追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

王族姉弟の愛談話_4(:真紅)


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 元々予定していた話し合いから、何故か弟達の好きな相手を私に認めて欲しいという流れになり、一通り話し合いも終わった後。
 これからも好きな相手と結ばれるために頑張って欲しいと、長姉として激励の言葉をかけた後、何故か弟達は勢いよく返事をして政務室を出ていった。
 ……折角の機会なので、もう少し姉弟間でお茶を飲みながら話し合いをしたかったのだが……

――でも、彼らも忙しいでしょうし、好きな相手のために頑張る必要があるのでしょう。

 姉としては少し寂しいかもしれないが、彼らも成人し責任を持ち始めている。
 さらには自分自身と同等かそれ以上の存在と出会いを果たしたのだ。私にとっての夫や子供達と過ごす時間のように、姉弟の時間よりも大切な時間はあるのだろう。

「ローズ姉様……大丈夫……?」
「大丈夫とはなにがでしょうか、フューシャ」

 そして今ここに居るのは私とフューシャだけだ。
 私を味方に引き入れようと懇願した弟達の中で、唯一傍観者であったフューシャ。ついこの間誕生日を迎えたばかりの、バーガンティーと学園の同時入学を果たす、姉弟の間で自然に対する感覚が最も鋭い自慢の妹。
 引きこもり気味だったのだが、ついこの間のシキでクリームヒルトさんやグレイ君と友達になった後、少し前向きになった事で嬉しく思いもした大切な妹だ。
 そんな妹に心配されているようだが、私はなにか心配されるような事をしてしまっただろうか。……やはり溜息がよくなかったのかもしれない。

「ええと……ローズ姉様……お兄様達の……後始末の愚痴を……零していたから……」
「愚痴?」
「は……はい……ローズ姉様……お仕事の愚痴は……言わないから……わざわざ言うという事は……怒っているのかな……って……?」

 ……確かに私は嫌味をつい口にしてしまったが、別に怒っている訳ではない。
 私は怒る感情はあまり出さないタイプだ。何故なら“怒”という感情は私の今の立場、夫婦で宰相をやる立場として出すべきでないと考えているからである。
 それにそもそも私は怒るのは苦手だ。丁寧に物事をこなす事が心地良いと感じる私にとって、怒るという感情は邪魔な感情だからである。
 だが……

「……もしかして先程の私は、怒っているように見えましたか?」
「えっと……」
「正直に言ってくれて構いませんよ。今ここに居るのは私と貴女だけなんですから」
「ぅ……ええと……ティー兄様以外の……兄様達は多分……ローズ姉様が……怒っているように見えたから……皆背を正して……今後ローズ姉様の負担を……減らすために……頑張ろうと出ていったんだと……思います……」
「おかしいですね……私は大変だけれど、貴方達は愛する相手と一緒になれるようにと激励しただけなんですが……」
「え……」
「え?」

 ……フューシャの話を聞くと、どうやら私の笑顔は“脅し”に見えたそうだ。
 スカーレットの“素直に廃嫡出来ると思わない事だ”や“好きな相手と結ばれるようにしてくださいね”発言は“お前ら気合入れて、私に迷惑をかけるんじゃないぞコラ”というモノだと判断したのだろうという。

「折角姉弟とでこうして話せた嬉しさから、普通の姉弟らしく気軽に話そうと思ったんですが……慣れない事はするモノじゃ無いですね……」
「気軽に話そうと……してたんだ……」

 私達は国を背負っていくべき王族ではあるが、同時に姉弟だ。
 愛すべき弟達と楽しく話して見たいと思う欲求は私にもある。なにせ今まではそんな機会がほとんど無かったのだから。

