追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_5


 夜。コテージにて。
 他に誰も居ないため、伸び伸びと使えている食事の場にて。
 俺達は晩御飯のとても美味しいカレーに手を付けず、ただある一点を見ていた。

「はい、アプリコット様。お口をお開け下さい。あーん」
「で、弟子よ。我は自分で食べられるし、人目がある所でこれは……!」
「あーん」
「あ、あー……ん」
「作られたのはアプリコット様ですが……美味しいですか?」
「う、うむ。美味いぞ、流石は我と神父様が作ったカレーだ! ……弟子よ、何故我にスプーンを渡す?」
「次はお願いします。食べさせてください」
「!? いや、自分で食べた方が……それにこれは今我が食べたやつで……!」
「大好きなアプリコット様の手で食べるとより美味しいと思い……お願いします、アプリコット様……」
「か、顔を近付けるでない! 食べさせるから、少し落ち着くのだ!」
「はい! あー……」
「うっ。……あ、あー……ん。…………美味しいか、弟子よ」
「はい。とても美味しいですし、最高に幸せです!」
「うぐっ。――だ、抱き着くでない!」

 我が息子が人目も憚らずイチャイチャしていた。
 普段から無自覚に仲良くしているとは思っていたのだが、今俺達が見せられている行動はなんなのだろうか。
 グレイがアプリコットのほぼ真横に椅子を置き、カレーを一つのスプーンで食べさせ合う。そしてあざといほどの満面の笑みでアプリコットをタジタジにさせた後、真横からグレイが抱き着いて肩に頭を置いて猫のように頬擦りをする。……良いな。実にあざといがヴァイオレットさんにやってもらいたい。というか何度かされた事は有るが、最近無いのでグレイにもやってもらいたい。

「シ、シアン。グレイは悪霊に憑りつかれたりしていないのか?」
「そ、それは無いかなイオちゃん。本心で、望んでいやっているように見えるし……!」

 全員が今までにない行動に、美味しいカレーを食べる手が止まって(カナリアを除く)ただ呆然と見ている中、ヴァイオレットさんがシアン(通常スリットシスター服)に小さな声でなにかあったのではないかと尋ねるが、シアンは少々動揺した様子で否定をする。
 シアンが神父様の事以外で見て、否定するという事は信用出来ると判断し、俺も神父様も、ヴァイオレットさんも信用出来ると判断したからこそどういう事かと疑問を持つ。

「アプリコット様ー~」
「ど、どうした弟子よ」
「ふふ、呼んでみただけですよ、アプリコット様ー。アプリコット様も呼んでください」
「呼んでいるではないか」
「駄目です。グレイとお呼びください、クロ様が付けられた愛しき名前を、愛しき御方に呼んでもらいたいのです」
「……弟子では駄目か?」
「呼んでくださらないのですか……?」
「うぐ。……ぐ……グレ……ィ」
「…………」
「ええい、そういう目で見るでない! ――グレイ! これで良いか!」
「はい、アプリコット様!」
「頬擦りするな!」
「嫌ですか!?」
「嫌、ではないが、今は食事中――」
「アプリコット様ー~」
「うぐぅ……!」

 なにせ素でこれをやられていると思うと動揺もする。
 同時にグレイならあるいは、と思ってしまう気持ちもあるので複雑な気分である。
 アプリコットもアプリコットで恥ずかしいので離したいのだが、今までにない身体的接触を含む甘えにどうしようもないでいる。あんなに頬の赤いアプリコットは初めて見た。

「……なぁ、クロ。お前、家でああいう事をしているのか?」
「してねぇ」

 隣に座る神父様に小声で確かめられたが、流石にあそこまでは……していないと思う。
 だから俺の影響を受けてマネをしているという事では無いはずだ。

「いや、コンテストの時も似たような感じにしていたから、つい普段もそうしているのかと……」

 ……俺達の影響では無いはずだ。
 確かにコンテスト後の控室では、膝の上に乗せたヴァイオレットさんを後ろから抱きしめたりしたが、家ではあまりしない。

「神父様的にはなにも感じないのか?」
「え? ……シアンも頬擦りしたら喜ぶのだろうか」
「感想を聞いているんじゃない」

 そしてやったら喜ぶと思います。
 喜びのあまり俺の屋敷に来て、ヴァイオレットさんにそれを本人に言えば良いだろうと思うほど、自慢をしそうなレベルで。

「あ、ああ。シアンが言ったように、憑りついている感はないぞ。というか、シアンで分からないなら俺でも分からないぞ」
「そうですか、でも――あ、カナリア、おかわりはあるぞ。ほら」
「ありがとー」
「でも、流石にアレを普通と思うのは――ほら、水。あまりがっついて調査が出来ないなんてやめろよ?」
「はーい」
「普通と思うのは、少し気になると言うか……」
「……クロ、なにも言っていないのに、カナリアのして欲しい事のタイミングが分かるんだな」
「? そりゃあ、まぁ」

