追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【15章:春は色んな小話の季節と申します】 始まりはのんびりと


「春ですねぇ」
「春だな」

 暦上で今は春。 
 比較的寒いシキでも、着るモノが薄くなってきて春という実感も沸いてき始めた、ある日の午前。
 グレイが淹れる程では無いが、俺達が淹れるより充分に美味しい珈琲を俺が。東の国で採れる茶葉を使用した紅茶をヴァイオレットさんが飲みながら。
 天気が良いという事でオープンテラスの様に席が用意された【レインボー】の外にて。
 春は曙とはよくいったモノだと思いながら、まったりと話していた。

「そういえば、そろそろグレイが淹れる珈琲やお茶が飲めなくなるんですよね……」
「確かに、寂しくなるな。グレイは私が知っている中でも最高峰の腕前だからな」
「それを言ってやったら喜びますよ」
「既に言っているさ。もう一度言っても良いが、それを言うとシキを離れるのを苦悩しそうだから、悩みどころだ」
「確かに」

 俺は想像できると小さく笑いながら、もう一度珈琲を飲む。
 やはりグレイが淹れる方が美味しい。と、いうよりは、グレイが淹れる珈琲の方が俺好みに調整されている、と言った方が正しいかもしれない。
 基礎としての淹れ方も上手いのだが、そこからアレンジを加え俺の舌に合うようにしている、という感じか。

「うむ、私もそれは思うな。私の反応を見て、私の好みに合うようにしている気はする」

 俺がその事を告げると、ヴァイオレットさんも同意して紅茶を一口啜った。
 相変わらず飲み方が小説の挿絵に出て来そうなほど優雅である。どうやったらこうなるのだろう。

「俺のお子様舌にも合うような淹れ方をするんですからね……本当、グレイはどんどん成長していくなぁ」
「クロ殿は美味しいものを食べたり飲んだりすると、お子様のように喜ぶからな。グレイ……だけでなく、アプリコットもクロ殿の喜ぶ姿を見て、あのように上手くなったのだと思うぞ」
「……そんなに分かりやすいですかね」
「ああ、とてもな。なにせ私もその一人だ。クロ殿やグレイが美味しいと言って喜んでくれるから、私も料理が上達していったんだよ。まだまだ修行中だが、クロ殿が可愛いからな」
「うぐ……」

 俺の分かりやすい反応という言葉を口にし、相変わらずイタズラっぽく笑うヴァイオレットさん。
 イタズラされ、俺がこうやって照れてしまうからヴァイオレットさんは揶揄うのだろう。しかし、分かっていても照れてしまうのでズルいと思う。……惚れた弱みというやつか。

「それよりも子供舌とは言うが、クロ殿は珈琲や紅茶……アルコール類は見極められると思うが」
「飲み物系は前世の仕事の付き合いで、友人に“分かるようにしておいた方が良い。そうすりゃ格好は付く”って言われて、多少は覚えたので」
「ほう」

 料理は作法を覚え、なんでも食べられるようになっておけば問題無い、とは言われたが、飲み物は「覚えておけばそれっぽく見えるもんだ」と少し勉強して覚えた。
 まぁ使うような機会はほとんどないまま終わったのだが。

「ですが、ヴァイオレットさんと比べると馬鹿舌ですよ。正直言うと、基本“美味い”か“あんまり好きじゃない”、のどちらかですし」
「その方が良い。昔の私の様に食べる事が情報の摂取のようになるよりはな」

 ……そういえばヴァイオレットさんは、以前聞いたアクセサリーのように、食事も歴史や食材に対する「褒めるべき所はここだ」的な感じで覚えさせられたんだっけか。
 それと急な環境の変化で食事が受け付けなくなり、シキに来た頃のヴァイオレットさんの食事は色々大変だった。

「まぁ、昔の私はともかく、クロ殿の場合は好き嫌いは良くないぞ。グレイの手前で、ドライフルーツを避けるのはな」
「うぐ……頑張ろうとはしているんですが、どうしても……」

 ドライフルーツ……というよりは、干したすっぱいものが苦手だ。特に梅干しと干し葡萄。
 好きな人には悪いのだが、あの独特の酸っぱさが広がる感じがどうも……どうしてもダメなのである。お陰で学園に居た頃は「騎士を目指すなら、ドライの食べ物に慣れろ」と先生に言われたモノだ。
 ちなみに言われて無理に食べて、次の日体調を崩した。カナリアには凄く心配された。

