追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
大きく明るい神
――顔を、洗うか……
眠気と戦いながら、目を覚ますためにお湯で顔を洗おうかと鈍った思考で思う。
少しマナー違反だが、オーキッド達には目を瞑って貰おう。子供の前であんまする事では無いが、少し気合を入れて――
『うん、全裸で語り合うのを想像するのは興奮する、クリームヒルト君は良い事言うね!』
「ゴフッ!?」
そして気合を入れようとした所で、唐突に俺の脳内に変態の声が響いて来た。
唐突な出来事に俺は態勢を崩して顔をお湯に叩きつけてしまう。
「クロ!?」
「クロお兄ちゃん!?」
「だ、大丈夫だ」
俺の唐突な行動にオーキッドとブラウンは何事かと言うように俺の名を呼んだ。
最初は眠さのあまりそのまま眠り、溺れかけたかと思って助け起こそうとしてくれたようだが、俺はすぐに手と言葉で大丈夫だと制した。
よし、ゆっくり息を整えろ俺。明らかに幻聴でない変態の声、もといヴェールさんの声が聞こえたが落ち着け。
……一応男湯に来ていないか周囲を確認しておこう。……よし居ないな。
『大丈夫かい? 覗こうとした所に私の声が聞こえて、慌てて“なにもしてません”を装うために湯に浸かったのかな?』
「違います」
『違うのか!? 至高の異性の裸体たちがあるのに興味が無いと言うのか!? それはもう立派で若く美しい者達だよ!?』
「煽った所で見たくなるとかないですから」
覗き、駄目、絶対。
興味が無いかと問われれば興味はあるのだが、相手の気持ちを無視してまで見たいとは思わない。……なんかそっちに居るほとんどは見られても良いし、俺の身体を見たいとか言っていたが、ともかく良くない。
「クロお兄ちゃん、急にどうしたの? 独り言? 虚空の彼方にいる謎のお友達に話しかけてるの?」
「ククク……ブラウン、難しい言葉を知っているね」
って、ブラウンが俺をなんだか妙な目で見ている。多分もう少し年齢が上だったら可哀想な目で見られていたであろう。今も危ういが。
「ククク……うむ、妙な魔力を感じるし、先程言っていたあの大魔導士の連絡魔法でも受けたのかな?」
「れんらくまほうー?」
「ほら、内緒話があると言っただろう? だから僕達に聞こえない様に連絡を取ったという事さ」
「良かったー、クロお兄ちゃんが変になったんじゃなくて」
連絡魔法……そうか、連絡魔法か。
先程温泉に入る前に渡された、この魔法陣が書かれた紙を首元につけているのだが、これの影響か。
だとしてもこんな風に急に話しかけられるとは思わなかった。お陰で目は覚めたが。
「ええと……これがヴェールさんの言っていた連絡方法で良いのでしょうか。なんか頭に直接来るんですが」
『そう、これが私の新開発した魔法。魔法陣を持っている者同士で離れていても会話が出来る【通信魔法】さ! 今はこの距離程度しか出来ないけどね』
この方、【瞬間移動】といい【録音魔法】といい、画期的で凄い魔法を開発したり行使したり出来る稀代の大魔法使いなのに、そんな感じがしないのが逆に凄いよな。俺だけこんな感じらしいから、俺がそう思うだけなんだろうが。
『ちなみにもう少し頑張れば視覚を共有出来て、私が今見ている光景を見せる事が出来るんだが……今の光景を見えるか試してみるかい?』
「それやったらシキを出禁にしますよ」
覗き、駄目、絶対(数十秒ぶり二回目)。
覗きの類は被害者の居ない二次元の世界か企画されたモノに限ります。
「うーん、やっぱりクロお兄ちゃん、見えない誰かに話しているようにしか見えないよ」
「ククク……普段のクロの疲れ具合を見ていると、バカに出来ないのがね……」
……そんなに疲れているように見えるのだろうか、普段の俺は。
今度思いっきり羽を伸ばそうかな。今の軍の方々の調査が終わって、グレイ達が入学する前あたりに家族でハイキングでも出かけようかな……。
「というかこれどうにかなりません? 俺だけ独り言のようで恥ずかしいんですが」
『おや? もしかしてクロ君は今、通信に言葉に出して話している感じかな?』
「はい? ええ、そうですね」
『ふむ……この魔法は“相手に話しかける意志”を持つ事で相手との話が可能なのだが……ちょっと声に出さずに話しかけようとみてくれる?』
「はい? ええと……『こんな感じでしょうか。聞こえます?』
『うん、聞こえるよ。……ふむ、どうやら、“話す”という行動自体が“相手に話しかける意志”と認識されるようだ。改良の余地があるようだね』
つまり……あくまでも話しかけようとする行為自体がこの魔法に影響するだけで、軽めの思考は相手に洩れないという事か。
まぁそうでなきゃ、もっとごちゃごちゃしそうだからな。……だとしても、今は言葉にして話す行為も相手に伝わるようだが、相手に話す意志だけ読み取って会話をする、という魔法を作るとか凄いなヴェールさん。多分これ上手く行けば魔法が大分発達するだろうな……携帯みたいなものだし。