 性格的に食べるスピードや水を飲むタイミングなんてすぐに分かる。確かに一言も発していなかったし、食べ終わる前におかわりは用意もしておいたが。
 なにせ今は別々に住んでいはいるが、カナリアは今世の家族以上に一緒に過ごした仲だからな。大抵は分かる。

「しかし分からないとなると、どうしようか」
「うーん、食事中だからと注意はしたいが……子供達の青春に水を差すのもなぁ」
「神父様って、そのあたり結構強気には出ないよな」
「まぁ、俺的には戒律を破らなければ、幸福な笑顔を壊す事はしたくないし」
「そうですね。ですがやっぱり――あれ、どうしました、ヴァイオレットさん」

 神父様でも分からないとなると、夏の魔物【春】がグレイを開放的にしたとかと思い、息子の成長に喜ぶべきなのかと思い始めていた所、ヴァイオレットさんが俺を見ている事に気付いた。
 なんだか妙な目で見ているが、一体どうしたのだろうか。

「クロ殿」
「はい」
「あ、あーん……!」
「!?」

 するとヴァイオレットさんは自身の手に持つ、カレーをよそったスプーンを俺に差し出してきた。

「ええと、ヴァイオレットさん。一体なにを……!?」
「良いから口を開けて、近付いてくれ。そして私はクロ殿に食べさせ――食べさせてあげるから……!」
「待ってください。お気持ちは――とても嬉しいですが、そんな頬を赤くして獲物を見るような目で見られるとちょっと……!」

 恐らくグレイの光景イチャつきを見て対抗したのだろうが、照れを隠そうとして睨みつけているので少し怖い。
 そんな隠し切れずにいる所も可愛いとは思うが、今の状態でされるのは俺も色々と思う所が――

「食べて……くれないのか?」
「どうぞ」

 思う所があっても、そんな不安そうな表情と声で言われたら断れる事が出来ようか。いや、出来ない。

「あ、あー」
「ん。……美味しいです」
「そうか、良かった。いや、私が作った訳ではないのだが、うん、とにかくよかった」
「そうですね、良かったです。ですが少し甘いですね」
「そうだろうか? 私のカレーは少し辛めにしたはずだが……」
「美味しいカレーが、最高の方法で食べさせてもらったんです。甘い以外になにがありますか。……実際に体験すれば分かりますよ。はい、あーん」
「!?」

 お返しとばかりに、俺の元々持っていたスプーンを使い、俺のカレー(手つかず)を一口よそい、ヴァイオレットさんに差し出す。
 ……なぜこうしたかはともかく、されたからには返してやる。何故そう思ったかは分からないが、とにかく返してやる。

「はい、あーん?」
「う……あ、あー……」
「…………」

 俺が念を押してもう一度言うと、ヴァイオレットさんは観念して口を開けるが……なんだろう、これ。物凄く悪い事をしている気分だ。
 と、イカン。変な気分になっている余裕は無い。

「――んっ」
「……どうでしょう」
「……うん。美味しいな。流石はアプリコットと神父様だな」
「そうですか、良かったです」
「だが、うむ。何故か妙に甘いな。
「ですよね」
「やはり最高の方法で食べたからだろうか」
「かもしれません」
「…………」
「…………」
「さ、さぁ、続きを食べるか!」
「ですね!」

 なんだか妙な気恥ずかしさを今更感じ始めたが、ともかく食べるのを再開しよう。
 夜には調査もあるし、今の内にしっかり食べておかないとな!

「ねぇ、クロ、ヴァイオレット。今持っているの互いに相手に食べさせたやつだけど、そのまま使うの?」
『…………』

 ……食べてから言わないで欲しいぞ、カナリア。

「はは、青春だな。俺には少し眩しい――どうした、シアン」
「神父様。他に負けないように私達は口移しでもしますか!?」
「対抗しないでくれ!?」
「で、でも、私達も負けてられないじゃないですか! だから口移しを……!」
「わ、分かった! ほらシアン、あーん、で食べさせるから、変な気は起こさないでくれ!」
「では同時にあーんです!」
「えっ!?」
「イヤ……ですか……?」
「うっ。わ、分かった……あ、あー」
「んっ。……美味しいです」
「……良かった。俺もそう思うよ」

「アプリコット様ー」
「我達は対抗はせんぞ」
「違いますよ? こちらはこちらの楽しみ方がありますから。ですから――」
「なにを――んむっ!?」
「ふふ、これで互いの味を共有出来ましたね」
「――、なに、を……!?」
「キスは直前まで食べていた味が分かるんですよ。……美味しかったですか? こちらは美味しかったです」
「……美味で、あった。少し甘いが」
「ふふ、良かったです」



「……うーん。一番年下組が一番甘いなぁ。……私にも伴侶とか出来るのかなぁ……もぐ、もぐ……うん、カレー美味しい!」

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