追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_9


「おうおう、悪霊さんよぅ、随分面白愉快な事をしてくれたじゃないかぁ?」
「どう落とし前つけてくれるんだこぅら」
「……クロさん、シアンさん。柄悪いぞ。気持ちは分かるが……」

 シアンの【最大浄化魔法サンクチュアリー】を受け、悪霊は弱った。
 浄化しきれなかったのはよほど強い悪霊だったのか、あるいはキスをされてシアンが集中できなかったのか。
 ともかく霊を拘束する魔法で弱り、シアンと同じくらいの背格好になった悪霊を拘束し、俺とシアンは尋問をしていた。
 というか、これが本体なんだろうな。先程までの大きな姿は霊としての在り方で、今の女性の姿が元となった姿なのかもしれない。

「それで、なにをしたの。操ってやらせたくない事をやらせたと言うなら、回復した後に浄化魔法をかけ、消滅寸前まで追い込んで苦しませる行為を延々と繰り返すよ」
「シアンさん、怖いぞ」

 怖いもなにもない。シアンの言うように操って先程のような事をしていたのならば、それだけでもぬるい罰だ。
 ちなみにだがヴァイオレットさんやグレイ、カナリアや神父様は浄化魔法と同時に眠ってしまったため、現在ソファーなどで眠らせている。

「わ、私達は確かに呪いはしましたが、私達に誰かを操ったり生殺与奪をどうにかは出来ません! そんな生まれじゃ無いですから!」
「――との事だ」

 悪霊の言う事をアプリコットが翻訳して聞く俺達。どうやら会話の法則が見えたらしく、悪霊にも合っているかの確認を取ると意味があっていると頷いたので正しい翻訳のようだ。流石はアプリコットである。
 なお悪霊の言う生まれと言うのは、この世界に留まる感情の原因の事だ。
 例えば戦う事が出来なかった未練を残して霊となったらならば、その未練を晴らすために相手に戦わせるように仕向ける事が出来る、といった感じである。

「じゃあ、貴方達の生まれはなに? どうしてこんな事をしたの」
「ええと……」
「言っておくけど、私達とて理由があるならその未練を晴らしたいと思っているの。クロだってそういう事を言っていたんでしょ?」
「言ってはいましたが……本当ですか?」

 そう言いながら俺を不審な目で見る悪霊。
 これは……先程の行為といい、もしかして……

「本当だよ。だけどこのままじゃ貴方達を強制浄化させないといけない。出来れば……話して貰えないかな?」
「……お人好しなんですね。貴女の恋人を私達はあのように暴走させたのに……」
「その事自体は許せないけど、だからといって強制的に浄化させるのは別問題という話なだけ」
「……良い修道女なんですね、貴女。てっきり寄付金を貰うために身体を売っているような同類ビッチだと思っていたんですが……」
「……何処でそう思ったかは聞かないでおく」

 多分服装が原因じゃないかな。
 あとさっきまで俺と一緒に因縁つけていたが、良い修道女扱いで良いのか。……まぁ良いのだろうな。

「私達は男を信用出来ません。……愛なんて言葉は幻想だと思っています」

 シアンの慈愛は大きく、シスターとしての敬虔さは俺が知る限りではそれ以上は知らないと思うほどである。
 シキに来たばかりの荒れていた時期ですら、持ち前の人の好さは滲み出ていた。
 それを感じ取ったのか、悪霊かのじょたちを救いたいという思いは本音だと思ったのか、悪霊は話し始めた。

「幻想なんです。男なんて女を喰いモノとしか思っていないような奴ら。必死に尽くしても、飽きたら別の女に乗り換えるような奴ら。……愛を誓ったのに、他の女にも愛を囁く奴らばかりなんです」

 ……これは、この悪霊は男に騙されてこの世を去った女性達の感情が元になったのだろうか。

「そうして生まれた私達は、一つの力を手に入れたんです」
「それは?」
「…………」
「大丈夫。それは貴方達の在り方そのものなんだから、憚れる必要は無いよ。……ゆっくりとで良いから、話してね?」
「…………優しいですね。裏切った男を奪った女とは大違いです」

 愛を信じたのに、愛に裏切られ。あるいは言葉だけで心なんか籠っていなかったのに、信じてしまった女性達の悲哀。……もしそうなら、俺は……

「私達が持った能力は……理性を崩壊させる力です」
「理性?」
「はい。対象を本能のままに動かす様な、力です。……ですから私達は……愛という幻想を成り立たせようとしている相手が羨ましくて、妬ましくて……今までは怖がらせれば逃げ帰ったから大丈夫でしたが……貴方達は、より仲良くて羨ましくて……」
「力を使っちゃった、と」
「……はい。本能のままに行動して、不満をぶつけたり、欲求をぶつければ……関係が壊れるんじゃないかと……」

