追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

男性陣のY談-シキ-_3






「――という訳で、男女の身体とかの違いは理解出来た?」
「分からない所があれば質問してくれ。精神的な話でも構わないぞ」
「男の子や女の子が異性に興味を持つ事はおかしくない事だからね」
「いろんな悩みがあって、こういった事は無闇にヒトに話すべきでは無いが、独りで抱えるのも良くない」
「同性で、信用できる相手に相談するのは良いよ。誰もが抱える事だからね――あれ、どうしたのレイちゃん?」
「はい。元より男女の違いはなんとなく分かってはいたのですが、今回の授業で一層分かりはしました」
「だけど今一つピンと来なかった所がある、って感じだね」
「はい。今ほど言われた……ええと、性的興奮? はよくは分からなかったのですが、それに関してお一つ聞きたい事が」
「うんうん、どうぞ?」
「はい。――普段神父様がシアン様の太腿を見ているのは、性的に興奮しているという事なんですか?」
『え゛』







「で、その後どう言えば良いか悩み、つい“そういう事では無いぞ”と言ってから、あのシスターと気まずい、と」
「……そうだ。見ている事自体は……否定しきれないというか、見ているような気もしたし、嘘は良くないが、そういう目で見ているかと言われると、今までは冷えを心配して、肌が妄りに見えるのも――」
「ハッキリ言え」
「見てたが恥ずかしくて否定した。俺は神父失格だ。滝に打たれてくる」
「そこまでは言わなくて良いし、しなくて良い」

 珍しく歯切れの悪いスノーに対し、アイボリーは詰め寄るとスノーは大人しく白状(?)をした。
 ついでに立ち上がり、本当に滝に打たれに行きそうであったので俺は肩を抑えて動かないようにしておく。

「で、シアンとはその後どうなったんだ」
「それは……」

 否定をしたスノーに対し、シアンもその時は「これは可愛いだから、今教えていた内容とは違うよ」と言って収まりはしたようだ (……念のため後でグレイにあのスリットは可愛いとは少し違うと言わなければ)。
 だが授業が終わり、スノーとシアンが後片付けをしている時に――

「“神父様も可愛さに目覚めたんですよね!”と笑顔で言われて……」

 どうやらシアンは“太腿を見ていたのは、スリットが可愛いから見ていたんですよね?”と言うように、改めて確認をされたようであった。
 ……見ていないので予想に過ぎないが、シアンは性的に見られているのではない、という確証を得たかったのだと思う。ようは恥ずかしくてついそんな事を口にしてしまったのだろう。

「で、そこで口籠ってしまった、と」
「……そうだ」

 しかしスノーは誤魔化す事は出来ず、口籠る。
 シアンはその反応を見て顔を赤くし、気まずい沈黙が流れた後「で、では私はイオちゃんのとの約束の所に行きますから!」と言って教会を出ていったそうだ。
 ……普段はなにを言ってもあの服装を辞める気が無い上に、堂々としているくせに、スノー相手だと照れて気にするんだな。
 可愛らしいというか、その様子を見てみたかったというか。見ていたら見ていたで記憶を消去させに物理と魔法を使った全力で来そうだから見なくて良かったかもしれないと言うか。

「お前は三年も同棲しておきながら、どっかの領主夫婦のような胸焼けがする恋愛やってるな」

 そのどっかの領主夫婦とは誰の事だろうか。
 ゲン兄とコスモス義姉さんの事だろか。うん、そうに違いない。

「……仕様が無いだろう。今までは妹のようなもので、未婚の女の子がはしたなく肌を晒すもんじゃない、って思っていたくらいだ」
「未婚でも既婚でも良くないぞ」
「だけど……だけど! シアンと付き合って、意識し始めるようになってから、シアンの動き一つ一つにドキリとしてしまうんだよ!」
「お、おう。そうか」

 珍しく声を荒げるスノー。
 周囲は一応お昼時である程度騒がしく、この場所は隅の目立たない場所のためこちらを見ている客はいないが、聞かれないかと不安になる。

「そうなると、今まで気にしないようにしていたスリットから覗く、白く健康的な太腿に目を奪われる様になってきた。だが付き合ってからは見ても気付いてすぐに目を逸らすようにして来た」
「けれど、グレイに言われて思い返すと、“俺は今までそういった目で見ていた!”と自覚した訳か」
「……そうだ」

 スノーは注文していた飲み物(生姜湯)を一気に飲み、アイボリーの言葉に頷く。
 すると頭を抱えて、なにか邪念を追い払うような表情になる。

「なんだよ、あの足は。健康的でスラッと伸びて、綺麗で、右のくるぶし下にある黒子が妙に色っぽくて……!」
「あるのか?」
「知らん」
「動くたびにチラチラと太腿の肌が見えて、あの見える時と見えない時の動きがナマめかくしくて――く、くそ、これでは捕まったオーカーのようになってしまう……!」
「苦悩しているな」
「なんか橋の下とかで成人本を見つけ、性を実感し悶々としている子供のようだな」
「何故橋の下なんだ」

