追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_10


「アプリコット様ー、カナリア様ー、競争しましょう競争! 向こうの岸まで誰が早く着くか競争――いえ、競泳です!」
「良いだろう。我に挑むからには相応の覚悟があると見た! 安全を充分に配慮して競泳ティアマトだ!」
「ふふふ、森妖精エルフ族である私に勝てるかな……!?」
「エルフは泳ぎに関係あるのですか?」
「泳ぎだからね。森は水であり、水であるから泳ぎは得意なんだよ!」
「成程!」
「弟子よ。納得するでない」

 火輪たいようは輝いてはいるが、暑くはなく。
 春ではあるが、湖の水温は入っても問題無い水温である。
 そんな湖の遊泳可能な浅い場所で、グレイ達は水着に着替えて水遊びをしていた。
 水をかけ合ったり、ボールを打ち合ってバレーのように遊んだり、今のように泳いで遊んだり。とても元気に楽しそうに遊んでいる。

「グレイー、泳ぐのは良いけど、溺れない様に遠くに行くなよー」
「分かっております父上ー!」

 そんな子供達(一人は多分二倍以上生きてる)を俺は湖の近くで、シートを広げて座って呼びかけていた。
 グレイが「父上」と呼んでいるような、家族としての時間ではあるが俺が湖で泳いだりせずにいるのは理由がある。
 別に泳げないという事では無い。少なくとも溺れたシアンを救出出来るほどには泳げる。
 安全のために監視する立場でいる、と言うのも少しはある。
 それよりも俺がグレイ達と居ない理由は……

「ふふふ……クロ殿もグレイと一緒に遊んでくると良いぞ……というか色々と恥じがあるから独りにさせてくれ……」

 ……この、意気消沈し、少し無理矢理気味に連れてきたヴァイオレットさんを独りにさせたくないからである。
 着替える余裕もないのか、昨日の調査の時から変わらない黒い服を着たまま三角座りで膝の間に顔を埋めている。恐らく自己嫌悪に駆られているのだろう。

「ふ、ふふふふ、息子が学園に行く前の家族の思い出を嫌な思い出にしないように、私は今は精神の回復中なんだ……クロ殿が居ると、回復が遅れる。だから――」
「俺は家族の思い出に、少しでも家族と過ごす思い出が欲しいと思っているんです。余計なお世話でも、弱った家族を独りにはさせたくありません」

 俺が居ない方が早く回復するかもしれないが、それだとしても折角の家族旅行ハイキングを“弱った嫁を放っておいて息子と遊ぶ”という事はあまりしたくない。
 余計なお世話かもしれないが、俺はヴァイオレットさんの傍に居たかった。

「クロ殿……」

 しかし嫌がられたのなら流石に離れた方が良いかなと思ってはいたが、ヴァイオレットさんは顔をあげて俺の方を見た。
 とりあえずは表情的に居ても良いようだ。

「悪霊の存在に気付けなかったばかりか、術にはまるなど……それでクロ殿にあのような……」
「気付けなかったのは仕様が無いですよ」

 俺達が悪霊に気付けなかった理由。それはカーマインの時と同じ理由であった。
 この湖畔や周囲一帯があの悪霊の領域テリトリーだったらしく、あの悪霊の存在が領域と一体化していたそうだ。
 つまりは湖畔の空気自体が悪霊で、俺達は湖畔に来た時点で悪霊の身体の中に居たようなものだ。
 こう言っては駄目ではあるが、ロボによって猛スピードで来て領域内に入った事によって気付きにくかったんだろうな。ロボも霊系の感知には弱いし。

「だがクロ殿に……私はなんて事を……!」

 それはともかく、ヴァイオレットさんは昨日の事を思い出し、再び顔を赤くしていた。
 正直俺も昨日の事を思い出すと顔が赤くなりそうだが、今は安心させるために表情を変えるな、俺。

「……グレイや神父様が羨ましい。私もあのように強ければ……」
「いや、グレイはともかく、神父様は割と一杯一杯だと思いますよ」

 神父様もヴァイオレットさんと同様な状態で会ったのだが、今は水で動ける用の服を着てシアンに泳ぎを教えている最中だ。
 シアンが「なんて事をしたんだと思っているのなら、お詫びに泳ぎを教えてください!」と良い、無理矢理着替えるよう促したのである。
 気にしている事を考えさせないように別の行動を促す、という意味では間違った行為ではないだろう。神父様も今はシアンの不安定な泳ぎに安全を確保しようと気を張って、余計な事を考えられないでいるようだし。……逆にシアンが見られている事に緊張して上手く泳げずにいるようだ。

