追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
自棄な告白
スカイさんに唐突に告白をされた。
それはスカイさんと会った日……正確には再会した日にも似たような事は有った。
あの時は実際にはスカイさんは俺の事を、昔一度お世話になった存在として思う所はあっても、異性として好きではない、というものであった。
そしてあの時にスカイさんが何故告白したかと言うと、今回の件にも居たというクーデターを誤魔化すためであったり、俺がどういう存在なのかを見極めるためのモノであった。
……そのはずであったのだが。
「ええと、スカイさん。今の言葉は……」
「呼び捨てで呼んでください。以前そう話し合ったでしょう。――貴方が好きです。異性として、私の生涯を貴方に捧げても惜しくないと思うほどに」
つい動揺してしまい内心で呼んでいる呼び方で呼び、情けなくも聞き返した俺に対し、スカイさんは冷静に告白の補足を付け加える。
冗談などでも無く、別の意味での告白と言う訳でもなく。
女として好きな男に好きを伝えるという、真っ直ぐな告白であった。
――この状況で……!?
しかし状況が状況だ。
周囲にはほとんど人はいないが、少し遠くではクリームヒルトとスカイさんが仕えているバーガンティー殿下は犬も食わない口喧嘩していて、声も聞こえる。
「(え……え……スカイ……ついに……!? でも……今するの……!?)」
傍には同じように仕えているフューシャ殿下も居て、突然の告白に動揺し、若干頬を赤くしているフューシャ殿下も居る。なんとなくだが、フューシャ殿下は以前からスカイさんの気持ちを知っていたように思える。
そして一番重要なのは、
「…………」
妻であるヴァイオレットさんが傍に居る事だ。
嘘偽りの無いだろうスカイさんの愛の告白に対し、ヴァイオレットさんはなにも言わず、表情も何処か真剣なままスカイさんを見ていた。
何度か暴走して「浮気しても本気にならず、最終的に私の所に戻ってくれればそれで良い!」などと言った事もあるヴァイオレットさんだが、地味に独占欲が強いのは知っているし、奪われる事に対して脅えが多い。多分実際に浮気をすれば気にしない部分はあれどもとても悲しむし、嫉妬もして来るだろう。
というか悲しむ云々以前に前世の母の事もあるので浮気はする気はないが……
――なんだろう、この感じ。
付き合っても居ない女性から、愛の告白を受ける。というのは初めての体験だ。フェチズムを押し付けて告白してくる、身体目当ての告白ならば何度かあったが。
状況が状況であれば間違いなく俺は動揺しただろう。
スカイさんは真面目で己を鍛える事に余念は無く、普段の姿勢から見ても有り方が綺麗と言える。外見も黒い髪は艶があって綺麗であるし、水色の目は透き通り、肌も綺麗で身体も全体的にバランス良く、男女問わず惹き付けられるだろう。
真面目で遊びが少ない一方で、日常で会話をすると気兼ねなく話す事も出来る事や、誰かのために頑張れる強さ、子供とも嫌な顔一つせず微笑み遊ぶ優しさがある。そしてなによりもスカイさんと話すのは結構楽しいとも思っている。
間違いなく女性として魅力的な御方だ。そんな方に告白されたとなれば、緊張もするし嬉しくも思う。嬉しく思うのは結婚した今でも同じだ。
――けど。
前世の友人曰く俺は感情に鈍いらしいのだが、だけど今は違和感がある。
スカイさんの想いを否定しているのではなく……今のスカイさんは、俺が知っているスカイ・シニストラとはなにかが違う。
その違和感がこの状況で俺の精神を落ち着かせていた。
「……申し訳ありません。お気持ちは嬉しいですが、その気持ちに応える事は出来ません」
だがなにかは違くとも、状況が状況でも。真面目に告白をされたのならば、告白を真面目に返す。
告白された気持ちには応えようと、しっかりとした言葉で、真っ直ぐ瞳を見ながら答えを返す。
気持ちには応えられないと言う残酷な答えを。
「――そうですか」
スカイさんは俺の答えに一度目を瞑り間を置いた後、再び開いて微笑みながら答えを返した。
それはどこか分かっていたような表情であり、今まで見た事のない大人びた表情であった。
「残念ですね。やはり大きな乳が良いんですか……」
「そういう事じゃ無いです」
そして日常で会話をするような、イタズラじみた表情でそんな事を言ってくる。
「私だって運動のために抑えているだけで、結構あるんですよ? フューシャ殿下やヴァイオレットと比べると小さいですが……」
「いや、ですから胸の大きさで返答を決めた訳では無いですよ!?」
「えー、でも据え膳を逃がすんですから、大きいのが好きなんですよね。好意を抱く女性なんて据え膳も良い所。一夜の思い出とかそんな感じでやれば良いじゃないですか!」
「いや、その……」
……これは俺に気を使い、後腐れが無いように冗談を言っている感じなんだろうか。だとしてもやはり違和感が……
「さて、告白もした所で戻りますよフューシャ殿下。このような夜更けに危ないですし、ティー殿下も連れて宿屋に戻りましょう」
「う、うん……でも……良いの……?」
「良いのと言うのは……ああ、告白ですか。明日――いえ、今日ですか。今日にはもう学園に帰り、しばらく会えないと思うとつい告白してしまったんですよ。変にモヤモヤを残して帰るのは嫌ですから」
「そ、そうなの……?」
「はい。殿下の前で申し訳ございませんでした」
「それは……良いんだけど……」
スカイさんの表情はいつもの真面目な感じからは少し崩れた様子で話す。
