追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

鏡さんよ、鏡さん


 昔の話だ。
 別に歴史の書に乗る程の昔では無いのだが、俺にとっては道を選ぶ起源ともなった前世の話。大体三十年前になるだろうか。
 来年に小学生になるビャクと一緒に買い物に出かけていると、仲の良い変わり者の友人と出会った。
 割と寒い地域であるので互いにコートを着ていたのだが、その友人がビャクの着ているコートに注目した。
 市販のモノではない事を見抜いた友人は、誰が作ったのかを聞き、俺が作ったと言うと服飾の道を勧めてきた。

「誰かに着てもらいたいという思いに溢れている」
「思い……ねぇ。それはまぁ折角なら似合うモノを着てもらいたいと思って作りはしたが」
「ああ、そこが重要なんだよ。その気持ちがある奴が服を仕立てる事が出来るんだ。決して自己満足で終わらず、独りよがりにならず誰かのためを思い服を縫う。それが出来るのは間違いなく才能だよ」
「才能……」

 当時母親に反発していた俺は、母が置くお金を使いたくなくて出来る限り安めに済まそうとして、廃棄などの有り合わせとかで作ったにすぎなかったので、その服を見て服飾と言われても正直ピンとは来なかった。
 才能と言うと母が「女としての才能が私にはあっただけ」と言い、だからそれを有効活用していると言ってのけた母を思い出して苦々しかった。
 だがその時に友人が、

「想像してみろよ、一色。お前の妹さんが晴れ舞台でお前が縫う服を着るのを」

 と言ってきた。
 それは俺を自分と同じ道を勧めさせるための、とりあえず出した言葉だったかもしれない。
 だがふと思いだしたのだ。
 このコートを渡した時、「くろお兄ちゃんからプレゼントもらった!」と喜ぶビャクの姿を。
 こんなに喜んで貰えるのならば、縫い方やデザインで苦労したが、また何度でも縫いたいと思った事を。

――そしていつか、ビャクが結婚する時になにか手作りの物を送って喜んで貰いたい。

 そんな事を、思ったのだ。







「俺、結婚に良いイメージが無かったんです」
「……うむ」

 母は男を手玉に取る未婚の母であり。知らない何処かの父は、確実に他に家族が居ながら浮気した男。
 だから正直結婚に良いイメージは無かった。特に俺がするとかそういう事はイメージが湧かなかった。

「だけど妹には……ビャクには、真っ当に付き合って誰かと結ばれて欲しかったんです。俺との血の繋がりはあの憎たらしい母とだけだったとしても、血の繋がった兄として妹の幸福を祈ったんです」
「……だからこそ良いイメージの無い結婚を、良いモノとして残したかった、という事か?」
「はい。誰かを好きになって、夫婦になる。……そんな幸せの絶頂に着るウェディングドレスが、俺の作った服であったらどんなに幸せか。そう思ったんです」

 小学生にもなっていない妹になにを思っているんだ、という話かもしれないが、その時に俺は服飾の道を選ぶと決めたのだ。

「クロ殿。……ハンカチを使うか?」
「……ありがとうございます。頂きます」

 だからこそ、その願いが叶うかもしれないと思うような光景が目の前で起こり、みっともなく涙が溢れてしまっていた。
 場所はシキの少し外れと言うか端の方と言うか、家などが無い子供の遊び場やイベントなどでよく使われる広場。今は火事の廃材などが一時的に置かれても居るのだが、その影に俺とヴァイオレットさんは居た。
 別に逢瀬を楽しんでいるという訳では無く、ここにはとある目的があって来ているのだが、先客がいたため隠れていたのだ。
 とある目的というのは、クリームヒルトの捜索だ。
 俺とヴァイオレットさんは怪我の治療のためにアイボリーの所に訪れたのだが、忙しそうであったため後にするついでに、怪我の待機室の状況を確認しに行った。その際にクリームヒルトが居ない事に気付き、目撃情報を頼りにこの広場まで来たのである。
 そうしたらエフさん……フューシャ殿下が胸からクリームヒルトの頭にダイブし、その際に脱出しようともがいて服がはだけて上半身が下着状態になったりとしていたため、俺達は咄嗟に隠れた。同性ならともかく、異性の俺が殿下のあられもない下着姿を見るとか良くないからな。……何処かのロイヤルな第二王女を思うとあまりそうでも無い気はするが。
 ともかく、隠れていたら色々とクリームヒルトが追い詰められている事を知った。
 同時になんとなくそうなるだろうと思ってはいたが。もし本気で旅に出ようとするのならば、話を聞いてあげよとも思った。当然旅立たない様に説得はするが、必要ならば止めはしない。……寂しくはあるが。
 しかし俺達が出るよりも早くバーガンティー殿下が現れて、現在口喧嘩中だ。
 本来ならばすぐにでも止めるべきなのだろうが、クリームヒルトの様子がなんと言うか……

「嬉しかったんだな、クロ殿」
「はい。とても……長く忘れていた事が、一つ叶ったという事が嬉しくて……」

 ……結婚とかお付き合いとかはまだだろうが、ビャクが……クリームヒルトが異性に対し気になる兆しがあると言うのがなによりも嬉しかった。
 本人は無自覚かもしれないが、顔が赤かったり照れたりとアレは意識し始めている証拠である。なんと素晴らしい事か。
 前世では我が妹ながら綺麗ではあったので、告白自体は多かったがそれを全部断わっていた(というかお付き合い条件の決闘で敗れたためであるが)。
 そして好きという気持ちが今一つ分からない妹に対し不安に思いながらも、高校では家にまで遊びに来る同性と異性の友達が一人ずつ出来たので、このまま行けば時間が解決するだろうと思っていた。
 ……しかし、その前に俺死んでしまった訳だが。