 まぁ、今までのスノーの境遇を考えれば、子供のように、というのはある意味では間違っていないのかもしれない。
 それなりに興味はあっても、神父という立場を抜きにしても過去の件から己を律していたからな。
 ちなみにオーカーというのは、シアンをシキに送ったオーカー大司教である。
 “元”というのは、ついこの間捕まって身分剥奪されたそうだ。カーマインのこれからの処遇についてローズ殿下から速達報を受けた時に、ついでかの様に記されていた。シアンにその事を伝え、事実だと知るとガッツポーズをしていた。

「くそ、俺はシアンの太腿が好きなのか。あるいは女性の太腿なら誰でも良い節操のない男なのか。または足が好きなのか……!」
「多分シアンだから気になって、足全体が好きなんじゃないか」
「スリットから見える……そうだな、ふくらはぎとかはどうだ」
「う……」
「あるいは臀部はどうだ」
「シアンのそんな所が見えそうになったら逸らすに決まっているだろう! というか元々そこまで見えない!」
「誰もシアンのとは言っていないぞ」
「あ。……騙したのか……!」
「勝手に騙されたんだろうが」

 シアンは確かに大事な所は絶妙に見えない感じになっているからな、見えはしないだろう。
 まぁ、まったく見えない訳でもないし、シキの男性陣はあのチラリズムが良くて拝むやつはいるが。個人的には見てる方が心配になったりしていたのだが。

「俺はまだもっと清い交際をしたいんだ。浴衣とかいう服を互いに着たあの時の様に色んな所に出かけたり、一緒に教会の掃除をしたり、湖の畔とかでシートを広げて一緒にご飯を――」
「湖畔のシートの上で三角座りをした事による、スリットから大胆に見える太腿」
「ごふっ」
「浴衣の緩んだ胸元の、屈んだ時に見えるシアンの胸」
「がはぁっ!」

 あ、俺とアイボリーの言葉にスノーが机の上に突っ伏した。
 想像してキャパオーバーになったのだろうか。流石にやりすぎたかもしれない
 やっぱりスノーはこの手の事に関しては初心なのかもしれない……というよりは、自分の気持ちに自覚したので、自分の気持ちに処理が追い付かない感じか。
 今までもこっち相談は受けていただろうし、知識として理解はした上で対応はしていただろう。パールホワイトさんとか見ると、ナイト家でも色々あったようだし。
 ただ、シアンへの気持ちを自覚し、己が感情に向き合った事により、今まで知識として知っていた事を経験として逃げずに向き合ったから、こうなっているのだろう。
 ……ある意味では、アプリコットのような初心さと変わらないかもしれないな。

「スノーホワイトを見ていると、クロを見ているようだ……また増えたのか……」

 なんだかアイボリーが呟いていたが、聞こえなかった事にしよう。

「うぅ、俺は……俺は……どうなんだ、どっちなんだ……シアンという彼女が居ながら、こうも迷ってしまう情けない彼氏を許してくれ……!」
「なんか懺悔を始めたぞ」
「それほど悩んでいるのだろう。だがお前と一緒で、スノーホワイトも好きな女を纏めて好きになる性格だ。心配するような事は無かろうよ」

 それもそうだろう。
 俺自身がそうかはまだ分からないが、スノーは“シアン・シアーズという名の女性シスター”を好きになったタイプだ。
 男である以上、女性のあらゆる部位に興味を持つのは仕様がない事だろうが、結局悩み、惹かれているのはシアンが関係しているからこそだからなぁ……

「ま、何処かのカーキーのような節操のない男の様にはならないだろう」
「ハッハー、俺を呼んだかアイボリー!!」
「呼んでない帰れ馬鹿患者」

 しみじみと懺悔をするスノーを見ながら、フォークでトマトをさし、昼食の続きを食べようとしていたアイボリーが露骨に嫌そうな表情をした。

「なんだ、俺の名を呼んだから、てっきり夜の褥に俺と入ろうとしている話題をしているのかと思ったのだが、違うのか」
「俺が怪我を前にして、興奮しないのと同じくらいで有り得ない事柄だ」

 いや、怪我を前にして興奮するのは止めた方が良いとは思うんだがな。
 しかし突如現れたカーキーは、本気で思っていたであろう事を否定されても特に気にする事無く、神父様の方を見て不思議そうな表情になる。

「だが、どうしたんだ。神父様はなんだか懺悔しているようだし、なにかあったのか?」
「なんて事ない。スノーとアイボリーとで会話をしていただけだよ、ノーマルカーキー」
「ノーマルカーキーってなんだ」
「ほう、だがこの状態から察するに、神父様はシアン嬢の事で悩んでいると見たぜ!」

 まぁブツブツとシアンの名前を呟いているし、分かりはするだろうが。

「だが、シアンを俺は――あ、ノーマルカーキーか。すまない、気付かなかった」
「気にしなくて良いんだぜ、神父様! だが、なにがあったんだ?」
「……お前はノーマルカーキーという名を気にしなくて良いのか」
「えっと、それは……」