フューシャ殿下は疑問に思っていたようであるが、まるで公共の場ではない場所では普段からこのように話しているような感じであるためなのか、いつものスカイさんだと思っているようだ。
「それにフューシャ殿下も片想いをしたら分かりますよ。敵わないのならば、愛しの相手に傷をつけたいと思う気持ちが」
「傷を……?」
「はい。傷を付ければ愛しの相手の中で、私という存在が居続けてくれる事が嬉しいと言う女心です。ですが実際に傷をつけるのは駄目なので、告白という手段を取りました」
「な、なるほど……?」
「脱いで押し倒しても良かったんですが、それは直前にやられましたからね……」
「い……言わないで……!」
相手に傷をつけて思われ続けたいとか、それってヤンデレとかの類じゃなかろうか。……まぁ確かに印象は残ったかもしれないが……。
あと、つい数時間前に似たような事をやってのけた第二王子が居たので、女心は関係無いと思いますし、フューシャ殿下になに教えてんですか。
「それに、私はこういう役回りなのですよ。だから大丈夫なんです」
「役回り……?」
「……もう少し早く。ヴァイオレットよりも早く会っていれば、私にもチャンスがあったかもしれないけれど、それはもうどうしようもないという事ですよ」
「それは……そうかもだけど……」
……やっぱりだ。今のスカイさんは違和感がある。
真面目で仕事を熟す彼女だが、まるで“どうなっても良い”かと思っているような投げやりな感覚がある。
「スカイ」
「なんですヴァイオレット。……ああ、貴女の夫に告白した事は申し訳ございません。ですが長年好きな相手に告白をしたかったという……いえ、言い訳ですね。どのような罵倒でも受けましょう」
「いや、私がスカイに感じていた妙な敵対心は、クロ殿に好意を抱いていたからとハッキリと分かったからそこはもう良い」
「よく突っかかられましたし、私も突っかかりましたからね」
なんだか俺の知らない所で女の戦いがあったようだ。
確かにスカイさんに対しての辺りが強かった気はしたが……。
「……ですが、もうそのような事は有りません。これからはよろしくお願いしますね。私が結婚する時には、色々と教えて下さいね。……あ、大きなソレを使ったアタック以外で。さっきみたいなのは難しいです」
「アレはアタックじゃない。意識的なら多分大丈夫だから、求められるのなら何度もするが」
やめてヴァイオレットさん。それは嬉しくとも俺の気力が持たない。
……しかし、やはりこのような冗談を言うなんて、スカイさんらしくない――
「スカイ。お前、あの魔法の光景を見たのか?」
そして俺の疑問は、先程までずっと黙っていたヴァイオレットさんによって晴らされる事になる。
「……その口ぶりは、存在を知っているだけなのか、貴女も受けたという事なのか、どちらです?」
「私も受けたよ。……成程な」
「…………」
「ええと……なんの事……?」
ヴァイオレットさんは納得したように頷くと、ふぅと息を吐き目を瞑る。そしてスカイさんはヴァイオレットさんを何故か複雑そうに……というよりは、同情的に見ていた。
そしてその様子を見て、フューシャ殿下だけは訳が分からない様子だ。
「……ヴァイオレット。貴女はあの光景の中で――いえ。私は、私も……いえ、アレは……?」
「スカイ……?」
「そうです、私は、スカイ・シニストラで、没落した――いえ、まだしていない――」
なにかを語ろうとして、スカイさんは急に言葉が乱れる。
突然の様子の変化に、フューシャ殿下は混乱しているようであるが、自身が触れて慰めると運が作用すると思っているのか、どうしようかとオロオロしてこちらを見たりしている。
――成程、だからスカイさんは……
今のスカイさんは言葉が乱れ、片手は頭を抑え、片手は口元において吐くのを我慢しているかのようにしている。
――……そうだよな。混乱するよな。
ヴァイオレットさんやゴルドさん、シュイなどは平気であったのだが、全員が全員そうではないだろう。
まるで自身のような存在が、別の世界では物語の存在であった。混乱、あるいは自棄や不思議の国のアリス症候群を起こしても不思議ではないのかもしれない。
――俺はどうすれば……!
だがこの状況で俺はどうすれば良い?
スカイさんは恐らく、俺に対する好意は以前から抱いていたのだろう。だからこそ今俺に告白した。
つまり秘めていた想いを、ただなんとなくかと言うように行ったのだ。その精神状態の中、告白をされた俺、クロ・ハートフィールドはどういった事をすれば――
「クロ殿、左手を拝借」
「え?」
と、俺がなにか行動をする前に、目を開けていつの間にか俺に近付いたヴァイオレットさんが俺の左手を掴んだ。
「クロ殿、一歩前に出て」
「え、あ、はい」
そして言われるがままに一歩前に出て。
「スカイ」
「なんですか、ヴァイオレット。貴女は私と違って――」
「えいやっ」
そしてスカイさんの名を呼び、スカイさんが反応して顔をあげた所で、可愛らしい掛け声を言いながら、俺の左手を動かして。
「え?」
「はい?」
「……おぉ」
もにゅ、と。スカイさんの胸に押し当てた。さらには俺の掌を上から押し、揉む様に補助を――補助を――先程とは違う柔らかさが――確かにある柔らかさが俺の掌に――
――え、なに俺。俺今日死ぬの?
たった数分間で違う女性三人の胸を触れたりするこの状況。
しかも今は妻の協力(?)によって揉んでいる。
…………誰かこの状況を説明して欲しい。
「私の介入しない……ラッキースケベイ……!?」
その説明は違うかな、うん。
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