追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
罵詈雑言(:淡黄)
View.クリームヒルト
「前世……ハクさんの時に……言っていた……?」
「そ。ハクの姿の時に軽く言ったと思うんだけど、私にはこの世界とは違う世界で過ごした記憶があるんだ」
唐突な言葉、突然の話題転換。
その事にフューシャちゃんは戸惑った様子であった。
とはいえ戸惑うのも無理は無いだろう。脈絡は無いし、私自身も何故話そうとしたのかをハッキリと理解はしていないのだから。
「前世でも女で生まれて、あのハクみたいな美貌で現在のクロ子爵こと黒兄を誘惑しながら過ごし」
「実の兄を……誘惑したの……?」
「もとい、魅了しながら過ごし。そして十七の時に黒兄と死に別れ、その後ぼんやりと生き、二十五で死亡した、しがない女だったよ」
死因は事故死。あるいは爆死。
黒兄と同じ年齢、同じ区分の死亡方法で亡くなった。多分脱出とか出来たんだろうけど、疲れていたのか別の要因かなにかで亡くなった。ちなみにトラックにはねられたとかじゃないので、トラックの運転手には迷惑はかけていない。
「私さ、前世ではよく……というか、今世でもお父さんやお母さんにも“化物”って言われていたんだ。人の心が分からないーって」
「そんな事……ない……クリームちゃんは……私と兄様を……何度も救ってくれた……」
「あはは、ありがとう。もしもそう思ってくれるのなら、黒兄やゴルド師匠とかのお陰だよ」
私は地面に座り、足を延ばした状態で空を見上げる。
そしてそのままフューシャちゃんに言うのではなく、独り言のように言葉を続けた。
「……分からない事も多かった。けどなによりも理解はしても納得できない事が多かった」
普通は血に忌避感を持つらしい。人から流れる血は特に。
悪い事をしようとしている人から、優しい人を守ってもやり方を間違えれば問題らしい。
「だから昔、保母さんをストーカーしていた保父さんが、隠れて保母さんを襲おうとしたから守るために保父さんを殴ったんだ」
「いくつの……時に……?」
「五歳。で、手加減も分からなくて私の腕も気付けばボロボロになってね」
相手は二十四歳。反撃もされたが避けたり耐えたりしながら殴り続けたら、途中から意識を失っていた。その後も加減が分からず殴り続けた。止まったのも私の左腕が折れて皮膚裂けたせいだ。
突き出た骨と吹き出る血を見て、私は骨を真っ直ぐに戻して医療用キットで皮膚を繋げ治していたら、ストーカーの保父さんだけでなく、それを見ていた守っていたはずの保母さんは次の日から来なくなった。
詳細は分からなかったが、どうも精神を病んだようだ。
「当時は精神を病ませるようなストーカー許すまじと思ったけど、よく考えなくても私が原因なんだろうな、って思うよ」
「…………」
私が大人であったら完全に犯罪である。
当時は何故か倒れている保父さんと、精神を病み“訳の分からない事”言う保母さん。そして大怪我を折って、私がやったと宣う幼女。
外部の者がやって逃げたのではないかと大騒ぎになった。そして当時は科学捜査も発展途上であり捜査が甘い所が多かったため、多分今でも未解決事件である。
……やっぱり私は汚れている。
「黒兄だけは私の事を理解していたから、とても怒られた。でも守ろうとした事自体は褒めてくれたんだよ。やり方が問題であり、“もしお前が弱かったら大変な目にあっていたんだぞ!”とも言ってくれた」
「クリームちゃんを……心配してくれたんだね……」
「うん。一時期は冷たい時期もあったけど、基本は優しくて理解してくれた良いお兄ちゃんだったよ
血に忌避感が無いのならば、医者を目指すのはどうだと言ってくれた。手術で血を多く見る医者にとってその感覚は重要であると。
力が人より強いのならば、力を秩序立たせる方法を持てば世間に忌避されず持て囃されるものだと言ってくれた。スポーツとか武道の話であったのだろうが……私には合わなかったのは申し訳ないと思う。だって近くの道場じゃ師範ですら弱かったのだもの。
最終的にはゲームや漫画にのめり込み、黒兄と偶に仕合う事で一般生活には馴染む事が出来た。
「でもその後も……似たような事は何回もあって、その度に黒兄に迷惑をかけたなぁ……」
高校になる頃にはマシになったが、何処かで綻びはあった。
お前はおかしいのだと言われ続けている感覚があった。
それでも黒兄や親友と言える存在。そしてゲームや漫画は楽しいとは思えたから、そのために生きていた。
しかしそれもある時までだ。
「けど黒兄が亡くなって、目的が失われてね。黒兄に言われた事も忘れて、元に戻って……そして……」
「そして……?」
「私はね、四十年も生きておきながら、なんの成長も無い女なんだ」
私はなんの成長も無い。
身体は成長したかもしれないが、世界が広がって選択肢は増えたが、結局は変わらないんだ。
「変えようとしても分からないんだよ。受け入れられたとしても、それは相手が優しいだけなんじゃないか、って」
「…………なんとなく……分かる……」
「そう?」
「うん……私の根本が……変わっていないのに……受け入れられるのは……甘えであって……成長じゃない……」
「楽しいし嬉しいけれど、子供の様に可愛がられているようで、惨めに思う時がある?」
「……うん」
なにかの作品で“変えるのは自分よりも手段である”みたいな言葉があった。
自分を無理に変えようとしてもそれは自分とは言えない。だから今の自分が受け入れられる手段を見つけ、作るべきなのだと。
でも、それは……
