追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_7


「かうろやてせさくずまきてっろのらついこらたっなうこうそく」

 奇妙な存在が出て、訳の分からない恨み言のような言葉を吐いている。
 それが俺達に向かっての事か、単純に悪霊になったような強い感情を発露させているだけかは分からないが、間違いなく悪霊と呼べる存在であるとは認識した。

「背中――」
「任された!」

 最初は異様な姿形と言葉に驚いたが、俺達はすぐさま持ち直すと戦闘態勢になる。
 俺がアプリコットを庇う形で前に出て、後ろから援護できる形にする。

「アプリコット」
「防御魔法と強化、攻撃準備はしておく」
「頼んだ」

 悪霊を払うには浄化魔法が手っ取り早い。
 だからといって浄化魔法でしか祓えない訳でもない。攻撃魔法や属性を付与した物理攻撃でも祓えるには祓えるのである。
 仔細は知らないが、魔法自体が“あちら側”とも言えるので少しは効くらしい。あの乙女ゲームカサスでも足止めとして使っているような描写はあったはずだが……魔法を使うのに魔力を使い、魔力を使うと精神的に削られる感じがあるので、精神体な魔法も通じる敵な感じなんだろう、多分。

――さて。

 霊に対する効果云々の仕組みはともかく、まずはどうするか。
 目の前に居る悪霊は、俺達に見えて討伐依頼が出ている事から、退治する対象として“悪霊”と呼称をしてはいるが、本当に悪霊かは分からない。
 気分が悪くなった者達が出たりはしているが、もしかしたら被害者がなにか仕出かした事による被害かもしれないし、本当は攻撃的な意志はないかもしれない。
 ようするに――

「予定通り、会話を試みる」

 話し合ったら解決するような問題かもしれない、という事だ。
 よくない対応かもしれないが、それで解決するのならばそれに越した事はない。
 だがもし話が通じ、ここに残るような未練や強い意志が俺達で解決できる問題ならば、解決し浄化させた方が良いと思っている。
 しかし――

『いざという時は俺ごとやれ』
『いざとなったらそうするが、我がヴァイオレットさんに恨まれないようにしてくれ』
『俺が呪われたままの方が、ヴァイオレットさんは恨むだろうよ』
『フフ、確かにな』

 しかし友好的には接するが、当然油断は出来ないので事前にそういった打ち合わせはしてある。
 俺が友好的に言った結果、呪われたり憑りつかれたりしたら、アプリコットは俺も含め魔法の攻撃対象にする。当然怪我を負うほどはしないが、ショックで元に戻る、あるいは気絶する程には勢いよくやり、その後は完全に討伐対象として扱う、という予定だ。

「聞こえるか! 俺はクロという名のしがない一市民だ! 話が通じるならば、貴方と話しをしたい。男の俺が怖いのなら、彼女でも構わないが……どうだ?」

 ちなみにアプリコットが会話し、呪われた場合は俺が物理で気絶させ、即離脱予定だ。

「どうだ? 俺達は貴方を苦しみから解放したい。この言葉に嘘はない。……どうだ、話す気はないか?」
「……………………」

 俺があくまで敵意が無いと身振りで示すと、悪霊……レイさんは俺をジッと見て来た。
 眼がよく分からないので本当に見ているかは分からないのだが、ともかくこちらの言葉に反応しているように見える。

――これは……イケるのか?

 ここで黙って様子を確認するという事は、少なくとも無差別多方面に呪いを振りまく相手ではないという事だ。
 ならばこのレイさんも会話次第では、どうにか出来る相手かもしれない。

「るえみにうよるいていだいをうそんげになんおはついこしかしだことおいいどほるな」

 ……先程からこの言葉は意味分からないが。

「すまない、言葉がよく分からない。だが、話せるのならどうにしかして意思疎通を――」
「うよえしおとだうそんげはんせょしてんないあうよげあてせさうほいかをうぼくよはで」

