追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

モテ期?


「今……起きた事は……忘れましょう……無かった事にしよう……!」
「は、はい!」

 異性である俺が現役王女の胸に触れると言う、場合によってはさらなる僻地に飛ばされてもおかしくはない事に対し、フューシャ殿下は寛大な処置を施してくれた。
 触れると言うか埋めると言うか。何故か彼女達の服が落ちた廃材に引っ掛かって上手く動けずモゾモゾして形を変えて色々抑えつけられたり。
 何故かその際に俺の上着もはだけて、体勢を変えようとしたフューシャ殿下の手が俺の身体をなぞって、フューシャ殿下が顔をさらに赤くしたり。
 本気で俺が窒息しそうであったので、マズいと思ったヴァイオレットさんが動けるようになり離れてから俺に近付いて心配するも、自分の上半身(特に胸部分)がはだけている事に少しの間気付かずにいたまま振舞ったり。
 ……互いに着衣が乱れて、傍から見たら危ういシーンにしかなっていないし、実際になっていたのだが。フューシャ殿下は本当に寛大な処置を施してくれたモノである。

「なんで下着もいくんだ。ちょ、直接……うぅ……」

 そして気丈に振舞おうとはしてもとはしても、突然の状況に恥ずかしがっているヴァイオレットさん。
 服を直しても、胸部分を抑えて先程の状況を思い出したり、今は下着がキチンと着けられているかを服の上から確認している。
 その恥ずかしがる姿も可愛いと言えば可愛いのだが、流石にこの状況では言えないし、俺も言う余裕はない。

「ヴァイオレットさん、大丈夫です。俺は忘れますから。無かった事にしますから……!」
「わ、忘れなくて良い!」
「へ!?」
「なにせ愛する夫に触れられたのだ。別に恥ずかしがることではない! あのように、お……む、胸を舐められても大丈夫だ。私の感触を忘れずに……ずに……うぅ……」
「む、無理をなされなくて大丈夫です! 忘れますから!」

 ……実際に忘れる事は出来ないのだろうが。
 俺が忘れるとフォローをすると、恥ずかしさからなのかなんだか別の方向の返答をしたヴァイオレットさん。多分夫婦なのだからそれ位の接触は気にするな、と言いたいのだろうが、流石に唐突過ぎて羞恥が勝る感じなのだろう。
 しかしヴァイオレットさんにこう言われると不思議な気持ちになってしまう。あと舐めたと言いますが、そのような記憶は……ありません。ええ、本当です。当たっただけです。舌が。

「また……なんで……!? でも……さ、触っちゃった……ティー兄様のすら……せいぜい腕くらい……だったのに……男の人の……胸や腹筋……!」

 そしてこちらは着衣の乱れは殆ど無かったが、その腕で俺の上半身の前を全開にしたフューシャ殿下。
 今起きた事が自身の運のせいだと思っているようであるが、なんだか別の事に気を取られて思考が纏まっていないようである。
 ……その時は色々と別の事に気を取られてはいたが、フューシャ殿下の腕というか手は、何故俺のへそとか胸とかを怪しくなぞっていたのだろう。こそばゆくて妙な気持ちであった。
 もしもこれがフューシャ殿下の言う所の、彼女に対しての幸運だとしても、これはなんの幸運になるのだろうか。……会ってそんなに経っていない男の身体を触った所で幸運にはならないだろうし。前世の同僚達であれば話は別かもしれないが。

「あの……ヴァイオレットさん……」
「ど、どうかされましたか、フューシャ殿下」
「とりあえず……御主人の……身体触って……ごめんなさい……」
「いいえ、アレは事故ですから。気にされなくて大丈夫です」

 俺が気まずくて一歩離れた位置に居ると、フューシャ殿下がヴァイオレットさんに近付き(少し離れてる)なんだか小さな声で話し始めた。
 とは言え聞こえるのだが……聞かない方が良いのだろうか。

「ところで……男の人の……身体って……あんななの……?」
「あんな、とは?」
「………………もっと……触っていたくなる……感じ?」

 あれ、これ俺聞かない方が良いのだろうか。
 女の子同士の猥談……性癖の対象として語られてないか、俺。

「……ええ。そうです」

 待って、なんでそこで肯定するのヴァイオレットさん。

「ですがあくまでもクロ殿が特別だからこその代物です。フューシャ殿下のご婚約者は素晴らしき殿方になるでしょうが……あの肉体は本当に良いモノです」
「なるほど……確かに良いモノだね……私も……初めて……触って……うん」

