追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

元からそんな感じ(:偽)


View.メアリー


 止血も終わり、傷口が開かない様にする方法も分かり動かす筋肉を変え、着替えも終えた私です。
 着替えとはいえ、上着は汚れた部分を錬金魔法で取り換え、下着を着用しただけではありますが。ちなみにアッシュ君は着替えは見えない所でやって欲しいという要望で部屋でしました。……元々するつもりではあったんですが、流石に言い過ぎていたようです。

――……よし、行きましょう。

 私は独りで気持ちを引き締め、目の前にある建物の扉を開きます。私が独りなのは、頼み通りにエクルさんはシャル君を、アッシュ君がヴァーミリオン君を呼びに行っているからです。

「あ、もしかしてお湯を借りに来た子かな。お風呂場は――あ、メアリー」
「こんばんは、神父様」

 私が建物の扉……教会の中に入ると、最初に話しかけて来たのは神父様でした。
 普段は身嗜みもしっかりしている神父様ですが、寝ずに怪我の治療や教会に来る方々の対応しているせいか、少し着衣が乱れています。

「シルバは奥のシアンの部屋の二つ隣りだ。行った事あったよな?」
「はい。ありがとうございます」

 神父様は私に近付き、小声で私に言ってきます。他者の感情の機微には疎い神父様ですが、流石に私が此処に来た理由は分かったようです。
 しかしそれにしても……

「神父様、大丈夫ですか? なんだか……いつもと様子が違う気がしますが」

 神父様の様子がいつもと違う気がしました。
 寝ずの対応による体力的、精神的疲れとは違うような、もっと別な所が起因の疲れがあるような……?

「はは……シアンにも言われたが、メアリーにも気付かれるとは。ちょっと色々あったんだよ」
「私で良ければ話を聞きますが」
「ありがとう。だが、シアンに一発きついのを喰らったからもう大丈夫だ」
「え。……シアンに、ですか?」
「そうだ。……頬への平手、効いたなぁ……」
「そ、そうですか」

 シアンが神父様に暴力をふるうとは、なにがあったのでしょう。
 しかも痛くはないのでしょうが頬をさする辺り、結構衝撃的だったようです。
 ……ですがシアンだと、無駄にそういった事をしないでしょうし、神父様の事を思っての事でしょうから大丈夫とは思いますが。

「あと、ここにお湯を借りに来る子は女性だけだったんだが……精神的に参った子も居てね。その子達の話を聞いてあげていたら、ちょっと色々あってね……」
「色々、ですか」
「色々、な」

 精神的補助を行うのも神父様の仕事です。
 ですがそれとは違うなにかがあるような気がします。気がしますが、精神面の仕事の話ですし、あまりこういった事は聞かない方が良いですね。

「神父様はね。弱った女の子相手に優しい言葉を告げて、お風呂で火照った身体を寄せられて“私に安心感を下さい、求めてください”とか言ってくる子が多かったんだよ」
「シアン!?」
「そうなんですか?」
「うん。今日だけでも何度私が邪魔に入ったか……しかも協力しているかと言うように、私が居ない時を狙うし」
「それはなんというか、ご愁傷様です……?」

 聞かない方が良いと思っていると、いつの間にか現れたシアンが説明してきました。こちらは着衣が乱れているというよりは、汗で張り付くシスター服の風通しを良くしようと胸元が少し緩んでいる感じです。
 ……スリットも含めて色々男性には毒ですね。ここに居るのは神父様と……あの謎状態の男性だけですから大丈夫かもしれませんが、疲れているのかいつもより覇気が無く、ガードが甘いですし、神父様も気が気ではないかもしれません。
 ともかく、神父様が女生徒などに求められた、ですか……。
 神父様は自覚が無いだけで結構モテるようですからね。学園生女子の中でも評判は良いですし。そして今の状態で、あらゆる女性に求められたとなればシアンも気が気ではないでしょう。

「シアン。あまりそういった事は言ってはいけない。そしてキチンと服を着なさい」
「あー……、すみません。流石にちょっと疲れていて。動くのに集中していて、服に気が回りませんでした……おっと」
「ああ、ほら、危ないぞ。まったく、俺が正すからジッとしていてくれ」
「はい……」

 おや、シアンは本当に疲れているようです。
 普段であれば自分で正すでしょうし、神父様が服を正すとなれば顔を赤くしそうなのに、されるがままな状態です。……しばらく経って思い出したら顔を赤くして枕に顔を埋めそうです。

「浄化に治療に、説法にシキの皆の補助。頑張り過ぎなんだよ、シアンは」
「神父様に言われたくないですし……大半は神父様……スノー君が私という彼女が居るのに……女性に言い寄られているから精神的に不安だったんですよ……」
「うっ。……俺だって、シアンが倒れないかと不安だったのに……」
「はい……? あ、あと……スノー君も着てください。その着衣の乱れでフェロモン出し過ぎなんですよ……だから私の様に、女性が……」
「はいはい。シアンを正したらこっちも正すよ」
「それに、私が頑張らないと……スノー君がまた自分を犠牲にして、頑張りすぎるから……私が頑張らないと……」
「……ありがとう、シアン」
「どういたしまして……?」

 半睡眠状態のシアンは、恐らく心に留めていたであろう事を呟いていました。
 ……相変わらずこの二人は、互いを心配して、互いに頑張りすぎて、互いのそんな所が好きなんですね。
 少し……いえ、とても羨ましいです。というかスノー君って呼んでいるんですね、シアン。なんだかそれも羨ましいです。