 俺は言葉の壁に悩みつつ、それでも会話を試みようとすると、レイさんは俺を――ジッ見たように思えた。

「よせふうょきははは!」
「――クロさん!」

 そしてレイさんは白く光り、アプリコットが俺に防御系の魔法をかけた。
 行動からしてこの霊を悪だと判断したのか、頭の良いアプリコットであるから言葉の法則を見つけて言葉を理解し、敵意を示していると判断して戦闘態勢になったのかもしれない。
 ともかく俺もそれに呼応し、なにかをしようとするレイさんに防御の体勢をとり。

「――――!」
「っ! ……む?」
「消えた……?」

 先程より光ったかと思うと、次に見た瞬間には消えていた。
 あんな巨体だったにも関わらず、周囲に隠れる所なんて湖以外に無いにも関わらず、忽然と消えてしまった。
 さらには消えていた明かりも戻り、先程までの綺麗な湖畔へと戻っていた。

「アプリコット」
「既に【一足先アグリーの悲しき未来デスティニー】を使っているが、反応はない」
「そうか」

 しかし油断はせずに周囲を確認する。
 油断した所を後ろからぐさっ! とかじゃ笑う事も出来ないしな。
 あと【一足先アグリーの悲しき未来デスティニー】ってなんだっけ……ああ、水を媒介にする【探索魔法】か。昔アッシュにも言っていたな。俺も考えたヤツだ。

「……気配なし、か。……今回の敵は手強そうだ」
「であるな」

 ともかく周囲に気配はなく、俺達は張り詰めた空気を解く。
 対応出来るように武器などは構えておくが……これは思ったより精神との戦いになるかもしれないな。

「アプリコット、なにか気付いた事はあるか? 言葉の意味とか……」
「もう少し話さんと流石に我でも分からんな。とっかかりは見つけたのだが、確証がまだない」
「相変わらず凄いな」

 あんな少ない会話で言語の意味を理解し始めるなんて、我が義娘はなんて頼もしい事か。

「クロさんはなにかないのか?」
「うーん。感じとしてはなにも感じないんだが、そのなにも感じないが問題なんだよな」
「というと?」
「いくらなんでも気配が感じなさすぎるって事だ。こういうのは大抵絡繰りがあるからな……いや、ただのカンだが」
「クロさんがそう感じるのなら、それは間違いではあるまいて」

 そう、あの霊には気配が感じなさ過ぎた。
 あんな大きな霊ならば、隠れていてもシアンが昼間の調査の時点でなにか分かっているはずだ。
 だがシアンも分からないでいたし、今も出現前後で気配が感じられなかった。
 なによりも相対しても邪悪な気配自体はあまり感じない――あれ、この感じられないヤツ、つい先日も似たような――あ、もしかして……

「クロさん。今起きた事の情報共有もあるから一旦コテージに戻らぬか? シアンさん達を呼んでな」
「ん? それもそうだな。今の事は伝えるにしても、安全な所でするか」

 俺がある事を思い出していると、アプリコットがそう提案したので俺も乗る事にした。
 コテージはセーフゾーンとして浄化のバリア的なモノを強く張っているから、そこなら安全だろう。
 今の事や、俺が思い出した事も含めれば、シアンもなにか解決策を出してくれるかもしれない。

「アプリコット、上に合図を頼む」
「心得た」

 俺がお願いをすると、アプリコットは上空に向けて魔法を放ち“コテージに集合”という合図をする。
 これでバラバラに分かれている皆もコテージに戻るはずだ。

「よし、じゃあ戻るか」
「であるな」

 俺とアプリコットは、合図が送れた事を確認すると、警戒しながらもコテージに戻るのであった。







「クーロ殿ー! ほら、私の膝に座ってくれ!」
「何故です!?」
「いつもは私が後ろから抱きしめられる立場だから、私が抱きしめたい! さぁ!」
「さぁ。じゃ無いですよ!?」
「イヤ……なのか……?」
「嬉しいですけどそこじゃないんですよ!」

「アプリコット様、調査疲れましたか? 疲れましたよね?」
「い、いや、そこまでは……」
「私がマッサージを致しましょう。さぁ、全身をくまなく、癒して差し上げましょう!」
「し、しなくて良い!」
「ではお風呂に入りましょう。私と一緒に入って気持ちよくなりましょう!」
「それもいらぬ!」

 そしてコテージに戻って待っていたのは、妙なテンションのヴァイオレットさん達であった。
 ……なんだ、これ。

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