追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

両手に花?(:杏)


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 お風呂は避けた。
 弟子とハクさんに勧められたが、疲れている中それが出来ただけでも褒められても良いとは思う。
 身の危険……とは違うのだが、弟子に服を脱がされ身体を見られた挙句に洗われる、というような事態に陥らなくて心底良かった。
 ……少し前までは弟子とお風呂に入ったり、身体を洗って貰ったりはしていたのだが……今は流石に無理である。というか思い返すと役得というか凄い事していたんだな、僕。

「どうかなさいましたか?」
「……いや、なんでもない。成長を感じただけである」
「?」

 しかし一緒に入るのが無理なのも、弟子に対する想いに気付けたからこその感情である。
 過去は過去として割り切り、今は今の事を思うべきである。

「弟子も疲れているだろう? もう今日は寝よう。ハクさんもな」
「はい……」
「うん……」

 そう、今は今の事。つまりは僕を挟んで一つのベッドで弟子とハクさんと共に寝ようとしている事が大切だ。
 部屋は弟子の部屋であり、今日――というか昨日に一度ここで襲われているので最大限の戸締り、魔法を部屋の周囲に施し、一つのベッドで固まって寝ている状況を……

――……とんでもない事になっているな……

 これはこれでとんでもない状況だ。
 互いに疲れているのでお風呂は後回しにし、弟子やハクさんが「寝ずに番を!」と言う所を僕が防犯系トラップを仕掛ける事でどうにか説得して一緒にベッドで寝ている訳ではあるが……

――心臓に悪い。

 右を見れば僕に寄り添うように服を掴む弟子が。左を見れば近付くのを躊躇うがこちらを見るハクさんが居る。
 ハッキリ言って僕の心臓は先程から鳴りっぱなしだ。特に右側は色んな意味で緊張する。

――あー……駄目であるな、眠い。

 しかし本来であれば緊張するだろう状況も、今は僕の疲労感のせいで感じられずにいた。
 右眼に関する治療と戦闘の他にも、コンテストや家の片付けがあり一切寝ていない。さらにはよく分からない光景も見た事も有りもう限界であり、瞼を閉じればそのまま寝てしまいそうだ。

「……アプリコット。やはり私は外で見張りを……」
「責任を感じているのであろう……? であれば……僕の傍で……見張りとして一緒に寝ていてくれ……」
「わぷっ」

 む……本当に駄目そうだ。
 ハクさんが離れようとした事は分かるのだが、なにを言って離れようとしたのかは分からぬまま返事をし、腕で引き寄せている

「弟子も……眠いのだろう……? 今日はまだ寒いし……もっと近寄って眠ろう……ほらもっと僕の近くに……」
「アプリコット様?」

 弟子の方も引き寄せて、もっと密着するようにする。
 弟子は僕の事が心配であったはずだから、こうやってより密着させた方が良いだろう。
 そうすれば僕の存在感をより感じてくれるはずだ。

「ふふふ……温かいな、弟子達は……」
「アプリコット様も温かいです」
「……うん、温かい。温かいけど、私は――」
「ふふ、それは良かった……温かいという事は、生きているという証拠だ……皆無事こうしている事が出来て良かった……」
「…………」

 瞼が重い中、途切れ途切れに言葉を言うが自分自身でもなんと言っているか分からなくなってきた。
 自身の本音を言っているのは分かっているのだが、なんだか脳が上手く働かない。

「誰か一人でも欠けていれば……こうやっている事も出来なかった訳だからな……本当に良かった……」
「……本当に、申し訳ございませんでした」
「ふふ……なにを謝る必要があるのだ弟子……僕は……偉大な魔法使いになる女で……師匠だからな……今日起きた事に対する言葉は、謝罪でなく感謝……あるいは賛辞であるべきだ……」
「……はい。そうですね」

 うつら、うつら。
 左眼からしか入って来ない視界は弟子の部屋の天井を見ていて、喋る言葉は僕の耳にもわずかに届く程度の小声となっていく。

「さぁ、もう寝よう弟子、ハクさん……そちらも限界では無いのか…?」
「……うん、そうだね。こんな風に誰かの温もりを感じて寝る事が出来るなんて……生まれて初めてだ。……とても、心地良い……」
「それは……良かった……ふふ、温かいというのは心地良いだろう……? 僕も昔……クロさんに教えて貰ったのだ……」
「うん……とても……」

 ハクさんを引き寄せ語っていると、ハクさんの方から眠ったような気配が感じられる。ハクさんも操られ、精神的に負荷が大きかったから眠たかったのだろうな。僕が治療中の時もシアンさんに解呪をして貰っていたようであるしな。

――後は弟子が寝れば、僕も……

 出来る事なら弟子達が眠ってから僕も眠るべきなのだろう。
 だからどうにか起きようとしているのだが、意識が上手く覚醒しない。頬でも叩いて起きたいが、今は手も使えないからな……

「アプリコット様」
「どうした、弟子よ……?」

 起きようとしている中、ふと弟子の心地良い声が聞こえてくる。
 弟子の様子を確認したいが、右側に居るため視線移動だけでは確認出来ず、顔の向きを動かそうにも、眠くて……

「本当にありがとうございました。貴女は本当に、私めにとっての最高の師匠です。――おやすみなさい」

 おやすみという言葉が聞こえたせいなのか、僕の記憶はそこで途切れて眠ってしまっている。
 正確には寝る前数分の記憶は曖昧なのだが、大好きな男の子から言われるおやすみという言葉に、安心感を得て眠ってしまったのだろう。
 ただその日とても心地良く眠れたという事は確かであり。

「そして私めにとって最高の女性です。……お慕いしております、アプリコット様」

 そして右頬に、少し暖かい感触があったのを覚えている。

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