「でも……ローズ姉様は良いの……?」
「なにがです、フューシャ?」
「ローズ姉様は……私達は王族なのだから……姉弟とて……気軽に話すべきではないと……言うかと……だから……さっきの話も……嫌いなのかな……って」
「そんな事は有りませんよ。私としては、このような会話が出来て嬉しく思います」
「そうなの……?」
「ええ、そうです。姉弟間の家督争い、相続争い。……継承権争いなど、枚挙に暇がないのですから、こうして話せるのは嬉しい事ですよ」

 姉弟間での陰謀、策略、謀殺など貴族間ではよくある事だ。
 一国担う国王になる可能性がある王族ともなれば、さらに危険に晒される。それは歴史がそれを証明している。
 例え本人が行なおうとしなくても、周囲が担ぎあげるために善意で謀略を行うなんて事もある。事実、バーガンティーの周囲が行なおうともしていた。
 それに対して今は違う意味で頭を悩ませる事は有っても、好きな相手と結ばれるために行動し、話し合っているなど幸福な言い争いにも程がある。
 それに今の所は相手に唆され、周囲を貶めるなんて事もなさそうである。婚姻を結んだ相手に惚れた弱みをつけ込まれ、ヒトが変わったように継承権争いの相手を謀殺する、なんて事は有る。
 悪女のために、愛する女のために周囲が見えず、周囲を巻き込んでの獲得競争になっていないのだ。なんて嬉しい姉弟間の会話なのだろう。

「……カーマインも居れば、さらに良かったのでしょうがね」
「ローズ姉様……」

 そして好きな相手を語るという話し合いの場にカーマインも居れば、姉弟全員揃って仲良く話すという夢のような出来事が……

「……いえ、失言でした。今の言葉は忘れてください」
「でも……そう考えるのは……仕様が無い事だと……思う……姉弟で仲良くなれたなら……どれだけ良かったか……」
「仕様がなくとも、カーマインが行なった事は許される事では無いですから。変に情を見せるのは良くない事です」
「…………そうだね。私も……ティー兄様や……クリームちゃん……グレイ君とかに……した事は……許せない……」

 夢は見たが、所詮は夢……いや、幻想だ。
 カーマインがどのような理由があろうとも、仮に大義があってやったとしても、カーマインのやった事は許されない罪だ。罪に相応しい罰を受ける必要がある。
 そして同時に、カーマインの動向を見抜けなかった私の罪でもある。
 カーマインの動きは多少読めてはいたが、あのような事をするまでとは見抜けなかった。そして気付いた時には既に遅く、気付かれた事にも気付かれ、あの惨状だ。
 ……人心掌握と学力に優れ、交渉術では姉弟間での最も優れた自慢の弟、カーマインの罪は裁かねばならない。
 それが第一王女として、ローズ・ランドルフとして、姉としての責任であろう。
 ………………。

「……フューシャ、お願いがあるのですが」
「私に……ローズ姉様が……?」
「ええ。貴女にしか出来ない事なんですが……ちょっと来てくれます?」
「え。……は……はい……」

 フューシャは私の呼びかけに、戸惑いつつも離れた距離を詰め近付いて来る。
 ちなみにだが、フューシャが距離を取って私と会話をしていたのは私の事が嫌いだからという訳ではなく、自身に触れると相手に不運が起こると思っているからだ。先程の愛談義でもフューシャは弟達と距離を取っていた。……だから嫌われているのではないと、思いたい。

「もっと近づいて」
「えっと……でもこれ以上近付くと……不運が……」
「ほう、クリームヒルトさんなどには触れさせるのに、姉である私には触れさせてくれないのですね……」
「そういう訳では……!」
「では早く抱きしめさせてください」
「何故……!?」
「来ないならこっちから行きますよ……ふっ!」
「縮地――わぷっ!?」

 遠慮するフューシャの意志を少し無視し、私は立ち上がって縮地もどきを繰り出し、フューシャとの距離を詰め抱き寄せる。

「ふむ……私と違ってフューシャは柔らかいですね。ですがお腹周りは細いですね、ちゃんと食べてますか?」
「食べてるよ……じゃなくって……離れないと……不運な事が……!」
「不運は迷信ですよ。……それはともかく、フューシャ。そのまま聞いてください」
「え……?」

