わらず訳の分からない事を言う変態医者め。お前は傷口からの効率の良い薬の摂取の方法でも探してろ!」
「傷を馬鹿にするな! 傷に薬は適量でなければ毒となって危うくなるんだ、医療を甘く見るな!」
「甘く見ているモノか! お前であれば傷に塗る薬を毒にしないくらい分かっている。だからこそお前の力を毒に活かせというのだ!」
「お前のために何故俺が協力せねばならん! お前は傷と薬の配合でも覚えて俺の医療に貢献しろ!」
「お前に貢献するくらいなら、猛毒を作った方が何百倍もマシだ!」
「なんだと!?」
「なんだ!?」
……あれー?
なにを言っているのだろうこの両名は。
なんだか毒はどんなに素晴らしいかだの、傷はどんなに尊いかだのよく分からない事を話している。
おかしい。視覚情報の次は、聴覚情報がおかしくなったのでしょうか。
「ああ、それとこっちは薬草の方だ。勝手に使え。後で渡す予定だったが、ついでに受け取れ」
「そうか。…………。お前が調合したのか?」
「そうだ。文句あるか。親父じゃ無くて悪かったな」
「文句はあるモノか。お前達親子の腕は確かだからな。文句なんてつけようがない」
「そうか」
「精々万能薬を作るのを目指す事だな。目指すだけなら自由だ。お前の腕なら可能かもしれんがな」
「お前も全ての傷を後遺症なく治しきる夢でも追ってろ。追うだけなら自由だ。お前がこのまま行けば近しい事は出来るだろうよ」
「ふん!」
「はん!」
……あれ、意外と仲良かったりするのでしょうか。
互いが互いの実力を認めているような……複雑な男女の仲、というやつなんでしょうか。
「……ったく、アイツは無理をしやがって。前の事を引き摺っているのか、薬草の調合に迷いが見えるぞ……」
そう呟くのは、女の子と別れた後に私が居る方向に来て、近くで立ち止まり、渡された袋の中を見ながら呟く男性。
どうやらなにか思う所があるようですが……あ、そうです。彼はこのシキに住んでいるお医者さんのようですから、宿屋の場所も知っているでしょう。ちょっと聞いてみますか。
「あのー……すみません。宿屋の場所を教えて貰っても良いでしょうか?」
「!? お前、いつからそこに居た!?」
「ええと……私はずっとここに居て、貴方が私の近くで止まられたのですが」
「そ、そうか。すまない、気が付かなかった」
「良いです。慣れているんで」
「そうか……?」
ええ、慣れていますとも。
彼は周囲を見渡して、誰も居ない事を確認してから袋の中身を見ていましたが。
私が手を伸ばせば触れられる場所に止まりましたが。
こんなに近いのに気付かれない事なんて……本当に、慣れていますので。
「ふふ、慣れていますから……」
「……よく分からないが、すまない」
私の一つの目的に、シキに来たら少しは影が濃くなるのではないか、というモノがあったりしますが……まだ来たてなので、目的が達成できていなくても大丈夫なはずなのです。
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