追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
女性陣のY談-シキ-_1(:菫)
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「色滅……煩悩滅……欲滅……滅、滅、滅……」
「……なにをやっているんだ、シアンは」
シキの住宅街から少し歩いた川にて。
シアンは修行用の僧衣を着用し、川に足を付けた状態で頭から水を浴びていた。
さらには祈るポーズでひたすらに「滅」と呟いている。少し怖い。
「疑似滝行との事だ」
そんな私の問いに、私の前でシアンの上に落ちる水を出しているアプリコットは答えた。
頭の上にある程度の勢いで流れている水は、魔力を流せば水魔法へと変換される水術石を利用して、アプリコットが魔力を流して生成して流しているようだ。
「シアンに用がまだあったから、探してきたのだが……何故滝行を?」
シアンとは先程用があり、打ち合わせをしていた。
その際もなんだか様子がおかしく、シアンが早々に話を切り上げて出ていった。その後に、重要では無いが必要な事柄を伝え忘れていたので、別件のついでにシアンを探していると……ご覧の状態であったのである。
白い修行用僧衣を身に纏い、神父やシスター、司教が欲望を打ち払うための修行を行っているのだ。なにが起こったのかと問いたくもなる。
「我もよく分からぬが……顔を赤くして、身体を冷やして欲望を断ち切らないと、どうにかなっちゃいそう、との事だ」
「どうにか?」
「どうにか、だ」
眼帯のついた右眼を軽く掻きながら、魔力を流し続けるアプリコットは困ったように返答する。
訳も分からないまま連れて来られたのか、放っておくのがマズいと思ったのかは分からないが、ともかくアプリコットも理由がよく分からず付き合っているようである。
「シアンさーん。そろそろ良い時間だからやめぬかー? 温かくなってきたとはいえ、風邪をひくぞー?」
「まだまだ……煩悩を消すために、後八時間……!」
「我をどれだけ拘束する気だ。ええい、止めるぞ」
「あ。……うぅ、寒……」
アプリコットは呆れたように言うと、水術石に魔力を流すのをやめる。
シアンは物足りなさそうな表情をしたが、強要は出来ないと思い、同時に寒さを感じたのか身震いをした。
「ほれ、火だ。風邪をひかぬよう温まっておくがよい」
「うぅ、ありがとう、コットちゃん……あれ、イオちゃん、さっきぶり」
「そうだな、さっきぶりだ。ほら、タオル」
「ありがとう……」
川から上がり、火の前で温まるシアン。
ちなみに火はアプリコットが用意しておいた火種に私が火を点けたモノである。アプリコットは八時間滝行に付き合おうが魔力は尽きないだろうが、疲れはするだろうから私が代わりに点けたのである。
「それで、何故滝行をしようとしたんだ。ヌレスケとやらで神父様を誘惑しようとしたのか?」
「イオちゃん、ヌレスケってなに?」
「詳細は知らないが、服を濡らすと異性へのアピールに良いらしく、それをヌレスケというそうだ」
「なんだか違う気がするけど……そういった感じじゃ無いよ」
「そうか」
まぁ私もヌレスケは詳しくは知らないのだが。学園に居た頃にクリームヒルトが言っていただけである。
……それに、今のシアンの姿を神父様が見たら、アピールどころか誘惑になるからな。ヌレスケは違うだろう。
「で、何故滝行を?」
「…………あのさ、イオちゃん。そしてコットちゃん。女同士、そして好きな相手が居る者同士で、聞きたい事があるんだけど」
「? 私は構わないが」
「我も良いぞ」
火に手をかざしながら、シアンは真剣な表情で私達を見る。
普段は神父様の事を除けば、基本相談を受ける側であり、頼れるシアンからの真剣な問いかけ。
それは滝行という、精神修行を自身に貸してでも冷静になろうとしなければならない内容なのだろう。
「うん、じゃあ聞いて。私思うんだけど――」
さらには女同士、恋をする女同士で話したい事であるという。
ならば私もアプリコットも、その心意気に応えようと真剣な表情になる。
「ねぇ、男性陣の服のガード固くない? エロさ足りなくない?」
「煩悩消えていないな」
煩悩を消すために滝行をしていたんじゃなかったのか。
クリア教自体は厳しい戒律で禁欲を敷いている訳ではないのだが、それで良いのかシスター。
「私は真剣なの。そう思わない、イオちゃん、コットちゃん!」
「え、ええと……」
「急に言われてもな……」
シアンがこの表情で巫山戯るとも思ってはいないのだが、内容が内容だけに私達は戸惑った。