 離れようとするフューシャをより強く抱きしめ、私はそのままの体勢で告げる。

「私は女王になる気などありません。私より王に相応しい弟達が居るからです」

 ルーシュ、スカーレット、ヴァーミリオン、バーガンティー、そしてフューシャ。
 私と違って優秀な弟達ばかりだ。誰が王となっても私は心の底から祝福出来る。……もう無理だが、以前ならカーマインも含まれていた。

「……私は真面目に事を成すしか取り柄の無い女です。才能に溢れた弟達の心の隙間を、理解していながらなにも出来ないような、ね」

 だからこそ私が姉としてしっかりすれば、産まれなどに様々な問題は有ろうとも、私達姉弟はよりよい国を作れるのだと思っていた。
 ……けれど、結果は問題を解決出来ず仕舞いであったが。

「そんな事……ない……ローズ姉様が居なかったら……私達は……もっとバラバラに……なっていたと思うから……尊敬しているし……大好きだよ……?」
「ありがとうございます、フューシャ。厳しくする事でしか第一王女という立場を守れなかった私にそう言ってくれて」

 フューシャの言葉に私は微笑み、頭を撫でる。
 そして一瞬先程の笑顔を浮かべた時のように、実は怖がられるのではないかと思ったのだが、今のフューシャは私の表情を見てポカンとしていた。……どういった感情なのだろうか。

「だけど私は嬉しいのです。心の隙間を埋めるような、愛する女性が弟達に現れてくれて。弟達が幸福に過ごせるのなら、仕事が増えようと構わないと思うほどにね」
「ローズ姉様……」

 とはいえ、流石に増え過ぎだと良くないので注意はするが。

「……フューシャは好きな相手は見つかりましたか?」
「え。……え、急に……どうしたの……!?」
「居ないのですか? 女性でも、平民でも、略奪婚でも五十歳年上でも良いですよ? 居ないのですか?」
「それは……本当に良い相手なの……!?」
「貴女が心の底から好いてくれるのなら、ね」

 流石に私の夫のマダーだと困るし、敵対しなくてはいけないが。

「今の所は……いない……です」
「そうですか……いざという時は言って下さいね。姉として、既婚者としてアドバイスしますから。大好きと言って貰えた姉として、ね」
「…………」
「どうしました、急に黙って……」
「……ローズ姉様も……そんな風に……笑うんだなって」
「私だって笑いますよ」
「うん……そうだね……ふふ……」
「?」

 よくは分からないが……フューシャが笑っているのならば良しとしよう。
 ともかく、同性や略奪婚は少し困るし、兄達の誰かやお父様を愛してしまったと言われると困るが、妹が好いてくれた相手なら問題無い。……今のクリームヒルトのような精神面だったり、悪い男ならば阻止はするが。
 しかし大丈夫だと判断出来れば、私はルーシュ達のようにフォローする。
 お父様達の説得が必要ならば、私は説得をする。臣下や貴族の説得が必要ならばする。
 結果として睡眠時間を削るような仕事が増えようと構わない。
 何故なら……
 
――好きな相手が居て、どうにか結ばれたいという思いがあるのは、先程の弟達を見る限りでは幸福なのだと思いますからね。

 姉として大好きな妹の幸福を応援しよう。
 そんな、姉としての楽しみが増えたのだから。

――……それに、カーマインのように狂愛にならないように。



「……ところでフューシャ、また胸が大きくなったんじゃありません? 新年の時より大きくなったような……」
「……………………新年より……二センチ程……大きくなって……九十越えて……制服が作り直しに……」
「太った……訳では無いですよね」
「ウエストは痩せたから……それは無いかな……」
「……そっちの方面も、なにかあれば相談に乗りますからね。私ではあまり役に立たないかもしれませんが」
「……うん」

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