「ねぇ、フューシャちゃん。このまま二人で何処かへ行ってみようか」
「え……?」
でもそれは今の私達にとってはとても難しい事だ。
何故なら受け入れられる身近な世界が、自分が居る事で壊れてしまうと危惧しているのだから。
「王族とか色んな立場忘れてさ。ぶらり女二人旅。目的地もなにもなく、ただなにかを見つけようという曖昧な理由で旅に出る!」
「え……えっ……?」
「大丈夫。私は錬金魔法を使えるから食いっぱぐれる事は無いよ!」
「でも……私と一緒に居たら……クリームちゃんにも……不運が……!」
「大丈夫、私はおかしいらしいからね。一般的な不運程度じゃ問題無いよ!」
「だけど……大騒ぎに……!」
「元々私達は居たら大変な事になって大騒ぎになるんでしょ? だったらそう変わらないよ。お兄さん達だって冒険者なんだから、説得すれば認めて貰えるって。私も手伝うよ!」
「けど……クリームちゃんは……!」
「大丈夫、私は元々学園やめて何処かへ行くつもりだったし」
「そう……なの……?」
「うん。だからフューシャちゃん関係無しでも、私は何処か遠くに行くよ」
私はそこまで言うと、先程の事を吐露した。
私がやった事、やってしまった事、考えていた事、その時の楽しいと思った感情。
――そして皆の傍には居られないと思った事。
「世界は広いからさ。色んなモノに触れればなにか発見があるかもしれない。だからというか……はぐれ者同士というか、こんな私に着いて来る気はない?」
「…………」
「無理にとは言わないよ。でもね、フューシャちゃん。フューシャちゃんは負け続けたんでしょ?」
「え……?」
「幸運だけど、それがフューシャちゃんにとっては“勝ち”では無かった」
例え幸運に恵まれたとしても、望まない結果になったのならばそれは負けに他ならない。
「ならさ、今の私に賭けてみない? 一緒に旅に出て新たなモノを見るという賭け。マイナスとマイナスはかけるとプラスになるというし、幸運にも、勝てるかもしれないよ?」
「私……は……」
「ねぇ、フューシャちゃん。……王族じゃなくって、対等な親友として。新しい世界に行ってみない?」
私は立ち上がり、フューシャちゃんの前に立って手を差し伸べる。
この手をとって、一緒に旅に出ようと行動で示す。
――あのゲームの主人公とは大違いだね。
カサスの主人公だと、ヴァーミリオン殿下のとあるシーンで主人公が、「王族の責務を放棄するお前になんの魅力がある!」的な言葉を言って頭突きした後に娼館を勧めるという衝撃的な言葉がある。
だけどそれはヴァーミリオン殿下にとって必要な言葉であり、なによりも逃げではない道を後押しした。つまりは結果的に上手く言ったのだ。
――だけど今の私はなにを言っているんだか。
第三王女であるフューシャちゃんに、王族の責務を放り出して旅立とうと言う。
私の言った事は全て本音ではあるが、やっている事は弱っている所に甘い言葉をかけ、人心掌握をしようとする詐欺師のようである。
誰かに見られでもしたら、大問題に――
「……クリームヒルトさん」
大問題になるだろうと思っていると、私の名前が呼ばれた。
「貴方は……」
フューシャちゃんはその声にビクッ、と委縮し。
私は手を差し伸べている状態から、その声の持ち主の方を見る。
その声の持ち主は、私なんかに価値を置いてくれる事により、彼の価値も下がってしまうから出来ればもう声は聞きたくなく、姿も見たくない一つ下の男性であった。
「ティー、兄様……!」
「……こんばんは、バーガンティー殿下。乙女の会話を盗み聞きですか?」
声の持ち主は、右腕に包帯を巻いている状態のバーガンティー第四王子。
そんなバーガンティー殿下を前にして、私はあくまでもにこやかに挨拶をした。
「こんばんは。盗み聞きの件は後で謝罪いたします。ですが今の私は貴女に言いたい事があります」
「……なんでしょう」
私は苦手な敬語を使いながら、あくまでもにこやかにバーガンティー殿下に接する。
本当は耳を塞ぎたい。
本当は目を塞ぎたい。
本当は今すぐ逃げ出したい。
けれどそれでは彼は追いかけてくるのも理解している。
私なんかに好意を抱いている彼は、私なんかのためにその身を犠牲する事を厭わない。
――けど、今の会話を聞かれたのなら……
だが、彼が好きなのはあくまでも今までの私だ。
ならば今の会話を聞かれ、今嫌われるような言葉を返せば彼はもう――
――っ!
とある身勝手な事を考えていると何故か胸の奥が痛んだ。
今まで感じた事のない痛みであり、もう経験したくないとも思う不思議な痛み。……なんだろうか、これは。
――……いや、今はそんな痛みよりも目の前の事だ。
痛みを考えると何故か泣きたくなるのだが、今は私達……というよりは私に近付いて来るバーガンティー殿下の方が重要だ。
「クリームヒルトさん。私が貴女に言いたい事は……」
背の高さから自然と見上げる形になる私。
そしてそれ以上近付くと、私が距離をとると理解しているような位置で彼は止まる。
――なにを言われるのかな。
罵詈雑言か、こんな状況でも私を想う気持ちを言うのか、あるいはなんらかの行動せ示されるか。
どれにしろ私はしっかりと受け、興味を失われるような反応をするべきだと思い、にこやかな対応を崩さぬまま気持ちを引き締める。
そして引き締めたタイミングで、バーガンティー殿下は息を軽く吸った後に口を開き。
「バーーーーーーーカ!!!」
『えっ!?』
そんな言葉を言われた。
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