男性陣のガード……この場合の男性陣というのは、その前の言葉と今ここに居るメンバーから予想するに、クロ殿、グレイ、神父様であろう。
そしてガードと言うと、戦闘面でのガードが強固という訳ではなく、服の――エ、エロさが足りないという事はそっちの方面か。
「確かにクロ殿はガードは固いとは思うが」
クロ殿の第一印象の時もそう思ったが、クロ殿は基本服の着こなしはキチンとしている。
派手ではなく、地味というよりは上品。服の着方を分かっていると言える着方で、纏まっているという印象が強い。
ある意味では隙の無いと言える着方は、ガードが堅いと言えよう。
……その分脱いだ時や、緩んだ時はよりドキリとするが。
「弟子もガードは固いと言えば固いが……」
グレイもクロ殿ほどでは無いが、着こなしはキチンとしている。それと同時に露出は少ない方だ。遊ぶ時は別だが。
ただ、クロ殿から聞いた話では、服をきちんと着て、露出を減らす理由は過去の虐待傷を隠すためであったそうだ。そのためにクロ殿から服の着こなし方をよく学んでいたらしい。
その影響で今もガード……が固いと言えば固いだろう。
なお、今はその傷が殆ど癒えているため、昔と比べると肌を見せるようだ。
「神父様も……ガードが固い!」
「神父様が緩かったら駄目だろう」
神父様もガードは固い。
人の好い性格的に隙が多そうではあるのだが、服装で言うととてもガードは固い。
神職者であるので当然と言えば当然かもしれないが……雰囲気を身に纏っていると言うべきか、神父様の服装は侵しがたい静謐さは感じられる。
「だからね、男性陣はもっとガードが緩くて良いと思うの!」
「なにが“だから”なのだ」
「分からないの? ガードが緩く、服装が乱れれば――そこには肌が見えるんだよ! なにせ裸の上に服を着ているんだからね!」
「まぁ基本服は裸の上に着るモノだが」
故に乱れれば肌が見えるのは当然と言えば当然だ。
「イオちゃん達だって見たいでしょ、乱れて好きな相手の肌が見える時を!」
「見たいが見せたくはない。私は私にだけ見せてくれるクロ殿でとても満足している」
「くそぅ、勝ち組め!」
「シアンさん、大丈夫か? 性格変わっていないか?」
私は勝ち組と言えば勝ち組ではあるが、勝ち組と叫び大きなリアクションをとるシアンは大丈夫なのだろうか。
普段のクロ殿が調整したシスター服ではなく、ただ僧衣であるため色々と危うい事になっている。
「コットちゃんは見たいでしょ!?」
「いや、そうかもしれぬが……正直乱れて見えても、嬉しさというより申し訳なさの方が大きいと思うぞ。突如見えてもイケないと言うか……」
……そうだな。何故か服の隙間に手が入って、下着ごと服が脱げ、そのまま足がもつれて相手を押し倒しても唐突な場合は申し訳なさが湧くだけだ。それはクロ殿で学んだ。
というか見たい事は見たいんだな、アプリコット。
「ともかく、私だけが見られるのは割に合わないと思うの! 太腿が健康的とか思っているようなら、男性陣も健康的で――」
「私だけ見られる?」
「太腿が健康的?」
「――あ」
私達の反応に、失言をしたかと言うように動きが止まるシアン。
先程までは高めのテンションで言葉を紡いでいたようであるが、今のシアンは元に戻って冷静に状況を判断しているかのように静かになった。
「い、いや、なんでもないよ。さ、さぁ、早く元の服に着替えないとね!」
「アプリコット、右を頼む」
「了解。左は任せたヴァイオレットさん」
「くっ、素早い!?」
そして逃げようとする前に私達はシアンを抑えた。
普段の服であれば抑えられないが、濡れた僧衣で寒さでまだ温まりきっていない上、二人掛かりなので容易に抑えられた。
「シアン。私達は親友だ。なにを話してくれても構わんぞ」
「その通りだ。全てを話してくれとは言わんが、悩みぐらいなら聞いてやるぞ」
「くっ、この両肩からは“面白そうだから聞いてやるぞ”という固い意志が感じられる……! 今までのイオちゃんなら“無理に聞くつもりは無いが”って言いそうなのに! 面白そうだからって理由で抑えつける事は無かったというのに!」
それを思わないかどうかと言われれば、思わない事も無い。
しかし、面白そうだからという理由だけで相手の嫌がること事をする気はない。ようするに私が抑える理由は……
「いや、それとは別に、私の夫と息子を巻き込んで、服装を乱れさせようとする者を放っておくわけが無いだろう」
「……うん、そうだね」
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