 ハッキリ言うなら許される行為ではない。
 かかったのはヴァイオレットさん、グレイ、神父様……あと多分カナリアだ。
 彼女達だったから良かったものの、理性を崩壊させ――獣欲の抑えがきかなくなったら、それは誰も望まぬ事になる。

「許されない事だとは分かっているんです。だけど私達は……どうしても、許せなかった」

 しかし、だからといって全てを否定し浄化させるのは少し引っ掛かりを覚えてしまう。
 それは数年経てば忘れてしまうような事であろうとも、このまま浄化するのは少しイヤだ。
 ……多分、前世の母によって壊された家庭を。母が奪った男の妻の泣き顔を見た事があるからなんだと思う。あれを抱えている女性達を、ただ邪悪だからと浄化させてしまうのは――

「私達は……私達は! あんなにも貢いだのに、一お客としてしか見てくれなかったのに! お金とか関係無しに相手を好きになって相思相愛になっている貴方達が許せなかった!」

 ……ん?

「なのに理性を崩壊させて、溜め込んでいる本心を、やりたい事をやらせたのになんでどいつもこいつもイチャついてんの! 私達はイケメンをあらゆる手段で篭絡しようとしたのに、結局他の女にも同じセリフを吐いているし!」

 ……アプリコットの翻訳ミスだろうか。……いや、ないな。

「私達の事を姫と言ってくれたのに……くれたのに……私達を騙すなんて……!」
「ひ、姫と扱ってくれたのなら良いのではないか?」
「アプリコットよ。この場での姫と言うのは、複数の女を相手するのにあたり、名前を間違えないようにするための呼称なんだ。本当に姫扱いじゃないんだよ」
「え? ……あぁ、そういう事か」
「そういう事だったの!? だけどそれを理解しているという事はやっぱり男はそういう事をするという事! やっぱり男なんて信用できるか! そうでしょ修道女、そして魔女っ娘!」
「……ちなみにだけど、その騙された男ってどういう男なの?」
「え、お店の男娼ホスト
「そして貴方達はなにをしたの?」
「喜んでくれるし、お酒を頼んだり一晩を競って勝ち取ったり……足りない時は親の遺品を売ったり、別の男に貢がせたり、借金もした! だけど最終的に金がなくなると見捨てやがって……」
「売る事や、他の男性に貢がせた事や、借金については?」
「え、結果として私達が喜ぶための事なんだから、それ位普通というか当然の行為でしょ」

 ……俺達は黙って顔を見合わせると、言葉を交わさずに頷いた。

「ふふふ、そして会話をしながら力も取り戻し始めた。後悔するのね、彼らだとなんかイチャついていたけど、貴方達の理性を崩壊させて、今度こそ気まずく――」
「シアン」
「シアンさん」
「【最大浄化魔法サンクチュアリー四重フォース掛けダウン】」
「ぁぁぁぁああああああああああああゃぃぎ!!!」

 そして迷わず強制浄化させた。
 …………うん、なんと言うか。

「イヤな仕事だったね……」
「だな……」
「うむ……」

 俺達は、ただ黙って浄化された痕を見ていたのであった。

「それに、これから大変だね……」
「ああ……」
「そうであるな……」

 そして同時に、これからの事について悩むのであった。







「私は……私はなんて行動と発言をしてしまっているんだ……!」
「俺は……俺はシアンになんて事を……!」

 翌日。
 静かな湖畔、何処となくスッキリとした空気で、小鳥の綺麗な声が聞こえてくる、素晴しい朝という他ないシチュエーションのコテージにて。
 目を覚ましたヴァイオレットさんと神父様が、顔を真っ赤にして己が行動を恥じていた。
 ……もしかしたら記憶にないのではないかと思ったのだが、バッチリ記憶にあるようである。

「アプリコット様ー、私めの昨日の行動ですが……私め自身の思っていた事を言えて、なんだかいつもよりスッキリしたように思えます!」
「そ、そうか。良かったな弟子よ」
「はい!」

 そしてこちらは本能のまま行動したが、一切後悔も恥じてもいないグレイ。強い。

「クロー、今日の朝ごはんなにー? なにもなくてなんでも良いならキノコ料理を振舞うけどー」
「朝は昨日の残りのカレーだよ。重いかもしれないが……」
「わーい、カレーだ! あ、顔を洗ってきまーす」
「いってらー」

 そしてこちらは本能の方が理性があったような気がした、理性を取り戻したカナリア。……うん、こっちの方が落ち着くな。

「……とりあえず、朝ご飯を食べて、ロボの迎えが来るまで……湖で遊ぶか」
「……だね。思いっきり遊んで忘れよう」

 カナリアはともかく、今の俺とシアンは……愛しき相手のフォローをしないとな。
 ……でもどうフォローしよう。

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