「冗談だ。無理して食べる必要はないさ」
「ですが、グレイが首都に行く前に食べて、苦手を克服する手本として見せるのも……アイツもチーズ苦手ですし、少しは克服を目指せるかも……」
「無理に食べている所を見たら、ますます食べなくなるぞ」

 それを言われると、確かにそうだとしか言いようがない。
 そもそもグレイのチーズが苦手は俺の苦手とは違うし、少量なら普通に食べられる。ピザとか好きだし。
 単純にグレイは、チーズの香りで前領主が居た頃のトラウマを思い出すので苦手というだけだ。俺の嫌いニガテとは違う。

「だが、グレイが首都に、か。……グレイ自身も心配だが、屋敷が寂しくなるな。それに家事も大変になる」
「流石に誰か雇おうとかと思っているんですがね」
「臨時で入る、アプリコットやカナリアのようにか?」
「ええ。流石に使う所が少ないとは言え、あの屋敷を常時二人では辛いですよ」

 この世界には魔法があるため、風を通すのに風魔法を軽く発動させたり、水をくまずとも水魔法や水術石があって前世より掃除が楽な事は楽なのだが、流石に俺達二人で維持は難しい。
 ヴァイオレットさんも着た頃と比べると積極的に家事はしてくれるのだが、やはり人手が欲しい。
 それに……

「だが、私が嫁ぐ前はクロ殿とグレイだけだったではないか。私に気を遣わずとも良いのだぞ」
「いえ、そういう訳には」
「それに、クロ殿と一つの屋敷に二人きりというのも私は堪能したいのだが……以前はスカイ達が来て有耶無耶になったし……クロ殿ともっと密着を……したい」
「ごふっ」

 ヴァイオレットさんに急な可愛い発言に珈琲を咽かけた。
 くそ、なんてあざとい。あざといけどトキめかざるを得ないじゃないか、くそう。

「え、ええと。俺もそれは良いのですし、堪能したいのですが……えと、雇わなくとも二人でなくなるかもしれませんし、その……」
「それはどういう――あ。いや、なんでもない。そうだな、必要になるだろうから、考えた方が良いな、うむ」

 俺がトキめきつつ、しどろもどろにある事を示唆すると、ヴァイオレットさんも勘付いたのか、同じようにしどろもどろになって雇う事を考えてくれた。
 ……やっぱり考えないと駄目だよな、うん。

「……なんだか、温かいな」
「そうですね。何故かは知らないですが、身体が熱いです」
「私もだ。何故か熱い」
「春ですもんね」
「春だからな」

 そう、暦上は春。
 日本の様な季節の移ろいがある我が王国での春。
 少しだけ桜を見たいな、と思いを馳せつつ、暖かくなって過ごしやすくなる春だ。
 そして今のシキも同じように過ごしやすくなっている。
 騒がしかった軍や騎士の調査隊は居なくなったし、まだまだ例の影騒動やカーマインの件の後始末が忙しいが、三月マルスの下旬にしては温度が丁度よくあたたかく、忙しくとも過ごしやすい。

――学園は卒業式くらいか。カラスバの卒業式見たかったな……

 春は出会いと別れの季節。
 それは前世の日本だけではなく、我が王国でも使われる表現だ。
 そして同じように使われる言葉が、この世界にもある。それは――

「春だ! 野菜ちゃん達が元気になってくる春になって来たぜやっほう! 早速土に潜らないとな!」
「春だ! 毒も芽吹く新たな季節! 今日は良い天気で邪魔も居ないし毒を採って喰らうぞやっほう!」
「春だ! 元気な子供ショタが無防備になっていくのが嬉しいが、季節の変わり目に体調を崩さない様に気を付けなくちゃいけねぇな!」
「春だ! 冬の怪我から新たな怪我へとつながる春! 活発化した患者共よ、俺に新たな怪我を提供してこい!」
「春だ! 肌が恋しくなる季節から、新たな心の出会いを求める子猫ちゃん達に出会うために、俺は前に進むんだぜハッハー!」
「春とか関係なく私達は殺し愛をする!」

 ――春に変態は沸きやすい、という事だ。
 ただでさえ変態が多いシキである。
 そのためシキでは、春は元気な領民が一気に増える季節である。一年中元気だろうとかは言ってはいけない。

「ああいうのを見ていると、春だな、って思いますよ」
「……うむ、ある程度慣れてきた私だが、春だからといって慣れては駄目だと思うぞ」

 ヴァイオレットさんのいう事はご尤もだが、俺的には元気に変態やってるアイツらを見ていると安心する。
 ……安心はするが、落ち着きはしない。

 これから起こるのは、そんな落ち着かない季節の話である。

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