「――はっ!? ……あれ、今私はなにを……? ええと、確かメアちゃんが来て……あ、そうそう。シルバ君は今寝ているよ」
「はい、ありがとうございます、シアン」
「……なんか私を微笑ましい目で見てない?」
「気のせいですよ」

 シアンが一回首を大きくコクリと傾けると、その衝撃で急に覚醒状態になったシアン。
 この様子では覚えていないようですね。それが幸せかもしれませんが、何気なく先程の事を神父様が言って、羞恥に悶えそうですね。

「……ところでメアちゃん。一つ言っても良い?」
「はい、なんでしょう」

 覚醒状態になって、私を改めて見るシアン。なにかに気付いたかのように、私の表情を眺めた後。

「不安は良いけど、自棄は駄目だからね」

 と、相変わらず言われた私には言葉の意味が分かる、鋭い事を言ってきました。

「……ええ、大丈夫ですよ。私は私らしくあるだけです」
「そっか。なら良かった」
「?」

 私の言葉に神父様は疑問顔でしたが、シアンは私の言葉に嘘が無いと分かったのか納得したような表情になります。
 ……いつも見抜いた上で私にアドバイスをくれる。本当にありがたい話です。

「さて、私達ももうひと頑張りしましょうか、神父様!」
「頑張るのも良いが、その前に休憩したらどうだ? 見ての通りお湯を借りに来る子も途切れたし、浄化とかも一段落だろう?」
「それもそうですね。居るのはあそこに居るアレだけですし、メアちゃんも来たのでシルバ君も安心ですしね」
「あ、じゃあお風呂に入ってくると良い。なんだかんだ入っていないし、疲れて眠いようだからな」
「そうですねー……あれ、汗で蒸れるからちょっと外したのに、なんでちゃんと着ているんだろう……?」

 元気よく背筋を伸ばし、疲れを見せない様に振舞うシアンは、自分の胸元を見て疑問に思っていました。時間があれば先程の状況を念入りに脚色して説明したいです。

「まぁいいや。神父様が先に入ってください。私が最後に入って栓も抜いておきますよ。メアちゃんを案内した後、シルバ君の状態を確認しておきたいですし」
「それもそうか……うん、そうさせてもらおうかな。タオルや着替えはシアンの分も俺が用意しておく。二十分後くらいには出るから」
「はーい」

 ……この二人、想いが通じ合い恋人になったのは最近ですが、本当はあまり日常は変わらなかったりするのでしょうか。
 特に意識していない辺りが日常の延長と言う感じです。自然と着替えも用意してますし。

「じゃ、行こっかメアちゃん」
「はい。……ところで一つ聞いても良いですか?」
「なに? シルバ君の様子?」
「いえ、それは今確認するので良いのですが……あちらの方なんですが」

 シルバ君の様子も気になりますし、シアン達の夫婦未満の同棲恋人感にも興味はありますが、それよりも今気になる事が一つあります。
 それはこの教会、というよりは礼拝堂に居る一人の男性の事です。

「……ああ、アレ?」
「シアン、その言い方は……」
「神父様だって初めて見た時“なんだアレ”って言ったじゃないですか」
「うん……まぁ言ったけどさ」

 その男性は先程私が謎状態と評し、シアンがアレと称した男性。そしてどうやら神父様も称したらしい一人の男性。

「ああ、神よ。クリア神よ。俺はこの世の暗晦を見ようとしなかった。それを強い事だとクロは言ってくれた」

 その男性は茶色の髪に、茶色の目を持つ美丈夫。
 169より十センチほど高い身長に、明るい性格で沈んだ所を殆ど見ない伊達男。
 男女に見境なく愛を囁き、誰にでも身体の関係を要求しますが、強制はしませんし、意外と相手を考え自棄な相手には相手をしない男性。

「だが、俺は俺の身体を自家薬籠中にかまけて磨く事をしなかった! 己が欲望を正しき道と信じるために道自体を作っていた! そんな俺を許してくれクリア神よ! 俺はこれから道を正すために生きていくぜハッハー!」

 つまりはカーキー・ロバーツさん。
 そんな彼が、なんだか爽やかな表情で今までの言動を反省し、好青年という言葉が似合いそうな表情になっています。なんか浄化されている感じです。

「……なにがあったんですか、彼?」
「さぁ?」
「クーデター組になにかされたらしいけど、別に害は無いから放っておいているんだ。忙しかったし」
「は、はぁ……良いんですか?」
「大丈夫でしょ。聖水でもかけて放っておけば、いつものカー君に戻るよ、多分」
「多分で良いんですか?」
「別に今の状態でも困らないし……むしろ子供に変な事を覚えさせなさそうでこのままの方が良いかもしれないし」
「そうかもしれませんが……というか、聖水をかけて治るとしたら、浄化されて邪まに戻るんですか?」
「アイツは純粋だからこその普段の様子な気がするから、浄化されると戻りそうなんだよ」
「そうですよね、神父様。今が浄化済みな気もしますが」
「だな」
「は、はは……」

 ……彼になにがあったんでしょうね。
 そう思いつつ、今はどうしようもないので私はシアンと共にシルバ君の所に行くのでした。





備考:カーキー・ロバーツ・オルタ(邪の面)
なんらかの理由(カーマインの策略)で普段と違う面が出てきたカーキー。ようは綺麗なカーキーへと変貌した。
世の不浄を嘆き。己が人生を反省し。業を晴らすため歩んでいくと誓う。
今の彼は老若男女問わず見本となるような好青年になっていくだろう一面である。
多分一回寝たら戻る。

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