 スノーの様子を見て、明るくしつつも心配そうにするカーキー。
 それに対しスノーはどう説明すれば良いかと悩んでいる。ある意味ではデリケート話題であるし、性格上話すのも恥ずかしいだろう。
 元々俺が原因でこうなった訳だし、なにか俺が言って――あ、そうだ。

「なぁ、カーキー。お前、女性の胸だとどんなのが好きだ?」
「女性の胸?」

 俺の発言にスノーとアイボリーは俺の方を見たが、気付かないふりをして話を続ける。

「そう、巨乳が好きとか形が良いのが好きとか、色々あるだろう? 是非お前の所感を聞かせてくれ」
「むぅ、そうだな……だが、神父様の前で言って良いモノなのか?」

 そこまで言うと、アイボリーの方は俺の発言になにかを理解したようであった。

「気にするな。むしろ語ってくれた方が助かる」
「そうか?」

 ……まぁ、要するにカーキーの見境無しぶりを見て、スノーに落ち着いて貰おうという話だ。
 カーキーの場合は多分こういった話だと「全てが好きだぜ、優劣なんてないぜハッハー!」とか言ったりするだろう。
 そして語ってくれでもすれば、スノーも「俺はマシなのか……?」と思い、苦悩が和らいでくれれば良いと思ったという事だ。
 スノーの性格上「上がいるから俺も弾けるぜ!」とはならないだろうし。

「そうだな、女性の胸で好きな――価値があるモノと言えば」

 そんなカーキーを利用する事に心の中で謝りつつも、カーキーの言葉を待ち。

「触れるかどうかだ」
『えっ』

 少し予想外の言葉に、俺達は同時に声をあげた。

「ええと……全部が好きとかじゃないんだな」
「全部好きなのは当たり前だ。それが大きかろうと小さかろうと、上を向いていようと横に広がろうと、均整がとれていてもバランスが違くとも、桃色だろうと茶色だろうと、長かろうと萎んでいようと張りがあろうと皺々だろうと、複乳だろうと単乳だろうと、ヒト族の十代だろうと八十代だろうと、それが女性の胸についているという時点で俺はすべからく愛していて、そこに貴賤は無いんだぜ!」
「お、おう」
「であれば俺にとって価値を決める基準はなにか――そう、触れるかどうかだぜ」

 カーキーはアイボリーの隣に座り、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるという、なんだかどっかの総司令っぽいポーズをとった。

「如何なる崇高なモノであろうとも、触れない、見れなければ俺にとっては価値はない。つまり――俺にとってはヴァイオレットとシアン嬢の胸に価値はないんだ」
「なん……!?」
「だと……!?」
「何故お前らは一つの台詞を二人で言う」
「いや、服を着た状態で見れる分価値はあるだろう。だが、その価値の真価を堪能できるのは――お前達しかいなんだぜ、クロ、神父様」
「それは一体――!」
「どういう事だ――!」
「お前ら打ち合わせでもしているのか」

 唐突に出てくる事実に、俺とスノーは互いに驚愕し、姿勢を正してカーキーの方を向く。
 くっ、この男、普段はあんなにお気楽なのに、今は妙な威圧感を感じる……!

「俺にとっては女性だろうと男性だろうと、それぞれの部位に、個人差はない。であれば“俺にとって”の価値を決めるのは、俺が触れるかどうか。より見る事が出来るか、だ」
「つまり俺にとってはヴァイオレットさんが……」
「俺にとってはシアンが……」
「そう、愛する相手こそ、至上の価値を誇る――最高の胸という事だ……!」
『ノーマルカーキー……!』
「だからノーマルとはなんだ」

 まさに正論である。
 くそ、こんな事に気付かないとは何事だ。いや、心の何処かで分かってはいたのだが、改めて順を持って説明される事により、なんとも言えない納得が俺の中に沸き上がっている……!

「俺は数多くの価値のあるモノに触れて来た。しかしお前達はオンリーワンかつナンバーワンのモノが身近にある。俺には味わうことが一生出来ない代物だ。羨ましいぜハッハー!」
「だ、だが俺はそう安々と触る訳にも見る訳にも行かない。どうすれば……!」
「おいおい、神父様は冗談がきついぜ。そんな自身にとって最高のモノを持つ存在が身近にいるんだぞ。――ただ一緒に居るだけでも、価値があるというモノだろう?」
「な、成程!」
「最高の価値を楽しむ方法なんて、色々あるんだ。出来るから安々とやるのではなく、相手の価値をより知り、自分にとっての良い事を探していこうぜ、ハッハー!」
『カーキー……!』

 今の言葉はスノーに言った言葉だが、俺にも響いてしまった。
 そうだ、ヴァイオレットさんは最高の存在なんだ。
 俺がズレていようとも、俺なりに相手を知って、ヴァイオレットさんが喜んでくれるという、俺にとっても良い事を探していく事こそが重要であり――猥談なんだ!

「クロ……!」
「スノー……!」

 俺とスノーは互いに目を合わせ名前を呼び合うと、互いに心の中で得ただろう答えに歓喜し、互いに猥談の答えを得た喜びを握手で示すのであった……!



「……なにやってんだ、コイツら。……だが、恋……価値、か。……うん、採れたての野菜は美味いな」

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く