追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_6


「……で、クロさん。どう思う?」
「どう、とは?」
「弟子の事だ。家族旅行? で、羽目を外すにしても、外し過ぎとは思わぬか?」
「それは思うが……」

 もう少しで日付が変わるかどうかという時間帯。
 俺とアプリコットは湖の周囲を一緒に歩き、会話をしていた。
 夜の湖の近く、若き男女、ちらほらと浮遊する明かりがロマンティックではあるが、俺とアプリコットの間にはロマンティックな雰囲気は流れてはいない。単純に家族、兄妹同士で話しているような空気である。

「とりあえずその会話は、我が息子を名前で呼んだら答えよう」
「……クロさん、楽しんではおらぬか?」
「なんの事やら。というか、学園で先生とかにグレイの事を呼ぶ時に“我の弟子”では通じないんだから、居ない時くらいはせめて名前で呼んでやれ」
「うぐ」

 本音を言えば、いい加減本人の前でも照れずに言って欲しいのだが、そこは家族であり師弟であり、グレイ自身も弟子と呼ばれる事には不満はなさそうなので置いておこう。仲良くする際には名前で呼んでやっては欲しいが。

「グ……グレィ、は、今回の調査エコーで我に……あのような事をするなど、おかしいとは思わぬか?」
「それは思うが、似たような事ならヴァイオレットさんやシアンもやってたぞ。俺の嫁がおかしいと言いたいのか」
「ヴァイオレットさんやシアンさんは、アレでいつも通りだから良いのである」

 うん、否定はしない。

「だけど、そうなんだよな。グレイはなんか……いつもより積極的だな、とは思うんだけど、アプリコットが心配しているような悪霊の感じはあまりしないし……思い出作りに積極的なんじゃないか?」
「だと良いのだが……いや、あそこまでされるのは良くは無いが」
「どっちだよ」

 要は嬉し恥ずかし、というやつなのだろう。
 同時に初めてのキスの時のように、言霊魔法といった外的要因でああいった事をしているのではないかと不安なのだろう。既にグレイ自身から否定はされて居るモノの、やはり思う所はあるという事か。

「まぁ、気にするな。ヴァイオレットさんとかが注意して見ているし、不安なら悪霊をきれいさっぱり退治して、思う存分イチャイチャすれば良い」
「いや、したい事はしたいのだが、積極的にしたい訳ではないのだが」
「どっちだよ」
「……ともかく、家族としての思い出モシュネーを残したいのは確かである。そのためにも、早く悪霊ウィスパー・ダークは退治せねばな」
「その意気だ」

 アプリコットそう言うと、頬を軽く叩き気合を入れ直した。
 憂慮なくこの湖畔を良い思い出として残すためにも、やるべき事はやらねばという顔だ。

「それに、クロさん達や神父様達のためにも、な」
「どういう意味だ?」
「ほれ、ここはこのように綺麗な場所だ。夜に歩くなら、夫婦、恋人同士の方が良かろうてな」
「……まぁ、そうだな」

 なんかニヤニヤするのは腹立つが、アプリコットの言う通り、こんな場所ならヴァイオレットさんと歩きたかった。
 この湖畔は特殊な魔法施されている。特殊とはいえ錬金魔法や王族特有魔法という類ではなく、湖畔専用に施された魔法とでも言おうか。
 湖の上、空中には蛍かのように光が浮遊しては明滅しており幻想的だ。確か定期的に魔力を補充する事で特定の場所に魔力を流す事で光るようにしていると、隣の領主に聞いた。多分その魔力がまだ生きているのだろう。
 ともかく、魔法という幻想的なモノがあるこの世界で、今のここはさらに幻想的な場所といえる。ヴァイオレットさんと一緒に歩くだけでも幸福な時が過ごせるのではないかと思いはする。

「……はぁ。カナリアと神父様が羨ましい……」
「仕様があるまい。次はクロさんはヴァイオレットさんとであるし、戦力や条件的にこれがバランスが良いのだからな」

 しかし、今の俺はアプリコットと。ヴァイオレットさんは神父様とカナリア一緒に調査をしている。
 理由は単純な戦力の問題である。
 三グループで調査をする事になったのだが、浄化魔法が使えるのは神父様とシアンだ。なので二人は分散して調査をし、対応できるようにする。
 同時に悪霊の目撃情報が男女ペアであるので、男女の組み合わせでバランスが良い分散になるとこうなるのだ。
 魔法方面に優れ、浄化系は最高峰であり運動能力も高いシアンと、運動は若干劣るが浄化魔法以外には俺達の中でも二番目に優れたグレイ。
 浄化魔法と創造魔法を扱う攻守バランスの良い神父様と、魔法運動が全体的に高水準なヴァイオレットさん。そしてその二人なら、平均以上の能力は持っているが色々不安なカナリアのフォローを出来るという事でカナリアも。
 そして俺はこの中で一番肉体面では戦力になるので、肉体方面が不得手で魔法面が最も優れたアプリコットと組んでいる。浄化魔法は使えないが、大抵の相手なら対応出来る。
 という訳でこの組み合わせで調査をしているのだが……

