追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

目が覚めて(:偽)


View.メアリー


――あれ、私、寝ていましたか……?

 あまり寝ていない日の眠り明けのような、眠気に襲われいつ寝たか覚えていないうたた寝のような、寝たという行為が思い出せない状況を疑問に思いつつ。私は瞼を開き、暗闇に光を差し込ませます。

「目が覚めたか、我が馬鹿弟子よ」
「…………おはようございます。お久しぶりですね、変態師匠」
「相変わらずお前は俺に対しての口が悪いな」

 そして一番最初に目に飛び込んできた景色は、こちらを覗き込んでいる錬金魔法の師匠である師匠の、ゴルド師匠でした。
 以前までのような女性の姿ではなく、私がよく知っている男性の姿です。……女性の姿とか男性の姿とかなんなのでしょう。というかなんで私の顔を覗き込んでいるのでしょう。
 私は今、知らない部屋のベッドで眠っていたのでしょうか……?

「馬鹿弟子。ここが何処だか分かるか?」
「何処? 何処……」

 ええと、確か私は教会で皆で食事を摂って、覚悟を持って教会地下に行って、そしてハクさんが慌てて入って来て、そして――

『あははははははは! 良いよとても良いよメアリーちゃん左腕に刺し傷計二十八ヵ所そんなにボロボロなのに私を睨みつける気概を見せるなんて頭おかしいんじゃない実に実に面白い愛しの彼と会えぬまま君に会っていたら君に夢中だったかもしれないよそう思うほどに素晴らしい頭のおかしさだ!!』

 そして、シルバ君が――

「シルバ君は何処ですか!?」

 私は上半身を起こし、師匠に詰め寄ります。
 そう、そして私は様子のおかしい、操られているシルバ君に相対したのです。
 最初操られてはいないと思っていたシルバ君ですが、途中私の状態が悪くなり、その際にシルバ君が近付いてきた事で操られている事が分かりました。
 そして別のナイフを取り出したシルバ君に腹部を急所を避けた状態で刺され、そのナイフに毒が塗ってあったのか意識が混濁し、シルバ君に担がれた状態で何処の窓からアプリコットの家を脱出したはずです。
 その後シルバ君を見ていないはずです。だから彼が今どうなったかを知らなくてはなりません。

「落ち着け。そいつは無事だ」
「そうですか、良かった……」

 師匠は私の問いに冷静に答えます。こういう所で嘘を言わない師匠の言葉に、私は一安心します。しますが……

――ですが、それだけでは無かったはずです。

 他にも大変な事がシキで起こっていたはずなのです。
 思い出すのです、私。他にも気にしないと駄目な事があったはずです。
 あの後私はそして何処かに放置され、エクルさんやアッシュ君に保護をされ、その後に……

「……無理に動くな、メアリー。お前、傷だらけの身体でクーデターや火事に対応していたんだぞ」

 そう、保護された後に、見計らったかのように謎の軍団が私達を襲撃したんです。
 明確に敵対していたので、意識が曖昧のまま対応したはずです。ついでになんかいたるところで燃えていたので火事も対応しました。

「……お前、どうなってんだ。左腕が何ヶ所も刺され、腹部は簡易的に塞いであったが、血も足りない状態。さらには毒もあり意識が曖昧の癖に……なんで対応量が次点なんだ」
「次点?」
「……トップはもう一人の馬鹿弟子だ。アイツ独りでクーデター組は壊滅したと言っても良い」

 おお、流石ですね、クリームヒルト。
 なんでも王族を壊滅させるためにクーデター組はシキの総人口規模には居たそうなのですが、その七割をクリームヒルトで倒したらしいです。
 ですがそうなると……

「クリームヒルトは大丈夫ですか!? ああ、でも一緒に居たエクルさんやアッシュ君、他にも怪我をした方々の治療に行かないと……!」

 クリームヒルトは先日の影騒動で遠巻きに見られている部分がありましたし、今回の制圧でもなにか心ない言葉をかけた人が居ないとも限りません。そうなると傍に居てあげたいですし、彼女が戦闘強者であっても多少なりとも怪我はしているはず。
 それに私を保護したエクルさん達や、このクーデターが王族を狙ったモノならばヴァーミリオン君の安否も心配です。
 私は治療されている側のようですが、今私に出来る最善の事を為さなくては……!

「馬鹿な事を言ってんじゃない、馬鹿弟子風情が。大人しく寝ていろ」
「そうは言っていられません! この状況で寝ている方が、私は――」

 私は今にもベッドを出ようとしますが、師匠に止められ上手く動けずにいました。流石師匠、無駄に抑える技術も上手いですね――いえ、これはもっと別の要因があるような……?