「ごめんなさい。こんな風に情けなく泣いてしまって……」
「いや、クリームヒルトを……妹を大切に思っている証拠だ。情けなくなんてないさ。ただ……」
「ただ?」
「……それほどまで思って貰っているとなると、妹相手とは言え少し妬けてしまうな、と思ってな。……すまない、忘れてくれ」

 そのように言うヴァイオレットさんは、冗談交じりに言ってきた。いや、情けない俺に対し、冗談を言う事で気持ちを切り替えさせようとしているのだろう。
 なんたる心配り。
 先程のバーガンティー殿下の言葉を使うならば、冗談を言う姿すら可愛いとかなんだと言うのだろう、この女性は。どれだけ素晴らしいんだ。嫁にしたい。あ、嫁だ。

「どうした、クロ殿。私をジッと見て……」
「俺の嫁は嫉妬する姿も世界一可愛いと思っただけです」
「――ぅ」
「痛いです。ごめんなさい」

 俺が思った事を口にすると、ヴァイオレットさんは顔だけそっぽを向いて右頬を抓って来た。初め手の届きやすい右手に行こうとしたようだが、怪我をしているのに気付き頬にしていた。
 ……そっぽを向くのもはっと気づく姿も可愛い。なんだこれ可愛いの重箱かなにかか。妻にしたい。あ、妻だ。

「……あの……ちょっと……良いですか……?」
『っ!?』

 俺がいっそ廃材で陰になって誰も見ていないから、その唇を……と思った所で声をかけられた。
 この独特の優しい喋り方をするのは、俺の知る限りでは一人。
 最近グレイとも仲良くなって、なんで何処かの第二王子と同じ血が流れているのに、こうも優しい性格なのだろうかと思いもしたフューシャ殿下である。

「フューシャ殿下……あ、いえ。エフさんとお呼びした方が良いでしょうか」
「今この場では……どちらでも……構いません……」
「分かりました。と、申し訳ございません。ここに隠れて居るのは、盗み聞きするつもりではなかったのですが……」
「いえ……構いません……クリームちゃんが……心配だったのでしょうから……」
「お気遣い頂きありがとうございます」

 俺とヴァイオレットさんは立ち上がり、フューシャ殿下に礼をした。
 その際にクリームヒルト達の方を見たが、どうやらまだ口喧嘩中のようである。こちらの様子には気付いていない。
 あれが決闘になるようならば止めるが、今は放っておいても良いだろう。

「それと……クリームヒルトが申し訳ございません。兄君であるバーガンティー殿下とあのような……」
「いえ……あれは……あれで……ティー兄様は……楽しいと思っている……から……」

 俺から見てもそうは思ったのだが、妹であるフューシャ殿下がそう言うのならば間違いないのだろう。
 しかしそれにしても……

「ただ、一つ気になる事が有りまして」
「どうしたの……クロさん……?」

 そう言いながら、俺達はクリームヒルト達の方を見る。
 今もなお大声で言い争っている二人。二人共怪我人なのだから休んでいて欲しいとも思うのだが、なんだか……

「その、あの口喧嘩なのですが……」

 それは先程感じていた、感無量とでも言うべき感情とは違う思う事。

「何処かで見た事があると言うか、身近にあると言いますか……よく見る光景な気がするんですよね」
「え……」

 そう、あの互いに言い争い、照れたりしあっている姿を見て、先程から思う事。それは咄嗟に出た言葉が相手を照れさせて、なんだか幸福と言える感覚。
 あのように語気は強く無くとも、そんな光景をよく見ている気がするのだが……

「クロ殿もそう思うのか?」
「ヴァイオレットさんもですか?」
「うむ、あのように言葉は強くないのだが、気持ちを伝えると照れ、同じような事をされると同じように照れる……やはり何処かで見た事ある気がするんだ」
「そうですよね……」
「…………」

 だけどそれが何処だか分からない。
 想いを伝えると相手が可愛い反応をして、もっと見ていたくなるからさらに言葉を続けるのだが、同じように想いを告げられると照れてなにも出来なくなる会話。
 それを何処かでよく見ると言うか、味わっている気がするのだが、何処だか思い出せない……!

「お二人共……それは多分……」
「フューシャ殿下、お分かりになられるのですか?」
「…………そうだね。……自分の身嗜みを……チェックする時か……明るい所から暗い所へ……窓を見れば……分かるんじゃないかな……?」
『?』

 フューシャ殿下は何故か生暖かい目で俺達を見ていたが、その言葉の真意が掴めず俺達は同時に疑問を持つのであった。





備考
クリームヒルトの前世の友人A
乙女関連のゲームや漫画、アニメや二次創作でよく熱く語っていた女友達。
ラブソング(非アニソン)を聞いては「これはこのカップル(※キャラ)のための歌なのでは……?」とか思い泣くタイプのオタク。
料理をさせるとよく分からない物体Xが作られる。
クリームヒルトのズレた部分を勘付いた上で仲良くしていた。
転生してゲームの世界に行っている。


クリームヒルトの前世の友人B
少年・青年系のゲームや漫画、アニメや二次創作でよく熱く語っていた男友達。
クリームヒルトと友人Aという美少女両手に花状態で恵まれ環境で緊張していたが、根本が同類なので気兼ねなくなり、恋愛感情や緊張は無くなり異性の友人となった。
なお、その両名に乙女ゲームを勧められ乙女ゲーム沼に嵌ってしまった模様。
クリームヒルトのズレた部分を分かった上で仲良くしていた。
転生してゲームの世界に行っている。

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