『うむ……クロ君、私が指示するから、試しに動いてみてくれないか? 移動したり、特定のモノを見たりして、何処まで影響するかを……』
『言っておきますが、巧みに鏡石に誘導して、俺が視覚を注視する事でそちらに“話しかける意志”と認識させ、俺の裸体を見れるか試そうとかはさせませんよ』
『……よく分かったね。思考が漏れ出たのかな?』
『違うと思います。なんとなくヴェールさんという女性が分かっただけです』
『すまない、私はこんなだが愛する夫と息子が居てね……』
『そういう意味じゃありませんし、俺にだって愛する妻と子供が居ます』
……本当に普段はアレだけど、魔法関連はアプリコットが尊敬するほどには凄いんだよな、この方。普段はアレだが。
ともかく会話を……と、その前に。
「オーキッド、ブラウン。すまないがしばらく会話している。思考で会話をするみたいだから……」
「ククク……集中したいようだから、僕達は髪でも洗っていようか、ブラウン」
「分かったー」
「すまないな」
オーキッドは俺の様子を察して、少し外れると言ってくれる。相変わらずシキの良心で癒される。ついでに無邪気なブラウンも癒される。
「よし、行こうかブラウン。……こんな風に君を洗うのは初めてだね。不慣れかもしれないが、よろしくね」
「よろしくー。……ところで、オーキッドお兄ちゃんの髪ってどう洗うの。何処から髪か分からないよ」
「ああ、すまない――よし、これで見えるだろう?」
「わ、なんかモヤモヤが晴れた!」
……今のどうやったんだ。突然オーキッドの黒い靄が晴れて偶に見る素顔になった。
というかアレって自在に出し入れできるのか……?
しかし、昨日も見たが相変わらずのイケメンだな、オーキッド。少し肉は少ないが、あの乙女ゲームの攻略対象に混じってもおかしくはなさそうだ。
『そろそろ良いかい?』
『はい、大丈夫です。そちらは大丈夫ですか?』
『スカーレット殿下がエメラルドの身体を洗うために、泣き落とししているから大丈夫だよ。こっちは見ていない。だから大丈夫だよ』
いや、変に暴走しているのなら止めろや。
仮にもアンタ王国直属の魔道研究兼実働部門総括だろう。王国のためにどうにかしたらどうだ。
……まぁ俺がどうこう出来るものでもないが。
『では、聞きたい事、そして報告なのだが……』
『はい』
しかし、ヴェールさんの話も重要だ。
なにせ彼女が聞こうとしているのは、カーマインのあの魔法によるこの世界の事と、俺達が前世持ちだという事。それらに付随する予言問題など。
『――、――――と、いう事で。私が調査を行った所、どうしてもクロ君を始めとした四名が重要になって来ると分かった訳だ。それについての話を聞きたい』
それらを独自に調査し、今回のカーマインの一件で、誤魔化しきれない所までヴェールさんは真実に迫り始めて来た。
そしてヴェールさんの立場上は俺達四名を拘束してでも調査を進めなければならない。ならば下手にシラを切る訳にも行かないだろう。
『とはいえ、これは国家機密になる。だから注意を払って話をしたいのだが……』
『他の三名はともかくとして、俺をどうするかの意志を確認したいと言う訳ですね』
『その通りだ』
しかしヴェールさんはカーマインの護送や王族の護衛で今日には帰る。
俺以外の対象の三人は一緒に首都に戻るので調査はまだしやすい。だが、俺はそういう訳にも行かないので、俺が知っている情報の説明を軽くするのと、今後どうするかの意志を聞きたいと言った所か。
……以前の様に箒で空を飛んだりすれば割とすぐには来れそうな気もするが、彼女の立場上は難しいだろうし。……多分。
だがこれでも予言の内容を考えればかなり温情のある措置と言えよう。こう言ってはなんだがヴェールさんが俺達に対しては優しい方で良かった。
……流石に「俺の身体を自由に触って良いですから、見逃してください!」じゃ通じないだろうからなぁ……
『まぁそうだろうね。流石の私も自重するよ。というか拘束すれば君の身体を自由に出来る訳だからね。それは交渉にならないよ』
『ヴェールさんにだけはますます拘束されたくなくなりました。というか、なにナチュラルに思考を読んでんですか』
『ん? ……そういえば聞こえた訳でもないのに、なんとなくクロ君の思考が分かったような……?』
『そうなんですか? うーん、俺が意識して考えたせいか、あるいは……』
『変な範囲まで思考を読み取っているかもしれないね』
『大明神!』
『こうなってくると改良がやはり必要だ。範囲もまだまだだし、実用にはまだかかりそうだね……』
『待ってください、なんですか今の』
『え? ……え、なに今の』
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