「大丈夫ですよ。本音が聞けて、良い思い出が出来たと俺は思っていますし」
「うっ。……気にしないように慰めようとしているのではなかったのか?」
「そうですねー。俺の嫁さんの可愛い姿が見れてよかったという感想ですねー」
「……クロ殿、私に恨みでもあるのか?」
「愛情は有りますよ。あとは普段イタズラをされているので仕返しでしょうか」
「愛情があるのに、慰めもせず意地悪を言う口はこれか?」
「痛いですよー」

 ジト目で見ながら俺の頬を引っ張るヴァイオレットさん。
 ……これはこれで、昨日の行為と変わらないくらい可愛いな。

「……クロ殿、なにをしている?」
「あ」

 可愛いという思いと、昨日の行為ことばを思い出すと俺はヴァイオレットさんの頭に手を置いていた。撫でるのではなく、ポンポンと置く感じである。

「すいません、昨日言われた事を思い出して、つい。やって欲しいと言っていましたし……イヤ、でしたか?」
「う。……イヤでは無いが、恥ずかしい」

 そういえば昨日撫でて欲しいともいっていたが、恥ずかしいとも言っていたな。
 ……撫でるという行為は弟や妹、息子など以外にはした事がない(シュイは別件)。基本的に頭を撫でるなんて事は親しい間柄意外にはするものではないからだ。
 親しくともあまりするモノでも無いが。ゲン兄やスミ姉とかにあまりされたくないし、カラスバやクリも成人したので止めるよう言われていた。
 だが昨日のヴァイオレットさんの言葉が本音ならば、して欲しい事はしてあげたい。同時に撫でるのは嬉しくとも恥ずかしい事なので、あまりするべきでないという事も分かる。

「そうなるともう一つ、ヴァイオレットさんがして欲しい事は――」
「よ、よしクロ殿!」
「!? は、はい。なんでしょう?」

 俺がもう一つのして欲しい事を言おうとすると、ヴァイオレットさんがすくっと立ち上がった。
 よく分からないが、急に立ち上がる程元気が出たという事は撫でるのがそんなに良かったという事なのだろうか。
 ……なんだろう。今の俺、前世でイラっと来るタイプのラブコメ主人公的思考をしている気がする。

「折角湖畔に来たんだ! しかも泳げるとなれば泳がずにはいられないだろう!」
「そ、そうですね」
「家族の思い出作りのために、私達も泳ごうではないか!」
「は、はい!」

 おお、ヴァイオレットさんの元気が出たようだ。
 それにまさかヴァイオレットさんが泳ごうと言うとは。もしもここが他にお客の居る湖畔であれば、恥ずかしがったり、周囲の目を気にして言わなかった事かもしれない。ナイス調査特権!
 それにヴァイオレットさんも昔であれば――あ、そうだ。

「ところで一つ気になる事が」
「なんだ?」
「ヴァイオレットさんって……泳げます?」

 俺も立ち上がり、ふと気になった事を聞いてみる。
 運動なども含め一通りの事を高水準に出来るヴァイオレットさんではあるが、シアンの例もあるし泳げるのだろうか。

「泳げるとも。専門の施設で一通り基礎は学んだが……何故そう思ったんだ?」
「シキに来るまで土を触った事なかったので、シアンのように泳ぐ機会が無かったんじゃないかと思いまして」

 昔であれば、土を手で触れる事を躊躇っていた上、肌を妄りに晒すのを嫌っていたヴァイオレットさんだ。もしかしたら泳ぐ機会が無かったのかと覆ったのだが、杞憂だったようだ。……神父様の様に手取り足取りで教えられないのは少し残念だが。

「それを言われると複雑な気分になるが、私は泳げ――。……」
「どうしました?」

 しかしヴァイオレットさんがなにかに気付いたように、言葉を詰まらせた。
 俺が尋ねると、改めて俺の方を見て言葉を続ける。

「……いや、基礎は学んだが、実践はまだなんだ。だから……」
「なんでしょう?」
「実践をするために、私と一緒に泳いでくれないか、クロ殿?」

 成程、専門の施設と湖じゃ勝手が違うもんな。
 海のように波は無いが、それでも水質や地面も違うだろうし。

「構いませんよ。ではまず泳ぐために着替えましょうか。確か調査用に濡れても良い服を持って来ていましたし、戻って着替えを――」
「いや、わざわざ戻って着替えなくても大丈夫だ」
「へ? それはどういう意味です?」

