追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

確かな柔らかさと叫び


 もにゅ、もにゅ、と。
 そんな擬音が出そうな事――スカイさんの胸を制服越しに揉むという行為を、俺はしていた。
 春前ではあるが冬用の制服であるため布地は厚く、先程スカイさんが言っていたように胸部分を強く抑えているのか、先程のヴァイオレットさんとかフューシャ殿下と比べると柔らかさは少ない。
 だが間違いなく、男には無い弾力を俺の掌は感じている。服の上からだから力強い感触の柔らかな感触で――

――お、落ち着け。

 先程よりも意識的に柔らかさを感じる事が出来る上に、手の甲部分にはヴァイオレットさんの柔らかな手を感じ、柔らかのサンドだが落ち着け、俺。
 ヴァイオレットさんの手だけで結構緊張するが、合わせているのは先程のような直ではなく服越しの胸揉みだ。だからまだ冷静になれるはずだ、俺。
 変な気持ちにならぬように、落ち着いてこの状況に対処しなければいけない。

「ふむ、服の上からでは感じにくいか。では直接行くか」

 やめてヴァイオレットさん。俺の手をスカイさんの服の下に潜り込ませようとしないで。
 直接揉んだら色々危うくなる。というかなんなんだこの状況は。

「な、なにをするんですか!?」

 と、先程まで状況を把握できずにされるがままだったスカイさんは、顔を赤くして後ろに飛びのいた。
 ここで俺の手を払うのではなく、後ろに飛びのく辺り優しい性格が出ているなー、というよく分からない思考を働かせつつ。直に行く前に終わらせてくれたようで良かった。

「フューシャ殿下――――を、お願いします」
「え……わ、分かったよ……? 待って……スカイ……動かないで……!」
「え? は、はい……?」

 しかしヴァイオレットさんは何故か辞める気はないのか、フューシャ殿下になにか耳打ちでお願いをする。
 そしてフューシャ殿下は戸惑いつつもスカイさんに近付き、

「私を……怪我させたくなかったら……動かないで……!」
「え、分かりまし――ちょっとフューシャ殿下!?」

 魔法でスカイさんを拘束した。
 拘束とは言っても運関連で直接触れたくないフューシャ殿下が、土で出来た紐のような物を作って地面とスカイさんの手を繋いだ程度だ。
 ようするに抵抗すればすぐ崩れるのだが、抵抗しようと暴れると、近くに寄っているフューシャ殿下が怪我をするという算段だ。
 エフさんの時にも偶に見たが、ただでさえスカイさんはフューシャ殿下に直接触れない様に気を使っている。これでは下手に動けまいが……意外としたたかだな、フューシャ殿下。

「よし、フューシャ殿下が抑えている内に行くぞクロ殿!」
「なんでそんなにノリノリなんです!?」

 そしてこちらは何故かノリノリなヴァイオレットさん。なんだろう、深夜テンションなのだろうか。

「いいか、クロ殿。よく聞いてくれ」
「嫌な予感しかしませんが、どうぞ」
「スカイはクロ殿が好きだ」
「は、はぁ。そのようですね」
「だがクロ殿は私の夫だ。渡したくはない」
「はい」
「だから――スカイの胸を揉んでやってくれ」
「ごめんなさい意味が分からないです」

 やはり深夜テンションでお疲れのようだ。ゆっくり休んでもらいたい所だが、今屋敷にはグレイが成長するかもしれない時なので、別の所で休ませるようにしないと。

「これはスカイのためでもあるんだ」
「私の胸を揉む事が何故私のためになるんです」
「好きな相手に触られたくないのか?」
「…………」
「何故そこで黙るんですスカイ」

 そこで黙られると本当に触られたいみたいじゃないか。
 そんな風に少し悩まれ、拘束された状態で上目遣いで、なにかを求めるような表情で見られても困るんですが。

「……ヴァイオレット、貴女は私を哀れんでいるんですか?」

 スカイさんは息を整えると、先程までの顔の赤さは薄れ、護衛の時のような鋭い目へと変わる。

――隠さなくなった……?

 目が据わる、というのだろうか。
 先程の告白の時に感じた表情。つまり俺が感じていた、スカイさんが隠していた違和感を、まるで今は隠すつもりが無いかのようにしながらヴァイオレットさんを見る。

「哀れんでいる、とは?」
「なにをしても成長の限界があり、事を成せない私を哀れんでいると言うんですか。だから少しでも良い思い出をあげようと、こんな事をしているというのですか?」
「なにを言っている。お前は――」
「私は!」
「ひっ……!?」
「‟私”は貴女と違って、好きな相手と結ばれている訳じゃないんです!」

 スカイさんは唐突に叫び、そのらしくない叫び声に対して、感情を向けられた訳でもないフューシャ殿下が小さく悲鳴を上げていた。

「再会と同時に初恋を自覚して、恋ってこんなに素晴らしいモノなんだと思ったのに! 貴女が妻なら、学園に居た頃のままならばチャンスがあるんじゃないかと思ったりするような女なんです!」

 スカイさんの声は、今まで聞いた事がないほどに大きく。
 そして、普段の騎士然とした在り方からは、かけ離れた負の感情を剥き出しにした声であった。

「ですが分かっているんですよ、貴女とクロお兄ちゃんが切り裂けない程仲が良いという事も。貴女からクロお兄ちゃんを奪ったとしても、奪った時には私の好きなお兄ちゃんじゃなくなっている事も! ――あの時と変わらず優しいままであっても、クロお兄ちゃんの中には、貴女が無くてはならない存在である事も分かってしまっているんです!」

