追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_2


「おお、ここが件の湖か……始めて来たが、水も景色も綺麗な所だな」

 昨日の朝にシアンから調査について聞き、現在は昼過ぎから夕方にかけての時間帯。
 湖畔に着いた、春用の黒色を基調とした動きやすい服をヴァイオレットさんは湖を見て、綺麗だと感想を言っていた。
 雪も融け、陽気になりつつある気候であるため花も咲き始め。風も強くなく、心地良い風が吹き抜けている。

――ヴァイオレットさんも綺麗ですよ。

 なんて言葉が、風が吹き服や髪が靡くヴァイオレットさんを見ていると頭を過ったが、流石にベタ過ぎるしちょっと恥ずかしかったので思うだけに留めた。
 だって風が吹いて髪が靡く姿も本当に綺麗なんだもの。使い古された言い回しだが、絵画のようだという言葉がピッタリだ。
 黒色の服が白い肌と良いコントラストを出していて、本当に――

「どうした、クロ殿?」

 と、イケない。
 見惚れるのはいつもの事とはいえ、見惚れすぎると出来る事も出来なくなってしまう。ここはぐっと我慢だぞクロ・ハートフィールド。

「いいえ。急な事でしたが、少しでも気に入って貰えたようならば良かったです」
「……そうか。しかし話を聞き、今日の朝に出て今日の夜に着けば良い方とは思っていたのだが……日も沈まぬ内に着くとは思ってもみなかった」
「ロボに感謝ですね」

 本来であれば馬車、あるいは徒歩による移動であるため、馬車の手配や道具の準備が必要であったのだが、移動は回復したロボにより空を飛んで移動したためすぐに着いた。
 昼から男性陣と女性陣で二回に分けて来たのだが、それでもこんな時間帯に来れる辺りは流石ロボと言うべきか。
 お陰で途中の道中宿泊用の道具を持つ代わりに色々と別件の道具を持てたし、留守中の引継ぎなども簡易で済んで助かった。引継ぎや手配の時に偶然ロボと出会えて感謝である。

――しかし、今更ながらだが……

 ここまで来ておいてなんであるが、ヴァイオレットさん達とここに一緒に来て良かったのだろうか。
 居るのはシキのハートフィールド一家……俺とヴァイオレットさん、グレイ、アプリコット、カナリア。そして教会関係者のシアンと神父様だ。
 シアンの口車というか誘惑というか、家族の思い出作りと……ヴァイオレットさんと水辺で遊べるのではないかと期待に胸を膨らませたのは良いのだが、安請け合いで家族を巻き込んでしまっただろうか。
 了承を取りはしたものの、事後承諾で勝手に決めてしまったからな……

――でも、ヴァイオレットさんの水着姿を見たかったんだ……!

 そしてそんな欲望につられて安請け合いした後に、時間経過とともに「あれ、でも水着を着る訳ではないのでは……?」と気付いたのだが。
 前世の感覚でこういったシチュエーションの場所だと、水に入るのなら前世で言う所のビキニとかワンピース水着という想像が膨らんだが、よく考えなくてもそれを着る必要はないんだ。
 水に浸かる足部分だけを捲り上げたり、防水対策の服を着れば“水に濡れても良い服”ではあるので、水着は必ずしも必要ではないのである。
 それに気付いて少し落ち込んだりもしたが、それはそれとして湖畔を俺達だけで独占できるのは魅力的だからと切り替え、別の楽しみ方を模索したが。
 それと余談だがこの世界の水着は、何故か前世の二十一世紀日本とそう変わらないデザインであったりする。

「しかし綺麗ですし、俺達だけだと色々出来ますね。領主の仕事や対応を忘れて、遊びましょう! ヴァイオレットさんも羽を伸ばしてみましょうよ!」
「クロ殿。はしゃぐのも良いが、目的はこの湖畔に出るという悪霊の退治なのだからな」
「うっ……すみません。つい……」

 俺がウキウキ気分で告げると、諫めるような面持ちでヴァイオレットさんは軽く叱る。
 ……そうだよな。元々この湖畔は、今の時期だとちらほら観光客や地元民の方々が遊びに来る場所だ。
 だけど俺達以外誰も居ないのは、悪霊の騒ぎによるもの。それを解決もしていないのに、遊ぶ気分でいるのは駄目である。先程はしゃいで湖に入ろうとしたグレイを注意したが、注意する資格が無いではないか、俺。