 成程じゃないし、ヴァイオレットさんもなにを言っているんだ。そしてその“うん”はなんですかフューシャ殿下。
 というかヴェールさんといい、シュバルツさんといい、俺の身体ってなんなんだ。
 …………もしかして、男が女性の胸について語って、それを感じ取った時ってこんな気持ちなんだろうか。

――ヴァイオレットさんに性的に見られるのは良いけど……って。

 なに考えてんだ俺。ヴァイオレットさんのご立派なモノを直接、フューシャ殿下のご立派なモノに埋めたりと発想が桃色になっていないか。
 一旦深呼吸しよう。ついでに声が聞こえない様にさり気無く距離をとろう。

「すぅ……はぁー……」

 しかし先程の姿を誰にも見られなくて良かった。
 クリームヒルト達はよくそんなに言い争えると思うほどにまだ言い争っているし、この場が誰も居ない所で――

「…………」
「…………」
「…………」
「……ええと」

 そして深呼吸のために見る方向を変えたら、スカイさんと目が合った。

「……どうも、こんばんは、クロ」
「……はい、こんばんは、スカイ」

 そして暫くの沈黙の後、俺達は挨拶を交わす。
 いつものようにビジッとしたストッキングと制服の着こなしに、こちらまで身が引き締まりつい背筋を伸ばしてしまう。そして気になる事を聞いてみた。

「何処から見られていましたか?」
「フューシャ殿下とヴァイオレットが貴方を押し倒した所からでしょうか」

 一番マズい所じゃないか。

「というか押し倒していません」
「……私にはヴァイオレットが乳を露出させて、クロの顔面に押し付けているようににしか見えませんでしたが」
「誤解です」
「吸ったんです?」
「吸ってません」

 というか乳とか吸うとか言わないで欲しい。
 言われるとどうしても思い出してしまうので色々と困る。

「フューシャ殿下も大胆にクロに押し付け、身体を触ってその後下腹部に手を伸ばそうとしたように見えましたが」
「誤解です。事故です」

 確かにもう少しでズボンも脱げそうだったけど、その前に離れたし、わざと下腹部に手が行こうとしたのではないだろう。

「押し倒した二人共顔を赤くして興奮して、クロもまんざらではなさそうに…………クロは大きなモノが好きなんですか?」
「お願いです、落ち着いて話をしましょう」

 大きいのは好きかどうかと言われれば好きではあるが、重要なのは誰が持っているかであるし、大きい胸は服を作る時結構困ったりするんだよな。……あれ、なんか昔もこんな事思ったような……気のせいだろうか。

「そ、そうだぞ、スカイ。誤解だ。確かに押し倒したい衝動に駆られる程魅力的ではあるが、今のはそうではない」
「ヴァイオレットさん。フォローしているのか同意しているのかどっちなんです」
「そうだよ……! 私が触ったのは……クロさんの……乳首だよ……!」
「フューシャ殿下もどちらですか。というかなにを仰っているんです!?」

 なんだというんだこのお二人。変に興奮して訳の分からない事を言っていないだろうか。特にフューシャ殿下はなにか変な方向に行っていないか?
 というかこんな事を言ったら、真面目なスカイさんからお叱りを受けてしまう。

「スカイ、誤解なんです。ただ事故で足を滑らせて、あのような状況になっただけなんです!」
「……そうですか。では以後お気を付けくださいね」
「え?」
「なにか?」
「いえ、なんでも……?」

 しかしスカイさんは特に怒る事無く、俺の言葉をそのまま受け取った。今までの様に注意したりしないのだろうか。
 それに先程の押し倒すとか吸うとかスカイさんらしくないし……時間帯や事件関連で、疲れているのだろうか。
 そういえばカーマインのやつは、スカイさんに確か――

「クロお兄ちゃん、よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょ――え、お兄ちゃん?」

 俺がカーマインがスカイさんにした事を語っていた事を思い出そうとすると、スカイさんが俺をお兄ちゃん呼ばわりしてくる。
 名前プラスお兄ちゃん呼びなんて、ビャクの呼び方について悩んでいた時や、クリの幼少期以来だな。
 一体どういう風の吹き回しで――

「クロお兄ちゃん。私は、貴方をお慕い申し上げております――大好きです」
「え」
「…………」
「……え……」

 そして突然の告白に、俺達はそれぞれの反応をし、固まったのであった。

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