 分かってはいる。だが、納得はしていないかと言うのと同時に、自己嫌悪も含まれた感情をヴァイオレットさんや――俺に、ぶつける。

「……温泉の仕切りが壊れたままの日に、目の前での二人のやり取りを見た時、私には介入出来ないと、失恋を味わったんです。だから忘れようと必死だった。クロお兄ちゃんにはまだ想いが知られていないようだから、仲の良い異性として遠くで見守ろうと思ったのに……」

 スカイさんは段々と声が小さくなっていき、視線も下がっていく。

「ですが変な魔法の光景を見せられて、私と言う存在がよく分からなくなりました。シャルには差を付けられ、特に大きい事する事もなく。仕える事もままならぬまま没落して……まるで、私はなにをやっても、今まで私が思っていた騎士らしくある事が出来ないのだと言われているようで……」
「スカイさん……」

 スカイさんの語る“私”というのは、あの乙女ゲームカサスにおけるスカイ・シニストラ子爵令嬢の事なのだろう。
 ……あの乙女ゲームカサスにおけるスカイ・シニストラは、ヴァイオレットさんのように酷い目には合わない。敵役ではあっても、友としての側面が強いからだ。
 それに……確かにルートによっては、主人公ヒロインと共に成長していくシャトルーズに、置いていかれたり。何事もない、描写されないままの事も多いのは確かだ。

「そして……嫌なんです。変な光景を見せられて、“もしかしたらクロお兄ちゃんが今の光景を見れば、貴女の醜い部分を知って、幻滅するのじゃないか”と思って、チャンスと思ってしまう自分が。素晴らしいモノだと思った恋心が、変なモノで塗りつぶされるような感覚があって……だから……」

 だから俺に告白して気持ちを台無しにしてしまう事で、自分の醜いと思う感情を拭い去りたかった。
 スカイさんはハッキリと口にはしなかったが、そう言っているように聞こえた。

「だから、もう会わないつもりだったのに……」

 叫び終わって声が小さくなっていくスカイさんは、自身の感情に蓋をしてしまい、どうでも良いと思う事が自己防衛を果たしていた。……恋には打算や奪う心があって、綺麗なモノばかりでないとは分かっていても、それ以上に穢れていく感覚が大きく、それが耐えられなかったのだろう。

「邪魔しないでよ……期待させないでよ……目の前の事を、やってもらいたいと思ってしまうほど、私は心が弱いんだから……私は所詮、あの程度しか……」

 丁寧語でも方言でも無いその声は、弱々しくて、彼女の守って来た本音が零れ落ちてしまったようであった。

「……スカイ。私はお前に期待させるつもりでも、哀れんでいるつもりも無い。だが私がしようとした行為が、哀れているように思うのならば、そうなるかもしれない」
「…………」
「私がしようとした事は、“今のお前”にとっては酷い事なのかもしれない」

 そして今まで黙って聞いていたヴァイオレットさんが、スカイさんの名を呼び、言い訳……とは違う、まるでこうなる事が分かっていたかのような返答をスカイさんに告げる。

「――だが。やると言ったからには辞めるつもりはない」
「は?」
「はい?」
「フューシャ殿下、良く縛ってくださいね」
「え……う、うん……」

 そしてヴァイオレットさんは、ずっと握っていた俺の左手を、拘束されたスカイさんに近付ける。

「本当は両手が良いのだが、今クロ殿の右手は怪我をしているからな――えいやっ」
「あ」
「――んっ」

 ヴァイオレットさんの可愛らしい声と、抵抗しようにもなんだか抵抗できないまま手を制服の下から潜り込ませてしまう俺。そして体温の違うものが触れた事による、あまり聞かない方が良いと思うようなスカイさんのなんだかしっとりした声。
 胸に触れる前に、いつぞやにも触った見事な腹筋を触り、そのまま上に手が持っていかれ、柔らかな――


――【検閲削除濟】――


 ――だった。
 時間にして数十秒。訳も分からぬまま、揉み、なんだかヴァイオレットさんの手によってさらなる動きも加えられつつ触っていた。
 正直感触は色々と感じはしたが、気持ちとしては一杯いっぱいでなにがなんだか分かっていない。
 確かに言う通りフューシャ殿下が後ろからホックを外した瞬間に、思ったよりも大きいなとは思ったが……うん、なんだろう。女性陣三人に囲まれての行動であったため、楽しむモノも楽しめなかった。

「――はぁ……、はぁ……!」

 そして俺の手が離され、顔が赤いまま、ようやくまともに呼吸が出来たかと言うように息が絶え絶えのスカイさん。
 ……なんとなくいつぞやのヴァイオレットさんを彷彿とさせる。緊張状態とかが一気に解放された感じなのだろうか。

「スカイ、息が上がっているが大丈夫か?」
「あ、貴女が、やらせたのに、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……!」
「だが触れたのはクロ殿の手だ。……好きな相手に触れられるのは、良いモノだろう?」
「…………ええ、それはそうですが。見知らぬ誰かにやられてもこうはなりませんし」

 なんだかフューシャ殿下がスカイさんの後ろで「テクニシャン……!」みたいな目で俺を見ているが、そんな目で見ないで欲しい。俺にそんなテクは無い。
 末子に変な知識を覚えさせたと因縁を付けられそうで怖い。

「それで、どうだった?」
「なにが、です……!」
「私はお前にとても酷い事をした。気持ち良いとしても、とても酷い事をな」
「だからそれがなにがなんですか。……私はあの光景の貴女と違って――」
「私は」

 ヴァイオレットさんは先程のスカイさんと同じ言葉を強く言っていないにも関わらず、落ち着いた様子でピシャリと言い放ち、

「私はお前に言っているんだ、スカイ。ヴァイオレット・ハートフィールドは、友である、目の前に居るスカイ・シニストラにな」

 有無を言わせぬ――怒った声で、スカイさんを見据えていた。

――あ、ヤバい。キレてる。

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