「……ふふ、そう落ち込むものでは無いぞ。悪霊退治が無事終わった暁には、多少遊んでも問題はあるまい」

 俺が落ち込んでいると、ヴァイオレットさんは小さく微笑んで俺を励ましてくれる。
 ……なんだか“叱るだけでなく、優しくもしましょう”的な、子供を想定とした教育をされているようだ。けれどこの感じが嫌いでないと思ってしまう俺は、甘えたい性質フェチでも持っているのだろうか。

「それに……この湖は既に入る事も出来る水温と聞く」
「え、ええ、そうですね」
「そうなると私も、クロ殿と一緒に思い出を作る事が出来るかもしれないな……?」

 そう言うとヴァイオレットさんは近付き、上目遣いで見てくる。

「クロ殿……この服の下は、どうなっていると思う?」

 そして自身の服――胸の上に両手を置き、そんな事を聞いて来る。
 何故か頬を赤らめ、なにかを求めるような視線で、呼吸も少し熱っぽい。

「ど、どうって――」

 これは――アレか。前世で見た所の、既に下に水着を着ていて、今すぐにでも見せたいアピールとかそんな感じか!
 まさか黒色の服を着たのは、薄手になる事によって透ける布地で下に来ているモノがバレない様にするためなのだろうか。黒なら透けても色は分かりにくい。
 どちらにしろ俺のために内緒でそんな事をしてくれたというのか……!?

『そう、愛する相手こそ、至上の価値を誇る――最高の胸という事だ……!』

 ヴァイオレットさんが手を置く事で自然と誘導され、なにを服の下になにを着ているのかと想像してしまう胸を見ながら先日のカーキーの言葉を思い出してしまう。
 俺にとっての最高の胸が身近にあり、しかも俺と一緒に思い出作りとなると、まさか――

「も・ち・ろ・ん。この服は下も含め防水対策済みの服であるし、思い出作りとは家族でピクニックをしたり、水遊びをする思い出作りの方だからな?」
「うぐっ」

 まさか――と思っていると、ヴァイオレットさんはジト目になり俺に告げてきた。
 くっ、シアンでもないのに心を読まれただと……!?

「クロ殿ー? 家族で団欒、そして思い出作りをしようというのに、エッチな事を考え緩ませる頬はこれか? 緩むなら伸ばしきるぞ?」
ひゅひゅいまひぇん!」

 そしてそのまま頬を掴まれ、軽く引っ張られた。
 痛くはないのだが、なんというか引っ張られる以上に気恥ずかしさとかで心が痛い。というか申し訳なさで一杯である。

「さて、クロ殿の柔らかな頬も堪能した所で――反省はしただろうか、クロ殿?」
「は、はい……邪まな考えを持って申し訳ありませんでした……」
「悪霊退治への意気込みは充分か?」
「はい、充分です……!」
「よろしい」

 頬を離し、俺に確認を取って来るヴァイオレットさん。
 俺が大丈夫だと言うと、ジト目から微笑みの表情になり、背伸びをして頭を撫でてくる。
 ……くそぅ、相変わらず勝てそうにない。

「では、私はアプリコットと神父様の夕食の準備の手伝いをしてくるから、クロ殿は……」
「シアンと周辺を軽く調査してきます。グレイは……カナリアと遊んでいるようですね」
「そのようだ。後で湖には近付かないように言っておこう」
「お願いしますね。夕食楽しみにしていますから」
「私は手伝える事は少ないだろうがな。あの両名の上手さの前には、道具類を準備するくらいだよ」
「はは、でもヴァイオレットさんの手伝う料理を楽しみにしていますよ」
「そう言われると、頑張るしかなくなるな。ではまた後で」
「ええ。遠くで単独行動だけは避けるようにしてくださいね」
「分かっているよ」

 俺とヴァイオレットさんは小さく笑いつつする会話を終えると、軽く手を振ってその場から離れ、互いの合流場所へと移動していった。
 とりあえず俺はシアンと合流して、互いの視点から気付いた事と対策を練って、悪霊が出るという夜に備えないとな。

――その前に、少し落ち着いてから行こう。

 だが、シアンと合流する前に気持ちを整理してから行こう。
 今のままだと妙な思考を残したままシアンと会話し、鋭いシアンに「スケベクロ」などと評されてしまうかもしれないしな。
 空気も景色も綺麗だし、ゆっくり深呼吸をしてから行く事にしよう。

「……私だって、クロ殿には見て貰いたくとも、恥ずかしいんだからな……」

 そして深呼吸をしていると、小さくなにか聞こえた気がしたが、風の音で上手く聞き取れなかった。

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