 まず泳ぐためにも、水着を入れるような荷物は持って来ていないので、一旦コテージに戻って着替えようかと提案すると、何故かヴァイオレットさんに否定をされた。

「その……実は言い辛い事なんだが……」
「はい」

 ヴァイオレットさんはちょっと視線を逸らし、不安そうな表情で自身の手を胸の上に置く。
 その仕草は、この湖畔に来た時に俺を揶揄った時と同じ仕草である。違うのは表情だけだ。

「この服、調査の時用に着ていた服なんだ」
「そうですね」

 それは知っている。湖畔に来た時に着ていた服であるし、カナリアや神父様の班での調査の時や、昨日の理性崩壊の時も着ていた。……理性崩壊の時って凄い言葉だな。
 ともかく、ヴァイオレットさんは調査の前にシャワーを浴び、下着は変えたかもしれないが着替えてはいない。それがどうしたというのだろうか。

「改めてになるが、言い辛い事なんだ。クロ殿にあのような事を言っておきながら、私は……」
「はい」
「……浮かれていたんだ」
「はい?」

 浮かれていた? それが今のコテージに戻らなくて良いとどういった関係があるのだろうか。

「この服の下は、悪霊は水の中に生息する可能性もあるからと、濡れても良いような服を着ているんだ」
「はい。言っていましたね」
「それで実は……調査の時、あの後成果があげられなかったらクロ殿と組む予定であっただろう?」
「そうですね」
「そしてその時に――」

 ヴァイオレットさんは俺の様子を上目遣いで、恐る恐ると言った様子で伺いながら俺に、

「胸元を少し緩めて――下に着ている水着を見せれば、クロ殿は喜んで貰えると教えて貰って……だから、既に水着を着ているんだ」

 と、言い。
 そのまま服を脱いで――水着姿になった。

「だからこうして脱げば良いだけだから、私は取りに戻らなくても……いや、ずっと着続けであったからな。これは着替えた方が良いかもしれないな――クロ殿?」

 なんという事だ。なんだこれは。なんなのだ。なんだ。
 くそ、俺の中の語彙力が低下している。
 ただでさえヴァイオレットさんの水着姿なんて想像だけでもマズいのに、実物を突然見せつけられた。

「クロ殿?」

 いきなり俺の前で服を脱ぎ、肌が多く見えるようになった、という行為自体は前にもあった。あの時は出会ったその日の夜で、少し暗くてまじまじと見れなかった。見ていた気もするが。
 ともかくあの時はヴァイオレットさんは自暴自棄であったし、柔らかいラインは有りつつも痩せすぎていたし、俺もそのような行動は好ましくないしであまり素晴らしいとは思わなかった。

「クロ殿? おーい?」

 だが、今はどうだ。
 あの時の下着姿より露出は少ない。大人っぽい赤や紺ではなく、白色を基調とした水着。それは事前まで着ていた黒色の服や白い肌も相まってより白く、魅力的に見える
 胸やお尻にはレースカーテンのようにフリルが付いており、可愛らしいと言えるデザイン。
 そんな……そんな素晴らしい水着を着たヴァイオレットさんが、今俺の目の前に……!

「ヴァイオレットさん、とても……とても似合っています。俺はこの湖畔に来て、本当に良かったと心から思える程に……素晴らしいです!」

 だから俺は素直に称賛した。
 素晴らしいなんて安易な言葉でしか表現出来ない。だが、素晴しいと表現する事が俺の想いを伝えるのに相応しいと思わずにはいられない。そんな感想であった。
 服の下に水着を着て、見せると良いと言った人グッジョブ。もし次に会う時があれば、俺は感謝の意を惜しまず送ろう。

「そ、そうか! 少し……いや、とても恥ずかしかったが、素晴しい夫に言われると私も嬉しい。勇気を出して着てみて正解だったな! ……ふふ、良い思い出が増えた」

 ……そして俺の言葉に素直に喜び、笑顔を見せるヴァイオレットさん。
 駄目だ。そんな満面の笑みを見せれては、俺は――

――ああ、そうだ。

 先程思い出そうとしていた事を思い出した。
 ヴァイオレットさんが昨日、俺に積極的にして欲しいと言った事。
 そして笑顔で喜ぶヴァイオレットさんを見て、今の俺がしたいと思った事。
 ……神父様がやったように、壁ドンや股ドンは今の俺に出来ないが。

「クロ殿?」

 その後にやっていた、手と唇で出来る事は、今の俺にも出来る。

「思い出をもう一つ作りましょうか」

 そう言って、一つ甘い思い出を作ったのであった。

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