「お前は人質解放の要求の際に左腕を刺し、左腕はまともに動かなくなっている。処置は完璧だったが、今は動かないはずだ」

 ああ、そういえばさっきから左腕が動き辛いと思ったんですよね。
 ……成程、処置は完璧ですね。これはアイボリーさんの処置ですね、流石です。ですが動き辛いのは確か。ならば……

「ふん!」
「は?」
「外して、はめ込んで、伸ばして……よし、これで動きます。師匠、続きの話を聞かせてください!」
「…………お前、凄いな」

 なんだかいつも変な事や凄い事をしている師匠が私の行動に驚いていました。
 なんです、動き辛いからちょっと骨を外してはめ直して、損傷部位の筋肉の代替を見つけた後に動くようにいつもと違う筋肉を意識して動かしただけじゃないですか。
 自らナイフで刺した時のような痛みが常に襲いますが、この程度は別に無理をするレベルでも無いですしね。

「今の状態を考えろ馬鹿弟子。安静にしていても重症な中、お前は駆けずり回ったんだぞ。そのせいで一旦落ち着いたらぶっ倒れた。……あの侯爵家と伯爵家の奴らは血相を変えていたんだぞ? そいつらのためにも安静にして居ろ」
「ですが……!」

 ですが私の身体は動くのです。
 動けるのならば、ベッドで寝ているだけなんてそれはまるで前世の――

「どうどう、落ち着いてよメアリーちゃん」

 私がどうにかして師匠を説得しなければならないと思っていると、隣から声をかけられました。
 正確には同じ部屋で並べられた隣のベッドの上で寝ている女性にですが。

「カナリア……?」
「うん、ご存じキノコの精こと、カナリア・ハートフィールドですよ!」
「いつのまにキノコの精に……」

 隣で寝ていたのはいつものように元気なキノコ大好きな純エルフ、私の見習いたい笑顔を浮かべるカナリアでした。
 ベッドで眠りながらこちらを見ていますが……隣なのに気付かないなんて、私は相当慌てていたのでしょうか。
 というより同じくベッドで寝ていたという事は……彼女も怪我をしたという事なのでしょうか?

「あぁ……ちょっとね。私さ、グレイ君と寝てたんだけど」
「え」
「変な意味じゃ無いよ? 普通に一緒のベッドで寝てただけ」

 私が聞いてみると、突然とんでもない事を言いだしましたが、勘違いでした。
 良かった。アプリコットの色んなモノが破壊されてしまう所でした。
 ……まぁ、彼女は手を出す様な女性じゃないと言うか、その手には安心感がありますからね。

「実は私――」

 聞くとグレイ君と一緒に寝ていた所、突如謎の人物に襲われ、カナリアは抵抗――しようとしたのですが、抵抗する前に右胸から左わき腹にかけて切り付けられたそうです。
 そしてそのまま倒れ、どうにかしようとした所に頭への衝撃。そしてそのまま気を失ったそうです。切り口や出血量からこのままでは生命の危機があったそうですが……

「いやー、服の下に仕込んでいたこのキノコのお陰でなんとか助かったよ!」
「何故仕込んでいるんですか」
「この赤い液体のお陰で相手が勘違いしてくれたかもしれないね。もう助からないだろう、って」
「は、はぁ……そうですか」

 服の下に仕込んでいた(恐らく生えていた)キノコにより、命に別状はなかったようです。ちなみに赤い液体とは、以前私に渡そうとしていた謎の赤い液体が飛び出る赤濁液キノコの液体の事です。
 そしてシャル君やスカイによってすぐに運ばれたらしく、治療も施し傷に問題はないそうですが……

「……でも、情けないですよね。大切な弟のような存在を、守り切れず気絶するんですから」
「カナリア……」

 命に別状はなくとも、別の方面がカナリアを苦しめているようです。
 結果的にグレイ君は助かったそうですが、あくまで結果論であり自分の弱さを悔やんでいるように見えます。

「ですが、私がいくら情けなく思っても、この気持ちのまま今外に出れば、精神だけでなく怪我で迷惑をかけるだけです。貴女も同じだと思いますよ?」
「それは……」
「それに何度も様子を確認しに来たクロに聞いたんですが、今は怪我をした方などは、粗方落ち着いています。私達に出来る事は、安静にして治す事ですよ」

 カナリアの言いたい事は分かっています。
 回復も立派な仕事です。自身の体調を管理、把握出来ないのは愚の骨頂です。

「ですが、私はまだ動けるんです。動けるのに、また……またあの時のような……!」
「メアリーちゃん……?」
「…………」

 ですが、私の中には動かなくてはという衝動が溢れてきます。
 私はもう前世の時のような経験をしたくは有りません。身体は動かず、痛みも通り越してなにも感じなくなったまま生を終えた前世。
 あの悔しさは二度と経験したくは有りません。

「そうです。最低でもシルバ君の様子を……」

 あの子が操られていたのならば、優しいあの子は精神状態が危ういはずです。
 私が大丈夫という事を示し、安心させてあげないと駄目です……!

「……メアリー・スー。お前の気持ちはよく分かった」
「師匠。ならば――」
「だが、行く条件が一つある」

 私に期待をさせた師匠は人差し指を一本立て、私の前に付きつけます。
 条件がなにかは分かりませんが、今すぐ動けるのならばなんだって聞きましょう。

「俺とそこのキノコの精が受けた魔法についての話を聞け」
「魔法?」
「そうだ。受けた者は俺達以外に、シュイとイン。領主夫人、幼き優れた魔法使いの女、第四王子、そして……キノコの精を運んだ騎士候補二人」

 ええと、師匠達以外にヴァイオレット、アプリコット、バーガンティー殿下と……シャル君にスカイでしょうか。
 彼らが受けた魔法とは一体なんでしょう……?

「この魔法の事を聞いて、どうするかを選ぶんだ――メアリー・スーよ」

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