「分かってはいるが、歩きたかったな……」

 しかしそれはそれとして、一緒にこの湖畔を歩きたかった。
 不安なく湖畔を散歩するのも良いが、一緒に調査をするのも良いなと思ってしまう。

「一緒に歩くとそういった不純な面が出てくるから、敢えてこの組み合わせにしたのであろうな」
「うぐっ」

 ……そこを突かれると痛いな。
 今は今で集中できていないが、ヴァイオレットさんと一緒に調査だったら絶対に今以上に集中出来ないだろう。
 一応は悪霊が出る条件が“男女の組み合わせ”あるいは“男女を含む二人以上”という前提で組んではいるが、その場合に出なかったら“恋人同士”や“家族”、“夫婦”という条件で調査をするようにはなっている。その際にはヴァイオレットさんと一緒に調査はするようにはなっている。

「ほれ、この調査で誰も見つからなかったらお望みの組み合わせで調査出来るのだ。それまでは我と一緒に頑張ろうではないか」
「……だな。スマン」

 アプリコットに言われ、俺も頬を叩き気持ちを切り替える。
 ……うん、イカンな。先程のヴァイオレットさんのあーんで緩んではいたが、ヴァイオレットさんに気を引き締めるように言われてたんだ。
 俺だけのためではなく、ここを利用する方々や隣の領主さんのためにも頑張らないとな。

「そういえばアプリコットは片眼で動き辛いかもしれないから、無理はするなよ」
「気遣い感謝しよう。だが、ここに来たからには我の事は戦力として考えて欲しい。我は片眼になった位で我という強さに変わりはない! だからそれを証明してくれようぞ!」
「おお、頼もしい」

 これは虚勢ではなく、アプリコットは以前と比べて勝手は違うモノの、弱くなったという事は無いだろう。
 片眼で動く訓練もしたし、対応策も講じている。どうしても眼帯の方の眼を庇う形にはなるが、戦力しては充分である。

「それに、クロさんデザインの眼帯も気に入っている。この眼帯をしていると我は強くなったと思えるのだ……!」
「そ、そうか」

 そう言いながら眼帯の前に手を置き、眼帯厨二キャラのようなポーズをとるアプリコット。
 頼まれてこの世界でも通じる範囲の、格好良い感じの眼帯を作成したが気に入って貰えたのならば良かった。……うん、良かった。

「しかしクロさん、デザインの方はさっぱりだったと聞いたが、本当にそうなのか? この我の服も含め、学園祭のヴァイオレットさんのドレスと言い、そうは思えぬのだが」
「基本は前世の才能のあったデザインの中から、似合うモノを選んで流用している感じだからな。デザインが良いと思うのも当然とも言えるよ」
「ほう? だが選んだのはクロさん自身だ。やはりデザインのセンスもあると思うのだが……」
「……前世でな。服飾の学校で厳しい先生が居たんだが……」
「うむ?」
「……その先生に教えて貰って半年くらい経った時、“デザインに関しては基本はもう大丈夫なのだから、これ以上やるのを止めておきなさい”と、優しく言われて……」
「そ、そうであるか」

 俺だってデザイナーに憧れた時期もある。
 意匠師デザイナー型紙師パタンナーって響きが格好良いし、最初は目指していたんだ。
 けれど基本的に厳しい先生に、型紙師パタンナーとしての才能を認められた上で、わざわざしてくれた個人面談でデザイナーの道を諦めるように諭されたのは若干黒い歴史である。……裁縫に関しては本当に褒められていただけに、調子に乗った自分が恨めしく思う。
 それでもパタンナーとしての仕事が楽しくてしばらくしたら忘れたが。

「まぁデザインを形にする、というのが楽しくて気にはならなくなったが。ビャクや友人のコスプレ衣装作成とか楽しかったし」

 他にもコス衣装も良く作ったものだ。ビャクはアイツ外見も本当に良かったから、通常衣装のモデルだけでなく、コスプレもかなり映えたんだよな。男装衣装も作ったし、あの乙女ゲームカサスのコス衣装もビャクの部活仲間とあわせで作りもしたものだ。

「こすぷれ?」
「ああ、それは――」

 ふと出した言葉に反応し、アプリコットは疑問顔になる。
 俺がそれに答えるために、何処から説明しようかと言葉を選んでいる最中に――

「――あれ?」
「明かりが……消えた?」

 ふと、幻想的な明かりが消え、持っているランタンだけが周囲を照らす状態になり――

「るやてしかどおてけばいらくしこすなんけざふのんていつゃちいらいつこくなでけだこたっろのになどけたっまるふにうゆじとねよるれさるゆはいらくすらはをんぷっういらくしこすどけだのいなはきうろのをていあでみらうのそたれらぎらうはしたわ」

 なんか、出た。

「…………」
「…………」

 全体の大きさは三メートルくらいだろうか。
 大きくて、全体的に黒く、オーキッドのように輪郭がぼんやりとしていて、目が光っており、うねうねしており、なによりも水中に突如出現し立っている。
 ……うん、とりあえず。

『出たー!?』

 俺とアプリコットは同時に叫んだのであった。

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